女王様は甘え下手
広大な面積の3分の1を深い木々が生い茂り、大河を様々な船が行き交うとある国の王が亡くなったのはつい3ヶ月ほど前の事だった。
王の後を継ぎ国を守っていくのは1年前、隣国の第2王子クラウスを婿に結婚したばかりの20歳になる一人娘のテレジアであった。
産まれてすぐに母を亡くしたテレジアは偉大な王であった父の背中を見て育った。
人一倍責任感が強く努力家で、父に似て少し頑固なところがあった。
「あぁ、今年は雨が続くわね。これじゃあ農作物の収穫に響くわね」
「はい。テレジア女王の仰るとおりで、すでに昨年の備蓄も残り半分になりそうだと報告がきています」
「そう……それは困ったわね、早めに他国から買い付けの準備をしましょう。書類の準備をして」
「はい、かしこまりました」
先王が亡くなってからなぜだかこの国は厄災続きだ。
季節外れの大雨でいくつかの主要な橋が流され、森の木々は倒れてしまった。
そのせいで森の食べ物が減った為か家畜や作物が害獣に荒らされ、それに加えて天候不良で分厚い雲に阻まれ太陽がなかなか顔を覗かせない為に作物にまで影響が出てきているのだ。
しかもこの非常時に便乗して「テレジアは女王としての力量に欠ける!」等と陰で叔父が言い出し、テレジアを失脚させ自身が国王の座に収まろうとしているという事態にも陥っていた。
政治を批判するばかりか、テレジアが公の場で演説をしようものならすかさず「何を言ってるのか聞き取れん!」「もっとはっきり喋れ!」とヤジをとばしてきたりするのだ。
もちろん、テレジアの発音になまりはないし声だって教育されていたので遠くまでよく通るように話している。
でも、叔父及びその取り巻きたちにそんな事はないと誰かが正論を言っても、とにかく自分達が正しいのだとまくし立ててくるだけで話にもならないので精神的にも参りそうだ。
まるでテレジアの手腕を試すかのように次から次へと難題が続くのである。
「はぁ……いくら仕事を片付けても終わらないわ。一日があっという間で寝る暇も惜しいくらい」
空にはすでに一番星が輝いていた。目頭を押さえて充血した目を閉じゆっくりと息を吐き出す。
「こんな時、お父様だったらどうするかしら。何とかこの苦境を乗り越えないと……どうしたら……」
しばし考え込んでいると部屋の扉がノックされた。
「テレジア今いいかな?」
「あら、クラウス!」
天然でゆるくカールのかかった栗色の髪の毛をふわふわとなびかせ、大きな瞳を遠慮がちにふせて扉から顔を出したのは夫のクラウスだった。
クラウスはテレジアより2つ年下で幼少の頃より親しんでいた為か、夫婦と言うよりかはまるで姉が弟を可愛がるかのようにテレジアはクラウスに接していた。
「今日も仕事はまだ終わらないの? 昨日も遅かったから心配で」
「ごめんなさいねクラウス、まだかかるのよ」
「そっか……。あのねテレジア」
「あぁごめんなさいね、これから新しい橋の建設について会議をしなければならないの。そろそろ向かわなくちゃ」
「そう……分かったよ、無理しないでね」
「ありがとう、クラウス」
テレジアは卓上の書類をまとめて部屋を出る際に優しくクラウスの髪を撫でた。
忙しく会議の為に別の部屋へ移動するテレジアの背中を見送ると、クラウスは後ろ手に隠していた小さな花束を取り出してそっと机に飾った。
「ここ最近は忙しくてゆっくり話もできないな……。せめてこの花がテレジアを癒してくれますように」
その日、会議の途中でテレジアはふと昔父が話していた言葉を思い出した。
そして忘れぬうちにと、会議後に執務室へ戻ると大きな本棚に詰まった本を一冊ずつ丁寧に調べあげはじめた。
「これじゃない……これでもない」
次々と手に取った本を調べ床に置き、テレジアの体が本で埋まるほど高く積み上がった頃、やっと目当ての本が見つかった。
「あった、これだわ。この記述!」
いつの間にか空は白みはじめ、鳥のさえずりが聞こえていた。
一方、クラウスはカーテンから差し込む日の光で目を覚ました。
大きなベッドの反対側をいつものように開けておいたが、そこは冷たくからっぽだった。シーツのよれ具合からしてテレジアが昨晩ベッドに戻ってきていないことはすぐに分かった。
「ねぇ、テレジアは昨晩どうしてたの?」
「テレジア女王は一晩中執務室で調べものをしていたようです。そのまま朝早く、馬車でお出掛けになりました」
「そう……頑張りすぎていないといいんだけど」
身支度を整えたクラウスはテレジアの執事に妻の様子を聞くと、残念そうに朝食を一人でとったのだった。
◇◇◇◇◇
一方、朝早く馬車で出掛けたテレジアは普段人が立ち入ることのないある森の入り口に立っていた。
木々は鬱蒼としげり、立派な枝に青々とした葉を大きく繁らせている為か森の奥まで日の光は当たらないようで、入り口から続く獣道がどこまで続いているのか分からないほどだった。
ついて行くときかない護衛の者は「女王の命令を聞けないの?」と脅すように言いつけ置いてきた。
テレジアは一人、目の下にクマを浮かべながらごくりと唾をのんでから口を開いた。
「はじめまして、女王テレジアですわ。この森の魔女にお話があって参りました。案内をしてくださるさしら?」
思いきって声を高くして森にこう声をかけると静かに耳を済まして返事を待った。
10秒、15秒……。一人で待つには長く感じられ返事など無いのかと諦めかけたその時、一羽の青い鳥が森の奥から飛んできた。
鳥はテレジアの前で進むのを止めると羽を広げて下に降りてきた。
とっさに左手を前に出すとふわりと腕につかまり羽を休めた。
「あなたが……魔女?」
青い鳥と目を合わせるとまさかと思いつつもぽつりと声をあげた。
『いいや、俺は使い魔さ。魔女の所へ案内するから付いてきな』
「しゃべった……!?」
青い鳥は青年の声で喋ると、くるっと首を後ろに曲げ再び羽を広げてゆっくりと森の中へ入っていった。
「勇気を出すのよ、テレジア!」
自分にこう言い聞かせるとドレスの裾を軽く持ち上げて獣道を分け入った。
不思議なことに獣道に生い茂る草木はテレジアが一歩足を踏み入れると、まるで女王に敬意を払うかのようにさあっと葉や枝を横に倒し、歩きやすい道ができた。
これが魔女の力なのかと青い鳥を見失う事のないよう早歩きで足を進めると、程なくして開けた草原に出た。
薄暗かった森とは対照的にそこはオアシスのように眩しい光が差しこみ、中央にぽつんと建つ小さな白い家は希望のように輝いて見えた。
青い鳥は屋根についた天窓から室内へ入ってしまうとテレジアは玄関ポーチでこほん、と息を整え扉をノックしようと手を挙げた。
その時───。
「珍しいお客さんだね」
テレジアの背後から若い女性の声がして驚いて振り返った。
振り返った先には艶やかな髪の毛を腰までのばし、見事な体のラインを強調させるかのような黒のマーメイドドレスに身を包んだ年の頃20代と思われる美しい女性が立っていた。
「あの、この森に住む魔女を訪ねてきたのですが」
「分かってるよ。私がその魔女だからね」
「あなたが……!?」
魔女だと名乗る女性が右手を軽くあげると扉がゆっくりと開き、部屋の中から赤い絨毯がのびてきてテレジアの足元でピタリと止まった。
のぞきこんだ部屋の中では上質な革のソファが用意されていて、驚くことにテーブルが宙に浮いてソファの前に着地するところだった。
「女王様をお出迎えする準備はできたよ。さぁ、中へどうぞ」
「ありがとう、失礼いたします」
もうこれで彼女を魔女かと疑う余地はない。確信したテレジアは言われるままに中へ入ると革のソファに腰掛けた。
不思議なことに初めて入った家なのに、どこか懐かしい雰囲気がして緊張で固まっていた心が落ち着いた。
魔女も向かい合ったソファに腰掛けると、部屋の奥からいい香りを漂わせながらティーセットがふわふわと回りながらテーブルに着地した。
魔女に勧められるがまま紅茶を口にしたが、本当は早く本題に入りたくて仕方がなかった。
そんなソワソワした様子を悟られたのか、テレジアがひと口紅茶をすすると魔女は足を組み直し口を開いた。
「早く本題に入りたいって顔をしてるね?」
「……父の、前国王の書き記していた書物にあなたの事が書いてあって参りました」
「そうかい。何て書いてあったんだい?」
「"どうにもならず困ったときは西の森に住む魔女に相談を"と……。失礼ですが、あなはたはとてもお若いわ。本当に父の言っている森の魔女なのかしら?」
テレジアの父である前国王は、昔から事細かに自身の行った仕事や思い記した事を書き起こす習慣があった。
病床で自分の死を悟ったのか、いつぞやテレジアにどうしても困ったときは相談するに相応しい人物がいる。本に記しておいたからその時になったら読み返してほしいと言っていたのだ。
魔女はぴくりと方眉をあげると、何かを思い出したのかふっと優しく笑みを浮かべた。
「そんな事が書いてあったのかい。いかにも、私がその魔女だよ。これでももう90年近くは生きているんだ。まぁ、魔女になってからはまだ70年くらいだから、まだまだ新人だけどね」
「90年……! 充分に大先輩ね」
「大先輩か、それはどうも。で? 女王様は最近の天候不順や様々な厄介事を私にどうにかしてほしい訳じゃないんだろ? 自分で解決したいんだろう?」
魔女は嬉しそうにテレジアの目をじっくりと、心を見透かすように見つめながらこう言った。
自分の思っていたことをズバリ言い当てられたテレジアは目を大きく見開いて驚いた。
「そう、そうなの! どうにかしてほしい訳ではないの。きちんと自分の力で解決したいのよ。でも、あまりに忙しすぎて行き詰まってしまって……」
「わかったよ。では私からはこれを渡しておくよ」
魔女が指で合図をすると部屋のアンティーク家具が開いて二つの丸いガラス瓶がテーブルにことん、と置かれた。
一つにはオレンジ色の飴が、もう一つには水色の飴が入っていた。
飴はよく見ると丸い中に星がキラキラと煌めいているような、不思議な色をしていた。
「これは……?」
「魔女特製の飴さ。オレンジ色をなめるとスッと頭が冴えてどんな仕事もはかどるだろう。水色の飴は時たまなめなさい、気分を落ち着けてくれるよ」
「本当にそんな効き目があるの? おかしな薬草でも入ってるんじゃないでしょうね?」
「私の魔法が込められているだけで無害だよ。不安があるなら、持って帰らなくたっていいんだよ」
「……。いただいていくわ。お父様があなたを頼れと言ったこと、信じます」
テレジアは二つの小瓶を受け取ると急ぎ森を後にした。
使い魔のブルーと共に森を出ていく後ろ姿を魔女は小さな窓からじっと見ていたのだった。
『女王様を森の外まで送ったぞ。よかったのか? ゆっくり話さなくて』
「何を話すってんだい? 私は忙しいんだよ。ブルー、他にもお客が来るだろうからしっかり森を見張っておくんだよ」
『はいはい、ゆっくり昼寝がしたいぜ』
さっそくテレジアは城へ帰ると執務室で一人、二つの瓶を並べて眺めていた。
「まずは試しに……オレンジ色をなめてみることにしよう」
ポンッと思いきってひとつ、口に頬張るとまろやかな甘さが口いっぱいに広がって瞬間、体の気だるげと頭の中にかかった少しの霧が晴れた。
「……!? すごい! 何これ!? 」
テレジアの頭の回転の良さは元からだが、飴をなめたとたん思考が倍の早さで頭の中を駆け巡り、今ならどんな膨大な量の仕事でも片付けられる! そんな気分になった。
「これなら私一人で問題を片付けられるわ! あとは水色の飴ね……」
上がる気持ちを押さえて今度は水色の飴を口にいれた。
飴はスッとミントの爽やかさで口の中にとけ、途端にテレジアは飴を吐き出した!
「何これ!? なめた瞬間せっかくの気分がズンと落ちてせっかくのやる気が消え失せたわ!」
慌てて再びオレンジ色の飴を口に含むと椅子に深く背中を預けて深呼吸した。
「うん、オレンジ色の飴だけでいいわ」
テレジアは水色の飴が入った小瓶を手に取るとゴミ箱に入れてしまった。
それから数日、テレジアは目まぐるしい早さで仕事を片付けていった。
橋の工事に、そして食料の輸入にも新たな資金が必要になる。人材も倍必要になった、新しい種の買い付け、害獣駆除方法、道具、これにともない財源を見直さなければいけなくなった。
いくつもの書類に目を通し、話し合いに出席し、テレジアに休む暇はなかったが不思議とテレジアは疲れた顔を見せず、目を輝かせまるで仕事を楽しんでいるかのようだった。
「こんなにも頭が冴えるなんて面白いくらいだわ。今なら何だって乗り越えてみせる! 私が女王になったことで国政が傾いたなんて言わせないわ!」
今日も朝早くから起き出し仕事を片付けているとふと、気になった。
「そういえばクラウスは? 今日は見かけていない気がするけれど」
「クラウス様は朝からお出掛けになりました」
「そう……、あの子は昔っから本の虫だったから外に遊びに出るのは結構なことだわ」
すっかり就寝時間も、食事の時間も仕事を頑張るあまりクラウスと大幅にずれていたテレジアは最近二人でゆっくり話す機会を作れていなかったなと少し反省した。
しかし翌日、翌々日もクラウスは外に出ているようだった。
それでもテレジアは忙しく仕事をしており、クラウスが何をしているのか等と考える暇もなかったのだった。
そんなある日、またもや朝からテレジアは大量の書類の山を片付け、さぁ次は収支のチェックを……と椅子から立ち上がると目の前がぐるりと回って倒れこんだ。
一体自分の体に何が起こったのか分からないほど突然で、一瞬の出来事に混乱し今だぐらぐらと目眩がする中なんとか立ち上がろうと腕に力をいれるが、力が入らず床に倒れこんだ。
「まだ、仕事があるのに……!」
気力だけではどうにもならずテレジアはそのまま気を失ってしまった。
「……」
どれくらい気を失っていたのだろうか、テレジアがやっと意識を取り戻し目をあけるとそこには……
「起きた? よかった、倒れていたからびっくりしたよ」
「……クラウス!」
そこにはテレジアを上からのぞきこむクラウスがいた。
懸命に自分の状況を判断したところ、どうやら執務室のソファに横になっているらしい。
しかもクラウスのひざ枕で。
「気がついて良かった。部屋に入ったらテレジアが倒れていたからびっくりしたよ」
「私、どのくらい気を失ってたの?」
「いま昼をまわったところだよ」
「そう……随分と仕事が遅れてしまったわ」
仕事の続きを、と起き上がろうとするとクラウスは優しくテレジアの額に手をあてて、また膝の上に頭を戻してしまった。
「だーめ。テレジアが倒れたのは過労だろうって医者に言われたよ。今日はゆっくり休んで」
「だめよ! こんなの魔法の飴をなめれば何て事ないわ!」
再び起き上がろうとするテレジアの頬をクラウスは片手で掴むとむにっと両側から押し付け、軽く口を開けさせて何かを食べさせた。
何が口に押し付けられたのか分からなかったが、口の中にそれを入れた瞬間テレジアは覚えのある味にハッとしたが、クラウスはそれを口から出させまいと手で口を塞いでしまった。
「ぐぐっ……」
「無理矢理でごめんね。でも、一人で頑張りすぎてしまうテレジアを見ているのはとっても辛いんだ。お願いだから……一人で何もかも抱え込まないで?」
観念したのかテレジアは起き上がろうとするのをやめるとそっとクラウスの頬に手を添えた。
もう大丈夫だと判断したクラウスは手をどけると添えられた手を握り返した。
「クラウス、これをどこで……?」
テレジアの口の中には数日前口にした水色の飴と同じ味が広がっていた。
舌でさわると形や大きさも全く同じだった。
「僕も魔女に会いに行ってきたんだ」
クラウスの空いた手に握られていたのは四角の小瓶で、中には見覚えのある水色の飴が入っていた。
「どうやって魔女の事を知ったの?」
「お義父さんが床に伏していた時、僕に言ったんだよ。テレジアは自分に似て頑張りすぎてしまう所があるから心配だって。もしも、テレジアが意固地になって無理をしているようなら森の魔女に相談をしてくれ、きっと彼女なら力になってくれるって」
「お父様がそんな事を……!」
「ただ、詳しい場所を聞いていなかったから魔女の森を探すのに手間取っちゃったけどね。どう? 本当にその飴は効果ある?」
テレジアは小さく頷くと起き上がりたいと催促してクラウスは背中に手を添えテレジアをゆっくりと起き上がらせた。
ソファに並んで座ると、互いに手を握って微笑んだ。
「この飴を口にすると、張りつめてた糸がゆるむみたいに心に余裕ができるわ。仕事、仕事! って考えていた頭の中もまぁいいか。って気分になるわ」
「良かった。魔女はね、きっとテレジアはこの水色の飴を捨ててしまうだろうから持っていってなめさせろって言ったんだ。オレンジ色の飴だけでは体を酷使しすぎてしまうからって。不思議な人だね、僕が森に現れるのを待っていたみたいだったよ」
「そうだったの。だめね、私魔女の言うことをを守らなかったわ」
しゅんと反省するテレジアの頭をポンポン、と優しく撫でるとクラウスは膝の上に書類の束を乗せた。
「これは?」
「僕なりに考えたんだ。新しい橋の施工方法は他の国で開発された新しい方法を採用すれば工期がぐんと短くなるし、人件費も材料費もおさえられる。害獣は彼らにも生きるための食料が必要だから難しいけど、これくらいの対策をしてみたらどうかなって思ったことを書き記したんだ」
「クラウス……これ、使えるわ! すごいわよ。どうしてこんな事を思いついたの?」
「伊達に本ばかり読んでいないからね。テレジアは僕に政治のずる賢いところや汚いところを見せまいと一人で頑張っていたんでしょ? でも、これからは僕を頼ってほしい。なんでもかんでも一人で抱え込まないでほしいんだ」
テレジアは驚いて読んでいた書類で顔を隠すと、そのままクラウスにもたれ掛かった。
クラウスが婿としてこの国に来てくれたはいいが、弟のように可愛がっていたのだ。
彼に辛い思いや、嫌な思いをさせたくないと政治には関わらないでほしいと思っていた。
叔父もそうだが、城には今だ女性であるテレジアを批判する者もいる。面と向かってではなくヒソヒソと影であることないこと言われる日々は辛かった。
だからこそ、クラウスにはそんな思いをさせてくなかった。
自分なりにクラウスを守ろうとしていた。
この危機を一人で乗り越えればきっと誰もが自分を認めてくれる、一人前になれると思いがむしゃらに励んできた。
でも、クラウスの優しい言葉を聞いて飴の効果もあったのかテレジアは涙していた。
弟のように可愛がっていたのに、いつの間にか頼もしい男性になっていたことにやっと気づいた。
「そんなこと言われたら……嬉しくて泣けちゃう」
「うん、泣きたいときは泣けばいいよ我慢しないで。二人でこの国を盛り上げていこうよ。力を合わせればきっと上手くいく」
「うん……ありがとうクラウス。大好きよ」
「僕も頑張り屋なテレジアを大好きだけど、頑張りすぎないでね」
◇◇◇◇◇
『すっげぇ。あっという間に橋が完成してたよ! 女王様がきてから……かれこれ2ヶ月くらいか? 最近は天気もいいし羽が喜んでるぜ』
「そうかい。ブルー、私は橋を見てこいなんて言ってないよ?」
『またまたぁ、テレジアがうまくいったのか気になってるくせに』
「そんなのいちいち覗き見しなくたってわかるよ。あの子なら大丈夫、あの人にそっくりな魂をしてたからね」
『今回は随分と優しいんだな』
「は? 汚れのない魂を喰うなんて自殺行為な真似できるわけないだろ。今回は……あのタヌキおやじをちょっとこらしめてやるかね」
テレジアが魔女の家を訪れてから3ヶ月、クラウスの協力もあり国の復興は進んでいた。
テレジアの執務室には今は机が二つ置いてあり、クラウスも一緒に仕事をする日々だ。
「クラウス、相談したいんだけどいいかしら?」
「何? ちょうど手が空いたところだよ」
クラウスの新しく合理的なアイデアのおかげで様々な問題が解決しつつあった。
テレジアも二人で仕事をすることに慣れ余裕ができたからか、最近では執務室でティータイムをとるのが日課になっていた。
「何をしていたの?」
「あぁ、叔父さん関係を片付けたんだよ。引き継ぎの仕事を割り振ったりね」
「ありがとう。それにしても叔父様には驚いたわね。お年のせいなのかしら?」
テレジアの悪い噂を流していた叔父は先月突然、原因不明の酷い吃音症になってしまった。
人に散々聞き取れないだの、はっきり喋れだの言っていたのに自分が吃音症になってしまい恥ずかしくなってしまったからか、屋敷に閉じ籠ってしまったのだった。
そして、叔父は人の少ない田舎の領地に隠居したいと言い出し逃げるように仕事を放り投げて遠くへ引っ越してしまったのだった。
叔父が姿を見せなくなってテレジアの悪い噂をする者も少なくなり、テレジアのストレスも軽減され良いことずくめなのだ。
「それで、相談ってなに?」
「あのね、時間を見つけて一度魔女にお礼を言いに行きたいの。私、急いでいたからきちんとお礼をしていなかったのよ」
「そうだね、それは賛成だ!」
「それにね……」
「どうしたの?」
「私、彼女の家に入ったとき何故だかとっても懐かしくって居心地が良かったの。もしかしたら……お父様と一緒に小さな頃訪れた事があるんじゃないかって思ったのよ」
テレジアは父の書き残した本を全て調べたが魔女に会いに行った記述は見つからなかった。
でも、魔女は父の事を知っているようだったし父が何故魔女を信頼し、相談するようにと書き残したのか考えたところ、もしや昔会っていたのではないかと考えついたのだった。
「うん、テレジアが気になるならそれも聞いてみようね」
クラウスはテレジアの頭をポンポン、と優しく撫でると頬に優しくキスをした。
◇◇◇◇◇
西の森の奥深く、魔女の誘いがないと入れない空間に建つ小さな白い家の庭で魔女は一冊の本を読んでいた。
『おっ、またその小説を読んでるのか?』
「いちいちうるさい鳥だね、本くらい好きに読ませておくれよ」
『それ、あの男からもらったんだろ? 本当にテレジアに言わなくて良かったのか?』
魔女は本を静かに閉じると右手を振り、ブルーを天窓から外に追い出してしまった。
「ふん、言っても信じないだろう? 魔女に恋した王様がいたなんてね」
外ではブルーが騒いでいるが、魔女は瞳を閉じると何を思い出しているのか静かに笑って昼寝をはじめてしまった。
魔女はまだ、大切な思い出を誰かに話す気はなさそうだ。