トゥーナのお仕事
ミルクに指輪を渡せてよかった。
デザインも気に入ってくれたのは葵さんに感謝だな。
彼女たちにプレゼントする指輪を相談した。まさか、指輪を選びに行くところをアヤメに見られて、さらにミルクと姫に突撃されるとは思ってもいなかった。あの時は兄貴へのプレゼントの相談と誤魔化したけれど、その時に葵さんに彼女たちへの指輪だって気付かれてしまったんだよな。
そのお陰で、三人に合った指輪の選び方を教えて貰ったんだけど。
残っている指輪はあと二つ。
一つはアヤメ、一つは姫の分だ。
できることなら出会った順番に渡したい。
アヤメとは夏休みの終わりに一緒に万博公園ダンジョンに行くことになっているので、渡すとしたらその後がちょうどいい。
そういうわけで、姫に渡すのはさらにその先になりそうだな。
そんなことを考えながら、俺は大阪府庁近くのビルにやってきた。
ここは普段俺たちが通っているダンジョン局ではない。
ダンジョン局が管理しているサーバーを保管している施設だ。そのため、一般人の立ち入りは基本禁止されている。
ここがトゥーナの仕事場だ。
彼女が普段どんな仕事をしているのか見てみたかったので、訪問できないか尋ねたところ、立ち入りを許可された。
「……クエスト発行」
200台のモニター画面の前でトゥーナがそう呟くと、そのモニター画面に映っている人全員に依頼書が配布される。
「……次」
モニターが切り替わり、別の人が映る。
「……クエスト発行」
彼女は再度クエストを発行した。
だいたい1分で3回のクエスト発行。1時間で180回クエスト発行が行われた。
200台のモニターのうち何台かは時折人が映らないこともあったが、それでも3万5000人くらいの人にクエストが発行された。
一人1000円だって言っていたっけ?
単純計算で売上3500万円か。凄いな。
もちろん、全てトゥーナの収入というわけではないだろうけれど。
「大変な仕事だな」
「……ん。それ以上に外交において大事な役割を担っている」
「外交?」
「……そう。トゥーナの仕事は日本という国の外交の手札の一つになっている。国別にクエストを発行する枠を決めている」
「つまり、日本の同盟国にはクエスト発行枠を多めにして、同盟国以外には枠を減らしているって感じか?」
「……んー、そこまで単純じゃない。けど、そんな感じ」
と言ったところで、彼女はアイテムボックスからナンと魔法の水筒を取り出す。
そして、魔法の水筒からカレーを出してナンに付けて食べ始めた。
「……焼きたてを保管してる。泰良様も食べる?」
「じゃあ貰うよ」
魔法の水筒のカレーはナンにもよく合うな。
飲み物はラッシーらしく、それもアイテムボックスの中に入っていた。
彼女のアイテムボックスがカレー用食糧庫になっている気がする。
「しかし、便利だな。エルフのアイテムボックスって」
トゥーナのアイテムボックスと、この世界のアイテムボックスには大きな違いがある。
この世界のアイテムボックスにはダンジョン産のものしか入れることができないのに対し、エルフの使うアイテムボックスにはその制限がない。ダンポンにそれとなく理由を聞いてみたのだが、一番の原因は銃火器がエルフの世界にはないから制限する必要がなかったらしい。
ダンジョンにおいて銃火器の使用による戦いは人間の成長の妨げになるから好ましくないのだという。
だったら、ボウガンやミルクの銃はいいのかって話だが、ボウガンはギリギリOKで、ミルクの銃は魔法だから全く問題ないらしい。基準がわからん。
もっとも、アイテムボックスの容量には限界があるので、何日分も食事を入れたりはしていない。
「アイテムボックスって他にどんなのが入ってるんだ? やっぱり思い出の品とかか?」
送別会をイメージしたら寄せ書きとかだろうか?
「武器と鉱石、あとは……媚薬とえっちぃ下着」
「――っ!? なんでそんなもん入れてるんだよっ!」
「……救世主様が助けてくれないなら、身体を使って誘惑するつもりだった。でも、姫様に止められた。そんなもの使ったら絶対に助けないって」
姫、ナイスだ。
異世界の媚薬なんてどんな効果があるかわからないからな。
ただ、トゥーナはそれだけ必死なんだよな。
いまのところ、トゥーナのいた世界を救う方法はヒントすら掴めていない。
ヒントについて心当たりがあるとすれば三つ。
一つ目はダンポンの本体。PDのダンポンは分体で、教えられる情報に限りがあるし、エルフの世界のこともあまり知らない。ただ、ダンポンの本体がどこにいるのかは俺にはわからない。もしかしたら別の世界かもしれない。
二つ目はダンプル。こっちはこっちで、ダンポンとは別の情報を持っている可能性がある。こいつがいる場所といったら富士山の山頂の黒のダンジョンだろうが、現在は富士山山頂付近は立ち入り禁止で近付くこともできない。
一番の本命は三つ目。
それはキング・キャンベル――姫の父親だ。
ダンプルの話によるとキングの目的は異世界に行くことらしい。
異世界について知っているのであれば、異世界を救う方法がわかるかもしれない。
しかし、そのキングもダンジョンに潜って音信不通状態だという。
ただ、キングの異世界に行く方法について知るには、ダンジョンの最奥を目指すのがいいと、生駒山上遊園地の黒のダンジョンを管理していたダンプルが言っていた。
その言葉を信じるのなら、いまは少しでも強くなるしかない。
ただ、俺が救世主と呼ばれる理由については一つだけ心当たりがある。
というか、一つしかない。
俺が廃世界の所有者だからだろう。
かつてトゥーナがいた世界の残滓。
もしかしたら、あの廃世界こそが、トゥーナの世界を元に戻すキーアイテムなのかもしれない。
だからこそ俺は悩んでいた。
あのスノードーム状態になったトゥーナの世界を彼女に見せるかどうか。
見せたところで何かが変わるとは限らない。むしろ、自分が居た世界の変わり果てた姿を見て、自分の世界が本当に滅んでしまったという現実と向き合い、落ち込むだけの結果になるかもしれない。
「……泰良様」
トゥーナが俺の頭に手を置く。
「……泰良様は泰良様の信じた道を進んで」
「お前はそれでいいのか?」
「……ん、大丈夫。トゥーナの寿命はあと900年以上ある。その間に世界を元に戻す方法を考える。泰良様はトゥーナにその機会を与えてくれた。それだけでも感謝」
と言って、トゥーナは紙のストローを使ってラッシーを飲む。
「具体的に何をするんだ?」
「……いまはお金を貯めてD缶を集める」
「D缶を?」
「……ん。泰良様、D缶で別の異世界の痕跡を見つけた。そこに何かヒントがあるかもしれない。それが無理ならダンジョンに潜る。トゥーナのように別の世界から亡命してきた人がいるかもしれない。それが無理なら、ダンポンと一緒に別の世界に行ってみるのも考える。ダンポンは世界を渡る方法を知っている。トゥーナも世界を渡れるかもしれない。その方法を探す。その間に――」
トゥーナは淡々と自分の考えを述べた。
凄いな。
ずっと考えていたのか。
自分ができることを。
自分にできることを。
だったら、俺のするべきことも決まった。
「トゥーナ、家に帰ったら見せたいものがある」
「……ん、見る。この後の仕事が終わったら」
「まだ仕事があるのか?」
「……ん。えっと梅田ダンジョンの23階層に行く。そこの壁画について聞きたいことがあるらしい」
あぁ、それは俺も知りたかった。
やっぱり祭壇の壁画って異世界と関係あるんだろうか?
「ヤマナシってパーティと一緒に行くことになってる」
「ヤマナシ? 月見里研究所の人か? 大丈夫か? 俺も一緒に行った方がよさそうか?」
「……護衛に、ホワイトキーパーって探索者も一緒についてくるらしいからダイジョブ」
西条さんが一緒に行くのか。
関東を拠点にしているらしい彼が一緒についていくのはよくわからないが、あの人レベルの人が護衛につくのならば危険はないだろう。
トゥーナが聞いた話だと、これまでダンジョン内の要人護衛の仕事も結構引き受けているようだし。
ここでトゥーナと別れて家路についた。
晩御飯の時間までには帰って来るって言っていたから、それまでに廃世界をダンポンから返してもらってインベントリに移し替えておこう。
そして、廃世界をトゥーナに預けよう。
彼女のアイテムボックスの中にいれたら壊れる心配もないだろうし。
ダンポンに事情を説明すると、直ぐに廃世界を返してくれた。
一度インベントリに保管し、家でトゥーナの帰りを待つ。
だが、晩御飯の時間になってもトゥーナは帰って来なかった。
何かあったのだろうかと思って待っていたら、姫から連絡があった。
『泰良、大変! トゥーナがダンジョンの中で西条虎に拉致された!』




