寄生された泰良
あぁ、そうか、そういうことか。
西条はずっと、ホワイトと名付けられたこのドラゴンに、いや、ドラゴンではない、魔物でもない異物に操られていたのか。
彼の記憶の一部が流れ込んでくる。
西条は10年前、まだ駆け出しの探索者だったころにこの異物に取り憑かれた。
誰かに相談したくても体が拒否する。
最初の頃はそれ以外ではある程度は自由に動けていたらしい。
心の中ではだんだんと自分が自分で無くなっていく恐怖と戦いながらも、表面ではその恐怖を表に出すことすら許されなかった。
親族も友人も一緒にダンジョンに潜る仲間でさえ、自分が異物に乗っ取られていることにすら気付かないまま何年も時間が過ぎていく。
だんだんと自我が消失し、彼はまるで物語の登場人物を見るかのように自分ではない他人を見るかのように俯瞰的な立場で自分というものを認識するようになっていった。
この異物は西条の身体を使って何かを探していた。
特にD缶を集めて何かを探しているようだった。
何を探しているのかはわからない。
そして異物は西条の力を使い、意欲的にダンジョンの探索を続けた。
最近では捕獲玉を使い、使える手ごまを増やした。
特に使えたのが虫をテイムする捕獲玉だった。
魔物や人間に寄生する虫の魔物――寄生虫イド。
これを捕獲玉でテイムすることで、簡単に捕獲できなかったり、捕獲玉に対応していない魔物ですらも支配下に置くことができた。
西条は心の中でまるで自分みたいだと嘲笑していたらしい。
そんな時に異物はトゥーナの存在を知った。
と同時に、西条は異物の中の明確な殺意を感じ取った。
何故異物がここまでトゥーナに執着を見せるのかわからないが、彼は感じ取った。
トゥーナを殺せばこの異物も消えていなくなると。
それは安堵だったのかもしれない。
その瞬間、西条の意識は完全に途切れたようだ。
そして、その異物は俺の身体を乗っ取りにかかった。
右手にホワイトが纏わりついている。
『エルフヲ殺セ』
声が頭に響いた。
「は? なんで俺がトゥーナを殺さないといけないんだよ」
『抵抗シテモ無駄ダ。オ前ノ肉体ハモウ俺ノ物ダ』
「抵抗しても無駄?」
俺が左手で頭を搔く。
「泰良、一体誰と話してるの?」
「いや、このホワイトがトゥーナを殺せ殺せってうるさくてさ。西条もどうやらこいつに操られてたっぽい。あ、そっちのホワイトキーパーを操ってたのは寄生虫イドって魔物だから」
「え、 大丈夫なのっ!?」
「ああ、虫下しを飲ませれば治るらしい。市販のものじゃなくてダンジョン産のな」
「それなら薬魔法で作れる――ってそうじゃなくて、泰良の方よ! 大丈夫なのっ!?」
ミルクが言うが、うん、全然大丈夫だ。
『何故ダ! 何故言ウコトヲキカナイ! 殺セ! エルフヲ殺セ!』
「うん、全然大丈夫じゃない。頭に声が響いて痛いな。二日酔いみたいに……あれ? 声が聞こえなくなった」
手の中で白い手袋が暴れているが、俺の腕も体も俺の意思通りに動いてるな。
ていうか、ホワイトの身体も――
「おぉ、剣に変わったり盾に変わったり自由自在だな」
西条の記憶通りにホワイトを変形させてみたりブレスを吐かせてみせる。
うん、自由自在に動く。
あ、なんかホワイトが、「ナンデオ前ガ俺ヲ操ッテル」って感じで怒ってるのだけは伝わる。
あと、逃げようとしているようだが、ホワイトの着脱の権利を握っているのは俺だ。
たとえ便利であってもこんな気持ち悪いものを四六時中身体につけているのは勘弁だな。
とりあえず、ホワイトを剣に変形させる。
俺の武器は剣……だと難しいか。
「姫、クナイ貸してくれ」
「いいわよ」
姫からクナイを借りた俺は、そのクナイの柄の部分でホワイトを叩いた。
叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて、まるでハンマーのように叩いた。
あぁ、痛がってる痛がってる。
まだ必死に俺の身体を乗っ取ろうとしているようだが、全然操られる気配はないんだよな。
たぶん、八尺瓊勾玉の効果だと思う。
ホワイトに肉体を乗っ取られて操られることを状態異常だと判断したのだろう。
声が聞こえなくなったのも、ホワイトの声が頭痛の原因になる悪い効果だと判断されたのか。ホワイトが言おうとしていることを理解できるのは、何らかのメリットが残っているからだろう。
八尺瓊勾玉……さすがは三種の神器の一つだな。
効果半端ないわ。
「じゃ、トドメっ!」
と俺はクナイの柄で剣を――
「ちょっと待ってほしいな」
トドメを差そうとした俺を謎の声が止めた。
その声のした方を見ると、そこにいたのは巨大な黒いマシュマロの見た目の黒のダンジョンの管理者、ダンプルだった。
「なんでお前がここにいるんだ? ダンプル」
「なに、管理者不在の間にちょっとした確認さ。それが終わったらすぐに去るつもりだよ。君たちに害をなすつもりはない」
「それを信用しろと?」
俺はクナイを向けるが――
「……泰良様、待って。ダンプルはこういうときに嘘は吐かない」
トゥーナが俺に願うように言う。
俺は思わず舌打ちをし、クナイを置いた。
そして、ダンプルはこっちに近付いてくる。
ホワイトが何かめっちゃ怒ってる。
自分を解放しろとか、ダンプルを殺せとか言ってるが、無視だ無視。
そして――
「これは驚いた。やっぱりそうか」
「やっぱりって何がやっぱりなんだ?」
「これの正体がわかったんだよ」
これの正体?
スライムじゃなかったんだよな。
アヤメのスライムデスでも効果がなかった。
だとしたら、これはなんなんだ?
「もったいぶらずに教えろよ。一体これはなんなんだ?」
「これは――」
とダンプルが言おうとしたとき、寒気を感じた。
なんだ、この気配。
ダンプルとも西条ともホワイトとも違う、何か異質な気配が近付いてくる。
「喋り過ぎだよ、ダンプルくん。情報は秘匿してこそ価値がある。私はそう語ったはずだが」
彼はその外見に似つかわしくないほどに流暢な日本語でそう話した。
俺は咄嗟に振り返り、姫の方を見る。
ミルクもアヤメも驚いているが、やはり姫が一番その来訪者を目にして驚いている様子だった。
「Why is Daddy here?」
彼女は蚊の鳴くような声でその来訪者に、キング・キャンベルに尋ねたのだった。




