クロという名のダークネスウルフ
拙者の名前はクロ。
種族はダークネスウルフという狼の魔物。
性別はオス。
なんでも、拙者は元々黒のダンジョンと呼ばれる場所で生まれた魔物らしいのだが、その時の記憶はない。
気付けば主の元で蘇り、主の忠犬ならぬ忠狼となっていた。
現在、PDで主の様子を見守っている。
主の名前はイチノタイラという。
見た目は普通の人間だが、とにかく強い。
強い雄はモテるというのは狼も人間も同じらしく、既に主には三人の奥方がいる。
拙者としては、ミズノマイという女性と番になって欲しいのだが、その気配はない。
そんな主は、現在とある作業に没頭している。
なんでも経験値薬という薬を調合しているらしい。
本当はボールを投げてほしかったのだが、無理そうだ。
拙者は賢いので我慢できる優秀な狼だ。
「くぅん」
「なんだ、クロ。暇なのか?」
……優秀だが、声は出てしまう。
まだ0歳の子狼なのだ、仕方ないではないか。
「暇なら外で待ってるか?」
PDの中と外では時間の流れが違う。
確かにPDの外で待てば数分で終わるだろう。
だが、主が仕事をしているのに自分だけ遊ぶというのはパートナーとして間違っていると思う。
「だったら、魔物でも狩ってくるか?」
「わふっ!」
うむ、さすがは主だ。凄くいい提案だ。
思わず尻尾を振ってしまう。
「あぁ、行っておいで。でも、無茶はするなよ?」
主はそう言って、拙者の身体に籠のついたベルトを巻き付ける。
ここにDコインやドロップアイテムを入れて持って帰れという意味だ。
「わふっ!」
拙者は吠えて頷いた。
うまく鳴けないのはまだ幼いからだ。
とにかく、拙者だけでPDを潜ろうではないか。
本当はシロも一緒に入れたらいいのだが、あやつはPDの中に入ることができない。
お土産を持って帰ってやらねばならんな。
拙者はジャンプし、一階層に続く扉を開けた。
以前、口でドアのレバーを咥えて開けたら扉がベタベタすると主に怒られたので、しっかり前脚で開ける。
扉の向こうにはスライムがいた。
スライムはつまらない。
拙者を見ると真っすぐやって来るのだが、ちょっと小突くと死んでしまう。
狩りというよりは掃除という気分だ。
Dコインを前脚で払いのけて宙に浮かせると背中の籠の中に入れた。
これを集めれば、主が換金して糧を買ってくれる。
拙者は魔物なので、餌がなくても死ぬことはない。強いていえば、ゴブリンが落とすような小さな魔石を一つ食べればダンジョンの外でも数日は生きていられるし、なんならこれまで貯めた魔力のお陰で数年は何も食べなくても平気だ。
だったら何故、糧を必要としているのかというと、食べることは最大の娯楽だからだ。
特に、チュールと言われるあれはいい。
主はとりささみ野菜ビーフミックス味を買うのだが、拙者は野菜の入っていないタイプの方が好きだ。
しかし、シロが野菜入りの方を好んでいるので、異論はない。
どちらも美味である事には変わらないからな。
スライム退治はつまらないので、二階層に行く。
む?
いつもならゴブリンとキノコの匂いがするのだが、玉ねぎの匂いしかしない。
どうやら主が階層を変更したようだ。
拙者は魔物であるが故、狼にとっては毒である玉ねぎも食べることができるが、玉ねぎの匂いを身体に付けるとシロに嫌われてしまう。
三階層を目指すか?
嗅覚を強化させると、下の階層からはコボルトの匂いがする。
肩慣らしにはちょうどいいだろう。
拙者は玉ねぎの匂いを避けながら、三階層を目指した。
コボルトがこちらに向かってくる。
今頃拙者の存在に気付いたのか。
警戒心が足りない。
シロですら拙者の教育のお陰でもっと素早い行動ができるだろうに。
ただ、数だけは揃っているな。
犬も狼も群れで生きる生物だ。
拙者も、ダークネスウルフとして黒のダンジョンに住んでいた頃は群れの中にいたのだろうか? などと考えるが詮無きことだ。
さて、楽しませてくれよ。
一階層に戻ると、主はまだ経験値薬を作っていた。
主は最初から拙者が近付いてきていることに気付いているようだ。
さすがは主だ。
「おかえり、クロ。どこまで行ってたんだ?」
「わふ」
「そっか、十階層まで行って転移陣で帰ってきたのか。うわぁ、いっぱいだな。ダンポンのところに持っていって換金しておいで」
「わふ?」
「うん。仕事はもう終わりだからな。終わったらシロと一緒に散歩に行くぞ。って、もう散歩は必要ないか?」
散歩と狩りは違う。
散歩はしたい。
「そうか。じゃあ散歩に行くよ。帰りにチュールを買おうな」
主はそう言って片付けを始める。
そして、
「今日はクロの好きな野菜の入ってないタイプのチュールを買うからな。楽しみにしてろよ」
と優しい声で言う。
さすがは主だ。
拙者のことをよくわかっている。
拙者はダンポンのところにDコインを持っていき換金を済ませると、外に出て散歩の準備を始めた。
まずは丈夫なボールを持っていき、公園で投げてもらうようにアピールしよう。
 




