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レンサ Vol.1―花時ノ追憶―

作者: 空虚 シガイ

日常を楽しくしてくれる存在と物語が欲しくて書きました。

穏やかで、とりとめなくて、かけがえのない日々を少しでも楽しんでいただけると幸いです。

プロローグ


この世には目に見えないのに大切なものが多すぎる。まるで、見えないから大切だとでも言いたいかのように多すぎるのだ。目に見えないけれど大切とされているものが、本当に全部大切だなんて、私は信じない。

だから、長い時間を一緒に過ごしたあの男とのあらゆる出来事が全部正しかったとは想わない。想ってたまるか。


けれど、それでも替えのきかない時間だったことは間違いないだろう。この確信に関しては、大切で、正しいと、私は信じてる。







1


桜が舞っている。


この4月に高校への入学を果たして以来、日々の通学路となった川沿いの道を彩る花の雨を浴びながら、ぼんやりと物思いに耽った。

緩やかなカーブを描きながら続く道はとても絵になる光景だった。そして最初に書いた通り今は桜の季節ということも相まって、より美しい景色が視界を占めていた。桜の木の下に死体が埋まっているとは想わないが、何かが埋まっていてもおかしくない不思議さが桜にあることは間違いないと想った。そんな春のひととき特有の空想に一瞬とはいえ浸ってしまったのが迂闊だった。背後から憎たらしいほど綺麗な響きを帯びた笑い声が届けられた。


「ほのぼのとした気持ちになるのはわかるけどよ。咲き誇る桜を見て死体が埋まってるどーのこーのって方向に広げるのはちょっと発想が凡庸なんじゃねーの」


「勝手に人の空想を読んで口を挟むのやめてくれる!?あなたに水を差されると桜の風情もなにもあったもんじゃないわ」


思わず声に出して反発しながら振り返った視界の先には、一応私の専属執事兼家庭教師として雇っている若い男性、(よすが) レンサが涼しげに微笑みながら佇んでいた。

年齢は20代前半くらいに見えるがいまいち判然としない。黒みがかった青の髪を風になびかせ、腕を組む様は悔しいが絵に描いたような好青年だ。180センチ近い身長に、黒のパンツとジャケット、くどくない程度のネックレスがよく映えている。履いているブーツはかなり使い込まれているが、同時に手入れがよく行き届いていることも見てとれる。

本当に腹立たしいが、優れた容姿とセンスを持っていることは否定できなかった。


「そりゃ悪かったよ。こっちとしちゃあ春の陽気にあてられたお嬢が事故にでも遭ったら困るんでね。心配が口をついて出たのさ」


たいして悪びれてないような表情で軽く両手を上げながらレンサが言った。


「大きなお世話よ。だいたい何で毎日私の登下校についてくるのよ。私もう高校生なのよ?」


レンサがめんどくさそうにガシガシと頭を掻いた。


「しかたねーだろ。高校生とはいえまだ入学したばっかだし、何が起こるかわかんねぇからな。1ヶ月くらいは護衛も兼ねて付き添いをって御母堂から頼まれてんだよ」


私は大きくため息をついた。まったく母さんは......。


「それにオレとしても御母堂の言うことも最もだと想うぜ。お前さんはかわいい一人娘なんだからよ。心配する親の気持ちを少しは汲んでやれよ」


「だったらあなたは私の気持ちを汲みなさいよ!あなたが学校の校門前までついてきて帰りも校門前で待ってるもんだから根も葉もない噂がたって恥ずかしいのよ!?」


「何だよ、根も葉もない噂って?」


冷静な声でレンサが質問してきた。


「クラスメイトからあの男の人誰?許婚?それともお兄さん?って訊かれるのよ!恥ずかしくて授業に集中できないわ」


「別にいいじゃねぇか。訊かれたら違うって答えてやれば。そうカリカリすんなって」


これ以上問答を続けても堂々巡りな気がしたので私は再び前を向いて歩き始めた。そろそろ行かないと遅刻してしまう。


身内感バリバリ全開のトークを読ませてしまったが、これが私たちの日常だ。先述した通りこのレンサという青年が私、清白かいなの専属執事兼家庭教師というわけだ。執事やら家庭教師やらといった単語が肩書きにあるが、その実態は私の身の回りのお世話における何でも屋のようなものだ。レンサは普段こんなテンションだが、頭は良いしスポーツ万能。人生経験も豊富で色んな資格も持っている。それから私の護衛も務めるだけあって滅法強い。私の周囲の人間で彼に喧嘩を売るお馬鹿さんは居ない。

レンサと出逢ってかれこれもうすぐ7年ほどになる。彼を雇ったのは私の母親だ。レンサ曰く奇妙な縁に導かれて私の専属執事兼家庭教師を引き受けたらしい。私の両親は普段は仕事で家を空けることが多く、それもあって両親はレンサの存在をとても重宝しており、彼に私を現代に通用する大和撫子に育てるよう依頼しているらしいのだ。本人の私としては正直面倒な成り行きだが、あの両親が決めたことなら反発しても暖簾に腕押しだ。

それに私とレンサはさっきみたいな言い合いを頻繁にするが私はレンサを信用しているし、レンサも私が本当に嫌ってることは絶対しない。変に子ども扱いせず、ある意味では対等な立場の人間として接してくれているのはよくわかる。


簡単な自己紹介のつもりがダラダラと書いてしまった。退屈されないうちに場面を通学路に戻そう。


「とにかく、あなたも私のクラスメイトたちには不用意に近付かないように気をつけてよね」


「善処するよ」


コピー用紙みたいに薄っぺらい返事をしながらレンサは欠伸をした。ホントにこの執事ときたら。


「そんで今日の下校時間は?いつもと同じでいいのか?」


学校が見えてきたところでレンサが質問してきた。


「ええ、いつも通りで構わないわ。放課後によろしく」


「あいよ。いつものところで待ってる」


そして私たちは学校の正門前で別れた。来た道を引き返すレンサとすれ違った女子生徒たちが嬉しそうにしながら登校してくる。これも高校に入学してからは毎日のことだ。こっちとしてはまったくもって恥ずかしい限りだ。人知れず小さくため息をついてから、私は自分の教室へと向かった。







2


「お嬢、ちょっと寄り道していくか」


授業が終わってから正門前で合流するやいなや、レンサが提案してきた。


「寄り道って、どこに行くのよ?」


「少し懐かしいところに、な」


そう言ってウインクして見せた。綺麗に決まってるのが腹立たしい。別に寄り道をしたいわけではないが、今日は授業の課題も無かったので多少なら大丈夫だろう。

学校を出発し、少し歩いたところでレンサはいつもとは逆方向へと進み始めた。寄り道の目的地はこの先にあるようだ。


「ねぇ、それでどこなのよ?寄り道したい懐かしい場所って」


少し歩調を速めてレンサに追いつきながら尋ねた。夕暮れの気配を帯びた街並みが夜への入り口になろうとしていた。


「それを先に言ったら面白くねーだろ?」


「また何か企んでるんじゃないでしょうね。あなたと母さんの悪ノリに付き合わされる私の身にもなってほしいわ」


「心配すんな。今回御母堂はカンケーねぇよ。それにお前さんへの悪ノリはちゃんと別に考えてあるから安心しろ」


「考えてあるから安心できないのよ!!」


ここへきてこの男のせいで頭が痛くなってきた。帰ったら愛用の頭痛薬を飲もう。


「着いたぜ」


唐突にレンサ足を止めた。つられて私も立ち止まり、目の前を見た。私たちの目の前にあるもの......これって...


「駄菓子屋?」


私の言葉にレンサは振り返ってコクリと頷いた。


「懐かしいだろ?」


「まあ、ね。私は小さい頃、あまり駄菓子屋には行ってなかったけど」


それでも駄菓子屋の存在はもちろん知っているし、確かに懐かしいものと言われて駄菓子屋を連想する人も少なくはないだろう。


「そんじゃ、とりあえず中に入るか」


再び歩き出したレンサを慌てて呼び止めた。


「ちょ、ちょっと待ってよ!じゃあ目的地ってここなの?それで何?このお店で買い物もするってわけ!?」


レンサが呆れたような顔で笑った。


「おいおい、今までの会話の文脈を全部葬るような質問だな。オレが駄菓子屋の前まで来て回れ右して帰る暇人に見えるか?」


普通駄菓子屋にはそこそこ暇で時間のある人が行くイメージだが、それを彼に言ってもムダな気がした。私は諦めて仕方なくレンサの後ろについて歩き始めた。

元々開け放たれていた引き戸に手を掛けながら、レンサは店内に足を踏み入れた。


「ごめんよ。まだやってるかい?」


時間帯も相まって少し薄暗く感じる店内にレンサの声が響いた。するとお店の奥の方で何かが動く気配がした。


「あらあら。誰かと想えば清白さんとこのお手伝いのお兄さんじゃないの」


コロコロと笑いながら近付いてきたそのご婦人はレンサを見てそう言った。


「よぉ、マダム。暫くぶりだな。ちょっと来たくなってよ。悪いね突然」


「あらあらいいのよ。お店なんだからお客さん大歓迎。どうぞゆっくりしてってちょうだいな。それでこちらの可愛いお嬢さんはどなた?」


突然視線を向けられて少しドキッとしてしまった。すると私の肩にそっと手を置いてレンサが言った。


「オレが勤めてる家の一人娘だよ。前に話したろ?今月から高校生なんだ」


マダムがまた目を細めて笑った。


「あらあらそうなのね!本当に可愛いお嬢さんだわ。レンちゃんが言ってた通りだわ。

初めまして。私はこの店の主のミスナです」


私も慌てて頭を下げた。


「こ、こちらこそ初めまして!清白かいなといいます。よろしくお願い致します」


「礼儀正しい子ねぇ。さすがこの辺いちばんのご令嬢だわ」


「だろ?元々品のある子でね。オレも鼻が高いよ」


レンサが私の頭をポンポンしながら微笑んだ。私は少し恥ずかしくなって俯いた。

私の様子を気遣うようにレンサは言葉を続けた。


「さっき言ったように久しぶりに駄菓子が食べたくなってよ。それにお嬢はあまりこういうところに来たことね―からこの機会に教えようと想ってな。ちょっと遊びに来たんだ」


「えぇ、えぇ。大歓迎よ。私は奧に居るから用がある時はいつでも呼んで。かいなちゃんも初めて来てくれたし、サービスするわ」


そう言ってマダムは店の奧へと踵を返した。レンサもありがとよと言いながら私に視線を戻した。


「どうだ。自己紹介も済んで少しは落ち着いたか?」


人見知りな私を気遣っての言葉だった。

私は静かに頷いた。


「ありがとう。でも、」


「あん?」


「ミスナさんに私のことを、その、可愛いって、話してたってどういうことよ?」


一瞬キョトンとした顔になったかと想うと、レンサは我慢できなくなったかのようにクックックっと笑い出した。


「ちょっと、何がおかしいのよ!」


「そんなこと気にしてたのか。別に、言葉通りの意味だよ」


自分の顔が赤くなってるのを感じた。


「変なこと言わないでよ!バカ!」


「いーじゃねーか。お前さんはとても可愛らしい顔立ちをしてるんだから褒めたって」


これ以上躍起になってもさらに恥ずかしい気持ちになるのは目に見えている。私は背を向けて深呼吸した。


「お嬢はもうちょい自分に自信を持ちな。ほら、色んな駄菓子があるから選んでみな」


レンサに言われてチラッと目をやると、確かにそこには私でも知ってる最近のお菓子から、昔懐かしのお菓子まであらゆるラインナップの商品が陳列されていた。


「色々あるけど折角駄菓子屋に来たんだ。オレが奢るから興味のあるもん幾つか選びな」


悔しいが、初めて見る駄菓子のパッケージは私の好奇心を焚き付けた。レンサに教えられながらねり飴やスナックの袋を手に取ってみた。けん玉などの玩具も実際に触れてみると想像以上に面白味を感じるものだった。

数十分ほど色々見て選んだものをレンサが店内にあった小さい買い物かごに入れて奥のレジへと持っていった。


「はい、ありがと。会計するからちょっと待ってね。あ、これとこれはお題は要らないわ。お近づきのしるしにどうぞ持って帰って」


ミスナさんが品の良い笑みを浮かべながらそう言ってくれた。実質初めての駄菓子屋だったけど、また来たいな。そう想っている自分が居た。

ふとレジの横に目をやると、壁掛けのカレンダーのすぐ横に何かメモのようなものが貼り付けてあった。


「あの、すいません、あれって何ですか?」


何となく気になって質問した私の声に顔を上げたミスナさんが件のメモを見て少し困ったように微笑んだ。


「あぁ、あれね。実はちょっと困っててね」


そう言うとミスナさんは壁からメモを外してこちらに戻ってきた。ポストカードほどのサイズのその紙には文字が書いてあった。


“いしの よめそ”


「いしの、よめそ...って何なんですか?」


私が尋ねるとミスナさんはまた困ったように笑って首を横に振った。


「それがね、わからないの」


「わからない?」


頷いてミスナさんは話し始めた。


「私ね、この街で産まれたんだけど中学に上がる頃に引っ越して、20年くらい別の街で暮らしてたのよ。このお店は元々親戚の方が経営されててね。その方が病床に伏された時、本人の親族にお店を継げる人は居なくて。それで、巡りめぐって親戚のひとりで両親も既に他界してこの街に戻ってきた私にお鉢が回ってきたの」


「そうだったんですね」


私は相槌をうちながら聞いていた。レンサはお店の天井に飾られた凧を眺めながら何かを考えているようだった。


ミスナさんの話が続く。


「私が引っ越す少し前にシノちゃんって名前のお友達が出来てね。お互いにシィちゃん、ミッちゃんって呼び合ってた。短い間だったけど私たちは凄く気が合って、いちばんの親友になったの」


外はだいぶ暗くなってきていた。夜が出番を待っているような、そんな空気だった。


「引っ越す数日前にシィちゃんがウチに来てね、こんなことを言ったの。私はミッちゃんと会えて本当に良かった。ミッちゃんとは一生友達で居たい。だからそれを証明するための遊びをしようってね」


「遊び、ですか」


ミスナさんは頷いた。


「その遊びのルールは簡単。シィちゃんが自分の大切なものをこの街の目立つある場所に埋める。今でいうタイムカプセルみたいなものね。そしてそれを私が見つければ私たちは一生の友達で居られる、って感じのルールだったの」


「微笑ましいですね」


私は何だかポカポカした気持ちになってきた。ミスナさんも懐かしそうに微笑んだ。


「本当にね。だけど当時の私はその遊びをすることに賛同したはいいけど内心とても不安でね。もし見つけられなかったらどうしようってシィちゃんに言ったの。そしたらシィちゃんはこう言ったの。“じゃあ、手がかりをあげるからそれを基に考えてごらん。それで見つけられたら見つけたものを私に返しに来て。もし見つけられなかったり、探すのが難しくなった時のために50年後、私はもう一度大切なものを埋めた場所に行ってミッちゃんを待ってるから”って」


「そうだったんですか」


ミスナさんは私との間に置かれたメモに視線を落とした。


「そしてこれがシィちゃんが私にくれた手がかりなの。私はこの手がかりを貰ってから色々考えたけどわからなくて。そして引っ越しをしてからも色々とバタバタしてたからそのうちこの遊びのことも忘れてしまってね。ちょうど10年くらい前にふとこの遊びのことを思い出して以来、いつか隠し場所がわかる時が来るかもなんて想って壁に貼っているの」


ミスナさんの話が終わった。何だか長い旅に行って帰って来た時のような静かな高揚が胸に湧いていた。私は心を落ち着けながら尋ねた。


「じゃあその遊びの答えは今もまだ?」


ミスナさんがコクリと首を縦に振った。


「わかってないの。しかも今年のちょうど今の時期なのよ。この手がかりを貰った50年後っていうのが」


「え!?そうなんですか!!じゃあ絶対に解いて行かなきゃ!」


私の言葉にミスナさんは小さく笑って見せた。


「でも、もういいの。小さい子どもの頃の話だし。本当にシィちゃんが大切なものを隠したかもわからないもの。それに、」


フッと息を吐いてからミスナさんは言葉を続けた。


「この遊びの謎を解いても、その先でシィちゃんと会えなかったら、遊びだけでなく私たち二人の関係も消えてしまいそうな気がするから。一生の友達になれないまま」


そう言ってミスナさんは俯いた。品の良い婦人の姿が何故か今は幼い少女に見えた。それはたぶん、この遊びを始めた時の少女と同じ姿だろう。一生の友達になりたいという想いを嘘にしない為に、本当は本気でこの遊びの謎を解こうとはしていないのかもしれない。そんな気がした。


沈黙に浸る私とミスナさんだったが、その静謐な空間は突如降ってきた言葉によって一瞬で破壊された。


「行ってあげればいーんじゃねーの?行かなかったら行かなかったで、たぶん死ぬ時に死ぬほど後悔するぜ、マダム」


ずっと黙っていたレンサがねり飴を両手で弄りながら言葉を紡いでいた。

私とミスナさんは呆気にとられて顔を見合わせた。


「レンサ、あなた簡単に言うけどね、ミスナさんにはミスナさんの想いがあって、それに行こうにもまずこの手がかりを基に謎を解かないと」


「それこそ心配いらねーよ。さっきメモを見せて貰った時に解けたから」


爆弾発言だ!

解けた?さっきメモを見せて貰った時に!?本当に全てが破天荒な男だこのレンサという人物は。私とミスナさんは思わずレンサに詰め寄った。


「解けたんなら教えてよ!その答えを!!」


「レンちゃんお願い!」


私たちの追及をまるでけん玉でもするようにいなしながらレンサは口を開いた。


「わかったよ。じゃあ話すけどマダムにちょっと確認だ。そのシィちゃんってお友達はこの街の目立つ場所に埋めたと言った。これで間違いないんだよな?」


ミスナさんは頷いた。


「えぇ、間違いないわ。絶対に謎を解こうと意気込んでて問題の内容は何度も心の中で反芻してたから」


レンサも頷いた。


「OKだ。ありがとうマダム。それじゃ真相を話そうか」


レンサの言葉を聞いて私はドキッとした。何かを突き止めて明らかにする時のレンサの声はいつもより少しだけ低くなり、響きを増す。レンサの声を聞いて、今から謎が解かれる現実味がグッと強くなった。私とミスナさんは静かに耳を澄ました。


「まずこの“いしの よめそ”ってヒントだけど、そんなに難しい謎じゃない」


「そうなの?」


私の声に頷きながらレンサは懐から万年筆を取り出し、メモに書かれた文字の横に新たな文字を書き出した。


「平仮名で書かれてて、答えがわかりにくくなるように真ん中の、のとよの間が区切られてるけど、これは単純なアナグラム。つまり並べ替えなんだ」


レンサが書いた文字を私たちは覗き込んだ。そこには新たに2行の文字列が出来ていた。



そめい よしの


ソメイヨシノ



「そめい、よしの...ソメイヨシノね!」


私は思わず叫んでいた。


「その通り。この手がかりの文字はソメイヨシノ、つまり桜の種類の名前を並べ替えたものなんだ」


ミスナさんは驚いて言葉が出ないようだった。レンサは言葉を続けた。


「そしてこの街でいちばん目立つソメイヨシノがある場所といえば......」


「私の通学路で通る川沿いの道の入り口にある大きな一本桜ね?」


「あぁ、恐らくそれで間違いないだろうぜ」


「でもレンちゃん。そこで間違いないという確証はあるの?」


黙っていたミスナさんが少し不安そうにレンサに尋ねた。


「まぁな。まずさっきも確認したようにマダムのお友達が“埋めた”という表現を使ってるから建物の中などではないのがひとつ。もうひとつは今お嬢が通学路って言葉を使ったように、あの辺りの小学校から高校に通う人はたいてい例の桜の道を通学路として通るからな。たぶんお友達も通い慣れた通学路の桜ならマダムも答えを見つけやすいと想ったんだろうよ」


ミスナさんは暫し沈黙してから、もう一度フッと息を吐いた。何かを悟ったような、決意したような、そんな雰囲気だった。


「そこに行けば、会えるのかしら。シィちゃんに」


レンサはヨーヨーで遊びながら答えた。


「会えるんじゃねーの?たぶんマダムが当時引っ越したのって新しい学校生活が始まる直前の春休みとかなんだろ?だとすると今週の日曜辺りに行くのが可能性としてはベストだろうぜ」


レンサの言葉を聞いたミスナさんは今度は力強く頷いた。50年間の重みを秘めたような力強さだった。


「ありがとうレンちゃん。私行ってみるわ。会えないかもしれないけど、それでも行くわ」


レンサも頷いた。


「そんなに会えないかもって悲観しなくてもいいと想うぜ。長い時間が経っても人は案外ちょっとしたことまで覚えてるもんさ」


「そんなものかしら」


「そんなもんだって。もっと自信持ちなよマダム。もし会えたなら、そこからまた一生の友達を始めなよ」


ミスナさんは軽く深呼吸をした。いよいよ覚悟は決まったようだ。


「そうね。一生の友達になれなかったと悲観するのはまだ早いわよね。可能性があるなら信じなきゃ。本当にありがとうね、レンちゃん」


ヨーヨーを仕舞いながらレンサはヒラヒラと手を振った。


「いいっていいって。困った時はオレ様だ」


レンサの言葉で話は締め括られた。私たちは買った駄菓子たちを持って帰宅することにした。

お店を出た私たちをミスナさんがニコニコとした笑顔で見送ってくれた。


「ありがとうね、二人とも。またいつでも遊びに来て」


「はい!ありがとうございました!」


私も頭を下げてお店を後にした。隣を歩くレンサはいつも通りの表情だ。


「ミスナさん、会えるといいわね」


「大丈夫さ。意外と人はちゃーんとお互いを想い合ってるもんだからよ」


伸びをしながらレンサは答えた。私もそうよね、と心の中で呟きながら歩き続けた。すっかり暗くなった空には無数の星たちが浮かんでいた。







3



次の日曜日、私はレンサに連れ出されてお花見に行くことになった。並んで歩きながらぶつくさと抗議した。


「もう、急に花見だなんて勝手なんだから」


「いーじゃねーか。お嬢、花見もほとんど経験ねーんだろ?現代版大和撫子を志すものとして、これを機に花見マスターになっちまえよ」


私の文句は流しそうめんのようにレンサの言葉によっていなされた。

これ以上何かを言ってもムダだろう。それに駄菓子同様、花見にも興味はある。重箱いっぱいの弁当もレンサが用意してくれたし、あーだこーだ言うのも野暮というものだ。だし巻き玉子、作ってくれたかな?


「それで、どこに花見に行くのよ?」


「隣町にちょっと大きな公園があってよ、そこに数本桜があるけどちょっとした穴場なんだ。途中までいつもの道を歩いてからバスに乗ろう」


私は頷いた。駄菓子といいお花見といいバスへの乗車といい、何だかんだ私に色々なことを経験させようというレンサの想いがあっての言動だというのは伝わってきている。つい文句を言ったりしてしまうけど、それが照れ隠しだということもたぶん見抜かれているのだ。この執筆には。


いつもの道とは反対の、川を挟んだ道でバスに乗った。レンサより先に降車ボタンなるものを押すのが今日の私の目標だ。

ふと川向こうの道へ目をやると、私は思わず隣のレンサの肩を叩いた。


「レンサ!ねぇ、あれ!見て!」


「あん?どうした?」


レンサも窓越しに向こうを見た。そこには少し遠目ではあるが、ハッキリとわかるほど綺麗に例の一本桜が咲き誇っていた。そしてその木の下には二つの人影があった。ひとつはミスナさんだ。そしてもうひとりはミスナさんと同年代らしきご婦人だった。何やら二人とも興奮した様子で嬉しそうに話している。


「ミスナさん、会えたってことだよね。シィちゃんさんと、50年ぶりに」


レンサも頷いた。その口元は少し嬉しそうに笑っていた。


「言ったろ?友達同士で何がどれだけ大切かってのは案外共通してるもんさ」


私はレンサの言葉を聞きながらもう一度桜の木の下の二人を見た。そこに居たのは50年越しの約束を経て、今日この瞬間に一生の友達となった二人の少女の姿だった。







エピローグ



「それにしても50年かぁ。スゴいなぁ、そんなに誰かのことを考えながら過ごせるなんて」


目的地である隣町の公園の一角で広げたブルーシートの上でお弁当を食べながら私は呟いた。穏やかな気温で風も少し吹いている。絶好のお花見日和だ。


「本人たちにとっては意外とあっという間なのかもな。ホラよ、だし巻き玉子」


そう言いながら紙皿に乗せただし巻き玉子をレンサが渡してくれた。ちゃんと作ってくれてたんだ、嬉しい。


「お嬢にも出来るといいな。50年も想い合える友達が」


レンサの言葉を聞きながら私はだし巻き玉子に舌鼓をうっていた。そしてだし巻き玉子のおかわりを貰いながら言った。


「そうね。それにもしそのお友達と離ればなれになってミスナさんたちみたいになったら、またレンサに謎を解いてもらわなきゃ」


私の言葉を聞いたレンサは箸を持つ手を止めて一瞬目を見開いた。


「オレ、あと50年もお嬢の専属執事兼家庭教師を続けるのか?」


それを聞いた私は自分が言った言葉をもう一度噛み締めて次の瞬間一気に顔が赤くなるのを感じた。


「ち、違うから!今のはそういうんじゃなくて!!ていうかあなたの解釈が大袈裟なのよ!!」


私の慌てっぷりを楽しそうに見ながらレンサは空を見上げた。


「その頃にはお嬢にはちゃんと現代版大和撫子になっておいてもらわねーとな。まぁその目標を達成するまではちゃんと責任持ってそばに居るからよ、慌てず頑張りな」


またこの執事に失言を晒してしまった。自分で自分が恨めしい。

悔しがっている私にレンサが追加のだし巻き玉子をよそってくれた。


「まあまあ、とりあえず今日は存分に花見を楽しもうじゃねーの。だし巻き玉子まだ食べるだろ?」


「......食べる」


私はレンサがだし巻き玉子を乗せてくれた新しい紙皿を受け取った。その瞬間風が吹いたかと想うと、無数の花びらが私たちに降り注ぎ、そのうちの一枚が私の持っていた紙皿のだし巻き玉子の上にヒラリと舞い降りた。




FIN








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