陰陽少女アヤメ
「ええ、受け入れたわよ」
西条さんのいた施設から出て姫に電話をしたところ、ちょうど俺の家に向かってるというので家で話をした。
そして、ホワイトキーパーのことを尋ねたところ、姫はさも当然のように言った。
「具体的には探索者正会員25人、補助正会員13人、あと雑用のバイトくん1人ね」
「そんなに――うちの何倍もの人数じゃないか」
「そりゃそうよ。うちよりもランキングも上で、有名なEPO法人だもの。本当はもう少しいたんだけど、他から引き抜かれたり、引退した探索者もいるからこの人数に落ち着いたわ」
「じゃあ、今後俺たちは29人でダンジョンに潜るわけか?」
「そんなわけないじゃない。彼らの活動拠点は関東なんだし、そっちで活動してもらうわよ。あいつにも協力してもらってね」
あいつ――って、こいつか?
と俺は、さも当然のように家に来てトゥーナと一緒にカレーを食べている女性を見た。
金髪縦ロールという、それだけでお嬢様要素を満たしている、それでいて本当に生粋のお嬢様のこの人。
押野妃。
姫の異母姉であり、母親同士が姉妹であるから従姉妹でもある。
「とても美味しいですわね。カレーもさることながら、ラッシーも素晴らしいわ」
「……ん、カレーは至高」
「あら、トゥーナさん。気が合いますわね、シェフを呼んでくださらない?」
「……おかわりを希望するのならトゥーナも食べる」
思わず、「何しに来たんだ、こいつ」って言いたくなる。
ちなみに、シェフであるうちの母さんは留守で、このカレーを作ったのは俺だ。
料理技能を駆使して、魔法の水筒のカレールー、ダンジョン産玉ねぎ、アルミラージのウサギ肉、げきうまキノコを煮込んで作ったからマズイわけがない。
ラッシーも魔法の水筒の牛乳とそこから作ったヨーグルトとを混ぜた手作りで、これまた最高の出来だ。
だからといって呼ばれるつもりはない。
「で、どういうことだ?」
「私から説明いたします」
とそう言ったのは明石さん?
「お久しぶりです、壱野様」
「ああ、君代さんでしたか」
うちで事務をしている明石さんは実は六つ子であり、この明石君代さんはうちで事務をしている明石翔上の姉になる。
見た目はほとんど同じなので俺には区別がつかない。
「単刀直入に申し上げますと、妃お嬢様がリーダーをしていたパーティである天樺無敵が姫お嬢様が理事長を務めるEPO法人天下無双に入ることになり、その後ホワイトキーパーのメンバーと合流。関東を中心に活動することになりました」
「なんでまた?」
「お互いの利益のためよ」
姫が少し機嫌が悪そうに言った。
「そのバカ、母親――私にとっては伯母からの援助を打ち切られたの」
「え? なんでまた?」
「私たちと妃の間に差が付き過ぎたからね。妃や伯母くらいになれば、チーム救世主の中身くらい直ぐに調べられるもの。それで、キングの隣に立つには実力不足だって思われたんでしょうね。妹の娘の方が優秀だってなったんだから」
「そんなことで?」
「そんなことでよ。妃って名前はダディー――キングの隣に立つようにって付けられたんだもの。キングの娘だから姫って名付けるよりもはっきりしたスタンスよ」
そういう意味の名前だったのか。
つまり、お金がないから恥を忍んで身売りしたと?
このお嬢様が?
なんかキャラがブレていないか?
「あら、私は別にお金がなくて困ったから事業提携に加わるのではありませんわ」
傘下に入ったってことを事業提携と言い直した妃は、カレー用のスプーンを持ちながら言う。
「弟が困っていたら手を差し出すのが姉の務めです」
「弟? 妹の間違いじゃないんですか?」
「あら、あなたのことですわよ。壱野泰良」
と俺のことをフルネームで言う。
今回は名前を間違えなかったな。
って俺のことっ!?
「あら? あなたは姫と結婚なさったのですから、義理とはいえ私の弟でしょう?」
「なんでそのことを?」
「私の力を持ってすれば簡単に調べがつきます」
政府の極秘事項扱いになってるんじゃなかったのかよ。
「いま国会で上松大臣の所属する派閥が強引にでも通そうとしているダンジョン探索者に関する法律と、主に姫からの惚気と自慢のメッセージでおおよその察しは付きました」
「姫?」
「ちょ、直接は言ってないわよ」
てか、こいつらメッセージアプリで連絡取り合ってるのか。
しかもプライベートなことまで話し合う仲って。
実はめっちゃ仲がいい姉妹なんじゃないか?
「で……俺のためっていうのは?」
「エルフの少女の世界を救う。そのための情報が必要なのでしょう? ですが、あなたたちだけで調査をするには人手も伝手も足りない。そうではなくて?」
「それは……まぁ」
「だから私たちが協力して差し上げるのですわ」
「いや、でも政府もトゥーナに協力して調べてくれて――」
「ないですわね」
妃がはっきりと言った。
「日本政府にそこまでする義理はありません。まぁ、入ってくる情報を伝えるくらいはするでしょうが、積極的に調べようとはしないはずです」
トゥーナの価値は、世界でたった一人のエルフということと、クエスト発行というスキル。
彼女の世界を救うこと、彼女を元の世界に返すこと、どちらも彼女に恩を売る事はできてもメリットはない。むしろ、世界を繋ぐと言うのは厄介事の匂いしかしない。
及び腰の日本政府にとってはそういう火種に手を貸すよりも、トゥーナをもてなしながら、クエスト発行だけしてもらっていた方が助かる。
と妃は語った。
姫もそれに対して否定はしなかった。
「使える人員が欲しかったのは確かね。仕事は増えるけれど、それ以上に仕事を捌くペースも上がるわ。それに、妃はともかく――」
「わたくしはともかくってどういうことかしら?」
「明石君代は優秀よ。ホワイトキーパーの管理をそつなくこなしてくれるわ」
姫は妃の言葉を無視して続けた。
「どのみち、自分が関わった事件のせいで、誰かが苦しむ姿なんて泰良は見たくないでしょ? だったらホワイトキーパーの受け入れは必然だったし、それを管理してくれる人間も必要だったの」
と姫は俺の心を見透かしたかのように言う。
俺はそこまで聖人君子のつもりはないんだが、それでも少し心のつっかえが取れたのは事実だ。
「妃さん、ではホワイトキーパーの皆さんのこと、よろしくお願いします」
「ええ、もちろんです。あぁ、それと私のことは特別にお姉さまと呼ぶ権利を差し上げますわ」
え? 嫌です。
※ ※ ※
「ということがあったんだよ」
妃が帰った後、入れ替わるようにミルクとアヤメが合流し、四人でPDの中を探索しながら話をした。
ミルクとアヤメも、西条さんやホワイトキーパーの正会員の処遇については気になっていたらしく、彼らが無事で安心したようだ。
現在はてんしばダンジョンを再現した22階層でレベル上げを行っていた。
ブロンズリザードマンの眉間をミルクが的確に射撃する。
銃の腕前がさらに上がっている気がするな。
と戦いに集中したいのだが、一つ気になる事が。
「アヤメ、さっきから何をしてるの?」
ミルクが尋ねた。
アヤメがローブの下の鞄のポケットに手を入れたり出したりしている。
明らかに鞄の中身に意識がいっているが、何が入っているんだ?
「えっと、なんでもない……ことはありません」
なにかあるのか。
俺たちに言いにくいことか?
と思っていたら、アヤメが観念したように、鞄の中から一枚の紙を出した。
人の形をした紙だ。
「それって、形代よね?」
姫が言う。
形代って言葉には聞き覚えがないが、その形には見覚えがある。
陰陽師が使って飛ばしたりするあれだ。
「アヤメって陰陽師だったの?」
「いえ、正式に陰陽師ではなく、お婆ちゃんがそういうのに詳しくて才能があるってだけで――私自身はほとんど使えないんです」
そういえば、アヤメの呪いを最初に封印したのも、彼女の祖母だって言ってたな。
「形代を使った式神の作成に成功したのも一度だけで……それも直ぐに消えちゃって」
「一度成功してるのか。凄いじゃないか」
魔法やダンジョンがある世界だ。
陰陽師がいたとしても不思議はない。
陰陽少女アヤメだな。
「それで、もしかしたら、ダンジョンの中なら式神を上手に操れるんじゃないかってお婆ちゃんが昨日電話で教えてくれて。でも、皆さんにこんな話をしてもいいのかなって少し悩んでいたんです」
なるほど。
まぁ、「私、実はこう見えて陰陽師なの! これでも式神とか呼んだこともあるんだから。いまは呼べないけどね」って見ず知らずの女の子が言い出したら冗談と思うか、頭おかしいんじゃないかって思うかの二者択一だろう。
だが、俺たちはアヤメのことを知っている。
「凄いわね、やってみせてよ」
姫がウキウキ顔で言う。
忍者の姿をしている彼女だ。
そういう陰陽師とかもやっぱり憧れがあったのだろう。
「陰陽師って何か呪文のようなものを使うの? 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前みたいなの」
と姫が手で器用に印を結ぶ。
なんて手の動きしてるんだ。
アニメの影響だと思うが、完コピしてるのか?
「九字護身法ですね。そういうのもあるみたいですが、私は初心者なので、ただ形代に力を籠めるだけです。こんな風に」
と彼女が形代を握って前に投げた。
すると、形代の紙が宙に止まった。
これが陰陽師の扱う技か――と思ったら、ひらひらと落ちていく。
たぶん、失敗だろう。
「うぅ、やっぱりダンジョンの中でもできないみたいです」
アヤメが残念そうに言う。
「ドンマイ、アヤメ。でも、途中まで凄かったよ。成功したかと思った」
「ありがとう、ミルクちゃん」
うん、俺も一瞬凄いと思った。
宙に止まったということは、何かしらの力が働いているのは確かだろう。
だが、姫は諦めていなかった。
「専門家に聞くのはどうかしら?」
「専門家? 現役の陰陽師の伝手でもあるんですか?」
「現役の陰陽師は知らないけど、一人いるでしょ? そういうのに詳しそうな神様が」
あぁ、確かに彼女なら陰陽師とかにも詳しいかもしれないな。
次回『おしえてミコト先生!』




