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石舞台ダンジョン

 五月五日、こどもの日。

 父さんに奈良県高市郡明日香村にある石舞台古墳近くのホテルまで車で送ってもらう。

 石舞台古墳といえば、小学校の社会の時間でも習った、大化の改新で討たれた蘇我入鹿――その祖父である蘇我馬子が埋葬されている古墳である。

 大阪の子どもなら遠足でも足を運んだことがあるであろう有名な場所だ。


「いやぁ、飛鳥、行きたかったんだよな。古代米カレーってのがあるらしいぞ。古代米を使ったカレーなんだってさ」

「父さん、俺を送るのにかこつけて、ただ飛鳥グルメを堪能したいだけだろ。酒は飲むなよ?」

「昼間から飲まないよ。ただ、母さんが一緒に来られなかったのは残念だな」


 母さんは今日、自治会で行う子ども祭りの手伝いをすると前から約束していたらしい。

 秋になると石舞台の裏手で彼岸花が咲き誇って綺麗らしいので、その時に三人で行こうと思う。

 さすがにホテルの宿泊は無理だけど。


 車に揺られながら、俺はイヤホンをして動画サイトを見る。

 響さんが梅田ダンジョンの二階層に潜っている動画だ。

 うーん、歩き茸とか赤スライムばかり倒す動画ばかり見てもな。

 魅せ技の研究とかやってるけど、同接数はあまり伸びていないようだ。


「ダンジョン配信か? お前もそういうの見るようになったんだな。前まで関心なかっただろ?」


 父さんが横目で一瞬こちらを見て、尋ねた。

 いまでもダンジョンについては情報サイトで必要なことを調べるけれど、ダンジョン配信を見ようとはあまり思っていない。


「青木がバイトで編集に携わってるから見ろって言われて」

「お前もいつかはダンジョン配信者になるのか? 幸運値100の配信者なんてなったら目立つだろ」

「考えてない。ていうか嫉妬されるのがオチだろうし」

「嫉妬されても問題ないくらい強くなればいいさ。レベル80くらいになれば誰も文句言えんだろ」

「レベル80って、直ぐには無理だって」

「泰良なら可能さ。だって、お前のPD、精神と時の部屋みたいなものだろ?」

「せいしんとときの……えっと、なにそれ?」

「わからないのかっ!? ド〇ゴンボールだよ」

「ああ、か〇はめ波か。SNSのネタでよく見るけど読んだことないな」

「読んだことないのかっ!?」


 驚くことか?

 俺が生まれたときにはすでに漫画の連載は終了していたからな。

 

「お前なぁ。父さんのスマホに電子書籍全巻揃ってるから読んでおけ。燃えるから。ほら!」

「え? いま動画見てるんだけど」

「そんなくだらない動画より絶対にタメになる」


 そんなわけないだろうと思ったが、響さんが歩きキノコを魅せ技を使って狩る動画に確かに価値はないと思い直す。

 車で送ってもらっている手前、素直に従うことにした。

 渋滞を加味しても三時間もかからないから、全部読むのは無理そうだな。


 結論――最高に面白い。

 十巻まで読んで精神と時の部屋ってのは出てこなかったけど。

 ていうか、主人公まだ子どものままだけど。


「勧めておいてなんだが、よく車酔いしないな」

「なんかレベルが上がってから三半規管が強くなったみたい。たぶん荒れ狂う波に揺られる船の中でも酔わない自信がある」

「レベルが上がったら酒にも酔い難くなるって偉い学者様が言ってたな。父さんはレベルが低いままでいいや。さて、もう着くぞ」

「え? もう? 道空いてたんだね」

「馬鹿言え。渋滞に何度も巻き込まれてた。ゴールデンウィークも最終日だからな」


 全然気付かなかった。

 車の時計を見ると、朝の八時に出発したのに、もう昼の十一時だ。

 車が押野リゾートホテルの前に停まった。

 車から出ると、係の人がやってきた。

 牧野ミルクの友達だと名乗ると、話が伝わっていたのか係の人が父さんに代わって車を駐車場まで運んでくれた。俺はスマホなどダンジョンに持って入れないものをホテルに預ける。

 押野リゾートホテルの敷地から外に出ると、「押野ホテル建設反対」のプラカードがあちこちに置かれていた。


「押野グループって人気ないの?」

「そりゃな。ダンジョンの探索者向けの店とか開いた人からしたら、とんだ迷惑だろ。なにしろダンジョン目当てに年間150万人の人がこの飛鳥を訪れてたんだが、いまやホテルの宿泊客とこれまで通りの観光客だけだ。とはいえ、親会社があのGDCグループだからな」

「GDCグループってアメリカのダンジョン最大メーカーだよね? 押野リゾートもその傘下だったんだ」


 GDCグループ。

 正式名称General Dungeon Company。

 ダンジョン関連企業の最大手で、俺の使ってるリュックや寝袋なんかもGDCグループが作っている。

 会長のキング・キャンベルは世界ランキング1位のダンジョン探索家としても有名だ。

 キングの換金額は公表されていないが、世界ランキング4位のインド人の探索家が2000億Dを超えていることから、さらにその先を行っているのは確実だ。個人換金額10兆円以上か。

 そして、GDCグループには黒い噂が絶えないことでも有名である。

 マフィアとの付き合い、政府との癒着、兵器転用されたダンジョンの品の武器取引等々。


「表向きはちゃんとした企業だ。こちらが裏の世界に入ろうとしない限り、向こうも表の顔でしか接してこないさ。って親が言う話じゃないか」

「いや、父さんの言いたいことわかるよ」


 ミイラ取りなんてしようと思わなければ自分がミイラになることはない。ピラミッドは見ているだけで十分だ。

 深淵をのぞく時深淵もまたこちらをのぞいているのだ――ってのは哲学者のニーチェの言葉だったか。

 俺だって、黒い噂を聞いていても、GDCグループ製品の商品を買っているわけだし。

 と少し歩いて、父さんの目的地である店が見えてきた。


「泰良。お前も一緒に古代米カレー食べてくか?」

「いいよ。さっきカ〇リーメイト食べたから……たぶん」


 ド〇ゴンボールを読みながらだったので食べた記憶があまりない。

 お腹空いたらダンジョンドロップでも舐めるさ。


「気をつけてな。ダンジョンから出てホテルで荷物を受け取ったら電話しろよ」

「わかってるって。どうせミルクと一緒だと一階層までしかいけないから心配ないよ」


 俺はそう言ってダンジョンに向かう。

 石舞台ダンジョンに向かう。

 県道十五号線を歩いて登り、国営飛鳥歴史公園石舞台地区を越えた石舞台古墳(周りには柵があって肝心の石舞台の中は見えない)の隣の芝生公園に向かった。

 そこにダンジョンがあるはずなのだが――何か凄い騒ぎになっていた。

 警備の人がダンジョンの入り口を取り囲んでいたのだ。


「君、危ないから近付いたらダメだ」

「何があったんですか?」

「ダンジョンの一階層にアシッドスライムが出たんだ」

「アシッドスライム?」

「知らないのか。ポイズンスライムより上位の凶悪なスライムだよ。ダンジョンの入り口にも強力な酸の池が出来ていて中に入れないんだ。レベル50相当の凶悪な魔物だぞ」

「――っ!? 友だちが中にいたはずなんですが、無事ですかっ!?」

「友だちの名前は?」

「牧野ミルクです」


 俺がそう言うと、彼はスマホ(たぶんホテルの備品だと思う)を取り出してタップ。


「悪いけれど、情報は入ってない――」

「通して! 中にミルクが! あの子がまだ中にいるんですっ!」


 女性の泣き叫ぶような声が聞こえた。

 俺はその声に聞き覚えがあった。

 昔、何度か会ったことがあるミルクのお母さんの声だ。

 ミルクがまだ中にいる。

 彼はきっとミルクがまだ中にいることを知っていたのだろう、渋い顔をした。


「既に警察にもダンジョン管理局にも連絡をした。すぐに強力な探索者が駆け付けて来る。とにかく、何があるかわからないから、この公園からも出なさい!」


 すぐっていつだよ。

 いくら迅速に動いても、強い探索者が駆け付けるまで数十分はかかる。

 そんなの待っていたらミルクが危ないじゃない。

 俺は走った。

 ダンジョンの方向ではない。

 近くの石舞台古墳のある方に。

 石舞台古墳の方も避難勧告が出たのだろう。窓口にも柵の中にも誰もいなかった。


 ここなら柵があって誰にも見えない。

 遠くからなら見えるけれど、こちらに気を掛けている余裕はないはずだ。

 俺はそこにPDを生み出すと、中に入っていった。


「ダンポン! 石舞台ダンジョンの一階層にアシッドスライムが現れた!」

「っ! ダンプルの仕業なのです」

「そっちで対処できるか? アシッドスライムを消して中にいる人を助けてほしい」

「待って欲しいのです。あっちのダンポンに質問――っ!? 既にダンプルの攻撃の対処はしたそうなのですが、生み出したアシッドスライムとバイトウルフたちは駆除できないそうなのです。ダンポンには魔物を生み出すことはできても倒す力はないのですよ」


 嘘だろ、アシッドスライムだけじゃなくて、バイトウルフもいるのか。

 バイトウルフはレベル30相当の魔物だが、アシッドスライムより速く動き、しかも嗅覚が優れている。

 隠れていても見つかるぞ


「ミルクが無事かわかるか?」

「どんな子なのです?」

「俺と同い年のピンク髪のポニテの少女だ」

「…………無事なのですっ! 三階層にいるのですよ」


 ダンポンは仲間と連絡を取り、ミルクの無事を確認してくれたが、三階層だって?


「あいつ今日ダンジョンに潜ったばっかりだぞ! 安全マージンがあるからいくらなんでも」

「安全マージンの機能もぶっ壊されていたそうなのです。一階層がアシッドスライムの溶液塗れになっていて、毒ガスも発生して、このままそこにいたら危ないからと敢えて地下の階層に逃げたみたいなのですよ。一階層にいた人たちは何人か外に逃げられたみたいなのですが、他の人は死んじゃってるのです」

「ミルクは正しい判断をしたってわけか。講師の人もいただろう?」


 初心者用の講習だって言ってたから、ベテランの探索者もいたはずなのに、なにやってたんだよ。


「その講師はわからないのです。地下五階層より下には強い探索者が何グループかいるのですが――あぁ、電波妨害でダンジョン配信用のクリスタルへの情報が遮断されているので、そのせいで一階層で起こっている事件を把握できていないみたいなのです。向こうの時間で一時間もすれば復旧できるのですが――バイトウルフが三頭、三階層に入って行っちゃったのです。間に合わないのですよ」

「俺が助けに行く!」

「危ないのですよっ!?」

「友だち見捨てて逃げられるか! 三階層の詳しい地図とミルクの位置を教えてくれ!」


 石舞台ダンジョンの入り口はアシッドスライムの酸によって封鎖されている。

 だが、この場所ならPDの一部が石舞台ダンジョンに繋がっているはずだ。

 俺が三階層に行って、バイトウルフより先にミルクと合流。

 あとは救助が来るまで彼女を守る。

話のストックがとうとうなくなりました。

明日はミルク視点のお話を更新予定です。

皆さんのお気に入り登録、☆評価、感想が励みになっています。

日間ランキング3位まで上がりました。ありがとうございます。

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そっかぁ、精神と時の部屋知らねーのかー おっさんは寂しいですよ
[良い点] 同年代臭がしてとても好感が持てる、主人公のお父さんに
[気になる点] 安全マージンの説明が欲しい
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