小槌の貸し出し
「私の勝ち! これで一勝一敗ね」
「くそぉ、負けたぁ」
姫が小さな旗を手に、小さな胸を張って勝利のポーズを決める。
遠泳対決では姫に勝った俺だったが、ビーチフラッグでは惜敗した。
やっぱり姫の俊敏値の影響は如実にダンジョンの外にも影響を及ぼしているようだ。
そんな俺たちも、ビーチバレーでは見事に一回戦で敗退した。
相手はクロ&シロのコンビだ。
ていうか、ビーチボール対決で咆哮はズルいだろ。動きを封じられて勝てるわけがない。
ミルクたちとの勝負ではスキルの使用を禁止しているが、それでもクロ&シロコンビが勝利した。
シロのトスミスが目立ったが、それ以外では点を全く取られていなかったからな。
やっぱりダンジョンの外で能力をフル発揮できるクロは最強だった。
能力といえば凄いのは水野さんだな。
と俺は彼女の方を見ると、砂のお城が完成していた。
大阪城の天守閣だ。
彼女が言うには、レベルを上げてから、こういう工作がかなり簡単にできるようになったんだというが、プロのレベルを超えているんじゃないだろうか?
ってあれ? 水野さんは?
あ、海で泳いでたのか。
ちょうど明石さんと一緒に戻ってきた。
「明石さん、大漁でしたか?」
「ええ、貝類を中心にいろいろと獲れました。しかし、水野さんには負けてしまいます」
「え?」
そういえば、水野さん――俺の持ってた恵比寿の魚篭を持ってる。
さっき貸してほしいって言ってたから釣りでもするのかなって思っていたけれど――
「壱野くん、この魚篭凄いね! もう海に入ったら魚取り放題で、魚屋でもできるんじゃないかってくらい集まったよ!」
「魚を素手で捕まえてたのっ!?」
「うん! 気配を消してそっと近づけば案外捕まえられるものだよ」
いやいや、無理だろって思ったけど、そういや、この人は川で鯉とか捕まえる人だった。
てことで、お昼は魚を焼いて食べることになった。
万能バーべキューセットがあれば魚も簡単に焼くことができる。
「壱野さん、私が作りますよ」
「いいよいいよ。魚を捌くくらいなら俺ができるから……って、包丁がないんだったっけ?」
そういや、昨日使っていた万能バーベキューセット以外の調理器具は全部グランピング施設から借りていたもので、全部返したんだった。
さすがに剣で鱗を取るのはなぁ。
「姫、クナイ貸してくれないか?」
「イヤに決まってるでしょ。そもそもダンジョンに預けてるから持ってきてないわよ」
だよな。
そういや、魔法の缶切り――あれってジャックナイフみたいだったから使えるか?
「壱野くん。確か魔銅が大量に手に入ってるって言ったよね? あれ貰っていい?」
「いいけど、何するの?」
俺は魔銅を渡して水野さんに尋ねた。
魔銅の塊でウロコを取る方法でもあるのだろうか? こう、お婆ちゃんの知恵袋的な奴で。
あ、お婆ちゃんの知恵袋で思い出したけど、ペットボトルの蓋を使えば簡単にウロコを取れるって聞いたことがあるな。
それを使って――
あれ?
水野さんが持ってきた鞄の中からトンカチを取り出して魔銅をコンコンと叩き始めた。
すると、魔銅が形を変えてき、包丁の形になった。
鞄の中からグリップらしいものを取り出し、包丁の柄に。しっかりとドライバーでネジを締める。
「はい、できたよ」
「できたって――凄いね。こんな簡単にできるなんて」
「うん。いままでは一時間くらいかかってたんだけどね。マスタースミスの証ってワッペンのお陰で一気に制作時間が短くなったの。ほら、昨日もこんなの作ったのよ?」
とクロそっくりの金属の人形を取り出した。
凄いな、鍛冶スキルってこんなのも作れるのか。
包丁を受け取る。
うん、握りやすい。
俺はその包丁を使って、自分で言うのもなんだが手際よく料理ができたと思う。
料理技能のお陰か、包丁の扱いはかなりうまくなった気がする。
「ほい、鯛をさばいたよ」
「なんでバーベキューなのに薄切りなのよ」
「これはカルパッチョにしようと思ってな。玉ねぎとか調味料がまだ残ってたから。ついでに、タコもカルパッチョにするか? ……淡路島の西岸で獲れたものも明石ダコっていうのかな?」
「カルパッチョだけでおなかいっぱいになりそうね」
それもそうだな。
とその後は貝や魚を焼いてみんなで食べた。
「獲れたての魚は本当に美味しいわね」
「はい、とってもおいしいです」
「うん。泥を抜く必要がないのがいいわね。川の魚は結構、臭みを取るのが大変だから。」
「真衣、あなたお金あるのにまだサバイバルみたいな生活してるの?」
女性陣はおおむね好評。
『……カレーは至高。毎日でも可』
モニターの向こうでも、トゥーナが美味しそうにカレーライスを食べている。
どうやらカレーがひどくお気に入りのようだ。
いくら魔法の水筒があるからって毎日食べるのはやめろよ。
こうして、俺たちは海水浴を満喫して体力を使いきり、姫は運転する気力がないというので明石さんの車に乗って帰った。
夏休みの一番の思い出になったな。
「ところで、姫。お前、運転してきた車はどうしたんだ?」
「家までカーキャリーで運んでもらったわ」
……お金の使い方が俺たちの次元と違うな。
※ ※ ※
「ほ、本当にこれをお借りしてよろしいのですか?」
「えぇ、厳重に管理してくださるのなら」
8月になった。
これから夏真っ盛りというこの時期に、俺と姫は大阪のダンジョン局に赴き、そこの責任者と話をしていた。
打ち出の小槌の貸し出しについてだ。
これまでだったら水野さんに渡して彼女の経験値稼ぎをしてもらっていただろうが、捕獲玉作りで忙しいので、それなら経験値薬だけにしてもらった方がいい。
この打ち出の小槌、ダンジョン局からしたら喉から手が出るほど必要なものだった。
というのも、ダンジョン局の職員は仕事柄ダンジョンの中に潜ることも多く、高レベルでないと仕事にならない。
そのため、レベルの高い人間を優先して採用してはいるのだけれども、他の役所からの出向組や、技術の専門性が必要な職種はレベル1でも採用する必要のある人材が出てくる。
そうした人間は最初の数カ月、ダンジョンに潜ってレベルを上げる必要が出てくるのだが、その間は仕事ができないため、税金の無駄遣いだと揶揄されていた。特に行列に並んでスライム狩りをしている新人探索者からしたら、優先的に入場して、給料を貰ってスライム狩りをしている新人職員は羨ましい限りだろう。
しかし、この打ち出の小槌があればその苦労が大きく減る。
なにしろ、1回振ったら経験値5ポイント。
1400回振ればレベル10になるのだ。
即戦力とまではいかなくても、大幅に時間を節約できる。
「しかもこの金額でよろしいのですか?」
姫が提示した金額は俺から見てもかなり安いと思える額だった。
「ええ。私は打ち出の小槌でお金儲けをするつもりはありません」
「ちなみに、買い取りと言う形では――」
「それは少々難しいですね」
「ですよね」
俺たちがやるのは、ダンジョン局への大きな貸しを作る事だ。
EPO法人は政府以外にもダンジョン局から仕事を振られることがある。
たとえば、霊珠の納品みたいに。
いまのところ恙なく進んでいるが、今後は長時間拘束される非常に面倒な仕事を割り振りされる可能性がないとも限らない。
そこで、ダンジョン局に貸しを作る事で便宜を図ってもらえると姫は言っていた。
人数の少ないEPO法人だ。
仕事をするにしても、厳選して決めなければいけない。
その日の話し合いは順調に終わり、後日正式に契約することになった。
その後は捕獲玉のモニターについての話し合いだ。
いろいろな報告が上がっているが、一番面白いのはやっぱり西条さんだな。
三十階層クラスの魔物の捕獲にも成功しているのか。
三十階層となると、もうレベル云々の次元じゃなくなる。そういう場所の魔物の捕獲報告は参考になる。
「凄いですね、西条さんは」
「本当ですね。さすがホワイトドラゴンのマスターです。魔物の扱いになれてるんですね」
「本当に。どうやってテイムしたのか教えてくれると嬉しいのですがね」
ダンジョン局の職員が苦笑して言う。
……ん?
「D缶から手に入れた卵から生まれたんじゃないんですか?」
って俺は思わず尋ねてしまったが、職員さんは首を横に振る。
「そういう噂もありましたが、それはあり得ませんよ。孵化器の使用記録は全てダンジョン局が管理していて、照会も可能になっています。その中にホワイトドラゴンが生まれたという記録はありません」
そういえば、姫がクロの出自について尋ねたとき、孵化器の使用記録を照会したって言ってたな。
え? じゃあホワイトドラゴンはD缶の卵から生まれたっていうのは全くの出鱈目?
そういえば、西条さんにD缶から出た卵の話をしたとき、彼は肯定も否定もしなかった。ただ、そういう噂があって、その噂を削除しているって言っただけだった。
まんまとしてやられた。
あれ? でもホワイトドラゴンがD缶から出たんじゃないんだとしたら、彼は一体なんのために魔法の缶切りを集めていたんだ?




