ネオキューブ狩り対決(その2)
結構本気で走っているが、姫は後ろからついてきている。
魔物の気配がした。
ネオキューブだ。
ネオキューブは直ぐに逃げ出した。
「解放:火の矢」
火の矢が闇を纏って飛んでいくが、避けられた。
俺は追いかけた。
徐々に距離が縮まっていくが、追いつききれない。
やっぱり影獣化しても姫の方が速いのか。
時間を掛ければ常在戦場スキルの効果で俊敏値が上がっていくけれど、今は姫との狩り勝負。時間を掛けられない。
だったら――
俺は追いかけるのをやめて影獣化を解除した。
「ちょっと、泰良! 逃げられたじゃない」
「いいんだよ。いまは地形の把握に専念する。そんで地形を把握して、袋小路に追い詰めることができるネオキューブだけを倒す。考えてみれば姫とキューブ狩りをしたときもそうしてたからな」
無我夢中に追いかけていたらいつか追いつけたかもしれないが、追いかけるのに夢中で地形の把握ができなくなっていた。
あそこは諦めるのがいい。
損して得取れだ。
ということで地形の把握に専念。
ネオキューブを追い詰める場所をいくつかに絞る。
途中、キューブキラーとも遭遇して、剣術対決になったが、
基礎剣術其の壱――必中剣。
俺とキューブキラーの必中剣は互角。剣と剣の衝突で終わる。
そして、こうなったら次のコンボに繋がらない。残るは単純な地力の差。
剣術の技量は相手の方が上だが、攻撃値と俊敏値のごり押しで倒した。
日本刀が落ちていたのでインベントリに回収。
ダンジョン産銃砲刀剣類登録証の発行とか面倒なので換金所で売ってしまおう。
そして、20分が経過したあたりでネオキューブ狩りを始めた。
追い詰めて倒す。
追い詰めて倒す。
追い詰めて――と脇をすり抜けようとしたが俺の剣の間合いなので倒す。
トレジャーボックスNのドロップ率は現在100%。
と姫がポーションを飲んだ。
「分身がやられたのか?」
「ええ、グループBの一人やられたわ。全員やられたら手に入れたアイテムの回収が面倒だから集合場所に向かってもらった」
「そうか……」
分身の体力は少ない。
姫の体力の五分の一を九人に分けているのだから、一人当たりの体力は姫の四十五分の一しかない。
もしも姫の本体が戦っていたら一撃で体力が底を尽くことはないだろう。
それでも、分身とはいえ姫を倒せる敵がいるというのはやっぱり恐ろしい場所なんだな。
と宝箱を発見。
狩りの途中でも宝箱は開けるべし!
中身はD缶か。
「開封条件は?」
姫が尋ねる。
「えっと――と魔物の気配! 悪いが後だ!」
とD缶をインベントリにしまい、ネオキューブを追いかけた。
そして、制限時間になった。
俺は姫と一緒に迷宮転移で26階層の入り口に移動する。
そこには既に姫の分身たちが待っていた。
姫の分身はトレジャーボックスNを本体に渡して消えていく。
「よし、姫、勝負だ!」
「そうね。一個ずつ床に置いていきましょ! まずはひとーつ!」
一つ、二つ、三つと床にトレジャーボックスNを置いていく。
そして――
「「じゅうろく!」」
とお互い16個目のトレジャーボックスNを置いた。
「「じゅうなな!」」
と17個目のトレジャーボックスNを――
「って、泰良! それトレジャーボックスじゃなくてD缶じゃない」
「悪い。さっきので終わりだ。俺は16個」
「本当に? じゃあ私の勝ち?」
ああ、負けたよ。
姫は17個だったらしい。
追い詰めるのに時間がかかったのが敗因か。
「やったーーーっ!」
「そんなに嬉しいか?」
「そりゃそうよ! 本当に……本当に嬉しいわ」
と姫が笑って仰向けに倒れた。
「どうした? 力が抜けたか?」
「ねぇ、泰良。私は天才よ。誰にも負けない才能がある――」
「そうだな、天才だよ」
「そう思ってた。でも、違ったの」
姫が急にそんなことを言い出した。
「どうしたんだ?」
「最近、レベルが上がっても攻撃値があんまり上がらなくなったの。それまで8とか9とか上がってたのに、急に1とか2しか上がらなくなって……それ以外は変わらずに、俊敏値は前以上に伸びてるんだけどね」
「それって――」
「才能の限界よ。レベル100前後から起き始めるって聞いたけど、まさかこんなに早いなんてね」
そして姫は俺を見て言った。
「ねぇ、どうしたらいいと思う?」
「どうしたらって――お前は俊敏値があるんだから、攻撃がなくてもそっちで行けばいいじゃないか。回避タンクなんだろ?」
「ええ、そうね。回避タンクよ。どんな攻撃でも躱すつもりだった。たとえこの先攻撃が通じなくなっても、私がみんなを守ればいい。そう思ってたの。でも、そんなに甘くなかった。回避すらも無効化するスキルを使ってくる敵がいた。この先はもっと厄介な敵が増えて来ると思う。俊敏値だけじゃ皆を守れないの」
「お前……探索者をやめるのか?」
傷つく姫を見たくない。
危ないことはしてほしくない。
傷ついても平気なフリをしないでほしい。
分身が死んで、その記憶を引き継いで、それでも平気でいられるはずがないじゃないか。
頼むから無茶をしないでくれ。
そう思っていたのに。
そう思っていたはずなのに。
探索者として挫折しそうな姫を、俺は見ていられなかった。
彼女には常に一番を目指していてほしかった。
だから――
「馬鹿ね、私は世界一位になるの。探索者をやめるわけないでしょ」
って強がりでもそう言ってくれた姫に安心していた。
「とはいえ、プランの変更が必要ね。とっても悔しいわ。どうせなら攻撃値特化か、泰良みたいに幸運値特化の尖端異常者か、ミルクやアヤメみたいに覚醒者だったらよかったのに。知ってる? 覚醒者って普通の人よりもステータスの上限が高い場合が多いのよ」
「そうなのか?」
「そうなのよ。神は天才の私に嫉妬し、覚醒者としての道を阻んだに違いないわ。でも、私は負けない! 世界一になるにはこのくらいの試練乗り越えてみせるわよ!」
「そっか。じゃあ、天才の姫にこれをやるよ」
俺はさっき宝箱から出たD缶を渡した。
「俊敏値2000以上、攻撃値が1000未満で開けられる、まさにお前向きのD缶だ」
「あら、くれるのは婚約指輪じゃないの?」
「なっ、やっぱり知ってたのか」
「ええ。婚約指輪を渡してくれる雰囲気を作ったつもりだったのに」
と言って姫がD缶を手に取ると、いとも簡単にD缶はその蓋を開けた。
中身はスキル玉だった。
「食べていいかしら?」
「お前が食べないで誰が食べるんだよ」
姫がスキル玉を口の中に入れる。
「ちなみに、何味だ? 青だからブルーハワイか?」
「残念、ソーダ味よ」
と姫が答える。
「それで、婚約指輪は?」
「ダンジョンの中に持って入れないからロッカーの中」
「そう。じゃあ楽しみにしてるわ。一応泰良のことは世界一愛してるから」
「一応って――」
「一応よ。もしも泰良が私に探索者を諦めて家に入れなんて言ってきたら離婚届を叩きつけて一人でダンジョンに潜るくらいの一応」
それは手厳しいな。
でも、たぶん俺はそんなことを言わないだろう。
それがさっきわかった。
このまま姫がスキル玉を舐め終わるのを待った。
次の瞬間――
「泰良っ!」
と姫が俺の名前を叫び、そのまま唇にキスをしてきた。
思ってもいないタイミングで口をふさがれ、俺は何がなんだかわからない。
「凄いわ! あなたはやっぱり私が見込んだ最高のパートナーよっ! 愛してるわ!」
と姫がそう言ってもう一度キスをしてくる。
「姫、本当にどうしたんだよ!」
「あなたがくれたD缶のスキル玉、中身が巧遅拙速だったの!」
「こうち……高知? 節足? そのこうちせっそく……ってどういう意味だ?」
「元々の意味は、『いくら上手でも遅いよりは、たとえ下手でも速いほうがよい』って意味ね。孫子の作戦よ」
なるほど、四字熟語の意味はわかった。
孫子も聞いたことはある。
だが、漢字はわからん。
「で、スキルの効果は?」
「四字熟語の意味から転じて、攻撃値が高くても俊敏値のない攻撃よりも、攻撃値が低くても俊敏値の高い攻撃の方がいい! つまり、俊敏値が高ければ高いほど、攻撃値が低くても敵へのダメージを上乗せしてくれる超超超超私向けのバフスキルってわけ!」
俊敏値が高いほど攻撃値に上乗せって……ハァ!?
姫の俊敏値がそのまま攻撃に上乗せされたらどうなるんだ?
「もちろん、完全に俊敏値と同じ攻撃値になるわけじゃないわよ。今の状態だと泰良には全然及ばないと思う。でも、俊敏値を上げることで攻撃に繋がる道ができた。私の道は止まらないわ!」
と姫は興奮冷めやらない態度で、改めて世界一位の探索者になることを誓った。
尚、地上に戻ってから改めて婚約指輪を渡したら、かなり喜んでもらえたが、テンションだけならさっきのスキルを覚えたときの方が高かったなぁと思った。




