001 神話について
【概要】
世界が創り出されたことを記す『創世神話』から、『神々の争い』が起こって世界文明が崩壊するまでの『黄昏記』がある。なお『原初の伝詩』の世界は『黄昏記』の話になる。
世界は『原初』の時点で創られてから二〇〇〇年が経過しており、『神々の争い』を中心とした世界崩壊を受けて分かれた世界が『狭間』と『箱庭』の世界となっている。
世界が崩壊した(厳密にいえば“分かれた”)ことにより文明は『狭間』の世界に二割が流れ、『箱庭』の世界に八割が残っている状態となっている。ただし、世界が分かれたことによる衝撃で一部の文明はそのまま断絶したり、(気候変動などにより)再現不可な状態となっており、なおかつ獣人たちが『人間狩り』を行ったことから、『箱庭』の世界に残る文明は世界が一つだった頃の五割〜六割程度だと言われている。
世界の混乱を防ぐため、平穏に保ち神々の争いを激化させないようにするため、『神々の争い』以降の神話は実際起こった出来事とは違ったことを描いている。そのため、アーシェたち『狭間』の登場人物たちが神話だと信じているのは一種のカバーストーリーである。
なお、『箱庭』の世界では無の神と対になる神のことを“破壊神”と呼んでるが、『狭間』の世界では“邪悪な意思”など婉曲的に呼称されている。
ようは、戦って勝ったもの同士の内輪揉めに落ち着く。
つまり、こんな感じ↓
カバーストーリーの神話(世界崩壊後、無の民の以外の伝道者たちが神々との契約により、必死で世界に広めた方)→『標詩』の世界
本来の神話
無の神vs破壊神→人間(ヒト族)と獣人たちの世界
無の民は代々受け継ぎ、神々との契約を守ってきたが滅亡
因みに『箱庭』の世界はカバーストーリーが生まれる前にヒトの世界と分かれたので、カバーストーリーのことは知らない。
【創世神話】
世界がまだ影も形もなかった頃、そこにはただ無の神と破壊神しかいなかった。無の神と破壊神はお互いしかいない空間で互いに争っていた。
無の神はお互いしかいない寂しさから幾度となく世界を作ってきたが、暫くすると世界は破壊神が壊してしまう。そんなことを何度も繰り返していた。終わらない悲しみと苦しみを繰り返した果てに、無の神は破壊神の力を削ぎ落としてから世界を作ることを考えついた。
無の神は秘密裏に六色の大神を生み出し、共に破壊神の力を削ぎ落とした。それでも破壊神を殺すことはできなかった。殺すことでどんな影響が出るか知れなかったからだ。
無の神には『そこにある』『そこから生み出す』ことはできても、『そこにあるものを消すこと』は無の神の領分ではなく、破壊神の領分だった。存在がなくなれば領分そのものがなくなるかもしれない、そのため破壊神を消すことはできなかった。
破壊神は力を取り戻すために眠りにつき、無の神は世界を作り始めた。その世界は、これまでに失われた世界の何倍も壮大な世界だった。無の神だけでは手が足りず、最終的には生み出された六色の大神も世界を作るために助力した。
六色の大神はそれぞれ世界に必要なものを考え合い、世界を作るために自分たちの力を分け与えた精霊を生み出した。こうして十二刻の精霊が生まれた。大神一柱につき精霊は二柱も生まれ、無の神が生み出し大神が色をつけた世界に精霊たちが役割や能力を吹き込んでいった。
六色の大神はその世界に相応しい、与えられた役目を確実に成し遂げる生命を生み出していった。生命の姿は緑の裏刻の精霊が作り出した『植物』にも似ていない姿だった。こうして六種族の獣人が生まれた。
世界は形作られた。しかし、世界には『新たに生み出す』役目を担う存在が欠けていた。破壊神が目覚めたら世界を守ることに必死になる自分は新たな存在を生み出せなくなる。考えが至った無の神は、『なにものにもなれる力』を持った存在を生み出した。
それが人間だった。
しかし、無の神から直接生まれた大神は、一部が人間に与えられた力に反発心を覚えるようになった。自分たちだけが持っていたはずの力を人間たちが持っているのはおかしいと考えたからだ。
しかし無の神にはそのようなことはどうでもよかった。世界が壊されずに回ればそれだけで良かったのだ。
こうして世界は徐々に動き始めていった。これが『創世神話』と呼ばれる話である。
【黄昏記】(『狭間』に伝わるほう)
『なにものにもなれる力』を持った人間は世界に繁栄を与えてきた。しかしその繁栄は世界を壊すことと表裏一体のものだった。自らの利益ばかりを追い求めた人間は、次第に世界のことも獣人のことも考えず利己的になっていった。
大神たちはこのような人間たちの振る舞いを認めなかった。しかし精霊たちは、世界に生きる全ての生命に愛情を持ち始めてしまった。精霊たちは生み出した大神たちから離れていった。
自らに従わない精霊を見捨てた大神は人間を、ひいては世界を壊すために動き始めた。黒・赤・黄の大神と白・青・緑の大神はそれぞれに協力し合い、自分と反対する色の大神と争った。徐々に争いは熾烈なものとなり、それぞれに力を求めるようになった。ある大神は無の神の力を求め、ある大神は無の神に一番性質が似た緑の表刻(風・かぜ)の精霊にその力を貸すよう脅した。
もはや、世界を壊すという目的は大神たちから消えていた。
大神の争いは『神々の戦い』と呼ばるようになった。欲に駆られた多くの人間たちは無の神からの役目を放棄し、より大きな力を得ることに価値を置くようになった。そして、無の神を敬うことを忘れ、大神たちの味方をするようになった。
神々の戦いは大神が生み出した獣人たちをも突き動かした。獣人たちは自らが虐げられることが二度とないよう、世界を分けることを考えた。そして、獣人たちの手により世界は分けられ、歪なものとなってしまった。
無の神は嘆き悲しんだ。
何もこんなことになるために世界を作ったわけではない、何も争わせるために神々を生み出したわけではないのに、と。
無の神は多くの人間たちの『なにものにもなれる力』を封じ、『戻れない』ようにしてしまった。しかし、封じられなかった少数の人間は無の神から『なにものにもなれる力』を受け継ぎ、無の神だけを崇めてこの惨状を子々孫々に伝えると誓った。
こうして、人間は『ヒト族』と『無の民』に分かれてしまった。
無の神は残りの人間たちである無の民の行いに満足し、大神たちが自身の力を求められないよう遠くへと姿を消した。既に自身に神の力が残っていないことを悟った無の神は、自分が消えることで戦いをやめるよう促したのだ。
『全てが全てであるために我が願いを果たしなさん』という、文言を残して。
無の神が消えて大神たちはようやく自らの過ちを悟り、再び世界を動かし始めた。夜が来て、朝が来て、季節が巡り、月日が巡る。その色に定められた通りに、世界は回り始める。
争うことはあっても、争いは力を求めるための争いではなく、世界を動かすための争いとなった。
こうして、世界は元の形を取り戻さずとも、あるべき動きを取り戻し始めていった。
これを世に言う『黄昏記』と呼ぶ。




