ホワイトキーパーの西条
昼前に姫から連絡があった。
捕獲玉のモニター希望者のうちの一人と面会することになって、俺と姫と明石さんの三人で会うことになったのだ。
本来ならばこういう仕事のやり取りは明石さんだけで行うのがいいのだが、今回は相手がわざわざ大阪まで来てくれることと、そしてトップ攻略ギルドであることから、顔合わせの意味を込めて俺も同席したほうがいいとのことらしい。
水野さんは同席しなくてもいいのか尋ねたところ、わざわざ鍛冶師の情報を喧伝する必要はないと言われた。
制服でいいとのことで、夏休み初日から俺は制服を着て梅田のオフィスに向かった。
いつもオフィス周辺はスーツ姿のサラリーマンで場違い感のある俺だが、今の姿ならギリギリクールビズのサラリーマンっぽくてセーフじゃないかと思う。
ここに来るのは久しぶりだったが、中は随分と様変わりしていた。
いろいろな備品が増えた気がする。
業務用のコピー機とか前はなかったはずだ。
それに、テーブルの数も増えているし、見たことのない人も大勢いた。
50歳くらいの優しそうなおじさん、30歳くらいの男女、40歳くらいの厳しそうな人。
前までは広いと思っていたオフィスが少し手狭に感じるほどだ。
「泰良、こっちよ」
姫に言われて奥の部屋に行く。
そこは以前は何もなかった部屋だが、いまは応接室になっていた。
なんか高そうなテーブルとソファが置かれている。
「従業員、随分増えたんだな。明石さんは?」
「明石はお客様を迎えに行ってるわ。押野グループから出向希望でこっちに来た優秀な人間だから役に立つわよ。仕事も増えたし。チームメシアのグッズ化も検討したりね」
押野グループからの出向って、左遷じゃないか? って思うかもしれないが、こっちの方が給料面でも福利厚生の面でも待遇がいいらしく、結構な数の希望者がいたらしい。
できたばかりの企業のため、ここで成果を上げれば役員待遇も夢じゃないと張り切っているそうだ。
俺たちがアルファとベータって情報は拡散こそされていないが、一部の人間には既に知れ渡っているので、彼らが知っていたとしても驚いたりはしない。
それより気になったのは――
「チームメシアって正式名称にするのか?」
「せっかく世間に浸透しているのに変更するのはもったいないでしょ。真衣の弟、ベータのファンだって言ってたわよ。新聞紙を丸めて振り回してるんだって。次の配信を楽しみにしてるわよ」
それはありがたい。
今度、また配信をしないといけないな。
「で、今日来るホワイトキーパー? ってどんなパーティなんだ?」
「そうね。関東を中心に活動する探索者のグループで、EPO法人にも登録しているわ。特筆すべきはそのリーダーの西条虎。国内のランクは12位。彼らは配信とか一切していないから戦い方はわからないんだけど、目撃者の話によると手から炎だったり氷だったりいろいろ出すらしいわ」
「手から出す……それは魔法ってことか?」
姫は首を横に振る。
炎や氷が出るとき、詠唱をしていなかったという。
むしろそれは魔物のブレスのようだったと。
手からブレスなんておかしな話だと思うが、手が肉を食べるところを見たという人もいる。
手で肉を食べるのではなく、手が食べたというのだ。
意味がわからない。
手に口があるのだろうか?
妖怪二口男?
そういうスキルがあるのだろうか?
「お嬢様、お客様をお連れ致しました」
明石さんが戻ってきた。
妖怪二口男――じゃなくて西条さんは一体どんな人なのか。
息を飲む。
明石さんが扉を開けた。
そして彼は入ってきた。
白い靴を履いているっ!?
白いスーツを着ているっ!?
白い帽子を被っているっ!?
帽子を取ったら髪の毛が白い、いや、銀髪か!?
ただ、見た目は三十手前くらいの普通のちょっとカッコいいお兄さんだっ!?
勢いをつけて驚いてみようとしたが、驚く要素はなかった。
髪が銀色に光って見えるのは覚醒者かな?
「はじめまして。押野姫です」
「壱野泰良です。わざわざ大阪までお越しいただきありがとうございます」
そう名乗って名刺を渡す。
「いいえ。こちらこそ急な訪問に応じていただきありがとうございます。あぁ、私は名刺を持っていなくて――もらうばかりですみません」
と西条さんは恥ずかしそうに帽子を取って頭を下げる。
「実は今日、直接お会いしたかったのには理由がありまして。僕の娘がアルファさんの大ファンなんですよ……ちなみに私はデルタさんの銃の方が興味ありますね」
「そうなんですか。では今試作中のグッズを持ってきますね」
普通の会話のように聞こえるが、西条さんいきなりぶっこんできたな。
アルファの正体が姫だということは知っているんだぞ? と言っているのか?
そして姫は姫で、それが知られたからといってどうということはありません――と伝えているのか?
と思っていたが、明石さんが持ってきてくれた玩具のミルクの銃を手に取って目を輝かせている西条さんを見ると、本当にただのファンなのではないかと思ってしまう。
ていうか、この人普通に白い手袋をしているだけで、口なんてどこにも――あれ?
西条さんの方から気配がする。
人の気配ではない、魔物の気配だ。
これって――
「おや、壱野さんは気配探知スキルの持ち主でしたか。では、この子の紹介もしないといけませんね」
というと、西条さんの左手の手袋が口を開いた。
いや、違う。これ、手袋じゃない。
手袋に擬態した魔物だ。
その魔物は手袋から姿を変えていくと、翼と手足の生えた手の平サイズの白蛇のような姿になった。
これってもしかして――
「この子の名前はホワイト。僕が飼っているホワイトドラゴンです」
ホワイトドラゴンっ!?
ドラゴンを飼っているのか。
手袋から本来の姿に戻ったホワイトドラゴンは、西条さんの左手の上で佇んでいる。
手からブレスを吐くとか、手が肉を食べたとかいうのも、単純に手袋に擬態したドラゴンがブレスを吐いたり食事をしていただけか。
妖怪の正体なんて気付いてみればそんなもの……って、ドラゴンが手袋に擬態していることの方が非常識かもしれない。
捕獲玉で捕まえた魔物はダンジョンから持ち出せない。
黒のダンジョンのホワイトドラゴンを普通のダンジョンに持ち込んで倒した?
それとも逆?
いや、待て。
何か引っかかる。
ホワイトドラゴン……ドラゴン……ドラゴンをテイム。
あ、思い出した!
あれは、青木と初めてダンジョンに潜ったときのことだ。
D缶の中身について、運が悪ければシーチキン、そして運が良ければ――
「もしかしてD缶からドラゴンの卵を出したのって西条さんだったんですか?」
「あぁ、十年も前のことなのにまだ知っている人がいたんですね。一応インターネット上のデータは全部削除させているのですが、一度出回った噂は無くなりませんか」
西条さんは残念そうに呟く。
それが答えだった。
「私はこの子と十年一緒にダンジョン攻略をしてきました。魔物と一緒にダンジョン攻略をする経験とノウハウは誰よりもあると自負しています。だから、あなたたちが提供する捕獲玉には非常に興味があります」
なるほど、とてもまともな理由だ。
捕獲玉のモニターとしてこれほどふさわしい人はいないだろう。
「それで、捕獲玉を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ。今回は三種類ご用意しました」
と姫は昨日水野さんが作った捕獲玉を置く。
用意したのは、捕獲玉(獣)、捕獲玉(虫)、捕獲玉(鳥)の三種類だ。
それらの捕獲玉にはそれぞれ鑑定書が添付されていた。
西条さんは鑑定スキルを持っていないらしく、その鑑定書を読む。
「魔物が食べた場合の捕獲率は?」
「捕獲玉で二回、アルミラージの捕獲を試みたところ、元気なうちは捕獲玉に見向きもしませんでしたが、ある程度ダメージを与えると捕獲玉を食べました。その場合のテイムは二回とも成功しています」
「アルミラージをテイムした理由は?」
「最初から強い魔物は危険だと判断したのと、ダンジョン局からの依頼で、最初はカワイイ魔物をテイムしたほうが宣伝効果があるとのことで。二匹のアルミラージは現在ダンジョン局にテイム権限を譲渡し捕獲玉及びダンジョン局の広報担当として活躍してもらう予定です」
うん、昨日頑張ってPD内でテイムした。
ダメージを調整するのが大変だった。
強くなりすぎて、小石を投げても殺してしまうんだよ。
結局、ミルクの薬魔法、毒散布で毒状態にして徐々に体力を削ってテイムした。もちろん、テイム後の解毒と体力の回復はきっちり行っている。
そのテイムしたアルミラージの動画を見てもらう。
「素晴らしい! あのアルミラージがこんなに大人しい姿で撫でられているなんて。モニターに応募してよかった」
西条さんが左手の上に乗っているホワイトを撫でながら言った。
「喜んでもらって光栄です」
そして、西条さんは鞄の中から桐の箱を取り出す。
その蓋を開けると、そこにあったのは三本の金色のナイフだった。
【魔法の缶切り:どのようなD缶でも一度だけ開けることができる】
予約時間間違えてた




