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てんしばダンジョンと魔導士の杖

 日曜日。

 天気は晴れ。

 気温おだやか。

 今日は絶好のダンジョン日和だ。

 自転車を駐輪場に止めて、駅前のドーナツ屋の前で待つ。

 バスが停まって、緑色の髪の少女が降りてきた。

 東さんだ。

 彼女はまだ俺に気付いていないようだったので、こちらから手を振ると俺に気付いて振り返す。


「お待たせしました」

「俺も今来たところだよ」


 まるでデートの待ち合わせみたいな光景だ。

 残念ながら俺に彼女はいないけれど。

 東さんは周囲を見て尋ねる。


「一緒に来るって言っていた人はまだ来てないんですか?」

「いや、一緒に行く予定だったんだけど、家の都合で急に来られなくなったって朝連絡があったんだ」

「……っ!? そうだったんですか。へぇ、そうなんですか」


 なんか嬉しそうだな。

 もしかして人見知りとかするタイプなのだろうか?

 ミルクは楽しみにしていたんだけど、本当に残念だ。

 手作りのクッキーまで作ってみんなで食べるつもりだったらしい。

 急いでいるらしいのに、朝、わざわざ家まで押しかけてそのクッキーを渡してくれた。

 そのことを伝えると、東さんが「やっぱり手ごわそう」と感想を言う。

 確かにミルクの女子力って、他の女の子からしたら脅威かもな。

 でも、お弁当を作ってくれてる東さんも女子力は高いと思う。


「それで、今日はどこのダンジョンに行くんですか? 梅田ダンジョンですか? それとも若草山ですか?」

「いや、せっかくだし珍しいダンジョンに行こうと思ってね。天王寺に行こうか」


 天王寺といえば、麻布台ヒルズに抜かされるまで日本一高いビルだった、あべのハルカスがある駅だ。

 その隣にある「てんしば」と呼ばれる公園にもダンジョンがある。

 大阪の市内で、梅田の次にどこにダンジョンを作るかの話し合いで、難波に作るか天王寺に作るか揉めに揉めて、勝ち取ったのが天王寺だった。

 そして、天王寺駅の目と鼻の先、あべのハルカスの横にある芝生公園――てんしばエリアにダンジョンが作られることとなった。

 地元は大いににぎわった。

 まさか、その僅か一年後に押野グループがてんしばダンジョンを買収するとは思ってもいなかったが。


「天王寺っててんしばダンジョンですよね。ホテルの宿泊客しか入れなかったはずですが」

「うん。でも伝手があって。電話して確認したら入ってもいいってさ」

「もしかして、壱野さんって凄いお金持ちの人なんですか?」

「まさか。父さんはサラリーマンだし、母さんは専業主婦だ。いまどき専業主婦も珍しいかもしれないけれど、普通の家庭だよ」


 凄いのは俺じゃなくて牛蔵さんだ。

 ついでにお昼も押野ホテル系列のレストランもただで利用してもいいって話だったけれど、女の子の手作りお弁当の方が遥かに価値が高いので今回はダンジョン利用のみにしている。

 行先も決まったので、二人で電車に乗る。

 移動中、家族の話になった。


「壱野さんってお兄さんがいるんですね」

「うん。年が離れてるから一緒に暮らしてないけどね。東さんは?」

「私は二つ下に妹が。高校生になっても甘えたで、ちょっと困っちゃいます」

「東さんはしっかりしてるから甘えたくなるんだろうね」

「そんな、私、全然しっかりなんてしてないですよ」


 東さんが恥ずかしそうに言うけれど、あんなことがあってもまだダンジョンに入って頑張ろうって思えるのは凄いと思う。

 覚醒者だからといって、ダンジョンに入らないといけない義務はないのだから。

 

「そういえば、東さんの家だと万博公園ダンジョンより梅田ダンジョンの方が近い気がするけど、あの日はなんであっちにいたの?」

「えっと、恥ずかしい話なんですが。私、どうしても欲しいものがありまして。それが過去に万博公園ダンジョンで出たって話を聞いたことがあったんです。といっても、だいぶ下の方の階層ですし、出たのも一度だけ。二匹目のどじょうを探しているみたいで恥ずかしいです」

「いやいや、そんなことないよ。ちなみに、どうしても欲しいものってなにか聞いてもいい?」

「聖女の霊薬っていうアイテムなんです」


 聖女の霊薬――英雄の霊薬と対になる魔法薬だ。

 英雄の霊薬はどんな怪我でも治すのに対し、聖女の霊薬はどんな呪いや病気も癒してくれる。

 って――


「もしかして、家族に重い病気の人がいるの?」

「ち、違います違います! 家族は全員元気です!」


 彼女は慌てるように否定し、電車で大声を上げてしまったことを恥じたように、しゅんとなった。

 まぁ、聖女の霊薬って英雄の霊薬以上に高値で取引されているから、憧れる気持ちはわかる。

 手に入れたら人生百周くらい遊んで暮らせるお金が手に入るらしい。

 途中、電車を乗り換え、天王寺駅に到着。

 休日だから人も多い。

 特に芝生公園であるてんしばエリアはいろんな屋台が集まるイベントをしていた。

 いまは開店準備段階だけれど、開店時間になればさらに多くの人が集まることだろう。

 その賑わいとはうってかわって、てんしばの奥にあるてんしばダンジョンの入場ゲートの中は、宿泊者オンリーのダンジョンのため静かなものだった。

 ブラックカードを見せて入場の許可を貰い、貴重品等を預けると、それぞれ更衣室に移動。

 ダンジョン内に鍵を持ち込めないため、ダイヤル式のロッカーで着替えを済ませる。

 といっても、低階層のダンジョンだと普段着のまま入る人がほとんどだ。

 激しく動いたりしないし、気温も暑くもなく寒くもないからな。


 俺も普段の恰好のまま更衣室を出る。

 暫くして、おしゃれジャージの東さんが更衣室から出てきた。

 短い髪のため、スポーツ少女って感じがする。


「お待たせしました」

「着替えたんだ。そのジャージも似合ってるよ」

「ありがとうございます。あの服は大切な服なので、汚したくなかったので」

「え、でもウニクロの服だよ?」

「壱野さんがせっかく買ってくれた服ですから」


 おぅふ、可愛いこと言ってくれるな。

 でも、そこまで大切に思ってくれるのなら、やっぱりもうちょい高い服を買ってあげればよかった。

 てことで、てんしばダンジョンに。

 一階層では探索者っぽい人が袋にスライムを詰めていた。

 初心者講習用のスライムらしい。

 初心者講習は十時からなので、まだ客は来ていないか。

 ダンジョン内の地図を貰っていたので、迷うことなく二階層に続く階段に到着。


「一階層ってやっぱりどこでもスライムなんだよな」

「黒いダンジョンは違うみたいですけどね」

「俺も動画見た。あれは別世界だわ」


 アメリカ以外にもいろんな国で黒いダンジョンの配信動画がネットに上がっているが、どこも一階層からレベル50相当の魔物が現れていて、高難度ダンジョンって感じがする。

 一般開放されることがあっても、富士山の山頂まで登るのは面倒そうだし、俺はこっちのダンジョンでいいや――と思いながら二階層を歩いた。

 そして――


「あっちに魔物がいるな。倒しに行くか」

「わかるんですか?」

「気配探知スキルを持ってるんだ。レベル10で生えた」


 スキルを覚えることをベテラン探索者は「生える」と呼ぶらしい。

 人間には才能という名の種があって、レベルが上がる事でその種が芽吹くから――とカッコいい説明があったが、気付いたらそこに出ているのがまるで雑草が生えるような感じだからというのが本当の理由だ。


「便利なスキルですね。探索が捗りそうで羨ましいです。私、スキルが風魔法しかなくて」

「いや、風魔法はいいよ。消費魔力が少ないから、ゴーストのような魔法が弱点の敵に連続して使える。俺なんて一発魔法を使ったらもう使えなくなるからな」

「その魔法が凄いんですよ! まるで伝説の勇者です!」


 東さんが褒めてくれるけれど、名前に“獄”とか入ってる魔法を使うのって、勇者より魔王っぽいよな。

 魔物のいる方に歩いて行くと、そこにいたのは壺を背負ったタコだった。


「ツボタコですね」

「見たまんまだよな」


 ただ、あの壺は亀の甲羅みたいに成長するにつれて大きくなる身体の一部らしい。

 攻撃方法は墨を吐く、絡みつくの二種類のみ。

 脅威ではない上、タコ墨は吐いたツボタコを倒してしまったら消えてしまうので服が汚れる心配もない。

 ちなみに、ツボを壊したら死ぬ。


「東さん、倒してみる?」

「はい! 解放:一陣の風(ショートウインド)


 風の刃がツボタコに飛んでいくが、ツボタコのツボを掠っただけだ。


「もう一度――解放:一陣の風(ショートウインド)


 今度は命中し、ツボが割れた。

 ツボタコは死んでDコインが残った。


「ふぅ、倒せました」

「大丈夫?」

「連続魔法による眩暈です。大丈夫です」


 魔法は連続して使用すると眩暈のようなものを起こす。

 魔力が高いほど連続して使用できるようになるらしいが、魔力が低いうちは二連続が限界って感じだ。


「一回目外してしまいました。やっぱり杖がないと難しいですね」

「杖か……じゃあこれを使ってみなよ」


 俺は魔導士の杖を取り出した。


「え? 壱野さんの鞄ってどうなって――もしかしてアイテムボックスですかっ!?」

「うん、まぁそんな感じ」

「凄い! レアスキルじゃないですかっ! さすが壱野さんです」


 アイテムボックスは珍しいけれど、持っている人がいないってわけじゃないから、誤魔化すこともできる。

 本当はインベントリだけど。

 アイテムボックスを覚えている人の話によると、見えない箱の中に物を入れることができるイメージらしい。

 大きさは洋服用の収納箱程度のため、インベントリの下位互換だな。

 まぁ、小さなものだったら99個以上入るから、完全に下位互換ではないが。


「これ、魔導士の杖ですよね」

「うん。D缶から出てきたんだ」

「D缶って、缶より大きいものは出ないんじゃなかったでしたっけ?」

「そうなんだけど、出ちゃったんだよね。俺は基本剣で戦うからあんまり杖は使わないんだ。だから、よかったら使ってよ」

「そんな――これだって売れば――」

「じゃあ、貸してあげるから。どうせ俺は使わないし。返すのはいつでもいいからさ」

「わかりました……ではお借りします」

「うん。じゃあ、あっちにまた魔物がいるから試し打ちしてみようか」


 と俺は東さんを案内する。

 そこには二匹のツボタコがいた。


「じゃあ、東さんが一匹倒して、次に俺が倒すって感じでいいかな?」

「はい。では、解放:一陣の風(ショートウインド)


 東さんがさっきと同じように魔法を使った。

 その瞬間、二本の風の刃が生み出され、ツボタコの壺が割られるどころか、その身体が四等分に切り分けられてしまった。

 あまりの威力の違いに、東さんも目が点になっている。

 いや、威力が違うって次元の話じゃない。

 なんで発生する風刃が一陣から二陣になってるんだっ!?


「い、壱野さん。これ、本当に魔導士の杖なんですかっ!?」

「そ、そのはずだけど。ちょっと貸して?」


 と俺はその杖を手に取ろうとした瞬間、バチっと激しい静電気のような音とともに手が弾かれた。


「私、何もしてないですよっ!?」

「わかってる」


 あれはただの魔導士の杖だったはず。

 もしかして、鑑定結果を偽装していたのか?

 呪われた武器とか渡していないよな。

 改めて鑑定してみる。


【大魔術師の杖:魔力を大幅に上昇させ、さらに魔法を覚醒へと導く伝説の杖(※東アヤメ専用)】


 ……はい?

ありがとうございました。

現在、ローファン週間ランキング2位まで上がりました。


修羅場にならずにすみません。

「おもしろい」「続き読みたい」「いつか修羅場を書けよな」って人がいらっしゃいましたら、

お気に入り登録、☆評価等よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
そりゃー杖だって可愛い女の子に使ってもらえたらハッスルしますって、永遠の忠誠を誓いますって。 うっかり装備品を貸すとNTRしてしまうヤバイ世界や。
カスタマイズされちゃった的な?
修羅場?修羅場見たいよね?で登録煽っといてこれは詐欺未遂レベルなのでは? それはそうと伊藤誠展開にして英雄の薬使うんだよね? そのつもりで煽ったんでしょ!!私は詳しいんだ!!
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