五時間目・ここからがいじめの開巻劈頭
職員室で朝会も終わって、OG組の朝のHRも終わって二年生一学期最初の授業が始まろうとしていた。
一時間目、予定通りOG組は学級活動である。
哲明は朝のHRを終えても職員室に戻らず、どのように話を切り出すか考えている。
授業開始のチャイムが鳴るまで、今週の予定が印刷されている紙の裏にどのように話を出すか生徒に見られないように書き込む。
いきなりいじめの話しても相手は目が点になるだけで、こちらの話が進まない。
まだ学級崩壊防止のルールすら決めていないのに、授業時間五十分で今の話しが終わるはずが無い。どうしようと教卓の上で悩む。
こちらの話などまったく耳に入れない生徒ばかり、話してみると決めたのに不安になってきた、本当にどうしよう。
きっと隣の教室では、北村先生がうまい事D組の生徒たちに話してくれたんだろうなと思いながら、今日の授業内容を生徒達が向き合ってくれるか心配してしまう。
我の強い生徒の会話する顔を見てしまうと、不必要に悩んでしまう。普通とはかけ離れた生徒達だから余計です。
クヨクヨ悩んでいると授業開始のチャイムが響いた。
生徒は自分の席に戻り、哲明は顔を上げて「学級委員長、号令」と言う。
「起立、礼、――着席!」
学級委員長・由香里の号令で立ち上がり、頭を下げて、一斉に椅子に座った。今日は不登校の子以外は全員揃っている。
不登校の件も考えておかないとな、哲明はひとつだけ空いている席をみて呟く。
「一学期最初の授業にこんな話を持ち出すのもなんだが、今朝のニュースを見た者は手を上げてくれ」
もう当たって砕けろだ。
哲明は自分と同じように、家を出る前にニュースを見ている生徒はいるかと聞いてみたら、手を上げた生徒が二十八人中十五人。
最近の子供はニュースも新聞も見いで、朝のアニメや登校時間までゲームしていたり二度寝する子が増えている。無駄な事ばかりしているから朝食を採る時間がなくなってしまうのだと嘆息する。
このクラスの人間も例外ではないと思っていた。仮にニュースを見ていても、
「先生も見ているんですね、一二星座一括占い」
朝のニュース番組の最後に放送される占いしか見ていない人。
「沖縄の水族館にイルカの赤ちゃんが生まれたんですよね、見ました」
とても平和的なニュースしか印象に残っていない人。
「ミャンマーはまだ軍事主義と民主主義のデモがおこなわれているんですよね?」
周りの出来事より、外国などの遠い所の大きな出来事に反感買っている人。
「八チャンネルのニュースキャスターの顔、面白いよな? 毎朝見ると笑っちゃうよな〜」
ニュースそっちのけの人までいる。
自分が話したい事とぜんぜん違う、誰一人空気読んでいない・・・。いや、こんな平和ボケ丸出しの生徒達に、いじめの話を持ち出そうとした自分が浅はかだったのか?
哲明は両手で顔を覆い、生徒に背を向けて俯いてしまった。
今のやり取りで五分も時間を無駄にした、このまま縷縷綿綿と話を続けても仕方が無い、すぐに本題に移ろうと顔を覆っていた手を離して生徒と向き合う姿勢で立つ。
「今朝のニュースで、君達と年齢が変わらない子が自殺した。未来の可能性がある人間が自ら命を絶ってしまった・・・」
「きっと、ショートケーキのイチゴを親父に盗られてショックだんたんですよ」
「話を茶化すな、それと小さなことで自殺する人間の精神が見てみたい」
暁の発言に、ささやかなツッコミを哲明は入れた。
同年代だからこそ大事な話題なのに、この男はくだらない話へともっていくのか。二十歳越えたら、どんな話もくだらない話にしか感じ取れないのか。
これにツッコミを入れる自分も、くだらない事を気にしているんだなと感じてしまった。
「まさか・・・この学校の人なんですか!」
一番前に座っている女子生徒が聞く。
何も言っていないのに自分が言おうとした事を全て当てた、ショートボブカットの髪型した女子生徒・水上 久美華。なんだ、モブ生徒じゃなかったんだ。
「いや、別校の男子生徒だ」
だけ答えて、哲明は本題へ入った。
「ショートケーキのイチゴは置いといて。――この学校に『いじめなど、ありえない』と思われるが、実際この教室には不登校の生徒がいる。他の学年の教室やすぐ傍の教室でも、君達の知らないところでいじめが起きているとしたら? その人間に手を差し伸べられるか?」
「無理」
またしても暁の発言に、哲明の後頭部が黒板にぶつかって豪快な音を響かせた。
火の気があがったばかりの煙が彼の頭と黒板の間にたちこめるが、これは黒板についていたチョークの粉である。
こうもあっさりと、しかも直球で答えられる事が出来るのか。暁の頭を割って、中身を見たくなった。
「ちょっと、何で無理なのよ! これは大事な話よ?! 他人事のように言わないで!!」
正義感の強い学級委員長・由香里がすぐに反論。
「そーだ、そーだ!」
「自分と関係ないからってずるいぞっ」
彼女に合わせて、暁に反論する生徒数名が立ち上がった。不味い・・・これは非常に不味い、今でも取っ組み合いの大喧嘩が起きてもおかしくない空気が漂う。
「ワーギャーウルセー、第一テメーらは目撃したら止めるのか? 出来ないだろ?! それは何故だか教えてやる。・・・次のターゲットは自分に向けられるからだ、止めたはずなのに逆に悪化して自分が痛い目を遭うんだよ! そんな難しい問題に向き合うのは、俺は面倒な事はごめんだな」
堂々と言ったよ、この生徒。
彼の言い方は周りの反感を買うがごもっともな内容だ、実際いじめを解決した例は少ない、理由は暁の言ったとおり次にいじめられるのは自分だからだ。
暁の挙げた悪循環に由香里も反論できない、周りも哲明も。とりあえず、取っ組み合いの喧嘩だけは回避できたか?
けど、暁と由香里を含めた数名の生徒のにらみ合いが続いている、作ってしまった溝をどう埋めるか戸惑いながらも考える哲明。
哲明と教室にいる生徒は一言も発しなかった、誰かが発言するのを待っているかのように。
「――大人なら、・・・先生なら出来ると思えるか?」
沈黙を破って発言したのは哲明本人。
「可能性として一番高いと思わないか? 教師である自分がとめる・・・大人で教師ならいじめられる事は無い。周りの先生方は嫌がる役だけど、新任の自分には立派な役だろう?」
笑みにも近い真剣な表情で、哲明はそう言った。
生徒に出来ないこと、教師の立場にある自分なら出来る。過信こそしてなかったが、少なくても新任でもそれ位の力は自分には備わっていると信じていた。
自分、多少傷つけられても気にしません。サラリーマン時の過酷な営業とリストラのショックに比べたら、子供のおこなっているいじめなんか小さく見える。
生徒の前でか細く笑っている哲明だが、これからを考えると笑えない現実が直面している。生徒の不安をかき立てないように笑っているだけで、内心全然笑っていないのであった。
担任教師の考えている事、彼の真意などこの生徒たちに理解できるはずが無い。「何言っているんだ、コイツ?」程度しか思ってないだろう。
最近の子供は浅く考えたらそれで終わり、自分と関わりがないと分かれば尚更です。
良く言えば大人に媚びない自分の生きるがまま生きている、悪く言えば身勝手で周りの迷惑など考えない。こう言えば納得してくれるでしょうか?
哲明は先ほどまで書き留めていた紙をクシャクシャになるまで握り締め、紙を握り締める自分の手に語るようにぐっと力を込めた。
まだ授業終了のチャイムが鳴ってない、教室に設置してある時計を見ればまだ三十五分も時間が残っているではないか。
これなら学級目標を決めるとまではいかないが、いくつか候補を挙げられる時間としては十分だ。
「まだ時間があるだろうし・・・いじめの件も踏まえて、学級目標と言うか・・・このクラスだけのルールを作らないか?」
拳を教卓の上にのせ、身を乗り出す姿勢で語りかけてみた。
直後に黒板に書き留められないような規則候補があがるとも知らないで・・・。
――またチャイムが鳴った。
一時間目の授業が終わったチャイムではなく、昼食時間のチャイムである。
ディスクの上には真っ白に燃え尽きたように、ディスクの上で倒れこんでいる哲明の姿を発見。
一時間目後半から四時間目終了まで、いったい何があったかといえば少々長くなる。
OG組だけのルールを決めていたのに、次第にルールとは関係ない話題が出てきて教室は大混乱。沈静するまでに相当の体力と精神力を使い果たしてしまった。
規則として取り上げてくれと提案してきた規則候補は百にも及ぶ。
中には「午後三時から三十分間のおやつの時間には授業なし」「眠たくなったら保健室へ直行」「カップルの行動は常にチェック」など、学級には関係ない「規則なのかこれ?」って言いたくなってしまうものまで。
もっと常識的な規則を考えようとと別の人が論すれば、すぐに学級が乱れて――ああ、どうすればいいんですか。もともと学級の乱れや崩壊を防止するはずの規則なのに、提案ぐらいでここまで乱れるものなんですか?
一時間目が終わるころには殺伐とした空気が教室に流れていた、チャイムが鳴って号令をおこなう前に哲明が教室を出てしまう位の。
次は通常授業なので、他の二年のクラスを回っていました。二時間目はA組、三時間目はC組。
新任で見た目と年齢のギャップに差があり、問題児揃いのOG組の担任と聞けば、質問しないわけが無い。質問攻めでほとんど授業じゃなかった、あれ。今日行うはずだった授業なんか、一切手をつけてないし。
四時間目は職員室で、一時間目の提案された規則のまとめをしていた。規則にならない案を削除するだけでこんなに時間経過する。
次の学級活動で絞った案から十のOGルールを決める事になっているが、真面目に取り組んでくれるか心配になる。心配だよ、あの調子じゃあ。
「大変そう、ですね」
優しく声をかけてきたのは隣に座るアンナ。
天使に話しかけられたような気分になり、哲明はディスクの上にのせていた頭を上げてアンナに向けた。
「いえ、前に比べたら・・・はぁ」
強がれない、別に強がってはいないが強気が出ない。二日でこんなに疲れるのか、教師って・・・。
最近ため息の回数が多くなった気がする、特に学校に通勤してきてから一気に増えたか。これじゃあ髪が白髪に変わるのも、そう遅くは無いな。
「すこし、外回ってきます」
外の空気でも吸って気分転換しようと考え、哲明は腰を上げて職員室から出て行った。
扉を閉める前に「すぐに戻ってきてくださいね」とアンナが言う、扉の閉まる音にかき消されて哲明に聞こえなかったが。
職員室を出てすぐに教職員専用の靴入れへ足早と向かう、本当にすぐなので大股で十歩と半分で着いてしまった。
着けば自分の靴が入っているロッカーを開ける、ロッカーには自分の靴が入っているが一緒にクシャクシャにした紙が入っていた。
いったいなんだろうとその一個を手に取った、紙を丸めたものとしては少し重量感がある、何が出てくるのか分からないので慎重に広げてみた。
包まれていた物に哲明は絶句した。
紙に包まれていたのは剃刀の刃、広げた紙に『これで手首切って死ね』と極太の油性マジックで書かれていた。なんで油性マジックってわかったって? あれ、独特の臭いで。
他の丸められた紙を広げると、やはり剃刀はいっていた。
おまけに靴にまでぎっしりと紙に包まれていたのと同じ剃刀の刃が入っている、靴に満タンになるまでの剃刀の刃を集めたものだと逆に感心してしまう。
「いったい誰が・・・?」
まだここに来て二日目、二日しか経っていないのに自分に怨みを持っている人間でもいるのかと最初に見つけた剃刀に思いをぶつけた。
OG組の生徒なのか別クラスの生徒なのか、誰の仕業か分からない。分かるわけが無い、いったい高等部だけで何人生徒がいると思っているんだ。
それに他所様から怨まれるような事はまだやってないぞ。
靴いっぱいの剃刀の刃と手に持っている剃刀の刃を見合わせながら、哲明は突然のことに呆然としてしまった。
「嫌がらせだとしても、これは幼稚過ぎる」と言いながら靴に入っている剃刀の刃一枚と持っていた剃刀の刃を重ねるように置く。
画鋲じゃなくて剃刀の刃を靴の中に入れるあたり、結構悪質だど思います。
こんなショッキングな事が起きたのに、朝感じたあの衝撃が来ない。触れた人の過去や未来を見るだけではなく、人の心の声すら聞こえてしまう不可解な衝撃が無い。
相手が人間ではなくて、剃刀だからか。
それにしても、靴の中に入っている大量の剃刀どうしよう。ロッカーの中を覗き込みながら思う。
職員室から紙袋貰って、靴の中に入っている剃刀を貰った紙袋へ入れよう。そのあとの処分は袋に詰めてから考える。
哲明の思考はそこで止まってしまった、なぜなら・・・。
「あ、音光寺先生!」
生徒に話しかけられて、哲明はびっくりして靴箱の扉を勢いで閉めた。
声も顔立ちも女の子のような男子生徒が歩み寄ってくるので、哲明は剃刀の刃だらけの靴箱を隠した。
この話しかけてきた乙女のような男子生徒、彼も一応OG組の一人である。名前は近日公開予定としよう。
「先生の自転車の件で、話がありまして・・・結構探していました」
無垢な笑顔を浮かべて言う男子生徒。
哲明は更なる疑問が浮んだ。
自分の自転車に何かあったのか。よく見ればこの男子生徒、息が荒い。校内中自分を探し回っていたのだろう。
「先生の自転車が壊れていたので、技術部の方で直せるだけ直しておきました。タイヤはパンクして、前のカゴが潰れていましたので」
技術部って自転車修理も出来たんだ、哲明は「すごいな」と言えばいいのか、「趣向がずれていないか?」とツッコミを入れればいいのか戸惑った。
タイヤがパンクして、前のカゴが潰れていた。あれ、朝はぜんぜん普通に漕げたけど。自転車のタイヤは先週交換したばかりで、昨日の横転事故はあったけどカゴは潰れていないし。何かがおかしいと哲明は感じ始める。
「発見したとき・・・自転車、横倒しになってなかったか?」
「はい、なっていました。タイヤは刃物みたいなので切られていましたし、自転車の装甲に凹みとか踏みつけたような跡も・・・先生?」
にわかに信じられない。
自分の自転車が誰かに壊された、何者かに。壊したのは何者? 担当しているクラスの生徒、職員室の先生の誰か、高等部の生徒などなど考え出したらきりが無い。
自分の靴箱を見る、あれだけの剃刀の刃を入れた人物が、自転車を壊した人物と同一人物だとする、どう見たって同一人物だろ、これ。
犯人が思い当たらない、推理力ないな自分と思いつつ握り締めている紙に気が向く。
――絶対に見つからないと思ったのに、なにこの先公! 人の楽しみ奪って・・・絶対に殺してー・・・。
頭に流れてきたのは朝出会ったD組の女子生徒の一言。
生徒が先生にこんな悪戯するか?! 仮に相手は先生だぞ、生徒が手を上げるはずが無いと思っている。思いたいのです、自分は。
まさか、――本気で自分を殺す気なのか?
目の前にいる生徒と別の人の気配を感じて、哲明は顔を上げた。男子生徒も自分の後ろに誰かが来たのに気付き、後ろを振り向く。
よく、生徒同士や教師によるいじめや体罰などが高まっています。
生徒にいじめられる教師など初めてなので、下手かもしれませんが読んでくれるならば、幸いです。
批判されたり虐められる主人公を、教師にしただけですが。
そろそろ、生徒も何かに目覚めさせないと・・・。