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三時間目・物事は歩いてこない、こちらから歩み寄っていく事

 一回チャイムが鳴なった、五分休憩の合図である。五分という時間は短いように感じられるが、生徒達にとったら十分な時間だ。

 トイレに行く、次の授業の準備をする、別の教室に移動をはじめる、軽く予習・復習をする、友達と軽く会話する程度ならば五分の言う短い時間でおこなえる。中にはおこなえない場合もあるが。

 教師も五分と言う休憩時間で出来る行動がある。次の教室に移動する、授業内容の再確認、授業に使う道具の準備が挙げられる。

 五分の休憩時間、哲明は黒板に何か書いていた。

 次の時間はクラスの各委員と平行してOG組だけののルールを決めようと考えている、見ただけで反発心旺盛な生徒たちなだけに、何時学級崩壊(授業崩壊ともいう)が起きるか分からないし、起こされたら事態の収拾に時間が掛かる。

 事前に予防策を考えたほうが今後の授業に影響は少ないと判断した、彼の独断。

 黒板に必要なことを書き込んでいるうちにもう五分経過したのか、五分休憩終了と次の授業が始まるチャイムが鳴った。廊下に出ていた生徒が一斉に教室に戻って、自分の席に座る。

 必要な事を書き終えたのかチョークを置いて、席に揃った生徒たちと向き合った。

「次の時間はクラスの学級委員長などの役職を決めようと思う! まずどれから決めたい?」

 呼びかけるように話し出す哲明。

「先生、もう学級委員長は決まっているので別の委員を決めたほうが早いです」

 呼びかけに答えたのは、先ほど哲明の経歴を聞いてきた男子生徒・巳条 暁。

「巳条、だったな・・・推薦か? 誰を推薦する?」

「そりゃあ・・・もう、小学校入学から学級委員長しているその道のプロに任せたほうがいいです、ねぇ? 学級委員長?」

 彼の視線の先に座っているシニヨン頭の女子生徒・穂積 由香里、周りも「学級委員長は穂積さんしかいないよ!」と口を揃えて言う。

「じゃ・・・学級委員長は穂積でいいな?」

 チョークを黒板に軽く押し付けながら言うと、生徒は一斉に「賛成!」と言った。反対する人間はOG組の教室にいない。

「勝手に決めないでください!!」

 と由香里は恥ずかしそうに言った。

 小学校入学したときから学級委員長を任されている、いい加減学級委員長を別の人に任したいのが本人の希望だろう、けど周りの意見は。

「あだ名は『学級委員長』な限り、他の人はやらないと思うぞ? 学級委員長」

「っ〜〜〜〜〜!!」

 己条の発言に由香里は何も発言できなかった。

 真面目で曲がった事がいかにも嫌いな由香里だから、連続で学級委員長を任されているに違いない。そこまで学級委員長を任された生徒も珍しいが・・・。

「あ・・・じゃあ、他の委員とか決めるけど・・・いいか?」

 話が進まない、話を進ませるために哲明は言う。

 学級委員長はもう決まった、他に決めるのは保健委員・体育委員・図書委員・生活委員・放送委員・清掃委員の六つ――あれ? 風紀委員はこの学校にはないの?

 疑問に哲明は職員室で教頭から渡された紙を見直す。風紀委員の文字は紙には書いていない。風紀委員がいなくては、この教室の風紀が乱れるぞ。

 もう乱れているけど。

 

  *


 で、またチャイムが鳴る。

 今度は五分休憩のチャイムでなくて、今日の授業が終わるチャイムである。今日は(おこなったのか定かではないが)始業式で下校時間は十二時、部活動・生徒会以外の用のない生徒は帰る時間。

 職員室に重い物がドサリと音を立てた、哲明が崩れるように席に座る音だ。ディスクの上に頭を乗っけて、非常に疲れた顔を浮かべたまましばらく動かないでいようと思った、

 学級委員長を含めて各委員は決まった、決まるまでに生徒が騒ぎ出し、暴れだしたりして時間が掛かってしまい、結局クラス内だけの目標と学級崩壊を防ぐためのルールを決めることは出来なかった。

 一日で一気に決めようと考えてるんではなかった、先が読めない生徒たちに振り回されるだけの一日だった。

 ため息を吐きながら自分の頭に敷いてある名簿に見る。生徒の名前が書いてある名簿、教室で広げたときはあまり深く気にはしてなかったが、自分の思っていた名簿とは何が違う。頭を上げて名簿を広げる。

 一見すれば、生徒の名前と横にならんだ出席か欠席かチェックする空欄がある。一部の生徒の名前の横にアルファベットが書いてある、「PK」と書かれているのでイニシャルだと思った、下の欄を見ると同じ「PK」と書かれていた。

「P・・・K・・・?」

 もっと探してみると「PK」だけではなく「TK」「S」「U」と書かれている生徒が目立って仕方がない。頭文字をとったイニシャルはない、それは分かるが意味が分からない。

 他の教員が持っているクラス名簿にも同じようなアルファベットが書かれているのか? 気になってしまった、しかし新入りの自分が「名簿見せてくださーい」なんか口が裂けても言えない。

 他のクラス名簿にも同じアルファベットが書かれているんだな程度で名簿を閉じて、ぐったりと倒れこんだ。

「こら、まだまだ仕事があるんだらしょげない、しょげない」

 コーヒーの入ったカップを差し出しながらエーミーは言う。哲明はカップを受け取り、片手に持ったままがっくしと肩を落とす。

 気になっていた生徒の名前の隣に書かれているアルファベットの事は、哲明の頭からすっかりと忘れている。

「今日一日は、生きた心地しません」俯いたまま言う。

「まぁね・・・一番アクの強い生徒が選りすぐりのクラスだもん。でも、慣れるわよ。私だって最初は生徒に振り回されてばかりで、教頭に年中怒られてたもの、今は生徒を手中で踊らせることが出来る立派な教師よ〜? フフン」

 余裕の笑みを浮かべながら、自分の体験談を軽く話すエーミー。にしても、「生徒を手中で踊らせる」って発言はやめた方がいいと思います、妙な誤解を招きますし、生徒の心にヒビを入れかねないので。

 本人は自分の発言に何の責任も感じずに、「とりあえず、がんばってねぇ〜」と言って自分の席に戻って仕事を始めました。

 励ましの言葉で哲明は少し顔を上げて、自分の席に置いてあるパソコンの電源を入れた。生徒が帰った後の仕事は今日の授業内容の報告書の製作、書類製作は得意のほう。サラリーマンはそれ位出来なければ、上司の怒鳴り声が飛んできます。

 キーボードをカタカタを打ち込みながら、明日への不安を感じる哲明。明日から呼び名は『リストラ先生』で統一され、今のクラスや他のクラスから馬鹿にされる日々を想像し、キーボードを打ち込む手が止まってしまった。

 昼間聞こえた声が蘇って、手がキーボードから離れて耳を押さえている。

「音光寺先生、耳でも怪我したのか?」

 仕事をしていた教頭が気になったのか哲明に話しかけた。

 教頭の声でフラッシュバックされた声が聞こえなくなり、ゆっくりとであるが耳から手が離れた。

「大丈夫です、耳鳴りしてました」とだけ答えて、パソコン画面と向き合った。

 明日から本格的に授業が始まる、OG組以外のクラスでの授業も控えている。OG組に振り回されながら他のクラスで授業を行う、今の体力では持たない。今度からトレーニングジムにでも通ってみるかと考え出す。

 世間様からダメクラスとして知れ渡っているOG組、その担任の自分はどんな目で他のクラスの人間に映るか・・・考えるとため息がまた出た。

 呼び出されたのか教頭が職員室を出て行く、職員室の扉が閉まって数秒後にエーミーが仕事をやめて突然立ち上がった。

「今夜の新人歓迎会、参加する人返事してぇ〜! 場所はいつもの居酒屋・神夜、お勘定は割り勘よぉ〜!!」

 職員室の外に声が漏れるのを気にせずにハイテンションで呼び掛ける。

 歓迎会、またもやサラリーマン時代の頃を思い出す哲明。

 歓迎会に参加した際にビール一杯で完全に酔ってしうほど酒に弱いのに、周りに次々と飲まされて家に帰る時には一人では歩けないほど酔いつぶれた記憶がある。

 断ることも出来ず参加してしまった自分の弱さが悪いのだが。

「ちなみに新人歓迎会なので〜、主役の音光寺先生と城先生は強制参加でぇす!」

 断ろうと思っていたのを察知されたのか、エーミーに釘を刺すように言われた。強制参加と聞けば、もう断れない。

「はーい、参加するわ!」

「エーミー、あたいも参加だ!」

 高等部・職員の数少ない女性陣は参加する気満々、次々と手を上げていく。ここの女性は相当酒に強いらしい。

 一方の男性陣側はというと。

「まぁ、今晩はカクテルと洒落込みますか」

「仕方がない、付き合うか」

「宴会将軍モードのカーボナード先生に敵う相手は、誰一人いませんからねぇ・・・」

 誰も「仕方がいない、付き合ってやるか」程度の態度の人間ばかり。

 もう少し女性陣のように「参加する」「参加できない」とはっきり言いましょうよ。哲明は声に出して言いたいが口が開かず、喋るタイミングを逃してしまう

 職員室を賑わせるのは今夜の話ばかりで、仕事の事など遠い彼方に置いていってしまっている状態、教頭がいないと好き放題。先生のいない教室の風景と差ほど変わらない、教室にいる生徒が大人になっただけで。

 今夜の話で華を咲かしている人には聞こえないが足音が響く、用を終えた教頭がこちらへ戻ってくる。足音がこんなそばまで聞こえているのに、周りの教員たちは仕事に戻ろうとしない。

「これは、大目玉だな・・・」哲明はため息を吐きながら小さく呟いた。

 教頭が扉を明けて入ってきたときにやっと主犯のエーミーは気付く。エーミーは強張った顔で笑顔を作り、教頭は深くため息を吐いた。

「教頭センセもどうですぅ? 今夜一杯」

 強張った笑顔で、お猪口でくいっと酒を飲む動作をして言う。

「カーボナード先生・・・知っているでしょう? アルコール類は医者から禁止されている事を、もう少し労わってくれ・・・」

 下腹部を押さえながら教頭は呆れたような言い方を放つと、エーミーは「忘れてた♪」の一言だけ返した。

 教頭は去年から肝臓を悪くしており、医者からアルコール類を摂取するのを禁止されているらしい。

 出来れば皆と一緒に飲みにいきたいが、自分の体を大事にしたい一心でその気持ちを抑えているように哲明は見えた。

「まあ、お大事に〜」とだけ残して、エーミーは椅子に座ってパソコンと向き合った。

 薄情な人だなぁ・・・、エーミーを見ながら内心で呟く哲明。

 教頭の少々呆れた反応を見て教頭は彼女に散々飲まされて肝臓悪くしたのかと考えてしまう、だとしたら自分も注意しないと教頭のように肝臓がおかしくなってしまう。

 ただでさえ酒弱いのに・・・。

 教頭の二の舞にならないように、注意して参加しよう! と、決意する。

「私も注意しないと・・・音光寺先生はお酒大丈夫ですか?」

 仕事の合間にアンナが話しかけてきた。

 哲明は気持ちが舞い上がりそうになってしまい、キーボードを打ち込む手が震えだした。

「いえ! 自分はお酒弱くて、普段から飲みません!!」

 頬を赤らめながら答えた。

「同じですね・・・私も、飲めないんです」

「そっそっそっそっそっ、そうなんですか! 奇遇ですね」

 生まれて三十年、異性と会話など人生の中で無縁に近い。こんな傍まで異性と会話したことがない哲明は、今でも意識が吹っ飛びそうだ。

 キーを打ち込む手は震えながら動いている、口から手でいる言葉も震えている。震えが止まらない、女性と話すとはここまで緊張するものなのかと自分自身に問いたくなってしまう。

 生徒と会話しているのでも、同じ仕事の仲間と会話しているのでない、異性として会話している自分が不思議でたまらなかった。

 まだ出会って一日しか経過していないのに、衝動が数日も続いているように感じる。

 仕事している実感も感じぬまま、定時まで異性であるアンナを意識しながら仕事をしていた。

 傍で教頭が腹部を押さえながら、苛立った表情で哲明を見ていたのも含めて。


  *


 時間は夜の十二時を迎えていた。

 家路へ向かう哲明の顔はうっすら赤く、自転車を押している手に力が入らず、足もフラフラ。

 仕事を終えすぐに先輩教員に引っ張られて居酒屋へ、この時間になるまで新人歓迎会は続いた。サラリーマン時の新人歓迎会とはぜんぜん違う歓迎会、ここからは哲明の回想と共にお送りします。

 まず、先輩女性教員達の飲みっぷり。

 エーミー・セレテリス・洸の三人、飲むわ飲むわ・・・。彼女達に飲まされている教員もいて、その人が可愛そうに見えてきた。彼女達は一部の教員から「酒豪三人娘」と呼ばれているらしい。

 表舞台にはまだ出ていないが、もう一人国語担当の女性教員がいるけど、今回は宴会に参加せず。噂によると、彼女は元・軍人でこの三人に負けない位飲むらしいとの事。

 酒にやけにこだわるベテラン教師・清次郎。根っからのウィスキー派らしく、日本酒派である親友とよく喧嘩していたらしいとほろ酔いながらも漏らしていた。

 とても個性的な教員達なだけに、酒に対するこだわりや味わい方もとっても個性的。中でも異彩を放っていた教員がいた。

 国語担当の教師と同じ冒頭の方では紹介できなかった現代社会担当の教師、名前は白河 晋助。秀麗な容貌の青年で、簡単には表現できない不思議な雰囲気漂わす比較的新しい先生、その容姿から女子生徒からの人気が高い。職員室での彼の席はセレテリスの右隣、覚えておこう。

 で、なぜ彼を哲明が注目したのか? 彼が飲む酒の量である。

 普段酒は飲まないと哲明に語っていたが、いざ飲みだすと空になった酒瓶が周りに並ぶ並ぶ。周りはベロベロに酔っているのに、彼だけ笑顔を浮かべてまだ飲んでいる、さらに飲んでいる。彼の周りにはビール瓶だけでなく一升瓶まで並び始めてた。

 清次郎曰く「最大ビール瓶二十一本分の酒飲んで、酔わずに帰った」との事、どれだけ肝臓強いのこの人。 肝臓が悪い教頭にその強さ分けてあげてくださいと言いたくなった。

 酒に飲まれて好き勝手飲んで暴れて(?)家へ帰っていく職場の人達。

 これで今回の回想はここまで、今に至るのである。

「明日、二日酔いにならなければいいのに」

 夜空を見上げながらボソリと呟き、自転車を押して歩く。飲めないのに周りに酒を飲まされて、意識が朦朧としているので自転車をこぐ事は出来ない、乗ったら人身事故に繋がる。絶対。

「そこの若者」

 横から声をかけられて自転車を押して歩く足が止まった。

 また幻聴かと思って、哲明は横を向いた。幻聴ではなく、台の上に水晶玉を乗せた台座を見つめるように座っている老婆の声だ。

 占い用の道具や占いや相談の料金が書かれた板が台の横に飾ってある、この店は屋台の占い屋だろう。

「そこの若者、いろいろ悩んでいそうな顔だのう?」

「あ、わかりますか?」

 占いの老婆に当てられて、哲明は自転車を止めて老婆と向き合うように立つ。

「どれ、ひとつ・・・。――若者と若者を取り巻く者達は世界を揺るがす大物になるね、近いうちに。見えたのはこれだけだよ・・・特別無料じゃ、私が勝手に若者を引き止めたからね」

 大物になる? 自分とあの問題児ばっかりのOG組の生徒が? 哲明は占いの結果に疑う。

 占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦。当たるか当たらないかは自分次第、その日の運命作るのも自分次第となる。

 けど疑いたくなるよね、この結果。世界すら揺るがす大物? ハリウッド俳優になるのか、生徒や自分が。それとも犯罪者として世界的有名な大物となる、生徒の身勝手で自分まで犯罪者扱いされる未来が見えたとでも言うのか。

 老婆に問いただしてもこれ以上何も言わないだろう、占い師とは必要な事以外は何も語らないと聞く。

 哲明は止めていた自転車のスタンドをはずして、老婆に「どうもありがどうございます」とお礼を言って自転車を押していく。

 再び背後を振り向いた、占い屋は消えずにそこにある。安心したようにふぅーと息を吐いて、占い屋に背を向けた。次の展開は主人公に助言・予言を言うと、去り際に後ろを振り向くと煙のように消えるシーンがあると思っていた。

 現実にこちらが後ろを振り向くと、一秒も経たずに店じまいして去った痕跡すら残さず消えることなんか出来ない。出来たらそれは幽霊か、自分の妄想から出てきた幻惑だ。

「大物なぁ・・・あのクラスの人間がニュースに出るほどの大物になれるのか?」

 占いの結果が少し気になって、哲明は呟く。

 次の日突然大物になるのか、それは突然過ぎて現実味がない。

 明日も仕事、明後日も仕事、・・・仕事を重ねていくうちに占いの結果が見えてくるほうが現実味があっていいと哲明は思う。

 教師生活一日目。

 朝から夜まで周りに振り回されて、流されていった一日だと思いながら、家に帰るまで占いの結果を気にしていた。



遅くなりましたが、感想とか評価とか来てくれたら幸いです。


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