不可能の打開#sideトゥーナ
「……ミコト様、助かった」
「エルフ娘よ、大丈夫か? この結界は内側からの攻撃はそのままに外からの攻撃だけを防いでくれる優れものじゃ。安心して守られているのじゃ」
石化ブレスは完全にミコトが防いでくれたので、髪の毛一本石化していない。
助かった。
彼女がこうして助けてくれなかったら、確実にトゥーナは死んでいた。
「おや、防がれてしまいました。焦り過ぎましたかね。彼女はなんでしょうか? エルフの使う召喚獣か何かですか? そのようなものを使役するなど聞いていないんですがね」
トゥーナに攻撃をしてきた西条の表情はまるで氷のように冷たかった。
その西条に、岩倉が激昂して叫ぶ。
「何をするのです! 西条殿! 彼らに何を飲ませたんですかっ!? それに、彼女は護衛対象ですよ!」
「あなたは少し黙っていてください」
西条はまた右手を前に出して先ほどのように石化のブレスを吐き出す。
岩倉は一瞬で石となった。
そして、砕け散る。
「岩倉さんっ!」
研究員の仲間が叫ぶ。
彼は殺した。
いや、殺したのは彼だけではない。
さっき水を飲んだ西条の部下らしき人たちからも気配が消えている。
「煩いですね……ん?」
とその時、西条が何かに気付き、トゥーナたちが入ってきた入り口の方を見ると、咄嗟に持っていたナイフを投げた。
トゥーナは咄嗟に風の魔法でナイフを逸らす。
誰かが走り去る足音だけが聞こえた。
研究員の人数が一人減っている。
どうやら姿を消すスキルを持っている人間が逃げ出したようだ。
賢明な判断だと思う。
「やれやれ、一人逃げられましたか」
彼はそう言うと、懐から草を編んで作ったような箱を取り出した。
「あれは――雀の大きな葛籠っ!?」
ミコトが叫ぶ。
だが、西条は気にすることなくその蓋を開けた。
すると、箱の中から大量の虫や獣の魔物が現れると、彼に何か言われるまでもなく行動を開始する。
恐らく、あれは魔物を保管するための魔道具だと推測する。
雀っていうのは小さな鳥の名前で、よく泰良様の家の庭先にも飛んでくる。その雀の葛籠から魔物が出てくる理由はわからない。
考える間もなく葛籠から巨大なスライムが出てきた。
そのスライムは壁際にいる月見里研究所の研究員を追い詰めていく。
トゥーナは咄嗟に風の刃の魔法を放つ。
スライムならばこれで倒せると思って。
だけど――
「……だったら」
さらに強大な風魔法――刃竜巻を放つ。
さらに魔法を放つ。
風じゃダメなら水の魔法、土の魔法、光の魔法。
だが、全然効果がない。
月見里研究所の研究員たちもボウガンというこの世界の弓矢や槍、剣で応戦するも効果がない。
剣を使っていた研究員がスライムに呑み込まれた。
「全然効いておらぬではないかっ!」
「いえ、効いていますよ? ただ、このスライムーーマウンテンスライムの体力を減らすには威力が足りないというだけです。何しろ、このマウンテンスライムは石化ブレスの効果がない上に、私ですら倒すのに数日の時間を要する強敵でしたからね。そして、このマウンテンスライムには物理無効という他のマウンテンスライムにはない特徴を持っています。この国の上位探索者は物理系の能力者が多いですからね。これで時間を稼げます」
「う、うわぁぁあぁ」
槍を使っていた探索者も中に呑み込まれる。
そして、最後に残ったボウガンを使っていた探索者が、矢筒から矢を取り落とした。
次の矢を取り出そうとして、矢筒の中が空っぽであることに気付いた。
その一人はボウガンを投げつけるが、それもマウントスライムに取り込まれた。
「……ミコト様」
「すまん、妾には何もできん。ここで妾が動けば……結界を解除すればお主が狙われる」
「……だったら――」
本体を殺す。
トゥーナは西条に対して風の魔法を放つ。
スライムではなくてもただの人間相手ならばと――
だが――
「うん、強い強い。これなら当たると怪我しちゃうかな」
彼は右手を前に翳し、ブレスを吐き出す。
そのブレスがトゥーナの風の魔法を打ち消す。
強力な魔法を連続で使い過ぎている。
「レベルが違い過ぎるんだよ。私は……ん? 僕は? そうだった。僕は強いからね」
「何じゃ、お主。自分の一人称を忘れたのか? 冗談を言いたいのなら、難波グ〇ンド花月に行けばよい。ここは梅田じゃ。御堂筋線で一本じゃぞ」
「ははは、面白い提案だね。じゃあ、君達を始末して遊びにいってみようかな」
とさらにブレスがミコトのバリアに攻撃をする。
結界に罅が入った。
「もうすぐ砕けますよ」
「なんの。多重結界!」
結界が二枚に増える。
トゥーナも内側から魔法で攻撃をするが、西条に届かない。
このままだと魔力が尽きる。
「……トゥーナを殺そうとする理由はなに? 誰に雇われたの?」
「答える気はありませんよ」
彼は笑顔のまま攻撃を続けた。
一枚目の結界が破れたが、ミコトがさらに結界を張り直す。
「ふん、無駄じゃ。妾はここで籠城戦を決め込ませてもらおう」
ミコトには余裕がある。
さっき逃げた彼が無事に21階層の転移陣に辿り着いていれば、外に助けを求めるはず。
そうすれば、彼よりも強い探索者が助けに来るはず。
彼は魔物を配置して時間稼ぎを狙っているようだが、時間を稼ぐことができて有利になるのはむしろこちらの方。
と思ってくれたらいいのだけれども。
「なるほど、ハッタリもそこまでいくと清々しく感じますよ。その結界を一枚張るのにどれだけの魔力を消費しているのですか?」
……やっぱりバレていた。
トゥーナは魔力を感じ取ることができる。
これまでの戦いで、西条の魔力はほとんど減っていないのに対し、ミコトの魔力は僅かに減っているのを感じる。
そして、トゥーナの魔力は半分未満になった。
このまま戦いが続けば、先にミコトの魔力が尽きる。
「焦って大技を出す必要もありません。このペースで結界を削っていけば、僕の勝利ですよ」
このままではまずい。
トゥーナは鞄の中から魔法の水筒を取り出し、そこからカレーを出した。
「お主、こんなときに何をしているのじゃ! 最後の晩餐と決め込んでいる場合じゃないぞ」
「……カレーを食べて魔力を回復させる。カレーのスパイス、魔力を回復する力がある」
トゥーナも防御魔法は使える。
僅かな確率でも命を助かるためにトゥーナは抗う。
食事を続けること三十分。
魔力が少し回復してきた。
と、食事を続けるフリをして眠りの魔法を使ってみる。
これで眠ってくれればいいのだが、やはり効果はなかった。
ミコトの魔力も残り三割を切っている。
「思ったより粘りますね。では、こういうのはどうでしょう? そろそろいい具合に身体に馴染んできたでしょうし」
彼が指を鳴らすと、突然さっきまで倒れていたはずのホワイトキーパーのメンバーたちが起き上がった。
死んでいなかった?
だがおかしい。
彼らの目があまりにも虚ろだった。
そして、トゥーナの方に走ってきたかと思うと、側面から自分の武器で攻撃を始めた。
「なんじゃ、どうなっておる?」
「なに、単純な話ですよ。彼らは僕の操り人形になってもらったんです。部下は上司のために働く、当然の話です」
「ふざけるなっ、貴様、人を何じゃと思っておる!」
「人間なんて僕の目標を達成するための道具に過ぎませんよ。どうです? トゥーナさん。素直に殺されてくれませんか? そうすれば私は素直に投降しましょう。なんならその狐耳の少女に殺されてあげてもいいですよ。僕の目的は君を殺すこと、ただそれだけなので」
そう言って、彼の手袋が白いドラゴンの形になると、さらにブレスの威力を高める。
なに、あれは。
あんなドラゴン、トゥーナは知らない。
結界が一気に砕ける。
ミコトが結界を張り直す。
「耳を貸すな! お主には自分の世界を取り戻す目標があるのじゃろ!」
「少し黙っていてください。私はトゥーナさんと話をしているのですよ」
ブレスの威力が強くなり結界が砕ける。
張り直す。
「もしかして、いまだに助けが来るなんて思っていますか? 無駄ですよ。国内最高峰の竹内さんでも、31階層から30階層のボスを倒してここに来るまで三時間は必要です。そして仮にここに辿り着いたところで、階段にいるマウントスライムを突破することはできません。一階層から降りて来るなんて不可能」
「不可能じゃと? 笑わせるなよ」
ミコトが結界を張り直す。
いまので完全に魔力が尽きたことにトゥーナは気付いた。
「小僧。この世の不可能と呼ばれる事柄は、だいたいちょっとした幸運と気付きによって踏破される。それに気付かずに己の理論だけを妄信し、周囲の変化にすら気付かぬお主はただの阿呆じゃ」
「そうですか。では、その阿呆の力で石となって砕けろ!」
西条のブレスが最後の結界を砕いた。
西条が勝利を確信して笑みを浮かべた。
その直後――
巨大な破裂音が聞こえた。
24階層への扉を守っていたはずのマウントスライムが爆発して弾けとんだ。
と同時に、黒い影のようなものを纏った人がトゥーナと西条の間に割って入った。
見ることができないはずのその姿に、だけど――
「待たせたな、トゥーナ。助けに来たぞ」
一番聞きたかったその声に、トゥーナは涙を浮かべて応えた。
「……ん、待ってた。泰良様」




