閑さんのモルモット
「それで魔道具用のレシピが三つも出たんだ……へぇ……」
翌日の昼休み。
魔道具用レシピ三枚を水野さんに渡したら、彼女は何故か若干引いている様子だった。
「あのね、壱野くん。捕獲玉とか予約3年待ちなの知ってる? 私、それを作るだけで結構手一杯なんだけど。自分が鍛冶師なのか捕獲玉職人なのかわからなくなるくらいに」
と言っても、水野さん以外に魔道具を作れる知り合いはいないから彼女以外に渡す相手がいない。
「でも、作製時間がだいぶ短くなったって言ってなかった?」
「壱野くんのお陰でレベル上げが捗ってるからね……はぁ……でレシピって?」
「この三つ」
「これも壱野君の幸運値のお陰なのかな……実はちょうど新しい魔道具を開発しないといけないところだったの」
「え?」
「トゥーナちゃんのクエスト、実は私もやらせてもらってるの。クエストの依頼って発行される三枚のうち一枚はダンジョンの外でもできるものだから。納品系の依頼は明石さんに協力してもらってね。それで、この前出たのが新しくレシピを覚えて開発する依頼だったんだよね」
「それって、まず鍛冶師以外は無理ゲーじゃん」
「そうでもないよ? レシピって魔道具用レシピだけじゃなくて、料理用レシピとか調合用レシピなんかもあるみたいだから。とはいえ、私は魔道具だけなんだけど。それで、そのクエストを達成したら開発って技能が手に入るから達成したかったんだよね」
水野さんはレシピを受け取ると、その偶然がおかしいのか笑った。
確かにタイミングが良すぎて、俺の幸運のせいだって疑いたくなる気持ちはわかる。
そして、水野さんはレシピを広げる。
彼女は無言でレシピを修得。
そして、さらに次のレシピを確認する。
またも無言で最後のレシピを開けて見た。
「作れそう?」
「えっと、必要な素材が全部複雑で……魔鏡、ユニコーンの角、金属溶解液。どれか持ってる?」
「……全部ない。明石さんに言って取り寄せてもらう?」
「んー、実はクエストの期限が今日までなんだよね……今日中は難しいんじゃないかな? Anazonさんでも午後からの即日配達は難しいでしょ」
「確かに……スーパーの商品の配達とかだったら最短数時間だけど」
んー、何か方法はないか?
『利用できるものは利用するべきだって思うかな』
ミルクの言葉を思い出し、俺は水野さんと一緒に職員室に向かった。
職員室で閑さんはカ〇リーメイトを齧ってブラックコーヒーを飲んでいた。
かなり味気無さそうな昼食だ。
「なるほど、私を頼ってくれたか。嬉しいぞ、ちの太くん」
「ちの太くん?」
水野さんが聞きなれない呼び名に聞き返すが、そこはスルーしてほしい。
「ユニコーンの角はないが、魔鏡と金属溶解液なら家の中にあるはずだ。明日持ってこよう」
「いえ、今日中に必要なんです」
「そうなのか? だったら放課後私の家に一緒に来てもらおう。なに、生徒を家に招くのは先生としての夢だったのだ。いまから楽しみだよ」
と閑さんは盛大に嘯き、彼女が住んでいる家の場所を記した地図をパソコンから印刷して俺に渡し、放課後直ぐには帰れないので、17時30分以降に来てほしいと言った。
急な転勤のはずなのに結構大きな一軒家に住んでいるんだな。
しかし、先生の家に招待か。
虎穴に入らずんば虎子を得ずってことわざがあった気がするけれど、大丈夫かな?
一応、クロを影の中に忍ばせておくか。
※ ※ ※
放課後、一度家に帰って着替えた俺は、ミルクたちに今日一緒にPDに潜れないことをメールで伝え、水野さんと一緒に閑さんの家に行った。
少し古いが大きな洋館だ。
近くにこんな家があったんだな。
まるで殺人事件でも起きそうな家だ。
家のチャイムを鳴らすと、中から閑さんが出てきた。
いつも通りの白衣姿だ。
「待っていたよ、ちの太くん。水野くん。入りたまえ」
と中に招き入れられる。
入って直ぐのエントランスでスリッパに履き替え、奥の部屋に移動。
一人で住むにしては部屋の数がやたらと多い。
「ねぇ、閑ちゃん。なんで壱野くんのことをちの太くんて呼ぶの?」
「うむ。それは私が生徒のことを仇名で呼びたいからだ。他意はない」
「仇名で……じゃあ私に仇名をつけるとしたら何になります?」
「そうだな……水野真衣だから、マインくんだな」
「じゃあマインくんって呼んでください!」
「それは光栄だな。有難く呼ばせてもらうよ、マインくん」
なんか仲良くなってるな。
「先生一人で住んでるんですよね?」
「そうだな。一人で住んでいるといえるし、そうでないとも言える」
どういう意味だ?
「それにしては部屋の数が多い。あそことか何の部屋なんですか?」
「うむ。モルモットの部屋だ。案内しよう」
…………っ!?
モルモットって、実験素材の人間が監禁されているのかっ!?
そんな場所に案内するなんて、やっぱり俺たちのことを――
「わぁ、かわいい!」
その部屋には普通にケージに入ったモルモットがいた。
実験素材という意味ではなく、ネズミに似た動物のモルモットだ。
毛の長いモルモットが牧草を食べている。
「ペルビアンモルモットという種類のモルモットだ。名前はアントワーヌという。」
「へぇ、アンちゃんですね」
「うむ。ここはこの子の部屋だが、隣には別の子も暮らしている。モルモットは気温の変化に弱いから一日中空調の効いた部屋で過ごしているんだ」
「同じケージに入れないんですか?」
「この子は雄で、隣にいるベーリングは雌だからな。繁殖をさせるにしても時期を見計らう必要があるから同じケージには入れられない」
モルモットって一年で十二匹の子どもを産むうえに、生後三か月から子どもを産み始めるらしい。
そりゃ、同じケージで飼ったらとんでもない数に増えるだろうな。
「で、閑さん。この子は何の実験に使うんです?」
とそれは本当に何気のない質問だったが、水野さんが蔑むような目で俺を見てきた。
閑さんもため息を吐く。
「ちの太くん。アントワーヌもベーリングも私の家族、大切なモルモットだ。実験に使うわけがないだろう」
「そうだよ、壱野くん。それはさすがに失礼だと思う」
えぇ、そういう反応?
二人に言われて俺は思わず謝ってしまった。
影の中でクロが「失言だよ」って言っている気がした。




