一緒の大学
始業式も終わり二日目からは普通に授業が始まった。
担任は相変わらず閑さんだった。もしかしたら彼女が思ったより普通だった俺に興味を失くしてさっさと教師の仕事を辞めて研究所に戻ったのではないかと思っていたが、普通に授業をしている。
彼女の担当科目は化学だった。
悔しいことにめっちゃわかりやすかった。
他の生徒からの評判もいい。
青木も彼女を評価する生徒の一人だった。
「いやぁ、閑ちゃん。最初はなんか寝ぐせもあって目の下に隈があって白衣を着て変な先生だなって思ったけど、いい先生だよな。廊下で一緒になったとき北条時行について語り合ったぜ。閑ちゃん、化学教師なのに日本史にもアニメにもめっちゃ詳しいんだよ。日本史から見る逃げ若の考察が凄くて」
「…………そっか」
「なんだ、元気ないな。そういえば初日から閑ちゃんに家庭訪問されたんだっけ? 何かイヤなこと言われたのか?」
「まぁ、そんなとこ」
「そっか。でも、イヤなこと言うのも先生の仕事の一つだと思うし、お前を嫌って言ったんじゃないと思うぞ?」
いや、むしろ好かれていると思う――実験素材として。
しかし、あの人ってアニメも見るのか。
「そういえば、三組にも新しい先生が今日から赴任してきたらしいぞ」
「そうなのか?」
「ああ。若い男の先生でクールなイケメンだって女子が盛り上がってた」
「柴山先生はどうなったんだ?」
「なんか、どっかの私立高校の教頭の枠に欠員が出てそっちに行くことになったらしい」
どこかで聞いた話だが、さすがにそっちは偶然であってほしいな。
「あと、管理作業員さんが変わった。前の管理作業員の爺さん、学校の備品をくすねてたのがバレてクビになったらしい」
……ただの偶然じゃない気がしてきた。
なんなんだ?
放課後、閑さんに呼び止められる。
また変な実験かと思ったら、A4サイズの封筒を渡された。
「ちの太くん。帰ったらこれを読みなさい」
「なんですか? これ」
「君の影を纏うスキルがあるだろ?」
「影獣化のことですか?」
「そのスキルについての私の考察だ。本当は君と議論をしたいのだが、今日は時間がなくてね。よかったら今度結果を教えてくれたまえ」
と言って彼女は手を振って職員室に向かっていく。
……影獣化の考察ねぇ。
実際に使っている俺以上に詳しい人はいないと思うけど、どんなものか見てみるか。
※ ※ ※
閑さんから渡された紙には、影獣化スキルの危険性について書かれていた。
まず危険性だが、影獣化の本質が影を纏うことにある以上、影に作用するスキルを持つ魔物に対する注意が書かれていた。
例えば影縫いというスキルは相手の影に攻撃をすることで相手を動けなくすることができる。
もしもそのスキルを持つ人間と影獣化して戦った場合、触れられただけで動けなくなる可能性があるというもの。
そして、魔物の中には敵の影の中を移動したり影の中から攻撃をしてくる魔物がいるという。
そんな魔物を相手にした場合、影の身体というのは非常に危険を伴う。
逆にそういう魔物をテイムし、影獣化とともに使うことにより新たな運用法が発見できるのではないか? とも書かれていた。
「……なんかこんなことになった」
放課後、PDに集合した俺は、早速新たな影獣化の姿を見せた。
鎧の姿も変わっているし、俊敏値、攻撃値も上がっている。
まさか、こんなに簡単に強くなれるとは。
「その姿もカッコいいです」
「ありがとう、アヤメ」
「差し詰め、泰良バージョン2.0ね」
「姫、その呼び方は普段の俺がバージョンダウンしてるみたいだからやめてくれ」
「クロちゃんは大丈夫なの?」
「ああ、問題ない」
影獣化を解除すると、鎧の中からクロが飛び出してきた。
そう、クロが俺の影の中に入っていたのだ。
閑さんから渡された影に作用する魔物一覧の中に、ダークネスウルフがいた。
ダークネスウルフは影の中に入ることができる魔物だったのだ。
試しにクロに中に入ってもらった状態で影獣化を使用すると見事に成功した。
最初は少し怖かったので、影に入った状態での影獣化ではなく、影獣化した状態からクロに中に入ってもらったのだが、それでも問題なく鎧が変形した。
鎧になっている間も別に意識が融合するなんてことはなく、普通にいつもの俺だし、クロは自由に動けないから窮屈なんじゃないかって思ったけれど、この状態で魔物を倒すのは一緒に狩りをしているみたいで楽しいそうだ。
試しにネオキューブ狩りをしてみたところ、二時間程で六十六体のネオキューブ狩りに成功した。俊敏値が上がり、姫ほどではないにせよネオキューブに追いついて倒せるようになったのだ。
いくら魔物の出現率を上げているとはいっても昨日と比べると段違いに効率がよくなってる。
「クロ、影の中に入れるなら教えてくれよ」
「わふ」
クロは聞かれなかったから必要ないと思っていたらしい。
影の中に入れるのなら、電車やバスに乗って外出するときにキャリーケースに入れて運ぶ必要もなかったのに。
ただ、この技にも欠点がある。
鎧がクロになっていることで、鎧を切られたらクロにダメージがいってしまうのだ。そして、ダメージを受けるとクロは鎧から飛び出してしまった。
どうも鎧に一定のダメージを受けるとクロは影に入っていられなくなるらしい。
再度影の中に入るまで三十秒ほどの時間が必要になった。
普段の三十秒はカップラーメンも作れないくらい短いが、戦闘中の三十秒はかなり大きな時間となる。
「ねぇ、姫。ダークネスウルフが影の中に入るって知ってた?」
「いいえ。そもそもダークネスウルフって黒のダンジョンにしか現れないから情報がかなり規制されていて少ないのよ」
ミルクと姫が小声で話す。
そっか、ダークネスウルフって珍しい魔物だったのか。
俺もダンポンに名前を教えてもらうまで知らなかった。
高レベルの探索者らしいし、もしかしたら富士山のダンジョンも調査していたのかもしれない。
「それで、その先生はどうするの? 調査に協力してもらうの? 泰良がイヤなんだったら私から上松のおじさまに頼んでもいいよ?」
「トゥーナさんからダンジョン局にお願いして働きかけてもらうという手もありますよ。いまの状況だとトゥーナさんが頼めば断れないはずです」
「二人はどう思うんだ?」
俺が尋ねると、ミルクとアヤメは顔を見合わせる。
「私は――こういう言い方はダメかもしれないけれど、利用できるものは利用するべきだって思うかな」
「月見里研究所っていえば日本の研究機関としては最高峰ですからね。私たちだけで考えるよりはエルフの世界を救う手立てが見つかるかもしれません。とはいえ、こちらからの情報の提供は吟味する必要があるでしょう。少なくとも廃世界やD缶から見つかった勇者のペンダント、それと天沼矛のようなアイテムについては黙っていた方がいいと思います」
うん。
特に天沼矛についてはマジでヤバイと思う。
実験と称して、ムー大陸とかアトランティス大陸を生み出されたら困るからな。
「そういえば、閑さんに大学への進学も勧められたんだよな。推薦取らせるから、ミルクやアヤメとも同じ大学に行ったらどうだって」
「「どこの大学っ!?」」
「えっと……」
俺はその大学の名前を言う。
すると、ミルクとアヤメにとっても志望校の一つだったらしく、大袈裟なくらい喜んでいた。
ただ、二人にここまで喜ばれたら、
「やっぱり行かない」って言えない雰囲気だ。
「私も泰良と一緒に大学に通いたいし、そっちへの編入試験受けようかしら」
姫までそんなことを言い出す始末だ。
せっかく京大に行ってるんだから勿体ないことするなよ。
「押野さんの壱野さんへの態度、少し変わりましたね」
「姫、もしかしてもらったの?」
「ええ。泰良から指輪を貰ったわ。私が最後みたいだけど」
となって、三人で後で指輪を見せ合う約束をしていたが、姫と俺の距離が縮まったのは指輪じゃなくてスキル玉のせいだと思う。
「じゃあ、閑さんの話はそのくらいにして、トレジャーボックスNを開けるか」
インベントリに入っている66個と、昨日集めた34個。
合計100個だ。
「一人25個でいいか?」
「全部泰良が開けなさい。泰良にはトレジャーアップスキルがあるんだから」
「え? トレジャーアップってトレジャーボックスにも効果があるのか?」
トレジャーアップは宝箱の中から良い物が出やすくなるスキルだ。
とはいえ、本当に出やすくなっているかはわからない。
幸運値の方が影響大きそうだし。
「効果があるって言われているわ。効果がなくても泰良が開けたほうがいいでしょ」
ミルクとアヤメも頷く。
そっか。
みんなで開けるの楽しみだったんだけどな。
じゃあ開けるか。
「一個目! 身代わり腕輪?」
でも、前のと色が違う。
【身代わりの腕輪N:攻撃を受けたときにダメージを肩代わりしてくれる腕輪】
名前が違う?
さらに詳細鑑定してみると、体力1000まで肩代わりしてくれるらしい。
通常の身代わりの腕輪の10倍だ。
値段も10倍で売れるのかっていえばそうではなく、地上で要人護衛用に使う分には通常の身代わりの腕輪で十分だから売値もせいぜい二倍くらいらしい。
「姫の分身に渡して使い潰してもらうか」
「一応売れば3000万円くらいになるんだけど、それを使い潰すってのも凄い話ね」
「身代わりの腕輪も供給過多で在庫残ってるんだし、別にいいだろ」
ってことで二個目。
「魔道具用レシピだ。こんなのも出るんだな。これは水野さん行きでいいな」
「トレジャーボックスNから魔道具用レシピが出たなんて聞いたことないけど、泰良のトレジャーアップの効果かしら?」
「普通に泰良の幸運値の高さが原因な気もするよ」
「そうですね」
そんな感じでトレジャーボックスNを開封していった。




