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赤ーREDー  作者: 蒼治
五幕 BLOOD SWORD
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86/91

5-15

 ナユタと紅蓮、そしてカイエンの前に立ちふさがるのは、人影一つだ。

 それは妙齢の女だった。ナユタより少し年上で、カイエンよりも少し若い。

 そして非常に美しい。

 肌は白く、夜見の血族と違って淡く頬に朱がさしている。長く腰まである純白の髪は窓から差し込む朝日に輝く。女は見たこともないような体に沿った伸縮性のある衣服を纏っていて、その均整のとれた肢体は逆光に影となってもよくわかった。

 夜見の血族に酷似した容姿でありながら、彼らよりも強靱に見えるその女こそが、先ほどユージがレッドと呼んだ存在である。

「レッド」

 ナユタは小さく呟いた。

 廊下の端と端で、二人は向かい合う。

 こちらを眺めるレッドの目は濃くそれでいて輝きをもった赤。けぶるような淡い色彩の中、唯一異彩を放って、内側から光輝いているようなその強い色に一瞬ナユタは目がくらみそうになる。

「驚いた」

 横で、カイエンがかすかに呟いた言葉の意味はわかった。

「あの色は、薔薇瞳の目の色だ」

 人を模し、夜見の血族の容姿を持ち、そして赤い薔薇の瞳。

 まるで分かたれる前は同じ存在であったといわんばかりではないか。

 レッドは何も語らず、三人を見つめている。手には武器のようなものは何一つ持ち合わせていない。

 彼女の恐ろしさに気がついたのは、幾たびの戦いを切り抜けてきた紅蓮の、戦士としての感だったとでも言うべきであろうか。

「逃げるぞ!」

 紅蓮はとっさに、ナユタを抱え、カイエンを突き飛ばした。蹴り飛ばした廊下の窓ガラスは華々しい光を跳ね返しながら飛びちる。そのまま紅蓮はナユタを抱きしめたまま、眼下に飛び降りた。

 下は昴の宮の平らな屋上である。幾つも置かれた草木の鉢が美しく屋上庭園を彩っている。その鉢の数個を壊しながら、三人はそこに着地する。高さはなかったため転ぶこともなかったが、その二人を紅蓮は転ばすようにしてかがませた。

「紅蓮?」

 呼びかけたナユタの声は轟音でかき消された。目の前で床の敷石が砕ける。顔を上げれば、レッドが投げつけたものの正体が見えた。彼女がいる昴の宮の廊下に置いてあった、巨大な大理石の彫像がふってきていたのだった。

 そしてもう一体をレッドは抱え上げていた。高名な作家の手によるものだが、今はそれは三人の命を狙う凶器でしかない。飛び降りた拍子にできてしまった互いのわずかな距離、その間にはすでに投げつけられた像が障害物となって横たわる。その距離は致命的だった。

 動けないナユタに向かってそれはレッドの腕力で加速され投げつけられた。無意味だと思うまもなく、ナユタは目を閉じて顔を背けた。

「薔薇瞳!」

 紅蓮の声は焦りと絶望に満ちていた。その声が、遠くなった時、ナユタは自分が死んだのかと思ったが。

「間に合いました」

 ナユタにその彫像がぶつかりそうになった瞬間、ナユタを強く引き寄せた手があった。そのまま服の中に囲い込まれる。

「極星の宮の中に!」

 カイエンが空中庭園に面した極星の宮のガラス窓を鉢で叩き割っていた。

「ラジュー!」

 ナユタは自分を抱きかかえてその窓に向かって走る男の顔を見上げた。聞こえた声でわかっていたが、それが誰かを確認してナユタは恐怖ではなく間違いなく歓喜を覚えた。どうしても目的を一つとできなくても、それでも彼は友人だった。

「お前どこから!」

 並んで走る紅蓮の声は少しばかり忌々しそうだった。

「ラジュー、無事だったんだね!」

 極星の宮の廊下に飛び込んで、ナユタを下ろしたアーヴルラジューはその声に少しだけ顔を歪ませた。

「完全に無傷と言うわけではないんですけどね」

 アーヴルラジューの右半身の服には、べたりと染み付いた赤い血の後がついていた。着ているものが淡い色合いだっただけに、それは目立つ。

「怪我しているの」

「大丈夫です」

 アーヴルラジューはそれにあのいつもと変わらぬ笑みを返した。

「しかし、また、なんという顔ぶれがここに」

 カイエンは三人をどこかまぶしそうに見た後、そんな言葉を吐き出す。

「君は味方か」

 アーヴルラジューを見て、カイエンはそう昔ではないアーヴルラジューの襲撃を思い出していた。

「今のところは。もちろんあなたのというわけではなく、彼女に対してどうかということですけど」

「この場を収めることには手を貸してくれるということか」

 そう尋ねた紅蓮にアーヴルラジューはぶしつけな視線を向ける。

「ぼろぼろですね」

「貴様こそ」

 鮮烈な黒と赤のコントラストの紅蓮に、アーヴルラジューは声をかけた。乱れた黄金の髪をもつ彼は、ナユタを間にして紅蓮の対極だ。

「ずっとこの物陰にいるわけにもいかないだろう」

 カイエンはちらりと様子を伺う。レッドは高い塔のへりに立ち、じっとナユタを探しているようだ。

「ともかく戦うしかない。王子は薔薇瞳を見ていてくれ。俺はこの……」

 紅蓮はまじまじとアーヴルラジューを見てから、ため息のように言葉を吐き出した。

「この夜見の血族と一緒にあいつを倒す」

「僕も、まさか魔犬と共に戦うなんて思いませんでしたよ」

 紅蓮の大剣を嫌そうな目で見ながら、アーヴルラジューは返事を返す。

「あとのことはあとで考えましょう。しかしあれはどうして薔薇瞳を狙っているのでしょうね」

「王宮図書館で調べた限りでは、誰を、ということでもないのだろう」

 カイエンの言葉にナユタは彼をみつめた。

「それはすべてを、ということですか?」

「近いでしょう」

 カイエンはかいつまんで、ハルキの調べたことを伝えた。

「あれが、名前だけは残っていた、ディアナの狩猟、です」

 古い時代の女神の名を模した集団。あの金属の犬は猟犬、その主はレッド。美しい名とそれに相応しい外見をもつ彼らは、禍々しいものとして当時から恐れられていた。彼らが通り抜けた跡には、巨大な建築物も小さな命も、何一つ残らなかったという。

 レッド自身の強靱な力と、何をも逃さない猟犬の牙。そしてなによりも女神の矢と呼ばれる無比の力。

「彼らを作った国は、大戦途中で滅びました。御するものもないまま、彼らはこの大陸をさまよい続け、行く先々の全てを葬った。それを制したのは、当時の君たちだ」

 カイエンはアーヴルラジューを見つめた。

「我々も、またかつて人の手から作られた存在だったということは、薄々察しています」

「よかった。無用に君達を傷つけたいわけじゃないからね」

「でもそれならなんで、いまだにレッドはここにいるのかしら。封じるのではなく、葬ってしまうことはできなかったのかな」

 カイエンはそれがわからぬナユタを愛しむように見た後、答えぬままに話を続けた。

「猟犬は、すべてレッドの命で動く」

「ならば、レッドを片付ければ、この騒動は片付くわけだな」

 紅蓮はその大剣を握りなおした。それをやれやれと呆れたように見て、カイエンは否定する。

「我々より強化された武器を持っていた当時の者も扱いあぐねたものを、どうやって?」

「しかし」

「だからこそ、夜見の血族がいます」

 カイエンの言葉に、他の三人は口をつぐんだ。言いづらそうにアーヴルラジューが申し出る。

「すみません、先ほどこれ以上無いくらいあっさり負けました」

「個々の力ではなく、種としてあなた方は、大戦以前の古い機械に優位にあるそうです」

「……意味がわからない」

「白枯れ病も、アレを倒すための手段だと」

「モノではなく、血か」

 アーヴルラジューがカイエンの話を遮るようにして、吐き出した。

「我々は、あれを倒す手段を世代を超えて受け継いできたのだな。当時の夜見の血族の単純な力では封じるだけが精一杯。しかし別の手段として白枯れ病が、レッドに対して力を得るまで変質するのを我々に託して待っていたのか。たとえそのために人が夜見の血族の贄となろうとも」

「白枯れ病が?」 

 カイエンのその報告にナユタは悔しそうに声を絞り出した。

「じゃあ、ロゥエレレイシアが今いれば……」

「嘆いてもしかたないだろう、薔薇瞳」

 そして、紅蓮は剣を握りなおした。アーヴルラジューに向かって言う。

「今いるもので、なんとかしなければなるまい。アーヴルラジュー付き合え」

「承知してます」

 アーヴルラジューも地下から持ってきた剣を鞘から抜いた。それからナユタを見る。その視線には優しさしかない。

「あなたは守護団のところに行って保護してもらっていなさいね」

「カイエン王子は責任をもって薔薇瞳を届けろ」

「やれやれ、私も王子でそれなりに重要人物なんですけどね。まあいいです、薔薇瞳様は私が責任をもって庇います」

「紅蓮!私も……」

 言いかけたナユタを見ることもなく、窓の外のレッドを凝視したまま紅蓮は言った。

「邪魔。去れ」

「……ひどい言い草ですね」

 アーヴルラジューは肩をすくめた。背後で不安を滲ませているナユタへ、アーヴルラジューは紅蓮の代わりに安心を与えようと言葉をかける。

「大丈夫ですよ、魔犬も僕もそう簡単には死にません」

 そしてアーヴルラジューは紅蓮に話しかけた。

「さて、どうしましょうか」

「どちらがいい」

「……僕がおとりになります。先ほどやられて、なんとか回復しましたが、レッドの懐に飛び込んで切りつけるだけの素早さが残ってるかは疑問です……ああ」

 役割を決めて、アーヴルラジューはナユタに微笑みかけた。かつて冬の別荘で楽しく暮らしてたときと変わらない笑顔だ。

「あの女官……サワとか言いましたね。彼女が君に謝っていました」

「サワが?」

「君を助けて欲しいと言って僕に血を……およそわずかなものではありましたが、残された寿命のすべてを差し出しました」

「……サワ……」

 ナユタは泣きはしない。しかし胸にひっかかっていた痛みに改めて気がついたようにうつむいてしまう。

「彼女は薔薇瞳は裏切っていた。でもセツナの友人ではあったようです」

 次のアーヴルラジューの言葉に、ナユタははっと顔をあげた。

「だから僕は、彼女を責められない」

「アーヴルラジュー!」

 彼はサイセイとの関係をサワに重ねていたのだろうか。ナユタが彼にかける言葉を見つける前に、アーヴルラジューはその話を終わらせてしまった。

「じゃあ、行きます」

 アーヴルラジューは立ち上がった。あえて目立つように大きな動作で飛び出す。最初はゆっくりと、そしてレッドが気がついた瞬間から、本気での逃走に。紅蓮はレッドの背後に回りこむために、アーヴルラジューとは逆側に向かう。神殿のテラスや屋根を走り向けて死角から一気に飛び出して大剣で切り裂くつもりだ。

「さ、薔薇瞳、こちらに」

 カイエンはナユタの背に手を回す、一旦は素直に彼ら二人に背をむけたナユタであるが、そこで立ち止まった。

「薔薇瞳様?」

「心配なんです」

「それなら見ていないほうがよろしいのでは?」

「いいえ」

 ナユタは首を横に振った。

「悪いことは、想像しているより、見ていたほうが怖くないです」

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