いつもと違う二人といつも通りの二人
閑さんと母さんが話している。
最初は世間話から始まって、そして進路の話になった。
「高橋先生から引継ぎを済ませていただき、泰良くんの成績を確認いたしました。泰良くんは四月の段階では大学進学希望と書いていましたが、夏休み前に行った進路希望では就職希望に変わっています。お母様はその話はご存知で?」
「ええ。息子とも話し合ったのですが、学業と探索者、二足の草鞋で進むのは厳しいと――」
「しかし、彼のパーティメンバーの女性二人は大学への進学希望、そして一人は現在京都大学に在籍しています。彼が勤めているEPO法人も時間に融通の利く企業のようですし、二足の草鞋が難しいというだけで大学進学をあきらめるのはどうでしょうか?」
「あら、そうなのですか?」
閑さんの言葉に母さんが食いつく。
どこからその情報を手に入れたんだよっ!?
「あの、閑さん。そのことは終わったことですので」
「泰良、先生に対してその呼び方はどうなの? 月見里先生と呼びなさい!」
「いえ、お母様。生徒からは親しみを込めて名前で呼んでもらっているんです。私はアメリカの大学を卒業しているので、名前で呼ばれるのが普通だったのです」
「あら、アメリカの!? もしかして、有名な大学なのですか?」
「ええ、一応ハーバードを首席で卒業しています」
「まぁまぁ、そうなのですか」
ハーバード首席は驚かないけど、この態度の変化はなんだ。
本当に閑さんなのか?
実は双子じゃないか? 明石さんとか六つ子だし、可能性はあるぞ。
それとも、ド〇えもんのひみつ道具に登場する木こりの泉に落ちて綺麗な閑さんに入れ替わったのか?
あの泉に落ちたのはジ〇イアンだったはずだろ?
「それでですが、お母様。泰良くんのダンジョン探索者としての経験とノウハウがあれば推薦入試で大学への進学も可能だと思うんです。こちらが推薦入試に関する資料になります。正直、泰良くんの現在の成績では推薦基準にはギリギリ達していませんが――」
嘘だ。俺がギリギリ達していないのは赤点の方で、推薦入試には箸にも棒にもかからない。
「彼の探索者としての経験とノウハウがあれば大学への進学も可能です」
「でも、入学はできたとしてもあの子の成績で卒業できるでしょうか?」
「ご安心ください。こちらの大学でしたら、私の所属している研究所の人間が何名か働いていますので泰良くんの在学中のサポートを行うことができます。留年させることはまずありません」
「そうなのですかっ!?」
閑さんがそう言って出したのは、関西でも有名な私立大学校のパンフレットだった。
俺の成績では逆立ちしても入れない大学だった。マークシートの選択問題だったら、もしかしたら鉛筆を転がすだけで9割正解するかもしれないが。
「どうかしら、泰良くん」
「いや、ええと……」
絶対閑さんが俺を実験素材として扱いやすい大学に進学させたいだけだろ。
研究所の人間が働いているって言っていたし。
「同じパーティメンバーのミルクさんとアヤメさんの学校の推薦実績や彼女たちの成績に鑑みてもこの大学は志望校の一つになっているはずよ。一度三人で相談してみたらどうかしら? 三人で同じ大学に行ったら探索者としての効率はもっとよくなるんじゃないかしら?」
「うっ」
確かに、ミルクとアヤメと三人で同じ大学の学生になるというのはいろいろと都合がいい。
くそっ、二人の学校の事情や成績をなんで知っているんだって疑問よりも、アドバイスが的確過ぎることに腹が立つ。
と、何故かいい話を貰って俺は憤った。
「泰良くん。大半の生徒は大学は良い就職先に行くためのステップアップだと思ってるけど、本当はそうじゃない。泰良くんはもう社会人として一生分のお金は稼いでいると思うけど、だからこそあなたは誰よりも純粋に学問の道を進むことができるの」
……純粋に学ぶため。
ダンジョンについて学ぶ……か。
確かに俺には圧倒的にその学問としての知識が少ない。
胡散臭いはずのその言葉にさらに心が揺らぐ。
すると――
「月見里先生っ!」
と母さんが閑さんの手を握って、
「どうか、息子のことをこれからもよろしくお願いします!」
「ええ、もちろんです。泰良くんは私のかわいい生徒ですから!」
一瞬寒気が過ぎった。
閑さんと母さんはすっかり意気投合してしまった。
母さんは俺には大学に行って欲しいと思っていた。
その後はトゥーナと会うために、現在はトゥーナのものとなっている元兄貴の部屋に向かう。
その廊下で閑さんが尋ねた。
「何か言いたいことがあるようだが、どうしたのかね? の〇太さん」
「偽物かと思いましたが、本物だったんですね」
の〇太さんと呼ばれてどこかホッとしたっていうのも妙な話である。
「もちろんだよ。私の灰色の脳細胞は誰にも真似できないからね」
「あんな風にまともな人間のフリができるのなら、俺にも最初からそう接したらよかったんじゃないですか? だとしたらこっちもこんな風に毛嫌いしたりしませんよ」
「毛嫌いされたくはないのだが。しかし、長い付き合いになるのだし、いつかはバレるだろう? そうなったら君は騙されたと思うのではないかね?」
確かに、さっき母さんに見せていたように生徒に親身になって考える優しい先生だと思っていたら、実はマッドサイエンティストだったと気付いてショックを受けるよりも、最初から変な人だとわかっていたほうがショックは少ないか。
って、さらっと長い付き合いになることを前提に話されたが、イヤだからな?
学校では短い付き合いになるって言ってたじゃないか。
「ところで、いつまでの〇太さんって呼ぶんですか?」
「君がそう呼べと言ったのではないか」
「それはそうですけど、学校でそう呼ばれたら困るんで」
「では、ちの太くんと呼ぼう」
まさか、『いちのたいら』だからちの太って……まぁ、の〇太よりはマシか。
「じゃあそれでいいですよ。でも、トゥーナには変なことはしないでくださいね。もし変なことするようならペットが黙ってませんから」
「ほう、ちの太くんはペットを飼っているのか。それは楽しみだ」
もしかして、俺の飼っているのがダークネスウルフだと知っているのではないか?
閑さんの発言が全部何らかの意味があるように思えてくる。
トゥーナの部屋の扉をノックする。
トゥーナが返事をしたので扉を開ける。
一瞬、玉座の間の幻を見た。
いまの彼女の立ち居振る舞いはカレー好きのエルフの少女ではない。
その立ち方、一挙手一投足だけではない。
髪の毛一本のその先まで、エルフの女王だった。
相手がトゥーナでなかったら思わず跪いていただろう。
「お初にお目にかかります、トゥーナ女王陛下。お時間を頂きありがとうございます。私は月見里閑と申します」
「よくいらっしゃいました。どうかお座りください」
いつもの小さな声ではなく、はっきりとした声で彼女は言った。
なんだこの狸と狐の化かし合いは。
俺の知ってる二人じゃない。
「ああ、二人とも。頼むからいつも通りにしてくれ。こんな状態じゃ俺が落ち着かない」
「……ん、わかった。じゃあとっておきのカレーラムネを飲む」
「ちの太くんの頼みなら仕方ないな。しかし、エルフの女王と聞いていたが、想像以上に可愛らしいモルモットのようだ。涎が出て来るよ」
トゥーナが通販で購入したカレー味のラムネを取り出し、閑さんが涎を啜る。
お前らには1と0しかないのか。
(今日のお昼の更新はお休みです。ごめんなさい)




