21階層の世界(その2)
街の中は、なんというかファンタジー小説のような世界だった。
異世界転移したのではないかと思ってしまう。
大通りでは市場が開かれていて、果物や野菜、肉などが並べられていて売り買いされている。
「ふむ、どうやらこの街の通貨は銅貨と銀貨が使われているようだ。どうにかしてお金を手に入れたいが――」
「さっきの黒豹の肉を売るっていうのはどうでしょう? 買い取ってくれますかね?」
ミルクが閑さんに言う。
「肉食動物の肉はだいたいマズイと相場が決まっているが、毛皮であれば売れるかもしれない……ん? ミルクくん、あれを見たまえ」
と閑さんが見た先では、客らしき人が髭を蓄えた店員に黒の魔石を渡し、代わりにお金を受け取っていた。
魔石の買い取りができるのかもしれない。
「あの、これの買い取りできますか?」
「××××××」
店の男の人は笑顔で魔石を受け取り、銅貨を三枚渡してくれた。
おぉ、買い取ってくれた。
なんか初めてのおつかいをしている気分だ。
「だったら、この白い魔石は?」
と渡すと大きめの銅貨を三枚くれる。大銅貨だろうか?
だったら黄色い魔石は?
と渡すと男の人は手を振って、何か言って建物を指差す。
「ふむ。おそらく、あっちの店で換金しろって言っているのだろう。このような小さな店で高額買い取りはできないに違いない。宝くじ売り場で換金できるのは五万円までという感覚と同じだろう」
俺は宝くじを買ったことがないのだが、とてもわかりやすいたとえだと思った。
とりあえず教えてもらった店に行ってみる。
建物は扉が開いた状態で、カウンターのみの狭い建物だった。
金属でできた扉の脇には用心棒らしき体のゴツイ男の人が立っている。
少し入るのが躊躇われる。
「俺が行ってくるよ。皆は待っていてくれ」
「私が分身に行かせるわよ?」
「街の中で突然分身を使ったら流石に怪しまれるだろ。俺一人なら空間魔法で逃げられる」
と言って、建物の中に。
用心棒らしき男は眉一つ動かさず、こちらを見ているが何もしてこない。
カウンターの向こうにいたのは身なりの綺麗な初老の、だいたい父さんと同じ位の年齢に見える赤毛の男だった。
彼は知らない言葉で何か言うが、聞いてもわからないので、カウンターに黄と赤、青の魔石をいくつか置く。
さらに彼はよくわからない言葉で何か言うので、
「買い取りでお願いします」
と頷きながら日本語で通した。
彼は笑顔のまま魔石が置かれたトレーを引っ込めて、
金貨と銀貨を代わりに差し出す。
俺はそれを持って店を出た。
「泰良、どうだった?」
「罠かと思うくらい簡単に換金できた」
俺は金貨と銀貨を見せる。
「銅貨、銀貨、金貨……やっぱり金貨が一番貴重なのかな?」
「異世界だったらさらに上にミスリル貨とかオリハルコン貨とかあるかもしれないわよ」
「ミスリルにオリハルコンってダンジョンで見つかるそうですし、いつか見てみたいですね」
ミルクたちが感想を述べるが、閑さんは無言で俺が換金した金貨を手に取り、じっとそれを見詰める。
金の含有量でも調べているのだろうか?
「この金貨……まさかここで見ることになるとはな」
「閑さん、この金貨を知ってるんですか?」
「知っている――というか持っている。そして、ちの太くんも知っているはずだ」
は? 俺が知っている?
金貨なんて地球産のも見たことはないぞ。
一体どこで?
「忘れたのか、ちの太くん。青木くんが配信で手に入れた金貨だよ。青木くんから聞いたのだが、ちの太くんがプレゼントしたD缶だったのだろう?」
「――あっ!」
思い出した。
かつて、俺が青木にプレゼントしたD缶が生配信中に開き、中から金貨が出てきたことがあった。
そのことはネットニュースにもなっていて、当然のように閑さんの耳にも届いていたらしい。
その金貨を閑さんが購入したらしい。
まぁ、D缶だし、ダンジョンの中の街の金貨が出ても不思議ではないか。
「それより、そのお金で買い物していかない? カワイイ民芸品が売ってる店があったの」
「私も見てみたいです」
「さっき分身が試食用に貰った果物を買って帰るのもいいわよね。種を持って帰れば栽培もできるかも。さすがに許可はいりそうだけど」
「おぉ、それはいいな。実は私も気になる書店を見つけてな」
と女性陣は四人とも買い物したくてうずうずしていたようだ。
まぁ、俺もヨーロッパに旅行に来たみたいで楽しいから頷いた。
ただし、バラバラに行動せず五人一緒に買い物をすることを条件に。
結局、何も起こらないまま、街での買い物は二時間ほど続いた。
さすがに分身でもない俺たちが街の中の食べ物を買って食べる勇気はなく、広場のベンチで弁当を広げて食べる。
今日はアヤメが作ってくれたお弁当だ。
閑さんの分を用意していなかったが、俺たちの分を少しずつ分けようかと言ったら、彼女は「必要ない」と言って、カ〇リーメイトらしきものを取り出した。
丁寧なことに弁当箱に入れてある。
「いい街だよね」
ミルクがプチトマトを食べながら言った。
「確かに。事件らしい事件も全く起きないわよね」
「言葉も喋れない私たちにも普通に笑顔で商品を売ってくれますしね」
「見るからに怪しい一団だというのに奇異な目で見られることもないし」
腰から剣を下げた男、大きな杖を持った女性と銃の入ったゴルフバッグを持つ二人、白衣を着ていかにも不審者のオーラを漂わせている先生に、極めつけは忍者のコスプレをしているロリっ子。
「おかしいよな」
こんな珍妙な集団な上に言葉も通じない。
なのに、誰もが普通に接してくれる。
そんなこと普通にあるのか?
門番が俺たちを素通りさせてくれたときから感じていた違和感だったが、徐々にそれは大きくなっていった。
「ちの太くんはRPGをしたことがあるかね?」
「……少しなら」
青木と一緒に格ゲーとか対戦ゲームをすることが多かったが、兄貴がそういう系のゲームが好きで、やっているところを横で見ていた。
「彼らはきっと、決まった動きをするNPCなのではないかと思っている」
「NPC……ノンプレイヤーキャラクター……魂のない人形ってこと?」
姫が言う。
「ああ。試しにちの太くん。そこにいる婦人の胸と尻をもんできてくれ。その時の彼女のリアクションを見てみたい」
「わかりました――って行くわけないでしょ!」
教え子を性犯罪者にするつもりか、この人は。
「こちらが話しかければ受け答えはしているようだし、ここでちの太くんがそんなことをすれば大声で叫ばれて張り手の一発くらいは来そうだ」
「わかってるならやらせようとしないでください」
「だが、それ以上は起きないと思っている。試しにこの街の者を一人虐殺してみたとして、どうなるのかな? 衛兵を呼ばれて賞金首になるか? それとも、街を出て戻れば殺したはずの相手がしれっと生き返っているか……」
「そんなの――」
「気付いていないか? 彼はさっきから果物を売っている。さっき姫くんが購入した果物だ。私たちが買い物をする前には果物は店先に二十五個並んでいた。そして私たちが買ったあとも二十五個並んでいる」
「それは……在庫の補充をしただけでは?」
「あの果物だけではない。そこにある民芸品店の一点ものらしき木彫りの人形――これは私が購入したものだが、さっき見たら同じ人形が再び店先に並んでいた。木目まで同じ人形が」
と閑さんは買った木を削っただけの人形と呼んでいいのかどうかわからない品を俺に見せた。
それを偶然で片付けることは俺にはできなかった。
そんな精巧に同じものを作る事ができるなら、もっとマシな人形を作る技術があるはずだ。
「ただ、一つわからないのは、何故君の鑑定が使えないのか? 何故インベントリに収納できないのか? そしてなぜ魔物が死んでも死体は消えないのか……という点だが。そこで私は一つの仮説を立てた。もっとも、これは最初から立てていた仮説なのだが――」
と閑さんは少し勿体ぶった風に立ち上がり、手に持っていたカ〇リーメイトのチョコ味を俺たちに向けて続けた。
「この階層はどこかの異世界を忠実に再現した世界ではなかろうか? その世界を忠実に再現しているからこそ、ダンジョンの中にも拘わらず置いている商品は鑑定できないし、魔物もドロップアイテムに変わらない。私はそう推測を立てたのだが――どうかね、当たっているかい?」
と閑さんが背後を見た。
そこには何もないはずだった。
だが――
「ほぼ正解だよ、月見里閑」
と言って、ダンプルが現れた。




