祈るサンタテレサ。
水面に映る私は、
誰よりも優しくて。
鏡に映る私は、
何よりも醜くて。
貴方の瞳に映る私は、
『私』じゃなくて。
・無垢なる聖女
-3882ねん 4がつ1にち-
きょうからにっきをつけます。
てれさがしすたーみならいのみならないになってにねんたちました。
ぱぱとままとはなればなれはつらいです。
でもかみさまのはなよめになるためにがんばります。
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-3885年 7月27日-
今日、八才のたんじょう日をむかえてバプテスマをうけました。
これで、子どものころからのわたしのつみはあらいながされて、じゅんびが出来ました。
もうわるいことをしないように気をつけます。
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-3887年 6月24日-
今日、メリー姉妹から大切な事を教えてもらいました。
「信仰とは、無いものをあると信じる事ではなく、あっても無くても信じ抜く事である」
わたしは感動しました。一日も早くメリー姉妹のようになって、神様の花嫁にふさわしい女性になりたいです。
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-3889年 8月17日-
悲しいです。
幼なじみのコルヴィスは私と同じ十二才になってもケンカを止めてくれません。今日だって年上の子とケンカをしてボロボロになって……。
どうして、どうしてコルヴィスはケンカを止めてくれないのでしょうか。本当は優しくて、良い人なのに……。
きっと、悪魔の仕業です。そうとしか考えられません。神様、どうかお救い下さい。大切な私の──
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-3895年 11月11日-
……コル、ヴィス。コル……ヴィスの……。
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-3895年 12月24日-
いよいよ明日、神様の花嫁になります。
これで、パパもママも、町の人も。みんなが救われます。
神様は慈悲深いお方です。コルヴィスも、きっと。
また、あの頃みたいに──
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・穢れし羽
この町はクソだ。
見てくれは綺麗ぇだが、中身は入り口に牛のスカル飾りをぶら下げてるゴロツキの町と変わらねぇ。
空から降って来た白い雪も、すぐに黒に染まる。
「ねぇ、オニィさーん。 今夜はー、アタシとぉ。 タノしいことシない?」
鼻につくコロンの塊。
何がセイなる夜──クリスマスだ。
何の疑問も持たず、常日頃からガキを孕むことしか考えてねぇ歯車どもが。
「ねぇってばぁ〜」
「うるせぇ。 俺ァ、てめぇみてぇなやつに腰振り回してるヒマはねェんだよっ!」
──ガッ。
「きゃあっ‼︎」
情けねぇ。
たかが、鉄パイプを振り下ろしたぐれぇでビビッて逃げる。
どいつも、こいつも──
──3880年──
『何よ、その目は。 チッ、どうしてアンタみたいな生意気なガキが──』
うるせぇ、てめぇが勝手に産んだんだろうが。
『なぁ、コルヴィス。 僕らには僕らの役割があってね。 それを全うするのが──』
うるせぇ、父親のくせにヘラヘラしやがって。
『俺、嫌いだ……全部、全部……』
"俺を含め、俺の世界"はことごとく腐ってやがった。何も見たくねぇぐれぇに。
なのに、女は。
『ワタシは好きだよ、キミの目。 自由な感じがして』
うるせぇ、血も繋がってねぇのにいつも姉ぶる気に喰わねぇ女の分際で。
『エルシィ。 何で、いつも──』
諦めたような、寂しそうな顔ばっかしやがって。
『んー、キミに優しくする理由ねぇ。 そりゃ、勿論。 ワタシは未来の神様の花嫁だからね』
なりたくねぇならなりたくねぇって言え。
あんなやつらやこんな町のやつらの為に我慢なんかすんな。
だが、そんな事をとやかく言っても意味はねぇ。
何故なら、女の心はもう──
──3880年 12月24日──
女が。エルシィが"神様の花嫁"になる前日。
『ねぇ、コルヴィス。 キミは本当に優しい子だよ。 だから、ワタシより──』
そうやって──
──3880年 12月25日──
セイなる夜。
広場に積もった白い雪が、
気に喰わねぇ女が、
『や、イヤ、嫌ぁぁぁぁぁあッ』
『ヘッ、ヒィーッハハハハァ‼︎‼︎』
赤に染まっていく。
弱ェから恨むしかねぇ。
弱ェからヘラヘラ笑うしかねぇ。
弱ェから受け入れるしかねぇ。
弱ェから、何も出来ねぇ。
だから、俺は──
──3889年 8月17日──
ギラギラ燃える真っ赤な太陽。
気に喰わねぇ影が俺を覗き込む。
『もうまたケンカして。 立てる?』
テレサから差し出された手は。
傷口を焦がすみてぇに眩しくて。
『触んなっ!』
『……ッ』
『てめぇに心配される程落ちぶれちゃいねぇよ』
『……ボロボロのくせに』
『うるせぇ』
『どうしてケンカするの?』
『あいつらが気に喰わねぇ。 それだけだ』
『ケンカは悪いことなんだよ? 悪いことばかりしてたら救われないよ。 私、そんなの』
『ケッ、エラそうに説教か。 てめぇのケツもてめぇで拭けねぇくせによォ』
『なっ⁉︎ バッ……うぅ。 あ、あれは違うもん! 神様の花嫁はどんな理由があっても手を汚しちゃいけないから仕方なく拭いてもらってるだけで……』
『だったら、俺に関わるんじゃねぇ』
気に喰わねぇ。
どこまでも気に喰わねぇ目をしてやがる。
テレサも、あの女と同じように──
──3895年 11月11日──
シラけた昼下がりの路地裏は、くだらねぇ茶番がお似合いの舞台。
何度も何度も、再演す。
『よォ、テレサ。 いや、みんなを救ってくださる聖女様って呼んだ方がいいか?』
『コルヴィス』
『ハッ、冗談だ。 そんな怖ェ顔すんなよ』
『お願いだから悔い改めて』
『チッ、またそれか』
『もう時間がないわ。 私が神様の花嫁になったら、もう……』
『だから、何だ? 神の裁きにビビッて心を入れ替えろってか。 ……ふざけんなよ』
『ふざけてなんか』
『ふざけてるようにしか聞こえねェんだよっ、テレサぁ‼︎』
『……ッ』
『いいか! 俺ァな、てめぇの好きなように生きて、てめぇの好きなように死ぬって決めてンだよっ‼︎』
『でも、それじゃ……救われないよ……』
『それァ、てめぇの考えか?』
『え』
『違ェよな。 てめぇはいつも神様、神様だもんなァ』
『…………』
『てめぇが一人で歩けねェなんて知ったこっちゃねェがな、俺は』
『……ずや……』
『あ゛ぁ?』
『コルヴィスの分からず屋っ‼︎ どうして、どうして分かってくれないの! 私は、ただ……貴方に、幸せになってほしくて……』
『ッ‼︎』
気に喰わねぇ。
──『ねぇ、コルヴィス。 キミは本当に優しい子だよ。 だから、ワタシよりも幸せになってね』
否応無く、あの日の影が重なる。
テレサと女の。
『……ンだよ、それァ』
どいつも、こいつも。
『無ぇよ、ンなもん。 この世界にはな』
平気でそんな事を言いやがる。気に喰わねぇ。
『知ってるか? どうやっても手に入らねぇモンがあるやつの渇きを。 死にたくてしょうがねぇやつの気持ちをよォ。 目の前で、大切なモンがぐちゃぐちゃになった瞬間を見た事あるか? 無ぇだろ。 だったら、エラそうな口を利くんじゃ』
──バシィィィッン‼︎‼︎
頬が焼けるように熱かった。
やっぱり、テレサの手は。
俺の傷口を焦がす。
ぐちゃぐちゃに。
『コルヴィスの、バカぁッ‼︎ ……あ……』
『今のは無かったことにしてやる、聖女様。 だから、今すぐ消えろ。 ンで、二度と俺の前に現れンな』
だから、俺は。
俺は、俺は。
俺は──
──3895年 12月25日。
あの時と同じ真っ白な広場。
やつは嬉しそうに舌舐めずりをして、獲物が来るのを待ってやがる。
「よぉ、景気良さそうじゃねぇか。 神様ァ」
その汚ねぇ爪で、
そのくせぇ口で、
その濁った眼で、ぶち壊しやがった。
「ぶっ殺してやるぜェ、この俺がなァ‼︎」
俺の大切な──
──痛ぇ──
「ハッ、オラァ‼︎」
鉄パイプを握る手が滲む。
「どしたぁ‼︎」
関節が軋む、皮膚が裂ける。
「ビビッてェ、動けねぇかっ!」
ずっと、俺が殴ってる。
やつは突っ立ったまま、何もせずただただ攻撃を受けてるだけ。
なのに、俺ばっかり血を流す。
「はっ、はっ……はっ、はっ、意外ぇと……タフな、やろうだな……」
ちくしょう。
「だがな、これでぇ、てめぇェは」
ちくしょう、ちくしょうっ、ちくしょうがァッ‼︎
「終ぇェだぁぁァァアッ‼︎‼︎」
──ドッ、ズシャァァァァァア‼︎‼︎‼︎‼︎
「なっ」
ンだよ、それァ……たった一振りで……。
簡単に、ゴミを払い除けるみてぇに……俺ァ……。
"情けねぇ"
けど──
「……コル……ヴィス……?」
──振り返った先には、あいつがいて──
…………
………………
……
…………
……
……………………
…………
……
……
……
──────────。
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・狡猾な蛇神と消えない血の跡
「だから、言ったじゃない……悔い改めなきゃダメだって……コルヴィスが悪い事ばっかりするから、こんなに血を流して、こんなに冷たくなって……。 そうだよ、神様だって仕方なく、仕方、なく……。 仕方、ないじゃない……だって、コルヴィスは姉さんばかり、見て……だから、私は」
──ドッ、ズシャァァァァァア‼︎‼︎‼︎‼︎
「わた、し、あ、あなた、に……ぃ……──」
「穢らわしい女め。 食欲が失せたわ」
──グシャ、グシャ、グシャ、グシャ。
「全く、服と靴が台無しだ」
『…………』
「ふむ、ミンチにしても貴様らだけが仲睦まじく死んでいるのは気分が悪いな。 よし、見せしめに何人か殺すか──」
"神の名の元に"
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・the after
-3896年 1月1日・教会前広場-
「蛇神の呪縛から救っていただきありがとうございます。 貴方こそ真の聖女様です」
「そんな事言わないで」
「へ?」
「私は、白の心に従って食人鬼を殺しただけ。 誰も、救ってなんかない。 シスター、よく見て」
fin.