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赤ーREDー  作者: 蒼治
五幕 BLOOD SWORD
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83/91

5-12

 右手に血のついた短剣、左手に赤の機核。

 ユージを刺してサワは微笑んでいた。

 アーヴルラジューがあっというまに進み出ると、ナユタを胸の中に抱きとめ庇おうとする。ナユタが大人しくそれに従ったのは、驚愕のために動けなかっただけだ。目はサワに吸い寄せられたまま。

「な、なんでサワがっ!」

「……教団は、どうして」

 サワの言葉が落ち着きを持っていたのは、最初だけだった。

「どうしてそうやって身勝手で!身内のことしか考えなくて!見えないもののことなんて気にもとめないのか!」

 サワはユージの刺し傷がある背中を蹴飛ばした。さすがに耐え切れず、我慢強いはずのユージが呻く。

「やめて、サワ!なんであなたがこんなこと!」

「あんた達がやらないなら、私が、これを蘇らせる!」

「止めてよ、そんなことしたら、何がおきるか分からない!」

 ナユタはアーヴルラジューをふり払って飛び出した。危険だと非難するユージのかすかな声も耳に入らない。サワにつかみかかろうとするが、探検を振り回されて近寄れない。

「サワ、あなた一体なにがしたいの!」

「私は……私の国を救いたい」

「国?」

 サワは用心深くナユタを見つめながら言った。

「秋津国と薔薇瞳教団の威光が届くところなど、世界全体でみれば非常に限られているのも知らないの?秋津国は周囲の大国には媚を売って彼らの均衡を保ちつつ、自国の平和を保っている。でもその大国の向こうにある、果ての国にまでは力を貸してくれないじゃない。そこではまだ暗黒時代だというのに」

「それは」

「自分たちだけがよければいいの?」

「サワ、あなた一体……」

「私はこの大陸の小さな小さな国の人間よ」

「……まさか」

 ユージはわずかに身を起こし、信じられないものを見てしまったように彼女を見つめた。

「そんなはずは無い、神殿で雇う人間の身元は調べる。特に薔薇瞳付きの女官は三代遡って調べるんだ。君は母親も神殿務めだっただろう」

「おあいにく様。私たちの一族は五代前から神都に住んでいる」

 サワはどこか歪んだ笑みを浮かべた。

「神殿に入り込むのに四代かかった。そして薔薇瞳にようやく近づけたのは私」

 ナユタはその笑顔に気おされたように数歩下がる。屈んでいるユージの横に座り込む。彼を気遣いその肩を支えた。すぐに命がどうこうと言うことは無いが、苦痛は大きいらしい。額にこの涼しい空間には似つかわしくない汗が浮き始めている。

「私は生まれてからずっと、親の国の過酷な状況を聞いていた。それを救うのが私の使命だといわれていたし、私もそれを誇りに思う。薔薇瞳をさらって帰るのが当初の目的だったみたいだけど、結局教団を手に入れることが出来なければ意味は半減、でもそのなかで古のこの兵器の話を耳にした。だからそれを解放するべく私は勤めたの」

 サワはあの明るい声を失っていない、そこにはナユタに対する羨望ともとれる悪意が滲んでいたが。

「……セツナがフルークレシスと一緒にこれを調べていたことも知っていた。二人の逢引を手配したのは私だもの。セツナが良心の呵責から、これを解放してくれればよかったのに、なぜだか二人は最後にそうしなかった。セツナがいなくなれば、教団としてこれの解放を検討するかもしれないと思ったけど、見た目より弱気の神官長様はそんなこと考えもしなかったのね。このまま薔薇瞳がいないと、教団が弱体化するから、私も慌てた。これを解放するまでは、ある程度治安を維持してもらわないと困るし。だからセツナも殺せなかった」

 苦労したのよ、とサワは大人びた笑顔だった。

「あなたが役に立たないと知れば、ユージも動くかと思って、親の手紙を使って追い詰めたのに、結局あなた帰ってきちゃうし。なんでやる気だしちゃってるの?」

「手紙をみせたのはお前か……」

 立ち上がろうとするユージをナユタは制する。

「サワ……あなた生まれも育ちも神都だって言っていたのに」

「本当よ、五代前から神都の住民」

「じゃあ見たこともない親の故郷のために、こんなことをしているの?」

 ナユタの疑問に、サワは自嘲した。

「馬鹿馬鹿しいと思う?思うわよね、でも私はずっとそうやって教えられてきた。だから他なんて考えられないのよ。これが私の運命で誇りなんだから」

 ナユタは一度サワが泣いて謝罪したこと思い出す。

 自分がナユタの存在をユージに告げたと。

 あれも嘘涙だったのかと思うと胸は痛みを覚えるが、その続きの会話を思い出すと、サワの戸惑いを感じてしまう。

 サワは、自分がナユタの運命を捻じ曲げたといい、その運命を恨まないのかと問いかけた。

 ……それこそは、サワ自身の悲鳴だったのではないのか。

「サワ」

 ナユタは立ち上がる。倒れこんだユージをはさんで対峙した。

「それは本当に、サワが願ったことなの?」

 薔薇瞳としてここに至るまでの経緯、それはナユタにはとても納得できるものではなかった、今でも時々村に帰りたいと思う。それでも、その迷いすら、自分のものだ。迷いも不満も諦めもすべて実感を伴う苦痛だった。だから傷口は今でも痛むのだが、それが治癒する過程は紛れもない自分だけのものとなった。

 でもサワは。

「……そんなのわかんないわよ」

 投げやりに行って、サワは身を翻した。さきほどのアーヴルラジューの逡巡を見ていたのだろうが彼女の動きには迷いがない。

「ナユタ」

 アーヴルラジューは困惑したまま、ナユタとサワを交互に見た。サワによるレッドの解放は、ナユタを手中にするための手助けになるかもしれないという打算。それをふり払うに要した一瞬が手遅れだった。

「あいつを止めてくれ……」

「サワまって!」

 ユージとナユタの制止を持ってしてアーヴルラジューは我に帰ったがサワは素早かった。

「……いいえ、もう遅い」

 サワは駆け出した。犬達の間を抜け、「レッド」の像に駆け寄る。彼女の美しい顔は一箇所だけ異質だった。額にはまるで第三の目のようなくぼみが開いているのだ。それは機核を待ちわびていたかのように等しい大きさだった。

 サワは笑ってそのくぼみに機核を押し込んだ。

『format』

 聞こえてきたのは聞いた事のない言語だった。壁か天井か、どこからか響き渡るそれは人の声のようだったが、違和感があった。その言語も以前は国を越えて各地で使われていた言語であったことを知るものはこの場にはいない。アポカリョプシアの言語に少し似ているとアーヴルラジューは考えたが、それでもその言葉はまるで音楽のように意味を取れない。

『RUINATION External Deviser』

「あれは覚醒したのか?」

 ユージがわき腹を押さえて半身を起こす。刺されたとはいえなんとか動けるくらいの力はあるようだ。しかし彼の濃い紫の衣装は、じわじわと血の後を染み出している。

「逃げろ、薔薇瞳」

 ユージは苦痛で顔をわずかに歪めてはいるものの、弱気な事は言わなかった。

「一体何が起きるのかわからない。私は隙を見て、あの機核を奪う」

「怪我人置いていけるわけ無いじゃない」

「おい、そこの夜見の血族。ナユタを連れて表に上がって紅蓮に引き渡してくれ」

「それを僕に頼みますか?」

「……言ってみただけだ」

 その時、今までなかった明るさが、ナユタ達を照らし出した。今まで暗くぼやけていた空間が、どこが発行源かわからない強い光で満たされ始める。

「なにこれ」

 その時、耳に軋む金属音が入ってきた。はっとしてナユタはサワから目をそらし、周囲を見渡す。最初は目の錯覚かと思ったが、先ほどまでの死の沈黙を保っていた犬の像がまちがいなく身じろぎしていた。無数の黒い塊に見えたものが身を伸ばす。しかし立ち上がった四足の獣に生き物の気配は感じられない。精緻な細工を思わせるそれは力強く動き始めていたた。それが一体どんなもので出来ているかはナユタにはわからない。硬質なのに弾力のある物質で出来ているようだと推察するくらいだ。

「レッドが!」

 ユージの声は緊張を隠せていなかった。ざわめく犬達の向こうで、レッドがついに瞳を開く。

 それは見慣れた赤を持っていた。

「あの色はまるで」

 アーヴルラジューが呟いた。

 先ほどまで沈んだ赤だった機核も、内側から放つ光を持つような鮮烈な赤と化し、その双眸と合わせて三光の赤が空間を見据えた。

「そうね、まるで、薔薇瞳みたい」

 サワはどこかうっとりとした顔で、その存在を脇で見つめる。

「あなたの言う通りかもしれない。ナユタ」

 犬たちが動き音は複雑に反響する。急ににぎやかさを増した中でもサワの声は不思議によく届いた。

「こんなことが生まれたときからの使命だったことに、私は飽き飽きしていた。でもそれだからこそ、セツナと気があったのかもしれない。セツナは誰よりそれを受け入れて使命を果たしながらも、それにうんざりしていたから。いずれ裏切ることになる相手だったけど、私はセツナを好きだった」

 サワはそこでようやくナユタを見た。

「だから私はナユタが嫌い」

『continued command』

「期待に応えることもできないのに、諦めないあなたがとても嫌い」

『―accept』

「サワ!」

『R-E-D restart』

 とっさに三人は動いた。

 ナユタはユージを庇い、ナユタを庇おうとしたアーヴルラジューは二人をまとめて抱え込んで床に転がる。夜見の血族の人を超える力を反射神経がなかったら、とても避け切れなかった。

 動き出した犬が一斉に三人に襲い掛かってきた。水を跳ね飛ばして床に伏した三人は慌てて顔をあげた。

 その指先が赤く染まったことに気がつく。

 水でなくそれは。

 ナユタは悲鳴を上げた。その赤は血の色だ。だが、先ほど刺されたユージのものではない。あの程度の怪我では、ここまで出血しない。

 ナユタが見たものは、機械仕掛けの犬の牙に、首筋を噛み砕かれたサワだった。犬は強靱な顎を見せ付けるかのように何度か頭をふってからサワを離す。振り飛ばされたサワは他の犬にあたったあとそのまま床に落ちた。

「サワ!」

 ナユタは叫んだ。サワは目を見開き、苦痛の表情は浮かべていない。どこか驚いたような目をしているものの、ピクリとも動かない。小さく開いた唇がわずかに震えているだけだ。

「さ、サワ」

 ダメだ、とユージが座り込んだまま呟く。

「急げ、君は逃げろ」

「だってサワが」

「彼女は無理だ!」

 サワをぶつけられた犬は困惑したように、ナユタたちに目を向ける。支えを失って、サワはずるりと床に滑り落ちる。駆け寄ろうとしたナユタは、いつの間にか犬達に囲まれていることに気がついた。逃げ場を失いつつあるのだ。


 そして目を見開いていたそれと目を合わせた。


 本体をそう呼ぶのならばRED……レッドはその端正な顔をまつ毛一つ感情で動かさなかった。ただ、騒々しい中に跳ねる水にわずかに髪の毛だけ濡らし、歩き出そうとしていた。

「ナユタ!」

 アーヴルラジューもずぶぬれのまま立ち上がって、ナユタを引き寄せた。立ち上がったナユタをアーヴルラジューはその腕の中に引き込んだ。しかし今もユージはそれについて何も意見を述べるヒマは無い。

「逃げろ!」

 ユージの声は唖然としていたナユタとアーヴルラジューを動かした。アーヴルラジューがナユタを抱き上げる。

「ラジュー離して!」

「その話はあとでしましょう」

 レッドは逃げる三人の姿を確認する。

「全員を狙っていますね」

「言われずとも承知だ」

 出口の前で機械仕掛けの犬に立ちふさがれて三人は足を止める。うかがうようにゆっくりとアーヴルラジューはナユタを床に下ろす。

「僕が、彼女をひきつけるから、君はその隙に逃げ出すんだ」

「ラジュー?」

「君とあのおじさんじゃ歯が立たないからね」

 アーヴルラジューはいつも持ち歩いているだけで、まさか抜くことになるとは思わなかった剣を抜く。武器の存在を感知してか、レッドは初めてナユタから目をそらしてアーヴルラジューを見た。

「いまです!」

 アーヴルラジューはレッドに向かって飛び出した。ナユタがユージに手をひかれて走り出すのを見ると、逆側の壁まで飛び上がる、方角を変えてからレッドに剣を下ろして襲い掛かった。しかし。

 女の姿をした部分がレッドの中枢であるのだろう。犬は彼女の指令で行動を起こしている。とにかく機械仕掛けの犬が多く、またその動きが素早いため、そこには容易にたどりつけない。アーヴルラジューは一旦剣をひき、レッドを守ろうとするかのような犬の鋭い牙と爪をかろうじて交わした。

 だがいつの間にか回り込んでいた別の一匹が、アーヴルラジューの背後から襲い掛かっていた。

 勢いをもって向かってきた犬はちょうど床に降り立ったアーヴルラジューの肩に貫通する勢いで噛み付いてきたのだ。勢いで壁にまで叩きつけられてがくんと跪いた状態で壁に叩き付けられたアーヴルラジューは思い切り血を吐いた。胸部の骨格が複雑に折れ、その破片の数々が肺に突き刺さっている。

 アーヴルラジューと叫ぶナユタの声が遠い。

 夜見の血族の中でもその強さは一、二を争い、また何一つ損なわれていない状態で復活している自分なのに、歯が立たない強さだった。

 魔犬ならばあの機械の猟犬どもに勝てるのか、と思ったが自分はそれを見届けることができないだろうと、アーヴルラジューは自分の現状を把握していた。

 ナユタの声がまだ聞こえることに苛立つ。

 早く逃げろと言ったのに。

 しかし聞こえなくなっても、それは彼女が遠ざかったのか、自分の意識が薄れているのか、アーヴルラジューにはもう判別できなかった。

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