またも最上階での会食とEPO法の成立
ゴールデンウィークが終わり、平日が戻ってきた。
俺の場合、休もうと思えばPDに行けばいくらでも休みを取れるわけだし、学校の方がいい気分転換になっている気がする。
平和な日常だ。
うん、めっちゃ平和。
青木が死んだ魚のような目をしていることを除けば。
「どうしたんだ? 青木」
「ああ……壱野、おれ、もうダメかもしれん」
「どうしたんだ?」
「理想の美少女を見つけた」
なんということだろう。
青木が恋に落ちたらしい。
「マジか。え? 相手はお前のこと知ってるのか?」
「めっちゃ知ってる」
「どんな子?」
「これ――」
好きな相手を「これ」って呼ぶのはよくないなって思いながら、青木が差し出したスマホを見る。
そこに映っていたのは、恥ずかしそうにしている超絶カワイイ美少女の写真だった。
百人に聞いたら百人がかわいいっていう美少女だ。
だが、なんだろう?
とても危険な香りがする。
この娘に惚れたら絶対にいけないような空気を俺は肌で感じていた。
それに、なんかこの子にどこかで会った気がするんだよな。
特に目元に見覚えがある。
と、俺は青木の顔を見て気付いた。
「…………これ……もしかして、お前か?」
俺の問いに、青木は少し間を置き、小さく頷いた。
「……響さんの動画サイト、女性が多いから男性ファンを取り込もう。それで俺に女装させたらウケるんじゃないかって話になって。最初は何の冗談かって思ったんだけど、編集の先輩がそういうメイクとか超得意で……気付いたらこの仕上がり……まさかの俺の理想の女性が俺の女装姿……まじ何の冗談だよ」
「……元気出せ。あとでジュース奢ってやるよ」
俺がそう言うと、青木は気持ちを切り替えたのか再起動し、
「がぶ飲みメロンソーダで頼む。あと、探索者に復帰することになった」
「え?」
「俺の人気が高いらしくてさ。響さんがダンジョン配信一緒にできたらって。それに、いまならダンジョンも空いてるから一ヶ月もあればレベル10になれるだろうって。レベル上げの間も給料出してくれるみたいだし。だから、お前も今度の休み、一緒に梅田Dに行かないか?」
「悪い。その日は別の奴と遊びに行く約束してるんだよ」
次の日曜日は東さんとダンジョンに行く約束をしている。
二人で三階層に行く予定なので、レベル1の青木はついていけない。
万博公園Dの事件で、もしかしたらダンジョンに行くのが怖くなったかなと思って連絡したけれど、俺と一緒に行くのを楽しみにしていると返信してくれた。
たぶん、まだ一人でダンジョンに行くのは怖いんだけど、でも一流の探索者になりたいって気持ちもあるんだろうな。
「そうか……ところで、女装してダンジョン配信に参加したら給料三倍出すって言われたら、お前ならどうする?」
俺ならそんな会社直ぐに逃げるね。
青木と話していると本当に日常が戻ってきたって気がするよ。
※ ※ ※
日常が再び始まっても、非日常は続いていくようで、俺が学校から帰ってきたタイミングを見計らうかのように、一台のハイヤーが自宅の前に停まった。
牛蔵さんからの呼び出しらしい。
事前に連絡を貰っていたから驚かない。
ヘリで迎えにこなかっただけありがたいと思っておこう。
ハイヤーはそのまま高速道路に乗り、市役所へと向かった。
そして市役所のエレベーターに乗り最上階のレストランへ。
市役所の最上階がレストランになっているというのは話に聞いていたが、こうして来るのは初めてだ。
ミルクといい牛蔵さんといい、牧野家の人間は最上階のレストランが好きなのだろうか?
レストランに入ると牛蔵さんが窓際の席で待っていた。
他の客はいない。
「お待たせしました」
「わざわざ来てくれてありがとう。本当は我が家で話をしたかったのだが、妻はあの日君がダンジョンにいたことを知らないからね。それに他の人にも話を聞かれたくない。貸し切りできるレストランというと、ここしか思い浮かばなかったんだ」
「貸し切りにしたんですか?」
「元々、ここのディナーは予約客限定だ。一組予約があったそうだが、穏便に譲ってもらった。問題ない」
問題ないって……まぁ、お金持ちってそういうものか。
だが、おかしいな。
このテーブル、椅子が二つしかない。
あとから誰かやってくるという感じもしない。
「あの、ミルク……さんは一緒ではないのですか?」
「ミルクにはカウンセリングに行ってもらっている。本当は朝から行ってほしかったんだが、学校に行くと頑なでね」
え? ってことは牛蔵さんと二人きり?
うわぁ、やりにくい。
額から嫌な汗がダラダラ流れて来る。
「好きな物を頼みなさい」
と言って飲み物のメニューを渡される。
コーラを注文させてもらった。
「コーラと、私にはウーロン茶を頼む」
「お酒は飲まないのですか?」
「この後富士山に戻らないといけないのでさすがにね。屋上にヘリを待たせてあるんだ」
そんな、車を待たせてある――みたいな。
俺が乗ってきたハイヤーも外で待ってるらしいけど。
「まず、これを君に渡しておこう」
牛蔵さんが一枚の紙を俺に渡してきた。
それは小切手だった。
ただし、金額の欄が空白だ。
書き忘れだろうか? もしくは――
「あの、金額が書かれていないのですが……」
「娘の命に値段など付けられない。好きな金額を書きたまえ」
やっぱりか。
現実でそんなことを言う人間がいるのだな。
俺が十億円なんて書き込んだらどうするんだ?
試されているのだろうか?
「銀行には百億は貯金がある。どのみち使い切れる額ではないし、今なお支出より収入の方が多い。全部君に上げても構わん」
俺の想像を超えていた。
生き方が豪快過ぎる。
俺は空白の小切手を見て、鞄に入れていた筆箱からボールペンを取り出して数字を記入。
「これでお願いします」
「それだけかね?」
牛蔵さんは五万円の金額が書かれた小切手を不機嫌そうに見る。
娘の命は五万円だというのか? と言いたそうな顔だ。
「ミルクさんとは、高級焼肉を奢ってもらうことで命を助けたことはチャラにする約束をしているんです。だから、これをミルクさんに渡してください。それ以上は望みません」
と言っても本当に渡すときは現金で渡してほしい。
父親から五万円の小切手を渡されてもミルクは困るだろう。
「本当にそれでいいのか?」
「それがいいんです」
「そうか……なら無理にとは言わない。しかし、高級焼肉というなら、あと五万くらい追加で渡しておこう」
牛蔵さんはそう言って、小切手を自分の内ポケットに入れた。
五万でも多いかなって思ったのに十万円か。
十万円あったら、一ヶ月連続で焼肉の食べ放題行けるぞ。
高校生と大人の金銭感覚の違いか。
コーラを飲んで喉を潤す。
もう半分以上なくなった。
料理、早く来ないかな。
「ここからが本題だ」
牛蔵さんの話はこれで終わりじゃなかった。
空白の小切手以上の本題を俺は知らないのだが。
「これはまだ未発表なのだが、政府は今月以内にEPO法を成立させる予定だ。君も名前くらいは聞いたことがあるだろう」
「それって、ギルドってやつですか?」
「政府は頑なにその呼び名を嫌っているが、その通りだ」
EPOは、Explorers' Partnership Organizationの略で、日本語に直訳すると探索者協力組織。
俗にギルドと呼ばれている探索者のグループに関する法律で、去年あたりから噂にはなっていた。
いまは企業と契約したり個人同士でパーティを組んだりしているが、政府はそれを独自の枠で管理したいらしい。
探索者専用の法人枠を作る。
必要なときに政府の仕事を受けてもらう代わりに、税制面で大きな優遇を受ける法人組織らしい。
海外でもアメリカなど多くの国がその法を取り入れていて、日本はこれまで大きな後れを取っていた。
「EPO法人には様々な特権が与えられる。税制優遇も大きいが、なにより正会員の安全マージンの緩和が大きい。バイトウルフに勝てる君ならば、いますぐにでも七階層に行くことができることになる。既にダンポン側の承認も貰っている。認可されるEPO法人の数は30。正会員として認められる探索者は一つの法人につき探索者50名まで。それ以上の探索者が増えると管理も難しいからね」
「凄い話ですね」
ということは、探索者の枠で最大で1500人のギルド組員……もといEPO法人の正会員が生まれるわけか
プロとして活動している探索者は一万人以上いるが、ここでプロの中でも差が生まれるわけだな。
「私もそのEPO法人を立ち上げるように政府から要請を受けている」
「おめでとうございます」
「ありがとう。そこで相談なのだが、君も私のEPO法人の正会員にならないかね? 基本給として200は用意するつもりだ」
「基本給で年収200万円ですか?」
「いや、月給だ。そこから成果報酬を加える。バイトウルフを倒せる君だ。いまからでもその倍は余裕で稼げるだろう」
基本給年収2400万で、しかも税制優遇もついてくるのか。
普通なら迷わず飛びつく話だな。
だけど――
「すみません。まだ考えられません。学校もありますし」
「好機というのは手に入るうちに手に入れておかないと逃げるものだぞ?」
「それでも――はい。えっと、牛蔵さんは知っていると思いますが、俺が石舞台ダンジョンに入った方法って、普通とは違うスキルなんですよね」
俺がそう言うと、牛蔵さんは黙った。
そして、徐に口を開く。
「想像はつく。正規の方法以外に入る転移スキル。他の人に気付かれずに中にはいる透明化スキルに認識阻害スキル。まぁ、このあたりだろう。スキル発現者はだいたいはレベル100以上だが、低レベルで発現する可能性もある。非常に稀な話だがな」
そのどれでもありません。
やっぱり、本来、珍しいスキルはレベルが高いほど発現しやすいのか。
D缶のスキル玉について説明しようかと思ったが、その情報が公になったらD缶の値上がりは必至。
牛蔵さんから情報をリークしてもらうにしても、もう少し手元にあるD缶の数を増やしたい。
「どれも犯罪者にとっては喉から手が出るほど欲しいスキルでもある。レベル100以上の探索者だとダンジョンの外でステータスの恩恵が大きく下がるといっても自衛の手段くらいは持ち合わせているが、君のレベルと年齢ではそれも難しいか。確かにEPO法人の正会員のスキル情報は上に報告しないといけない。政府から情報が洩れる可能性は低いが絶対とも言えない……か。わかった。いまは保留としよう。君の席は空けておくから、気が変わったらいつでも言ってきなさい」
「ありがとうございます」
「礼を言いたかったのはこちらなんだ。このEPO法人の誘いも一つの礼のつもりだったんだが、却って迷惑だったようだな。さて、ではどう礼を返したものか」
「……あ、そうだ! だったら牛蔵さんがダンジョンで見つけて使わないまま放置してあるD缶、少しでいいんでもらえませんか? 集めるのが趣味なんです」
「D缶か。確かに家の倉庫にいくつかあったはずだ。わかった、送らせよう」
「ありがとうございます」
これで新スキルやレア魔道具がゲットできるかもな。
「それと、これも渡しておこう」
牛蔵さんが次に取り出したのは黒いカードだった。
ブラックカードなんて言わないよな?
さすがに他人のクレジットカードを持っているのは怖いぞ――と思ったら、そこに書かれているのは俺の名前だ。
「押野グループから貰った特別会員証だ。これがあれば押野グループのホテルで最大十名まで、宿泊だけでなく、レストランやスパを含む各種サービスを利用できるし、押野グループが管理するダンジョンに入ることもできる。普段は予約が必須のホテルだが、特別室はだいたいいつも空室になっているから予約も必要ないだろう。部屋が満室だったら系列の別のホテルを紹介してくれるはずだ」
「へっ!?」
間抜けな声が出た。
ある意味ブラックカードより恐ろしい。
大阪のある有名ラーメンチェーン店だと一生無料で食べられるラーメン屋のカードってのがあるらしいけれど、その比じゃない。
「押野グループのホテルには最低でもそういう部屋が複数用意されている。今回の謝礼と詫びに渡されたものだが、私には必要ないから君の名前で登録しておいた」
凄いカードだ。
彼はそう言うと、立ち上がった。
「では、私はもう行くとしよう。私と一緒だと緊張して食事もおいしくないだろう。それにヘリを待たせるのもよくない。会計は済ませてあるから心配するな」
「ありがとうございます」
牛蔵さんは去り際、立ち止まり何やら考え込む。
どうしたのだろう? と思ったら彼は振り返ることなく、
「ダンジョンには危険がつきものだ。私にもしものことがあったら、その時は娘のことをよろしく頼むよ、壱野くん」
「はい、もちろんです」
「だが、私の目の黒いうちはそうはいかないから注意したまえ」
怖っ!?
娘に手を出したら殺すって雰囲気がひしひしと伝わってきた。
俺が怯えながら頷くと、彼も深くうなずき、そして堂々と去っていく。
次の日、俺が学校にいる間に自宅に宅配業者のトラックがやってきたらしい。
牛蔵さん、昨日の今日でD缶を送ってくれたんだ。
母さんが受け取りのサインをしてくれたが、めっちゃ怒られた。
そりゃ怒られるよな。
学校から帰ってきたら玄関がダンボールで埋め尽くされていて中に入ることができなかったのだから。
でも、俺は悪くないと思う。
まさかD缶がダンボール300箱以上も送られてくるなんて思わないじゃん。
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次回からまたダンジョンに潜ります