祭壇に供える
各ダンジョンの23階層、もしくは33階層には、こうした祭壇と呼ばれる部屋がある。
D缶の開封条件にも、琵琶湖Dの23階層の祭壇にD缶を供えろとか西表島Dの33階層にD缶を供えろという条件があるが、それ以外の使い道がわからない。
ただ、いまは使い道の一つがきっとこれなのだろう。
俺は円卓の表面を撫でる。
大理石のようにツルツルしている。
「マイチューブでダンジョン配信とかよく見てるけど、祭壇部屋を見るのは初めてだな。壁面とか結構細かい細工があって綺麗だよね」
ミルクが感動するように言う。
そう言われてみれば俺も見たことがないな。
「ダンジョンの祭壇層は配信できないのよ。一応、絵の上手な探索者がイラストにして公開しているけれど、祭壇はどこもこんな感じよ」
と姫が周囲を観察しながら言う。
確かにここは他の階層とは随分と違うよな。
ダンジョンの壁っていえば岩壁だったり煉瓦だったり無骨なものが多いんだけど、この部屋の壁は細かい細工が施されている上に壁画のようなものも描かれている。
教会の壁画といったら最後の晩餐とかをイメージするけれど、ここにある壁画は風景画のようだ。
森だったり砂漠だったり水の中だったり空だったり様々な景色が描かれている。ただし、動物や人間は描かれていない。
「これ、どこの景色だろう?」
「地球の景色ではありませんよね」
ミルクとアヤメが壁画を凝視して言った。
まぁ、砂漠の真ん中にこんな大穴が開いていたり、空に小島が浮かんでいたりする景色が地球のものとは思わないよな。
「どの祭壇にもこんな風な壁画があるわ。ダンポンも教えてくれないから、想像画かもしくは異世界の景色かって言われているけど……」
「もしかしたら、トゥーナのいた世界の絵かもしれないな……」
ダンポンに預けている廃世界は緑豊かな惑星だった。
その中にはこの絵に描かれているような綺麗な森があっただろう。
もしかしたら、祭壇というのは失われた世界の景色の存在をなかったことにはさせたくないダンポンたちの優しさが作りだした空間なのかもしれない。
俺は円卓に戻り、ダンポンの卵を二個置いた。
卵が光ったかと思うと、円卓の中に沈むように消えていった。
これでよかったんだよな。
そう思って円卓を再度撫でる。
「約束は果たしたぞ」
俺はそう言った。
供養の言葉は……要らないか。
きっとまたいつか出会えるだろう。
祭壇の奥は24階層に続く階段があった。
そこを降りると、また工場ダンジョンが再開した。
レベル10上がったら2階層深く潜れるっていうのはこれまでのダンジョンの常識だったが、ここから先にこんな常識は通用しない。さっきの月見里研究所の人たちは24階層で一人死に、苦戦を強いられるようになったと言っていた。
十年間ダンジョンに潜り続けた彼らが苦戦した階層か。
「なるほど、こりゃ苦戦するわけだ」
こいつの恐ろしさは聞かされていた。
通常の方法ではまず倒せない。
倒すには専用のアイテムが必要。
出会ったら逃げろ――そう言われたことがあった。
「まさか、ここに出てくるなんてな」
24階層に現れたのはメタルスライムだった。
魔法攻撃が一切効かない上、防御力がバカ高いため物理攻撃も効果がない。
俊敏値も高いため、逃げるのも難しい。
倒すには金属を溶かす薬が必要だと言うのだが、
「必中剣」
俺の剣がメタルスライムを一撃で蹴散らした。
俺にはラッキーパンチというクリティカルを生み出すスキルがある。
相手の防御力がどれだけ高くても、相手の防御値に相殺されてしまったダメージの10%を貫通ダメージとして与える。
メタルスライムは体力がとても低いので、必ず一撃で倒せる。
「よし、ここからは俺の独擅場――」
と今度は少し大きめのメタルスライムが出てきた。
キング? いや、そこまではでかくないから、ビッグスライムか?
これは経験値が多そうだと思ったら――
「解放:スライムデス」
メタルビッグスライムが突然死んだ。
「え?」
「倒せました。メタルスライムは魔法が効かないって言ってましたけど、即死魔法は効果があるんですね」
アヤメが、「ここでは即死魔法が使えそうです」と嬉しそうに言った。
そういう対処法もあるのか。
もちろん、出てくる魔物はメタルスライムだけではないので、ミルクと姫が退屈することはないが、21階層と22階層のような大量発生はない。
「宝箱発見」
宝箱を開けるのは俺の役目だ。
さて、中身はなんだろうな?
と開けるとD缶だった。
俺が開けた宝箱からD缶が出てくるのっていつ以来だろう?
さて、開封条件はなんだろうな?
【開封条件:てんしばダンジョン23階層の祭壇に供える】
おぉ、随分と簡単なものが出たな。
開封条件をみんなに伝える。
「じゃあ、そろそろ帰ろっか」
ミルクが言う。
今日は祭壇に卵を供えるだけでレベル上げはPDで行う予定だった。
24階層に来たのはついでだ。
弁当も持ってきていないし、帰るとするか。
23階層に戻る。
さっきと同じように23階層に戻った途端、空気が神聖なものになった。
円卓にD缶を供える。
D缶が開いた。
「D缶が開くのも見慣れちゃいましたね」
「そうだよね。ダンジョン配信だと確実に10万再生は稼げるっていうのに、もう日常だよね」
アヤメとミルクがほのぼのとした感じに喋る。
青木がD缶を開けたときはかなり興奮していたのを思い出す。
まぁ、詳細鑑定が無かったら、D缶をここの祭壇に供えようだなんて思わないだろうし、簡単に開けられるものじゃないよな。
「それで、中身は何なの? やっぱり貴重なアイテム? スキル玉?」
「ん? いや、これは――ネックレス? いや、ロケットペンダントか」
チャームの部分が開閉式になっていて中に写真が入れられるあれだと思う。
だが、肝心の開封部分が壊れていて開きそうにない。
とりあえず鑑定してみるか。
【勇者のロケット:異世界の勇者の思い出のペンダント。特別な効果はない】
異世界の勇者?




