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もうすぐ夜が明ける。
だが、彼女の視界は逆に暗さを増していた。陰りをともなうめまいがやまない。
彼女が必死で登るのは、暁の塔だ。神殿でもっとも高い三つの塔の一つ。階段の途中にある窓からは隣接する宵の塔が見えた。
白い希少な石で作られた塔は、朝日に照らされてこの上なく美しい。双子のように相似のこの暁の塔も、同じように輝いているだろう。
神殿は広大で、その全てが美しい。この暁の塔、螺旋の階段をもう少し上れば角度が変わってまた別の景色が見えてくるのだ。
彼女にその見慣れた風景を楽しむ余裕はなかった。今は、生きるか死ぬかだ。
ぎりぎりのところで生きながらえることが出来るだろうか。それとも黄泉の水面へ足を滑らせてしまうだろうか。
判断はつきかねるが、少なくとも最上階までは上がれないだろう、彼女は自分の現状を正確に認識する。
彼女は白のドレスを着ていた。その美貌に相応しく、彼女はその豪奢な服もこともなく着こなしている。いつもと同じだが、柔らかい茶色の髪はかすかに乱れていた。それを直すのは面倒だった。繊細なガラス飾りのついた揃いの靴は、階段の途中で脱ぎ捨ててしまった。この長く引きずる裾も今は重い。
今、彼女は追われつつ追っていた。
「許さない」
静まりかえった塔の階段だが、その声は響きもしないほど小さなものだった。
彼女の赤い目から涙がこぼれた。
神殿や教団の皆はおろか、おそらく民の誰一人、彼女が泣くとは思っていないだろう。優美にして豪胆の慈悲の女神。
それでも泣くのだ。
「絶対に、許さない」
彼女は吐息のように呟く。
あまりにひどい裏切りだった。
散々他人の身勝手を見て、自分が嘘をつくことにも慣れて、人の醜悪さなど今更どうと言うこともないと思っていたが、この裏切りだけは耐えかねた。
彼女はついに足を止めた。一番近い窓を開ける。朱の光が目を射抜いた。
細い窓枠に手をついて、乗り出すようにして朝日を見る。そしてその果てを。
滲む景色の彼方に見たいものはあった。けれど、それはけして目に映らない。
「どうして」
彼女の白い頬を伝って、涙がこぼれる。見惚れるほど深く赤い瞳でも、涙はそれに染まることなく透き通って光をはじいた。
ほっそりした顎の先から涙は、遙か下の地に向かって落ちる。
階下から何者かの足音が聞こえてきた。彼女の表情に険しさが戻る。それは立ち向かうか逃げるか迷いを伴っていた。
そして。