面倒な担任先生
現在、全校生徒が炎天下のグラウンドで校長先生の話を聞いているのだが、俺は閑さんと二人で生徒指導室にいた。
若い女教師と二人きりの生徒指導室なんていうと背徳的な響きだが、俺にとっては厄介事の種にしか見えない。
なにしろ、初対面の他人をモルモットと平気で言う女性だからな。
「閑さん、何やってるんですか。というか、教員免許持ってるんですか?」
「もちろんだとも。国語以外の全ての科目の授業が可能だよ」
「国語がダメな理由は想像つきますが、高橋先生はどうなったんですか?」
「私のコネを使って、ちょうど席ができた高校の校長の席に座ってもらったよ。栄転というやつだ。感謝していたよ」
「それはそれは――」
実験材料にされたとかでないのならそれでいいや。
「で、何の目的で? 普通に教員として採用されたなんて言わないで下さいよ」
「もちろん、私の目的は君だよ、の〇太さん。私はね、君の持つ異常な幸運値について調査をしたいんだ」
「お生憎様。担任がマッドサイエンティストに変わった時点で、俺の幸運値はたかが知れていますよ」
「そうかそうか、君も私に出会えたことを幸運だと思うか」
頭がいいのか悪いのかはわからないが、人の機微を全然理解していないんじゃないか、こいつは。
「目的の半分は君だ。だが、もう一つある。の〇太さんはエルフの女王を元の世界に戻す方法を模索しているのだろう? だったら研究者である私の力が必要じゃないのか? 言っておくが、日本という小さな島国の中限定でいえば、私よりもダンジョンについて研究を進めている人間はいないと思うぞ。それとも君たちは自分だけの力でエルフの女王の世界を救うことができるというのかね?」
「それは……」
彼女の言う通りだ。
俺たちだけだと力不足であることは認めざるを得ない。
「さて、の〇太さん。早速だが、君にテストをしてもらいたい」
「テスト?」
「なに、ただの〇×クイズだ」
と彼女が出したのは一枚の紙だった。
しかし、解答欄はあっても、問題がない。
「〇と×を書き込んでくれたまえ」
「いや、ダンジョンの中ならまだしもダンジョンの外で全問正解は無理ですって」
「いいからやってみたまえ」
そう言われて、しぶしぶ適当に〇×を埋める。
結果――
「うむ。20問中11問正解か……微妙な結果だな」
「そりゃそうでしょ」
「では、次だ。9割正解したらこの魔法の缶切りを贈呈しよう」
と彼女は魔法の缶切りを取り出す。
その黄金のアーミーナイフは学校には似つかわしくないが、俺にとっては結構欲しいアイテムだ。
捕獲玉を提供したときに条件に出していたから覚えていたのだろう。
「あと、このコインを使いたまえ。表には〇、裏には×が書かれている」
「意味あります?」
「当然だ。君は無意識に〇や×が三連続続くことはない等、意識的か無意識か解答に傾向を持たせている。それを省き、運だけで決めてもらいたい」
そう言われてみると、さっきの問題は〇、×を三連続書くことはなかった。
完全にランダムにするための提案か。
9割ってことは、18問以上正解か。
普通に考えたら難しいが、試してみるのは無料だからな。
よし――
とコインを投げて埋めていく。
結果――
「20問中18問正解か……これは驚いたな」
「ギリギリですね」
「ギリギリでも凄い確率だ」
「どのくらい凄いんですか?」
「なるほど、の〇太さんは数学の点数はあまりよくないようだ」
悪かったな。
赤点を回避するくらいには点数あるよ。
「104万8576分の211だな。この確率を一発で引き当てるとは」
と言われてもわからないので、100万分の200として計算すると……5000分の1くらいかな?
「まぁ、運はよかったですがダンジョンの中でドロップ率0.1%のスライム酒とか毎回出るわけではないですよ」
「さて、約束通りこれは君に渡そう」
「ありがとうございます。あの、もしよかったら代金は支払いますが」
「気にすることはない。ただしこれを使ってD缶を開けるところを見せてもらいたい」
D缶を開けるところか。
見られたらマズイ……かな?
前回は宝の地図、スキル玉、三種の神器の勾玉と正直ヤバイものだらけだった。
姫が仕入れたD缶の中にも激レア缶はあったので、それを開けたいのだが。
と俺が悩んでいると、閑さんは頷く。
「なるほど、悩むか。君は自分が開けたD缶の中からとてもいいものが出てくることを確信しているようだね」
この女、危険だな。
俺には秘密が多いが、自分がベータであることとか、ペットがダークネスウルフであることとか、幸運値が非常に高いところとかは別にバレてもいいと思っている。
だが、絶対にバレてはいけないと思っているのが三つある。
・PDを生成できること。
・PDの中に片足を突っ込むことで、どこでも魔法を使えること。
・詳細鑑定を使えること。
閑さんと関わっていると、その秘密が明るみになりかねない。
「あの、俺はそろそろ失礼して――」
「今日はの〇太さんの家に家庭訪問させてもらおう。お家の方に伝えておいてくれたまえ」
「は? いや、今日は母さんは忙しくて」
「そうか?」
彼女はそう言うと、スマホを取り出してどこかに電話をし、ワンオクターブ高い声で――
「お電話失礼します。私は今日から泰良くんの担任として月新高校に赴任してきました月見里閑と申します」
なっ、お前、まさか家に電話してるのか?
「ええ、いえいえ、そんなことはありません。泰良くんの探索者としての事情を伺っていまして。今後の授業のこともありますので、一度お家に訪問して、お母様のお話を伺いたいと……はい、はい。それでは、放課後、泰良君と一緒に伺わせていただきます…………だそうだ」
なんて奴だ。
高校を自主退学しようかと本気で考える。
俺の月見里閑の第一印象は変な人で、今日の第二印象は面倒な人になった。
というか嫌いだ。




