届けられたデジャブ
「てんしばダンジョンでエルフの少女を保護した――彼女は何者なんだ?」
俺は尋ねた。
正直、この質問に答えてくれるとは思っていなかった。
このダンポンには答えられることと答えられないことがある。
答えないのではなく、答えられない。
するしないではなく、可能不可能の類の話だ。
ダンポンが答えられないのであれば、この豚まんを取り上げるのはただのいけずになってしまう。
ただ、万が一リソースの消費で答えられる類のものならば――と思ってのことだったが。
「え!? てんしばダンジョンにエルフがいたのですかっ!? そんなの聞いてないのです! どういうことなのです?」
逆に詳しく説明を求められたので、今日あったことを全部説明する。
ダンポンにとっても想定外のことだったらしい。
確認してみるので、一日待って欲しいと言われた。
「まぁ、頑張れよ……夜食用に豚まん置いていくから、腹が減ったら食べてくれ」
「ありがとうなのです」
だが、ダンポンは豚まんには目もくれず、パソコンを取り出して仲間と連絡を取り始めた。
家に帰って部屋に戻る。
「よっ、泰良」
ジャージ姿の兄貴が俺の部屋で寛いでいた。
俺のベッドの上で寝ていた。
勝手にド〇ゴンボールを見ている。
一番最初の奴だ。
「何やってるんだ? 兄貴の部屋は隣だぞ」
「テレビも何もない部屋で寛げねぇよ」
「だからって――」
「ちょっと待て! いまからいいシーンだ!」
「ちょうどいいシーンって……」
いったいどんなシーンだ?
と思って見たらブ〇マ(に化けたウー〇ン)が亀〇人にぱふぱふするシーンだった。
いくら兄弟といっても、こういうシーンを何の恥ずかしげもなくいいシーンだと言い張るなよと思う。
兄貴は昔からこういう奴だった。
10秒戻しするな。
スロー再生するな。
顔はカッコいいのに、なんでこう残念なんだよ。
葵さんの話では、こういう取り繕わないところが人気だったらしいが。
「そうそう、例の『アレ』できたぞ?」
「え? もう?」
メールでは今度持っていくって書いてあったから、あと数日はかかるのかと思ってた。
「いやぁ、部長大喜びだったよ。うん、持つものは自慢の弟だな。その代わり、こっちも自慢の商品だぞ」
と言って兄貴はそれらを俺に見せてくれた。
見本は見せてもらっていたが、こうして現実に出来上がると感動するな。
「ありがとう。最高だよ」
「おう、感謝しろよ」
兄貴は笑って俺の肩を叩いて、部屋を出ていく。
「じゃあ帰るわ」
「なんだ、泊っていくんじゃないのか?」
「馬鹿言え、こっちは新婚だぞ。葵が待ってるから帰るに決まってるだろ」
わざわざ俺にこれを届けるために待ってくれていたのか。
少し嬉しかった。
「お前の事情は母さんから聞いてるけど、あんまり無理するなよ。お前が死んだら葵が悲しむ」
「兄貴は悲しんでくれないのかよ」
「兄貴より先に死ぬ弟なんて絶縁に決まってる」
兄貴はそう言うと、プレイヤーからDVDを取り出してケースに入れ、自分の鞄に入れた。
こんな兄貴でも絶縁されるのは御免だな。
死なないように気を付けないと。
「じゃあ、帰るよ」
兄貴は鞄を持つと部屋を出る。
兄貴が部屋から出たところで俺はその鞄を掴んだ。
「当然のように鞄に入れたDVDは返してくれ。それ、青木のだから」
※ ※ ※
次の日、日曜日。
母さんに叩き起こされた。今日はダンジョン探索は午後にみんなでPDで行うことになっていたから昼までぐっすり眠る予定だったのに。
「荷物が来てるよ……さっさとダンジョンに持って行ってちょうだい」
「え?」
なんだろう?
玄関に行くと、山積みの段ボールで外に出られない状態になっていた。
こんな光景、かつて見た気がする。
差出人はEPO法人天下無双となっている。
中身を見ると、やっぱりD缶だった。
牛蔵さんに貰ったときの倍くらいある。
姫が昨日『今度D缶を送る』と言っていたが、昨日の今日で送ってきたのか。
インベントリを使って効率よくD缶をダンジョン内に運ぶ。
玄関の近くにPDの入り口を作れば運ぶのも楽なんだけど、玄関から近すぎると外から見えてしまう。
PDに入るところを通りがかりの人に見られたくないので、庭まで運ぶ必要がある。
クロも手伝ってくれた。
ダンポンに怒られるかと思ったが、まだ仕事をしているのか何も言われなかった。
暫くして、水野さんが遊びに来た。
「手伝ってもらってごめんね」
「いいのいいの。工場の手伝いで慣れてるから」
「そういえば、ミルク用の炸裂弾を作ったのか?」
「うん……ミルクちゃんの魔法で作った火薬の使い方で相談を受けててね。まだ試作段階だけど、爆発までの時間を調整できれば使い物になるかな? 今の段階だと安全ピンを抜いてから爆発するまでの時間が短すぎるから」
あれだと本当に自爆にしか使えないからな。
「そうそう、シロちゃんって預かり期間が終わったら引き取り先を探すって言ってたよね? 見つかったの?」
シロは元々捨て犬だった。
捨て犬を拾った場合、元の飼い主が見つかる可能性があるため三カ月間は勝手に誰かに引き渡したりすることができず、俺が面倒を見なくてはいけない。
三カ月経過することで、初めて自分の犬として飼うことや、別の飼い主に引き渡すことができる。
うちの母さんは、犬を預かるのは許してくれても、飼うことは反対なので、その期間が過ぎれば新しい飼い主を探す必要がある。
本当はミルクに飼ってもらうつもりでいた。
「それが……ミルクに頼もうと思ったら、あいつのお手伝いさんが犬アレルギーらしくてさ。今度姫に頼もうかって思ってるんだ」
ただ、姫の家って京都だからな。
四人で暮らす家を買う計画をしているため、そこで飼うという方法も考えている。
「そっか、よかった。あのね、シロちゃん、私が引き取ってもいいかな? 壱野くんのお陰で金銭面でもシロちゃんを引き取るくらいの余裕はできたの。お父さんとお母さんにはもう許可を貰ってるんだ」
「え? マジで? 水野さんが引き取ってくれるならクロもいつでも会いに行けるから喜ぶよ」
水野さん、シロのことめっちゃ可愛がってたからな。
そっか、それなら安心だ。
「わかった。じゃあ、預かり期間が終わったら頼むよ」
「うん。それまでにシロちゃんを迎えるための準備はしておくよ」
「シロって名前は仮の名前だから、水野さんがちゃんと名前を考えてよね」
「あはは、もうシロちゃんで定着しちゃってるから無理だよ」
それもそうか。
水野さんがPD入口の近くまで段ボールを運んでくれたおかげで、予定より早くD缶を運び終わった。
「泰良! 私が来たわよ! ってあれ? 真衣も来てたの?」
「なに今頃来てるんだよ。水野さんが手伝ってくれてようやく運び終わったところだぞ?」
「え? もう運び終わったの? ミルクとアヤメが来る前に運べばいいって思ってたのに」
「あはは、PDの中には入れないから入り口までだけどね。壱野くんが地面の中に入っていくのを見ていて少し面白かったよ」
水野さんが近付いてきたシロの頭を撫でながら言う。
「そうだ。泰良、上松大臣から例のエルフっ子について連絡があったわ。彼女、目を覚ましたみたい」
「それはよかった」
もしかしたら、あのまま目を覚まさないのかと思っていたからな。
「ただ、こっちの世界の言葉がわからないみたいで、コミュニケーションに苦労している感じね」
「俺たちは持ってないけど、翻訳スキルとかあっただろ? あれを使えばいいんじゃないか?」
「それが効果がないの。どうも別世界の言葉は翻訳できないみたい」
翻訳スキルでも会話ができないのか。
意思疎通に苦労しそうだな。
「じゃあ、俺たちは会えないのか?」
「明日、彼女を発見した場所に一緒に行くから私たちにも同行してほしいそうよ」
明日?
ミルクとアヤメは普通に学校があると思うんだが、大丈夫なのか?
と考えていると、
「ねぇ……二人とも。それって私が聞いていい話なの?」
水野さんが恐る恐る尋ねた。
俺と姫は笑って何も言わなかった。




