攫われたトゥーナ
「トゥーナちゃんが拉致されたってどういうことなのっ!」
「どうなってるんですかっ!?」
ミルクとアヤメが梅田のオフィスにやってきたが、どうなっているのかは俺の方が聞きたい。
クロを連れて急いで駆け付けて姫と明石さんと一緒に天下無双のオフィスに詰めている――定時を過ぎていたため、他の職員は退社している――が、事情が分からないのは同じだ。
ただ、トゥーナが西条さんに――西条虎に拉致されたということだけだ。
同行していた月見里研究所の職員の一人が隠密スキルを持っていたらしく、それを駆使してなんとか逃げてきたことで事件が発覚したらしい。
今回の調査を提案したのは西条だったらしい。
ダンジョン23階層の壁画とエルフの世界の関連について調べるのはどうかと。
壁画の研究は月見里研究所が以前から行っていた。
その月見里研究所の研究員が大阪にいる間に、トゥーナと一緒に調査をしよう。護衛ならば自分がする。
そう言った結果、すんなり受け入れられたようだ。
「ホワイトキーパーの他の職員から事情を聴いているみたいだけど、西条がトゥーナを攫う理由に心当たりはやっぱりないみたい」
「他国からのスパイって可能性は? トゥーナを拉致して自国に連れて行こうとしているとか」
トゥーナのクエスト発行は外交の手札になると聞いた。
彼女を拉致してでも自国に連れ出そうとする国はあるだろう。
「ダンジョンの中で攫ったところで連れ出すのは無理よ。入り口を封鎖されたら終わりだもの」
「西条は手にドラゴンつけてるだろ? それで力尽くで」
「確かにドラゴンは脅威だけど、守ってるのは腕だけでしょ? 脚とか銃で撃たれて動けなくなったらそれまでよ」
確かにそうだ。
人間の部分は守りようがない。
だったら、拉致の目的は?
いや、そもそも拉致じゃなくて殺すことが目的って可能性は? なんのために?
わからない。
「拉致されたっていうのは現状の予想で、まだわからないわ。20階層に通じる転移用の魔法陣が破壊されて、確認のしようがない」
転移用の魔法陣は強力な攻撃を加えることで一時的に使用できないようにすることができるらしい。
もちろん、法律で厳格に禁止されている違法行為だ。
「トゥーナはあれでエルフの女王で魔法の達人。レベルも高いから、そう簡単に捕まらないと思うけど」
「相手は日本12位だもんな」
前に威圧を食らったときは実力の差を感じた。
トゥーナが強いっていっても……。
「皆さん、大変です。梅田ダンジョンの低階層に本来現れるはずのない強い魔物が現れたそうです」
もしかしてダンプルの仕業か?
かつてダンプルのせいでアヤメはイビルオーガに、ミルクはバイトウルフに、本来なら現れるはずのない低階層で襲われたことがある。今回もそのせいかと脳裏を過ぎったが、でも、もっと高い可能性に思い至った。
「いえ、西条虎が捕獲した魔物である可能性が高いそうです」
「捕獲玉のっ!? 被害は?」
「人的被害は、軽症者が数名程度ですね」
「え? それだけ?」
万博公園ダンジョンでは一人のベテラン探索者が、石舞台ダンジョンでは数十人の新人探索者が命を落としている。
被害があまりにも少ない気が――
「泰良、モニターの報告書読んでないの? 捕獲玉で捕まえた魔物は人間を襲うことができないようになってるの」
そうなのか。
でも、そのことはたぶん一般的には知られていない。
低階層にいる探索者が見たこともない高レベルの魔物を見たら逃げ出すだろう。
西条はその心理を利用して、追い込み漁をするかのように低階層にいる探索者たちをダンジョンの外に追い出したのか。
「じゃあ、怪我人っていうのは?」
「パニックになって逃げだした一階層の人たちが転倒等して負った怪我です――追加情報です。重傷者が三名出ました」
「えっ!? 今度はなんで?」
「どうやら、その魔物は一階層から二階層に続く階段を塞いでいるようなのですが、強大なものまねマンティスのようなのです」
それを聞いて、姫は厄介だと言う顔で爪を噛む。
確か、マンティスというのはカマキリのことだったと思う。
わかったのは、名前からして捕獲玉(虫)を使ってテイムしたのだろうということだ。
虫系の魔物はこれまで見たことがほとんどないが、どんな魔物なのだろうか?
「ものまねマンティスはとても体力が高い上に、受けた攻撃をそのまま返す魔物なの。例えば剣で斬ったら斬撃で、火の矢を使ったら火の矢で――」
「じゃあ、俺が地獄の業火を使ったら地獄の業火を使ってくるのか?」
「そういうことね。そして、そこにものまねマンティスの意志はない。たとえば回復魔法を使ったら回復魔法を使ってくれる」
つまり、その重傷者の探索者はものまねマンティスに攻撃してしまったのだろう。それも、相手が攻撃をしてこないのをいいことに最大火力の攻撃で。
いま、ダンジョン局が殺虫剤の手配をしているらしい。
殺虫剤といっても市販の殺虫剤ではなく、魔物用の殺虫剤だ。
なるほど、確かに虫にしか効果のない道具だったら、同じ攻撃を食らったとしてもこちらにダメージが届かない。
と同時に、高ランクの探索者を招集しているらしいが。
「気になりますね……転移用の魔法陣の破壊に、壁役の魔物の設置。まるで時間を稼いでいるよう……逃げる気はないのでしょうか?」
アヤメが考察するように言った。
それが事実だとすれば、トゥーナをダンジョンから連れ出す必要はないってことか?
時間稼ぎが目的だとするのなら、時間をかけるのは悪手でしかない。
俺は立ち上がった。
「泰良、どこに行くの!?」
「トゥーナを助けに行ってくる」
「梅田ダンジョンは封鎖されているわ。どうやって中に入るの? 中に入ったところで……って、PDを使うのね」
「ああ。PDを使って一気に23階層まで移動して、そこから梅田ダンジョンに入る。時間の節約にもなるし、途中配置されている防衛用の魔物は全部無視して突破できる」
「だったら私たちも行くわ」
姫が言った。
ミルクとアヤメも立ち上がる。
「西条に勝つには、琴瑟相和が絶対に必要だよ、泰良」
「人数が多い方が対処もできるでしょうし」
「それに、人を探すなら私の分身も必要でしょ?」
でも、西条は強い。
俺の我儘で皆を危険に晒すわけには……
「泰良。私たちは夫婦の前に仲間なのよ。一緒に行くに決まってるでしょ」
「病める時も健やかなる時も一緒です」
「泰良が止めてもついて行くよ」
みんな……そうだな。
俺たちは救世主らしいからな。
世界を救おうって言うんだ。
エルフの少女一人くらい楽に救ってやるさ。




