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特等席

 入り口でチケットを買い、いろいろな展示企画のポスターが貼られている通路を通り抜け、水野聖恵みずの きよえはプラネタリウムのホールに入っていった。平日の午前中とあって、大学生と思われるカップルや年配の人がまばらに見える程度で、200あるはずのシートのほとんどは空席だった。聖恵は目的の座席番号「F−14」に座ってシートを倒すと、3年前に亡くした母のことを思い出していた。

 聖恵が幼いころから、よく父と母と3人でこのプラネタリウムに行っていた。特に母が好きで、この席が一番見やすいの、と穴場スポットであるかのように教えてくれたのをよく覚えている。それが今座っている座席「F−14」だった。本当に一番見やすいのはどうかは定かではないが、何回か他の席に座ったときと比べてみると、確かに全体が見渡せるようで体が楽になるのは確かだった。

 聖恵の母は3年前の今日、交通事故で突然この世を去った。当時高校3年生だった聖恵にとっては大きなショックで、一時は受験勉強にも身が入らないほどだった。だが幸いにも友人や親戚に恵まれ、父の励ましも受けながら、地元の大学に合格することができた。合格発表があった日には、父といっしょにこの席に座ってプラネタリウムを見ていた。母さんといっしょに見たかったな、と父がつぶやきながら目を滲ませていたのは今でも覚えている。

 それから毎年、母の命日にはお墓参りの前にプラネタリウムに行くようにしている。父は仕事があるので聖恵一人だけだが、母との思い出に浸るにはむしろそのほうがいいのかもしれなかった。

 母のことを想いながら真っ白な天井を見上げていると、隣のほうで人影のする気配を感じた。頭を右に傾けると、聖恵と同じくらいの年の男性が古びたノートを片手に何かを探していた。

 男性はやがて聖恵の席の隣「F−15」の番号を確かめると「ここか……」とつぶやいた。聖恵の視線に気付いたのだろうか、男性は「すいません、隣いいですか」と声をかけてきた。

 あまり母の思い出の邪魔はされたくなかったし、そもそもシートは空席だらけなのにどうして私の隣なのだろうか、と聖恵は疑問に思った。しかしノートを見ながら探していたあたりから、この人も私と同じように、この席に意味を求めているのだろうと想像できた。

「いいですよ」と聖恵が返事をすると男性は「ありがとうございます」と言って隣のシートに座った。その時彼が持っていたノートの表紙を見て、聖恵は思わず目を見開いてしまった。

 ノートの表紙には「交換日記 良樹&愛」とあった。聖恵の母の名前も「愛」だった。

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