利息を付けて
家に帰ってPDで魔物退治を進めた。
俺だけは効率を考えてメタルスライム狩り。
女性陣は22階層でブロンズリザードマン狩りとなった。
アヤメの即死魔法はメタルスライムには効果的なんだが、消費魔力が多くて連発できないからな。
久しぶりの孤独な作業だ。
レベル上げを終えて、家に帰る。
アヤメは買い物をして帰るように言われているらしく、先に自転車で帰った。
「姫はこれから京都だろ? 疲れてるようならPDで仮眠して帰った方がいいんじゃないか?」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ。近くのマンションに部屋を借りたし、家具類も全部運び終わってるから」
「わざわざマンションを借りたのかっ!?」
さすがだな。
「よかったらこれから遊びに来る?」
「それは魅力的な提案だが、今度全員で行かせてもらうよ。引っ越し祝いも用意してないし」
「そんなの別にいいのに。じゃあ、また明日。トゥーナに例のこと聞いておいてよ」
「おう」
と姫は歩いて帰っていった。
そして、俺とミルクだけが残った。
彼女には用事があるからと残っていてもらったのだ。
「それで、泰良……用事ってなに?」
「それなんだが――」
と言おうとすると、黒い車が家の前に停まった。
そこからトゥーナが降りてくる。
「……泰良様、ただいま」
「おかえり。政府の仕事はどうだった?」
「……トゥーナは元女王。あのくらい朝飯前」
どうやら余裕だったようだ。
どんな仕事をしていたのか知らないけど。
トゥーナは早速、お皿に炊飯器からご飯をよそい、魔法の水筒から出した熱々のカレールーをかけた。
「トゥーナ、聞きたいことがあるんだが―」
俺はトゥーナにロケットペンダントを見せて説明をした。
勇者のロケット――異世界の勇者の思い出の品だ。
異世界って言ったらエルフの世界が真っ先に思い浮かんだ。
だが――
「……エルフは金属の装飾品を身に着けない(もぐもぐ)」
とカレーを食べながら否定された。
まぁ、異世界が一つとは限らないからな。
「うーん、中身が気になる」
ロケットならば中身に入っているのは写真だろうか?
写真の無い世界なら肖像画とかかもしれないが。
「気になるなら壊して開ければ?」
「……いや、それはちょっと……」
ミルクの提案に一瞬心惹かれたが、俺は思いとどまった。
他人の思い出の品を壊すような真似はな――って他人のロケットの写真を見ようとしている俺が言うのもなんだが。
「新品で中身が空っぽってことはないの? だって、D缶の中に入っていたんでしょ?」
「いや、でも新品で鍵の部分が壊れてるってことはないだろ? それに少し汚れてるし」
「そっか……あ、そういえば私に用事ってなに?」
「いや、ミルクにそろそろ約束を守ってもらおうと思ってな」
もう結構前の話になったので忘れているかもしれないが。
「約束って……えっと、結婚の?」
「いや、その前。石舞台ダンジョンでお前を助けた時の約束だ。まさか、忘れたのか?」
「あのこと? 忘れてないよ。うん、覚えてる。でも、言い出すタイミングがなくて……」
石舞台ダンジョンでミルクを助けた後、高級焼肉を奢ってもらう約束をしていたのだ。
日付も決めていたのだが、牛蔵さんが大怪我をしたためにドタキャンとなった。
それから数カ月経過するが、いまだに約束は果たされていない。
「でも、泰良って大金持ちになっちゃったわけだし、いまさら焼肉を奢るっていうのも――」
「約束は約束だろ?」
「わかったよ。じゃあ日付を決めよっか。いつにする? アヤメと姫と真衣、あと明石さんも誘うとして、……トゥーナは大丈夫かな? 今回もリモート?」
「いや、いまから二人でいいだろ?」
と俺が言ったところで、ちょうど家の前に頼んでいたタクシーが停まった。
「トゥーナ、出掛けてくる。何かあったら庭にいるクロか、向かいのアパートに常駐してこっちを見張ってる公安の人に助けを求めるんだぞ」
「……ん、トゥーナは一緒にいったらだめ?」
「今日はダメ。だいたい、お前はもうカレー食べただろ?」
「……わかった」
食べ放題の安い焼肉屋ならまだしも、これから行く高級焼肉屋にカレーはなかったはずだ。
タクシーに乗る。
行先を伝えると、間もなくタクシーが発車する。
二人での移動。
「なんだか緊張するね、二人きりって」
「子どもの頃は青木と一緒だったし、最近はアヤメと姫とずっと一緒だったからな。でも、パンケーキを食べに行った時は二人だっただろ? 淡路島じゃなくて梅田の方の」
「うん、そうだけどさ……あの時はまだお互いの気持ち伝えてなかったでしょ?」
そうだな。
あの時はお互い、ただの幼馴染だった。
両想いだったのに、そのことにも気付いていなかった。
「ずっと緊張しっぱなしってのもなんだし、昔みたいに話そうぜ」
「う、うん。そうだね。じゃあ――」
とミルクがこちらを見て、
「夏休みの宿題ちゃんとやってるの? 小学校の頃も中学校の頃もギリギリまでやらずに私の宿題写してたよね?」
と昔のように注意をしてくる。
昔は青木と一緒にお世話になりました。
「安心しろ」
「高校生になって、真面目にやってるの?」
「何か知らないけど、先生が『壱野は無理して宿題しなくていいぞ』って言ってくれた」
「それ、普段から政府に変な圧力が掛けられてるせいで先生が忖度してるだけだよ! ちゃんと宿題やらないとダメだよ!」
うん、俺もそう思う。
先生って俺たちの事情は何も知らないはずなんだけどなぁ。
焼肉屋に到着した。
ビルの中にある隠れ家的な焼肉屋。
仕事柄、金持ちの接待をする必要もある兄貴から教えてもらった店だ。
メニューもコース料理一択。
店に入ると、高級感のある雰囲気が漂っていた。
席に案内された。
少し緊張するが、ミルクは高級店に行き慣れているのか、かなり落ち着いていた。
「私はウーロン茶で」
「じゃあ、ウーロン茶二つ」
ウーロン茶を注文する。
直ぐにウーロン茶が運ばれてきて、暫くしてサラダがきた。
うん、見た目は普通のサラダだな。
「こちらダンジョンキノコオイルのチョレギサラダになります」
店員がそう言って下がる。
ダンジョンキノコオイル?
なんだそれ?
サラダの上にキノコも乗っているが。
「ミルク、ダンジョンキノコって知ってるか?」
「うまキノコのことだよ。うまキノコを削ってオリーブオイルに混ぜたらいい香りになるの」
「げきうまキノコじゃなくて、うまキノコなのか」
キノコの香りだけでもげきうまキノコの方が遥かに高いのに。
高級店も大したことがないな。
そう思ったら、
「うまキノコも高いからね。一本3万円くらいするし」
とミルクが言う。
「高っ!? え? げきうまキノコじゃなくてうまキノコだよな?」
うちではほとんど食べずに余らせてるぞ?
そういや、げきうまキノコは7万円くらいするんだったっけ?
その後、料理が運ばれてくる。
ダンジョン産のミノタウロスの肉だったが普通の牛肉よりも旨かった。
こういう高級店の料理がダンジョン産の食材に侵食されてるってニュースで聞いたことがあったが、本当なんだな。
「ミノタウロスってどこのダンジョンにいるんだ?」
「うーん、本場はやっぱりミノス島のダンジョンだけど、日本だと北海道の方に多いみたいだよ? 近場だと三重県の松阪ダンジョンかな?」
「それって実は松阪牛じゃないのか?」
とだいぶと緊張もほぐれて、とりとめのない会話が続いた。
「ねぇ、泰良。そろそろ聞いていい? なんで今日、私を誘ったの?」
「そりゃ、貸しを返してもらうためだよ。そろそろ返してもらわないと利息が発生して焼肉一回だけじゃ済まなくなるからな」
「本当にそれだけ?」
「そうだぞ。あぶなかったな、今日中に借りを返さなかったら利息で焼肉二回分になるところだった」
俺は〆のバニラアイスを食べて言う。
この世にハー〇ンダッツより美味しいバニラアイスがあることを俺は初めて知った。
ただし、バニラの上のミントは余計だよな。
パフェとかバニラアイスの上によく乗っているけれど、美味しいと思ったことがない。
「3カ月で2倍って、もうそれは違法金利だよ。ほとんどトイチだよ」
ミルクはミントをよけずにバニラアイスを食べて言った。
バニラアイスを食べたミルクは会計を済ませる。
金額については予め聞いていたので驚かないが、普通、男が女性に払わせる額じゃない。
庶民的にアウトだ。
庶民感覚が抜ける日はまだ遠いようだ。
姫みたいに、移動が面倒だからとマンションを一室借りるくらいの富豪感覚が欲しい。
焼き肉屋で貰った消臭効果のあるミント菓子を食べながら、タクシーに乗って帰宅。
バニラアイスのミントは嫌いだけど、このミント菓子は嫌いじゃない。
頭がすっとする感じがいい。
「運転手さん、すみません。ここで停めてください」
「え? 家までまだもう少しあるけど」
「悪い、少し付き合ってくれ」
タクシー代をスマホ決済して降車する。
降りた場所は公園の前だった。
有名な公園ではない。
住宅地の真ん中の児童公園だった。
夜なので児童はいない。
誰もいない。
「懐かしいね。ここでよく一緒に遊んだっけ?」
「そうだな。どんな遊びをしたか覚えてるか?」
「うん、おにごっこにかくれんぼ、それにおままごとも――」
ミルクが俺に背を向けて砂場の方を見る。
あの砂場が俺たちのおままごとの定位置だった。
砂でテーブルとか作ってたな。
水野さんみたいな高クオリティーのテーブルとかじゃなくて、ただ砂山の頂上部分を平らにしただけのテーブルだ。
そこにおままごとセットを置く。
そんな遊びだった。
その他にもいろんな役で遊んだ。
学校の先生と生徒役、お店の店員とお客の役、そして――恋人役。
「玩具の指輪を使ってプロポーズごっこなんてしたよな」
「うん。あの飴が付いてる奴だよね。実はあの指輪の部分、まだ家に残って――」
とミルクが振り返って、そして――
「――っ!?」
彼女は言葉を失った。
「今日は付き合わせてごめんな。でも、こういうのは貸し借りが無い状態でしたかったんだ」
と俺は、指輪の入っている箱を開けて、彼女に言った。
「牧野ミルク――どうか俺と結婚してください」
「……もう……してるけど」
「あぁ、わかってる。順番が逆だよな。結婚してから指輪を渡すのって変だってわかってる。くそっ、なんて言おうとしてたんだっけ」
ちゃんと三人とけじめをつけようと思って指輪も用意したのに、なんでここでミスするんだよ。
俺は目を閉じて頭を搔いた。
本当はいろいろと考えていた。
兄貴に指輪を用意してもらった後、なんて言ってプロポーズするかとかいろいろと考えていた。
だって、俺たちの関係は普通じゃない。
ミルクの言う通り俺たちはもう結婚してるんだから。
でも、いざ指輪を渡すとなったら全部忘れてしまった。
「あの、俺が言いたいのは――」
と目を開けたとき、ミルクとの距離が数センチにまで縮まっていて――
そのままキスをした。
ミントの香りがした。
さっき二人で食べていた消臭用のミント菓子の香りだ。
突然のキスに驚きはしたが、このミントの香りが頭を少し冷静にさせる。
あぁ、そうだ。
もっと素直に言えばいいんだ。
彼女に再度言う。
「ミルク、俺はこれをお前に受け取って欲しい。ただ、それだけだったんだ」
「受け取るだけでいいの?」
「ああ。受け取ってくれたら、俺が勝手に幸せにするから」
「私ってプチ不幸自慢が山ほどあるけど大丈夫?」
「もちろんだ。俺の幸運舐めるなよ? お前の不幸なんて利息付けて返せるくらいの幸せを送りつけてやる。たとえ利息がトイチでもリボ払いでも返して幸せの上書きをしてやるよ」
「そっか。じゃあ、うんと幸せにさせてもらうね」
俺はそう言って、彼女の左手の薬指に指輪を嵌めると、公園の外灯の下でもう一度キスをした。
七夕らしいお話でした。
今回は少し長めなのでお昼の更新はお休みです。続きはまた明日。




