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四時間目・いじめの実態について研究せよ

全然無いと思うんですよ、生徒に虐められる教師の話って・・・。

 朝六時。太陽の光が街を明るく照らし、スズメのさえずりが朝の訪れを告げている。

 今日の話が始まる場所はこの古臭い二階建てアパート、二階の右端にある部屋。ペンキが剥げた扉には『二の五』と書かれており、扉の隣に取り付けられているさび付いたポストの扉にはラミネート加工された紙が張られており、漢字で『音光寺』とでかく書いてあった。

 扉の奥は一LDKの狭い部屋。玄関を抜けて短い廊下の奥に哲明が眠っている畳の部屋、隣は狭い台所。部屋の壁には衣服が掛かっており、窓の横に買って六年以上のコンピューターが静かに置かれている。

 午前六時。目覚まし時計のチャイムが部屋に響いて、哲明は布団の中から手を伸ばして目覚まし時計を手探りで探す。カチンッとチャイムを止めるボタンに手が当たり、あれだけ五月蝿く響いたチャイムが止まった。

 布団から顔を出して時間を見る。

 時計を畳の床に置くと布団から飛び出して、掛け布団だけたたんで台所へ走っていく。台所の前に立って蛇口から水を出して顔を洗い始めた、このアパートに洗面所がないので台所が洗面所の代わりになっているようだ。

 顔を洗い終えると、プラスチックのコップに溢れるまで水を注ぎ入れる。蛇口の栓を閉めて水を止め、歯ブラシに歯ブラシ粉をつけて歯を磨く。

 歯ブラシを口に銜えたまま部屋に戻って、コンピューターの傍に置いてある液晶テレビの電源を入れた。この時間はニュースで、当たり前のように芸能人のスキャンダルや事件が放送されている。

 また台所へ向かい、コップに溢れるほど注がれた水で口の中を漱ぎ、吐き出した。口の中に粉っぽさがなくなればコップの中に余った水で歯ブラシを洗って、空っぽになったコップに歯ブラシを入れて蛇口の横に置く。

 後ろの冷蔵庫を開けて、パック牛乳と昨日買った食パンを出して、部屋に持っていく。一人用の小さなテーブルに置き、パック牛乳の挿し口にストローをさして、食パンの袋を開けた。

『――次のニュースです。東京都・中央区で昨夜未明、中央区平成高等学校に通う十六歳の少年が家の自室で首吊り自殺で発見されました』

 今流れたニュースが気になり、牛乳を飲みながらテレビから流れるニュースを聞いていた。

『発見された遺書には「もう苦しい思いはいやです、死にます」と書かれており、普段学校でいじめを受けてたか、少年が通っていた学校の校長や少年の同級生から事情聴取をとっている模様・・・』

「いじめによる自殺か・・・」

 ニュースの内容はいじめを苦に自殺した子供の事、教師の身としてこれは悲しい事件である。

 自分の学校でもいじめを苦にして自殺した生徒や、今いじめを受けている生徒が教師の知らない所でおこなわれている。それを考えると救ってあげたい気持ちが強くなる。

 教員になって二日目の朝、そう思いながら哲明は少ない朝食を食べた。

 

   *


 アパートから職場まで距離が近いので当たり前のように自転車通勤、昨日みたいに転ぶ事無く学園までの一本道を駆け抜けていく。

 温かな風が哲明を横切り、仕事の始まりを肌で感じ取る。

 昨日の出来事など忘れてしまいそうな清々しい空、今日も元気に登校する生徒達の挨拶を交わす声が賑わう通学路。学年問わずに哲明は「おはよう」と声をかければ、「おはようございます」と生徒は挨拶を返してくれる。

 中に挨拶を返さない生徒だっているのに、学園の生徒達は不気味なまでに皆挨拶を返してくれる。不気味・・・朝のニュースを思い出した。

 ハンドルを握る手に力が入り、悲しさと悔しさの表情を浮かべてしまう。生徒の心も救えない今の教育、学園にもいじめを苦にして死んだ生徒はいるのか? 今もいじめられている生徒が教師に助けを求める姿を想像する。

 新任でも出来ること、大人でも出来ること・・・どんな事なのか調べたいし実行してみたい。

「てっちゃん先生〜」

 エンジン音を吹かせながら走ってくるスクーター、運転しているのはOG組存在感のある巳条 暁だ。彼は哲明を自分でつけたあだ名で呼んでいた、「哲明」だから「てっちゃん」なんだろう。

 自転車よりスクーターの方が早い、すぐに追いつかれてしまう。

「おはよ〜さん。お先に〜」

 と暁は言って、哲明の自転車を追い抜いて先に校門をくぐって行った。あいつはいじめに無縁な奴だろうな、そう思いながら自転車はスクーターが入って数秒遅れて校門に入った。

 OG組は力の差で関係を決める弱肉強食を具現化したようなクラスに見え、他所のクラスや学年の生徒をいじめていないか確認したくなる。

 OG組だけですごい惨いいじめでも繰り広げられているのでは? 獣のような生徒を止める気力などありません。てか、こんな自分が一番のいじめの標的? OG組の。生徒のサンドバック扱いされている自分を想像して、顔を青ざめてしまう。

 どうこう考えているうちに教職員専用駐輪場を通り過ぎそうになった、哲明はとっさにブレーキをかけて、慎重に自転車から降りた。

 駐輪場の空いている場所に自転車を止めて鍵を閉める、自転車の鍵はジャケットの内ポケットの中へ入れて、カバンを持って正面玄関へ向かおうとした。

「・・・!?」

 一歩足を踏み入れると、頭の中に何かが食い込む感覚が突如襲った。

 職員室に向かわなくてはいけないのに、自分の足だけどこかへ引っ張られていく。例えて言うと飼い主に綱を引っ張られながら歩く飼い犬、感覚の感想はこんな内容。

 超能力者でもなんでもないただの凡人がなぜこんな感覚に襲われるのか、誰かに聞きたい自分にも聞きたい。それとも昨日の酔いがまだ残ってでもいるのか? 気のせいと考えて職員室に向かおうと前へ歩こうとするが、後ろが気になって足が前に進まない。

 駐輪場より奥は高等部校舎裏。ゴミ置き場と資材置き場があり、車で出勤する教員専用の駐車場があったはず。

 気にせず前に進むか、不思議な感覚を消すために後ろに歩くか。

 決断は昨日より早く決まった。朝会まで時間がある、気になるなら見に行こうと。

 校舎裏に向かって歩き出すと引っ張られる感覚は消えた、やっぱり無意識に校舎裏に不審な気配でも感じているのだろう。酒に酔って感覚が狂っている訳ではなさそうだ、自分の体だから良く分かる。

 校舎裏まで歩いていくと何やら笑い声が聞こえてくる、女子の笑い声らしい、しかも複数。笑い声しか聞こえないので哲明はもっと近づく、近づいていくうちに聞こえてくる笑い声に隠れた言葉。

「とろいくせに生意気〜!」

「きゃはははははは、馬鹿丸出し〜」

「ほ〜んと、馬鹿ね」

 声からして人数は三人くらい。

 哲明は息を呑み、気配を消して更に歩み寄る。そして確信する、これはいじめだと・・・。

 子供のいじめを止められない教師は教師として失格、新人でも同じことが言える、例え他所のクラスや学年でも関係ない。

「お前たち、何やっている!」

 恐怖とかそんなのはなかった、立場はこっちが上なのだから子供に怯える必要もない。

 哲明は三人に歩み寄る、彼女達に囲まれて座り込んでしまっている女子の姿。座り込んでいる子を含めて学年は二年生、高等部の制服を着ていた。

 騒いでいた女子三人は哲明の登場に驚き、座り込んでいた女子はうつろな目で現れた哲明を見ていた。

「大丈夫か? 君」

 囲まれている女子生徒の姿は目を覆いたくなるほど無残である、制服は薄汚れて袖に隠れた腕から痣が見えていた、顔も叩かれたのか赤く腫れている。

「立てるか?」と言いつつ手を差し伸べる、女子生徒は何も言わず哲明の差し伸べた手に触れた。哲明は自分の手を相手の触れている手を包むように閉じようとした。

 不可解な衝撃が哲明の全身を駆け巡った。

 びっくりするように目を開き、数秒間硬直した。

 頭の中に流れてくるのは映像、自分の後ろに立っている三人が彼女を突き飛ばし、蹴りと罵言を放つ姿が鮮明に映った。

 別の映像に切り替わった、教室で常に周りに傷つけられている眠木と言う少女の姿。誰も手を差し伸べてくれず、周りは見て見ぬフリをして、教師も救いの手を差し伸べてない。哲明が見ている場面は彼女がいじめられている所、これは分かるが何で自分の中に流れてきたのか哲明でも理解出来るはずがない。

 また映像が切り替わった、今度は彼女が高い建物から身を投げる光景だ。遺書らしい封筒を握りながら、落ちていき。そして・・・。

「先生?」

 手を握っている女子生徒の声で哲明は現実の世界に戻れた、さっきのは一体・・・。あれは彼女の過去と未来なのか、哲明から嫌な汗が流れる。

「せんせ〜! 私達は、眠木さんが弱っている所を介抱していただけです」

 女子の一人が悪びれる様子もなく哲明に言う。台詞が棒読み、演技だと素人でも分かる。「新任だからすぐに騙せる」と顔に出てるほど。

 けど、先生でも「お前、いじめていただろう」なんか真っ先に口を出したら、生徒が開き直って、PHAや教育委員会に嘘の情報流して教師を追い詰めようとする。

 証拠がければいじめは解決できない、先ほどの自分の中に流れた映像では、まったく証明できない。

「君達、二年何組だ? 担任は?」

「私達全員二年D組で、担任は北村先生です」

 少し太り気味の女子生徒が話す。

「分かった、君達はもう教室に戻りなさい。彼女は保健室に連れて行く・・・」

 三人の女子生徒は「は〜い」とやる気のない声で返事して、哲明の前から去っていく。

 二人を引き連れていると思われる、いかにも高貴なお嬢様っぽい女子生徒の肩が哲明にわざとぶつかってきた。そこでも電撃にも似た衝撃が全身を走る。

『絶対に見つからないと思ったのに、なにこの先公! 人の楽しみ奪って・・・絶対に殺してー』

 彼女の心の声、短い文章に背筋がゾッとする。

 自分の中にある未知なる力より、生徒の心に隠れた本音に恐怖を感じた。

 きっと彼女達は自分の行ってたことを、自分が担任に話す気があると感じて、嫌がらせとしてわざとぶつかって来た。誰にも聞こえない本音を漏らしながら。

「君は・・・二年D組だったな。名前は?」

「眠木 優香子。です」

 目は虚ろ、声は怯えているように震えていた。

「保健室で手当てしよう、蹴られたりして痛かっただろう?」

 制服に付いた砂埃を払いながら、眠木が怖がらないように優しく接する。

「先生、貴方には関係ないです」

 優しく接する哲明に冷淡な一言を残して、眠木は哲明を振り払うように去っていった。

 救いの手を差し伸べたはずなのに、その手は生徒に拒絶された。哲明はショックは受けなかったが、教師として経験の無さに悔いを感じた。

 自分の手を見る哲明、眠木の手を握った時見えたあの光景は彼女が今まで受けてきた苦しみで、最後に見たのは苦しみを受け続けた末路。今まで見たあれが全て現実ならば、彼女は一学期中に投身自殺する。必ず。

 自分でも信じられない事であるが、未来まで見えてしまったからには自殺は絶対に避けたい。

 ならどうするか? 答えはひとつ、『今』を変える事。

 いじめによる若者の自殺者を増やしたくない、一人でも命を、心を救える力を欲する。

 部活終了のチャイムが響く朝、哲明は拳を握り締め、顔を俯かせて職員室へ歩く。




 ――で。決意したのはいいけど、どのように行動するか考えていなかった。

 哲明がそれに気付いたのは職員室に入って、自分の席に座ってすぐだ。

 仕事に手をつける前に哲明は考える、まずは何をすべきかと。最初はD組の担任に聞いてみる必要があると真っ先に考えた。丁度職員室にいるし、そこを皮切りに解決策を考えようと判断。

 その間の生徒の行動にも注目しておくべきとも考える、あのOG組も仲間として加わっている可能性も十分にある。疑うならまず身内から、今日のOG組の時間割を見ながら思考をめぐらせる。

 今日から通常授業、火曜日の今日はOG組は一時間目が学級活動になっている。予防線を張らせるならこの時間しかない。

 自分の担当クラスへの対処法は決まった、次は自分の席から三番目に座っている強面の教師・北村 重次郎にいじめの事を聞く為に哲明は席を立った。

「北村先生、少しよろしいでしょうか?」

 話しかけた、普通に。

「どうした? 早速生徒に泣かされたか?」と、北村先生は言う。

「いいえ、北村先生は二年D組の担任と聞きました。二年D組で眠木 優香子という女子生徒で少し気になる部分がありまして・・・」

 これ以上の言葉が見つからない、言葉が続かない。ここから先の言葉はどうしようと悩む。

「気になること? ・・・緊張しないで言ってみろ?」

「はい。先ほど道ですれ違いまして、制服に靴の跡や顔や腕に叩かれた痕が目立ちましたのでそちらのクラスに何か問題でもあるのかと思い、聞いたまでもです」

 哲明は朝の出来事を伏せてた、もちろん自分が『見た』彼女の光景も女子生徒の本音もだ。言ったら言ったで周りから不信感を抱かれ、別の混乱を招く。混乱を避けるためにあえて言わなかった。

 重次郎は哲明の話を聞くなり、深くため息をはいた。

「まだ編成されてすぐのクラスだからな・・・こちらも状況は掴みきれてない。よし、朝のHR時にでも生徒に聞いてみるか、内容は午後の会議前には話せるだろう」

「分かりました」

 これで会話は終わった、まだ解決には至らないが少しは学校もいじめの事を認知してくれればこちらも行動し易い。

 しかし、簡単には解決できない事は予想できた。

 きっと一学期を費やす位の覚悟で取り組まないと、自分が見た眠木 優香子の最後が現実になる。

 もうすぐ教頭がこちらに来る時間だ、哲明は重次郎に頭を下げて自分の席へ戻っていく。

 新任教師一人の力でどこまで改善し、生徒がこれから迎えようとしている死を回避出来るか。

 


今回も曖昧に終わってしまった。

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