夏の転校生
閑さんのコンパクトカーに乗る。
結局、閑さんはいい人で、全部俺の勘違いだった。
俺が悪いと言われたら納得いかないが。
「そういえば、他のクラスの担任が代わったり、管理作業員が代わったりしてたんだけど、閑さん何か知ってる?」
「知ってるが、悪いな。こちらも事情があって教えることはできない」
てことは、偶然でもないわけか。
「生徒の頼みでも?」
「ああ、特にちの太くんには黙っているように言われている。ただ心配するようなことではない」
特に俺に黙ってるって一体なんなんだ?
「それよりもマインくん。君の作った真実の鏡だが、あれの公表は避けた方がいいと思う」
「なんでですか? ものすごく便利そうですよ? まぁ、化粧とかが全部剥がされるというのは女性の天敵かもしれませんが」
と水野さんの髪を見て言う。
クロは暫くしたら俺の影の中に戻ることができたが、彼女の髪は結局元の色になることはなかった。
白髪のままである。
「便利過ぎるのが問題なのだ。魔物の正体だけを暴くというのなら何の問題もない。だが、その者が隠している事実が明るみになるというのは個人が持つ魔道具の範疇を超えている。言うなれば、それは強力な自白剤と同じなのだ。しかも自白剤と違って相手に飲ませる必要もないのだからさらにえげつない。まず、こんなものを作ることができるとわかれば、マインくんは命を狙われる」
「え!?」
「全てが明るみになって困るのは裏の社会の人間だけではない。政治家、大企業の役員、下手すれば警察官僚なども暴かれたくない真実を内に抱えている可能性がある。彼らにとって真実の鏡は、文秋砲よりも恐ろしい、己の身を滅ぼす唯一の銀の弾丸になりかねない。当然、真実の鏡の破壊と、そして世界で唯一真実の鏡を製造することができる君の死を望むはずだ。悪いことは言わない。真実の鏡の公表は控えておけ」
と言って閑さんは深いため息をつく。
「正しいだけでは生きていけない。金〇先生ならこんなことは言わないのだろうな」
そう呟く彼女はどこか寂しそうだった。
※ ※ ※
真実の鏡は俺が預かることになった。
インベントリの中に入れていたら誰かに盗まれる心配も見つかる心配もないからだ。
この鏡があったら、ホワイトの正体がホワイトドラゴンじゃなくて終末の獣だってわかったかもしれないな。
とか考えながら、その日はPDに潜ってレベルを1つ上げてから寝た。
翌朝。
いつものように五人で朝食を取る。
俺、父さん、母さん、トゥーナ、そしてミコトだ。
ミコトは気分屋で昼飯時は現れないこともあるが、朝はしっかり現れてこうして朝食をとっている。
「母君よ。ご飯をもう一杯いただけるかの?」
とミコトはお茶碗を差し出す。
居候、三杯目にはそっと出し――なんて言葉は彼女には通用しないようだ。
「……ミコト様、ダメ。もう出発」
「なに? むぅ、しかしのぉ」
「……出発の時間」
ん? 出発?
リモートワークの時間にはまだ早いだろ。
「どこかに行くのか?」
「……ん。大切な用事」
「俺もついていこうか?」
ミコトを信用していないわけではないが、西条虎に襲われたばかりだし。
学校くらいいくらでも休むつもりだ。
「……ん、大丈夫。危ない場所に行くわけじゃない」
翌日、水野さんは白髪のまま学校に登校し、ちょっとした騒ぎになった。
そりゃそうだよな。
黒い髪を脱色しても普通はあんな白い髪になったりしないし、
普通に考えれば覚醒者だって気付くだろうけれど、もしかしたら病気じゃないかとも疑ってしまう。
「どうしたんだよ、水野さん! 重〇斬でも使ったのかっ!?」
青木がよくわからないことを言った。
それを無視してクラスメートの女子が「どうしたの?」と聞くと、
「鍛冶師スキルに覚醒してこの髪の色になったの」
と水野さんは包み隠さずに言う。
元々鍛冶師であることを隠していたのはダンジョンに入ることが怖いけど、鍛冶師になったことで周囲から変な期待をされるのがイヤだっていう理由だったから、既に鍛冶師として仕事を始めている現在は敢えて隠す必要はない。
周囲もそれに納得しつつ、鍛冶師になった感想などをあれこれと聞いていった。
俺がベータだって話題も少し落ち着いてきた。いまだに他のクラスや学年から覗きに来る奴がいて、中には露骨にガッカリして帰っていく奴とか、アルファ、デルタ、ガンマを紹介してほしい、写真とかないのか? とか言って来る奴もいたが、個人情報だって言って全部断っている。
平和な時間だけが過ぎて行った。
閑さんが来るまでは。
いや、気付くべきだったんだよな。
「ホームルームの時間だ。席につけ。さて、今日は転校生を紹介する」
「しずかちゃん! 転校生は男ですか? 女ですか?」
「うむ。とびっきりカワイイ女の子だ」
男子たちのテンションが上がる。
ただ、なんだろう?
さっきから変な汗が止まらない。
夏だからかなー?
「入ってきたまえ」
閑さんがそう言うと、教室の扉が開き、制服姿の彼女が入ってきた。
周囲がどよめく。
なにしろ、彼女はいまや時の人――世界が最も注目する有名人だったから。
「自己紹介を」
「……ん、エルフのトゥーナ。よろしく!」
途端にクラスメートから歓声が上がった。
閑さんが手を叩いて静かにするように注意をする。
「では、トゥーナくんは壱野くんの隣に座るように」
「先生、壱野の隣は俺の席だけど!」
「悪いが青木くんは備品室から机を持ってきて、好きな場所に移動してくれ」
「マジっすか……」
青木はそれでも事情を呑み込んで、備品室に机を取りに向かった。
トゥーナは俺の隣に歩いてきて、
「……泰良様、よろしく」
と謎のVサインをして席に座った。
閑さんが先生になったのも、3組の担任や管理作業員が変わったのもトゥーナのサポートをするためってことか?
してやられた。
「それと、今月末、ダンジョン学園のプレオープンイベントとして新しい黒のダンジョンへの先行入場権を獲得した。参加希望者は当校では50名までだが、このクラスの生徒は私が責任をもって優先入場させるから希望者は放課後までにこの用紙に記入するように」
「先生! 俺、十七歳だからダンジョンに入れません!」
「安心したまえ、柴山くん。ダンジョン学園のダンジョンは世界初、十五歳以上の人間ならば入れる、決して死ぬことのない最も安全なダンジョンだ」
と閑さんはダンジョン学園のダンジョンの説明をした。
 




