牛蔵の呪い
ミルクと一緒に観客席に行くと、牛蔵さんとトゥーナが話していた。
牛蔵さんの怪我も治っていて元気そのものだ。
さっきまで死闘を繰り広げていたとは思えないが、俺の姿を見ると怒気が膨れ上がって漏れ出てくる。
俺とミルクが並んで歩いているのが気に食わないのか、それともミルクが牛蔵さんよりも俺の心配をして控室に行ったのが気に食わないのか。
身代わりの腕輪を装備していない今の俺を攻撃してくることはないとわかっていてもいつでも防御できるようにしておきたい。
「壱野君。怪我はもういいようだね」
「はい――ダンプルの身代わりの腕輪の効果をこの身で体験しました」
「勝負は私の勝ちだ。今の状態でのミルクとの結婚は認めない」
と牛蔵さんが言い放つ。
それに反論したのがミルクだ。
「パパっ! トゥーナちゃんからパパが怒ってる理由は聞いたけど、結婚は私たち三人が泰良に迫ったことで、三人とも納得して結婚してるの! パパが口を出さないでよ!」
「でも、ミルク。さすがに三人の女性と結婚というのは誠実性が――」
「それは今の日本の法律においてでしょ! 法律はもうすぐ変えてくれるって上松のおじさまが言ってたから大丈夫だよ!」
「だが――」
「それに、いまさらアヤメと姫と泰良を巡って泥沼の争いをするなんてイヤ! 四人で世界一になるって決めたんだから」
ミルクがまくしたてる。
こんなに怒っているミルクを見るのは初めてかもしれないが――
「ミルク、待ってくれ。牛蔵さんが結婚を認めないっていうのは仕方のないことだと思う」
「……泰良」
ミルクが悲しそうな目で俺を見る。
「牛蔵さん――法律が施行されるまで数年あります。だから、その時にもう一度俺と戦ってください。あなたに勝って結婚を認めてもらいます」
「私が勝ったら結婚を諦めるのか?」
「いいえ、諦めません。あなたに勝てるまで戦いを挑みます」
俺は彼の目を見て言った。
牛蔵さんはため息を吐き、
「手加減はできないぞ」
と一言だけ。
その一言がとても嬉しかった。
「ところで、トゥーナちゃん。パパと何を話していたの?」
「……ん。呪いを視てた」
呪いを視る?
鑑定スキルみたいな感じで呪いがわかるのか?
「トゥーナちゃん、呪いとかわかるの?」
「……ん、嗜み程度」
呪いを嗜むなよ。
「……専門家はむしろこっち」
「どうも――トゥーナの召喚獣のミコトじゃよ」
と言って現れたのは、トゥーナの背中にくっついていたミコトだった。
説明が面倒なのか、トゥーナの召喚獣と名乗っているし、いつもの巫女服と違ってトゥーナと似たような服を着ている。
そうか、ミコトはアヤメの呪いを封印した実績がある。
もしかして、聖女の霊薬を使わなくてもなんとかできるのだろうか?
「ああ、泰良よ。期待と羨望の眼差しを向けるのは構わぬが、牛蔵氏の呪いは強力過ぎて妾がどうこうできるレベルを超越している」
「羨望の眼差しを向けた覚えはないが、やっぱり無理か」
「うむ。並の男であれば死んでいる呪いじゃ。徐々に体力が減っていき、数時間で死に至る」
そんな恐ろしい呪いが掛かっていたのか。
俺は牛蔵さんを見ると、彼は頷いた。
「なるほど。私には継続的に体力が回復する超回復というスキルがある。最近、そのスキルの効果が薄いと思って呪いのせいでスキルが発動しにくくなっているのかと思っていたが、呪いの効果と相殺されていたのか。それは気付かなかった」
と牛蔵さんは豪快に笑った。ミルクが、「もう、笑いごとじゃないよ」と怒る。
スキルはダンジョンの中でしか発動しないものと常に発動しているものの二種類あるが、超回復がダンジョンの外で発動しないスキルだったらアウトだっただろう。
綱渡りじゃないか。
「ダンプルの奴め、そんな凶悪な呪いを持つ魔物を外に解き放っていたのか」
「いや、そうとは限らんぞ。というのもこの呪い――蛇の呪いに似ておる」
蛇の呪いって、アヤメが掛かっていた呪い?
確か、アヤメのご先祖様が呪いを受けて、それが子々孫々と引き継がれていったものだって言ってたよな?
もちろん、最初に呪いができたのはダンジョンができる前の話だ。
「でも、ダンジョンの魔物ってこの星の記憶とかそういうものを基準に生み出されているんだから、かつていた呪いの元となる魔物がダンジョンの中にいたとしても不思議じゃないだろ?」
「うむ、そう言われるとそうなのじゃが、どうもひっかかりおるわ」
ミコトの歯切れが悪い。
こういうことはダンプル本人に聞けばいいのだが、こういう時に限って現れないんだよな。
でも、呪いが思っていた以上に恐ろしいものだとわかった。
「牛蔵さん。聖女の霊薬です。どうぞ飲んで下さい」
「いいのか? それを飲んだら私はいまより遥かに強くなるぞ。私を超えるのではなかったのか?」
「ええ。自分はもっと強くなって牛蔵さんを超えますよ」
俺はインベントリから聖女の霊薬を取り出す。
「壱野くん。先にこれを受け取って欲しい」
牛蔵さんが出したのは別の薬瓶だった。
インベントリ? いや、アイテムボックスか。
「これは――英雄の霊薬ですか?」
「ああ。ようやく手に入った。君に貰ったものを貰いっぱなしというわけにはいかなくてね。本当は自力で手に入れたかったのだが、こういう運は私にはなくてね。ようやく英雄の霊薬を持っている探索者と交渉して手に入れることができた。本当は聖女の霊薬を含め、自力で見つけたかったのだが――」
「あぁ、それは運ですから」
ミルクも宝箱運は悪いもんな。
もしかしたら彼女の運の悪さは遺伝なのかもしれない。
英雄の霊薬は一本予備があるのだが、保険と考えるといくつあってもいい。
「ありがたくいただきます」
俺はそう言って牛蔵さんから英雄の霊薬を受け取った。
「それと、これも渡しておく」
と牛蔵さんが取り出したのは十本の金色のナイフだった。
これ、魔法の缶切りだ。
「君が欲しいものは何かと尋ねたらこれだろうと言われてね」
ミルクの方を見ると彼女は頷いた。
正直ありがたい。
「聖女の霊薬には釣り合うとは思っていない。聖女の霊薬は必ず手に入れて返すから、待ってもらう分の利息代わりだと思ってほしい」
「ありがとうございます。ただ、無理はなさらないでください」
返してもらったらアヤメの呪いを完全に解いてあげられるので、必要ないとは言えない。
まぁ、俺が必要ないと言っても、牛蔵さんは聖女の霊薬を手に入れようとすることは止めないだろう。
牛蔵さんの厚意は素直に受け取ることにした。
牛蔵さんは聖女の霊薬の蓋を開け、その琥珀色の液体を口の中に流し込んだ。
こうして、牛蔵さんの呪いは解けたのだった。
次回「激レア缶、レア缶開封の儀」