不完全の未来。-後編-
真っ赤なドレスはやがて黒ずみ、
私とアナタを繋ぐ。
それはアナタが用意していたモノ。
私は、何も──。
だから、この未来は──
"アナタが見せてくれた夢だと思っていた"
──また、"まひる"が死ぬ。
「おやすみ、"まひる"。 またね」
最初の"まひる"が死んで、どれ程の時が流れたのか。
分からない。
「…………」
ねぇ、白。
私は、あと何回繰り返せばいいの。
あと何回取り込んで、何回生んで、何回看取ればいいの。
"まひる"は、何回死ねば。いいの。
──胸に手を当て、"二人"の鼓動を感じる。
「ねぇ、"まひる"」
私は、もう──
✳︎ ✳︎ ✳︎
【私】は普通の人だった。
『はぁ、秋桜も高校生か……』
『もう春光さんったら。 昨日からそればっかりですよー』
『そ、そうは言うがね冬聖さん! 高校生というのは多感な時期であって。 特に男というのは……男というのは……。 どいつもこいつも、スケベな事しか考えてないんだぁっ‼︎ そんなところへ愛娘を送るなんて、もう心配で……心配でぇ……』
『あらあら。 じゃあ、春光さんもそうだったのかしらー?』
『なっ⁉︎ わ、私は違いますよ! 断じて、断じてっ!』
『はいはい、お父さん。 そういうのはいいから、わたしにもスマホ買ってよ』
『ダメです! 千夏がスマホなんて持ったら勉強をしなくなるに決まってます! それどころか、SNSで知らない人と繋がって……ああ、恐ろしい……』
『何その妄想……大体、お父さんは過保護過ぎっ! そんなんじゃいつまでたっても子離れ出来ないよっ!』
『しなくて結構ですっ‼︎』
【ふふ】
賑やかな朝を一緒に過ごすパパとママと、妹がいて──
『おっはよー、秋桜!』
【おはよう、友咲】
『高校でもまた同じクラスだね! さっすがは、あたしの強運! すごい!』
【ふふ。 それ、意味変わってるよ】
『細かいコトはいいの、いいの。 それより、今年もよろしくぅ〜。 秋桜ぅ〜』
【あ、ちょっ……。 うん。 こちらこそ、よろしくね。 友咲】
突然、抱きついてくる──少しスキンシップが多いけど、誰よりも仲の良い幼馴染みがいて、
新しい学校生活も順調で、
このまま普通に学生生活を謳歌して、当たり前のように社会へ出て、ごく平凡でも唯一無二の幸せを手にすると思っていた。
なのに──
【パパ……? ママ……?】
ある日、突然。
簡単に崩れ去った。
『…………』
学校から帰宅して、リビングに入ると。
二人は床に横たわり、
部屋中が真っ赤で染まっていて、
ぐちゃぐちゃが辺り一面に散らばっていた。
──ガタッ。
【ッ‼︎ かず──な……?】
コロコロと転がってきたのは、千夏だったモノ。
【……あ……ぁ……あ……ぁ……】
腰が抜け、まともに声が出なくて、ガクガク震え、後退る【私】。
目の前にいるそれから逃げたくて。
『ねぇ、キミは知っテル? 血の味ヲ』
だけど、それからは逃げられなくて。
【へ──】
『僕はネぇ? 知っテル、ヨぉぉ‼︎‼︎』
【──ッ⁉︎】
それが揺らぐと。
瞬く間にお腹が焼けるように熱くなって、溢れて。
耳にするのも嫌な笑い声が響いて──。
パパのか、ママのか、千夏のか。それとも【私】のか。
分からないけど、口の中に血の味が広がって。
すごく、気持ち悪くて。
『アハッ、飲んデ! モット、飲んデ!』
何でこのヒトはこんな事をして、楽しんでいるのか分からなくて。
何で【私】はこんな酷い目にあってるのか分からなくて。
【……ンぅ、んッぐ……】
何も分からないまま、弄ばれて。
『ジャあ、そろソロ。 いただき、マァースゥゥッ』
最後には、身体を食べられて。
頭の中にバチバチと、バチバチと火花が散って。
涙が蒸発しそうなくらい、泣いて。
喉が壊れるくらい、叫んで──
死んだ。
死んだら天に昇っていくと思っていた。
だけど、【私】は逆で。ただひたすら落ちていった。黒の中を。
生前の行いが悪かったからか。それとも、これが普通なのか。
それを確かめる方法はないけど、ただ一つ分かるのは。
黒の中へ落ちていく事で【私】は少しずつ、少しずつ消えていき──
【私】は私になった。
「フ、ハハハッ。 成功だ、ついに成功したぞっ!」
覚醒した私が初めて目にした光景は下品な高笑いをする白衣の男。
──とても不愉快な存在。
彼は、死者を蘇生させる研究をしていて。
私を唯一の成功体──人類初の"蘇りし者"と呼び、喜んでいた。
「…………」
──私の気も知らずに。
【私】の記憶は私にとって耐え難いものだった。
私なのに【私】じゃない。
【私】と私は似て非なる存在。
私は【私】のようにはなれない。
【私】は、私は──。
──まだ、黒の中にいた。
ただ従う。
ただ歩く。
「…………」
下を向いて。
親でもない科学者をパパと呼んで。
役目と割り切って、食人鬼に身体を売って。
ミクロコスモス──歯車の"396"、無感情の"マグロ"として。
ただこなす。
それが当たり前になっていく。
──蘇って。
何をすればいいのか。
何に生きる意味を見出せばいいのか、分からないから──。
──不死の身体と。
トントン、と。
勝手に、動く。
生きたくもないのに。
トントン、と。
刻む。
私の心臓は、悲しい木こり。
取り出しても、潰しても止まらない。
それを知って、知らないフリをして。
叩く、叩く。叩き続ける。
切り倒せない。私を。
──永遠の時間を得て。
【何をしたいの?】
何もない私は、
「…………」
かつての【私】に哀れまれている気がして──。
胸が、キモチワルイ。
✳︎
【何処へ行きたいの?】
──行きたいところなんてない。
【何の為に歩くの?】
──身体が止まってくれないから。
【どうして、そんな顔をするの?】
──何もないだけ。
【本当に?】
──本当に。
【本当の、本当に?】
──本当に。
【本当の、本当の、本当の】
──本当に。
【貴方は、嘘をついている】
──嘘なんて。
【それが本当なら貴方が興味を持つ事はなかった】
──ない。
【必要だと感じる事も】
──ない。ない。
【そんな悲しい顔も、するはずがない】
何も、ない。
例え、彼がいても。
それは変わらない──はずだった。
✳︎
「ねぇ、お嬢さん、お名前はー?」
彼が、白が現れて。
「もっとさ、楽しもうよー。 ほら、笑って、笑って〜」
少しずつ、少しずつ、
「良かった。 笑ってくれて」
ぎこちなくても、
「真黒の心はこんなにも綺麗で、こんなにも暖かいんだよ」
【私】を取り戻していき、
『…………』
【私】は、私は──私になれた。
彼との最期で、その心で。
──だから。
「エ、なん、で、そん、ウギャァァァァアッ」
「私は、知ってる。 血の味とおんなじくらい──」
彼の願い。
この世に生まれるのが早過ぎた全ての食人鬼を殺し、食べられる覚悟の無かった人類から、残酷な現実から解き放つ。
それはとても身勝手な話。
でも、
「──よく知ってる」
身勝手なだけじゃない。
それから殺して、殺して。殺してまわった。
かつて私を買った食人鬼達を。
だけど、それじゃ全ての食人鬼を殺す事は出来ない。私には、食人鬼と人の違いは分からない。だから、私の知る──目の前だけしか殺せない。
そんな私の元に、
「お困りのようだな、お嬢さん」
「誰?」
「俺は──」
白の友人、桃琉が現れた。
彼は白を生かす為に食人鬼になり、白の願いを叶える為に協力してくれた──。
食人鬼は近くにいる同胞の存在を感知出来る。
それによって探し出し、殺した。
数多の食人鬼を──少女を嬲り殺した彼女を、白が救えなかった少女を、神を騙った彼を、僅かな希望に縋った彼を。
容赦なく、殺した。
「…………」
この手で。
彼等の心に直接触れて、壊した。
そして、ただ壊すだけじゃなくて。
──知ってしまった。数多の想いを。
彼女は、
「誰ぇ、アナタ? なんでアタシの邪魔……ス・ル・ノ・お──」
望んで手にしたはずの未来に振り回され、心が壊れてしまった。
「痛い、痛イィッ、ヒヒっ‼︎」
心臓を貫いたにも関わらず、彼女はとても幸せそうに笑っていて。
『ママ、ママぁ……アタシ、いっぱいコロした、いっぱい食べた……アタシにしかデキないコトしたよ……だから、褒めて……いっぱい、いっぱ……い……だから、だからぁ……』
血塗れの手を通して、彼女の心から流れ込んでくる想い。
病を治して、貴方にしか出来ない事をして。
母親が遺したその言葉が彼女を支え、突き動かした。
例え、食人鬼の本能がそれをねじ曲げても。自らの手で、母親の命を奪った事を忘れても──。
少女は、
「……んで……な、んで……──」
返事をするはずのない亡骸を抱え、涙を流す。終わりのない問答を繰り返す。
死ぬまでの。永い時を。
だから、
『ねぇ、深雪。 さびしいよぅ、お腹すいたよ。 ねぇ、深雪。 ずっと一緒だよね? ねぇ、ねぇ。 私達は、不幸なんかじゃ……。 しあわせ、しあわせなのに。 さびしいよぅ』
殺した。
姉として妹に優しく手を差し伸べたはずなのに、孤独を背負ってしまった少女を──。
彼は、
「私の何が悪い。 彼奴らも神のように振る舞い、他の生き物を喰らうではないか──」
町を支配し、人を家畜のように扱い、幾度も生贄を用意させ食べていた。
まるで自分を世界の巨悪と言わんばかりに。
けど、仰々しく語る彼の瞳の奥は悲しみに染まっていて。
『ローサ。 私は最後まで演じれたのだろうか、私を。 あぁ、私も。 弱ければ。 あの血、あの二人のように。 君とあの時……仲、睦まじく……』
その心も、また──。
廃研究所で殺した彼は、
「あがぁっ、あ、ぐぁっ……嫌、ダ……イ、ヤ……ッ……──」
最愛の女性の為に、己の定めと闘って、もがいていた。
腰まである長い茶髪。前髪を真ん中で分けていて、朗らかな雰囲気の彼女はいつもニコニコと笑い、彼の為に人を殺していた。
食人鬼の性に逆らえず、苦しむ彼を見たくない。それから救うには、人を食べさせるしかない。なら、殺してもいいと割り切って。
彼はそれに負い目を感じていた。
自分のせいで彼女に業を背負わせたくない。
だから、食人欲求を抑える薬を求めて。
『ごめんな、最後まで。 こんな奴で。 一緒じゃ、なくて』
しかし、彼の求めていたモノは無かった。この世界のどこにも──。
──知ってしまった。殺す意味を。
私は食人鬼を殺す度に自分が少しずつ変化していくのを感じていた。
それが私の定めと知ったのは"まひる"を生む少し前──。
「ようやく、だな」
最後の──桃琉を除く全ての食人鬼を殺し終えた事で、
「…………」
私の歩む理由はなくなってしまう。
もう二度と歩む理由を得る事もない。
だから、トクン、トクンと。
胸に押し寄せてくる。
「探してきて」
「おいおい、俺の感知は──」
「まだ、隠れてるかもしれない。 お願い、探してきて」
「──……全く、分かったよ。 ちょうど俺も、世界を見て回りたかったところだ。 最後にな」
それから彼と別れて、私は家へと戻った。
家族と過ごした家ではなく、白と二人だけで過ごしたあの家へと──。
「…………」
無常なる時の流れ。
家は私を置き去りにして、跡形もなく消えていた。
でも、
「…………」
彼との思い出は、この胸の中にある。
だから、私の手で。
少しずつ、着実に。
修復して。
「まし、ろ。 アナタは……」
──知ってしまった。殺してきた意味を。
彼が最期に見せてくれた願いは、過去のもの。
彼の本当の願いは、私の死。
私に心を託して。
私が食人鬼を殺して、取り込む事で進化して。
彼の心から私達の"子"を成す──"彼の分身"を。
そして、その"子"が私を終わらせれる唯一の存在──。
「無責任って。 そういう事だったんだね」
しばらくして、私は"まひる"を生み、育てた。
修復した我が家で。"私達"の願いを叶える為に。
✳︎
"まひる"が生まれて十四年目の夏。
桃琉は戻ってきた。
「まさか俺なしでも生まれるとはな」
「知ってたんだ」
「ある程度はな」
"まひる"と会ってから、彼の瞳は変わった。
「煙草。 吸っていいか?」
「好きにして」
本当は、煙草が嫌い。
あの科学者がよく吸っていたから。
でも、
「すまんな」
別にいい──。
「"あの子"、昔の彼奴によく似てるな」
「分身だから当たり前」
「本当にそれだけか?」
「それは、どういう意味」
「お前にとって"あの子"はそれだけかって話だ」
「…………。 私にとって"まひる"は──」
────────。
「フッ、成程な」
「ねぇ、そんなこと聞いて──」
「別に。 俺も"あの子"に興味が湧いた。 それだけだ」
「──……そう」
「さて、そろそろ失礼するか。 随分と長居したみたいだしな」
「いいの?」
「ああ、俺にもまだ時間はある。 それに。 少しの間、遠くからでも"あの子"を見ていたいんでな──」
✳︎
数日が経ち、二度目の──最後の来訪。
「下手な演技だった」
「フ、そう言うなよ。 あれでも最初で最後の名演技なんだぜ」
「どうして死んだフリなんかして"まひる"を騙したの?」
「別に。 最後に彼奴を揶揄いたくなった。 それだけだ」
「あんなに泣かせて」
「…………。 なぁ、最後に。 普通の煙草を吸っていいか?」
「好きにして」
──シュッ、シュッ、シュ。 ボッ。 ジュウ。 ……スッ、フゥ。
「すまん。 嘘をついた。 本当はあのまま、"あの子"の前で死にたかった。 死ねると思ったんだ、毒物でも」
「残念だったね」
「ああ」
──。
「これで終わり、か」
「…………」
「千年以上、何も食わなくても生きちまうなんて。 参るな、全く」
「…………」
「俺も、彼奴のように死にたかったよ」
「なら、そうすればいい。 このまま食べずに、生きて」
「それが出来ないのはお前が一番分かっているはずだ。 真黒」
「…………」
「それに、俺は。 もう死んだからな」
「バカ。 ……アナタも」
「フッ、まぁな」
──グサッ‼︎‼︎
煙草が消えると同時に、彼の命の灯も消えた。
私の手で、殺して。
「…………」
これが、最後の──。
✳︎
「お母さん。 いってくるね」
「うん。 いってらっしゃい」
"まひる"が旅立つ。私を終わらせる為に──
でも、
「…………」
"まひる"は失敗する。
最後の一人を取り込まずに生んだ"不完全な分身"だから。
いや、例えそうじゃなかったとしても──。
"まひる"は何度でも、やり直せる。
私が取り込み、生む事で。
何度でも。何度でも。
"まひる"は白と同じ──原初の存在とも言うべき不完全な食人鬼。
それ故に、なまじ進化してしまった食人鬼とは違い、無限の可能性をまだ持っている。
だから、彼にとって"まひる"は唯一求める未来に辿り着けるかもしれない存在──。
──だけど、いくら無限の時間・可能性を手にしても。届かない。
私には、見えてしまった。
この先に、私の死ぬ未来はない・と。
長い旅路の果て、私は進み過ぎてしまった。
もう、誰も。
私と同じ世界にはいられない。
──それは永遠の孤独にも等しい。
あの時の私なら、どうしてアナタが私の死を望んだのか分からなかったに違いない。
だから、見せなかったんだよね。白。
「…………」
でも、今なら分かる。
分かった上で選ぶ。
私自身の未来を──。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「ねぇ、"まひる"」
私は、もう──"アナタ"を生まない。
私の中にいれば、"アナタ"が死ぬ事はない。
"アナタ達"がいれば、私は──
────────。
VR。求める未来を完璧に再現する人類の夢。
理想の世界。
そして、
「…………」
この機械と無数のコードで──私は、眠りにつく事が出来る。
千年、二千年をも超える。
果てしなく。
永い、永い眠りに。
"おやすみ──"
瞳に写るのは、懐かしい笑顔──
" "
声をかけても、二人はただニッコリと笑うだけ──
" "
でも、それでいい──
私には、私の──
二人には、二人の世界がある──
それがいい──
例え、永遠に交わる事はなくても──
"…………"
──私は、"私達"は。
fin.
-X X X X年-
「ねぇ、父さん。 "星神サマ"って生きてるの?」
「んー、そうだねー。 生命活動を続けてるって意味では生きてるし、眠り続けているって意味なら死んでるねー」
「なにそれ。 科学者なんだからハッキリしてよ!」
「いや、僕にそんな事言われても。 そもそも、生物として僕らとはあまりにも違い過ぎてて」
「全くもう。 父さんが世界で一番すごい科学者だなんて信じられないよ」
「あはは……。 ところで、どうしてそれが気になるんだい?」
「"星神サマ"と話してみたい、と思って」
「何でまた?」
「それは……何となく、気になるから」
「ほう。 つまり、"彼女"に一目惚れしたと。 青春だねぇ〜」
「ち、ちがうよっ! そうじゃなくて、ただ……そうしないといけない気がして……だから……」
「……そっか。 これは僕の勘だけど。 ましろになら、いつかきっと出来るよ──」
"いつか、きっとね"