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二十時間目・見えるのは人それぞれ

 午後八時、教師二人に生徒三人が集まる狭い狭い休憩室。

 賑わっているとおもいきや、中はとても静か。

 ミクトは型紙を一枚の大きな布に当てて、布用ペンで型を書く時ずれないように待ち針を刺している。彼の横には待ち針で型紙を固定したまま切り取った布がいくつも重なっている。型紙は家庭科室から拝借、ミシンと裁縫道具も家庭科室から型紙と一緒に持ってきた。

 ちゃぶ台の上に愛用しているノートパソコンを操作してるレナータ、邪魔になったのか眼鏡を外している。眼鏡の下は可愛らしい顔で、将来男を手駒にしそうな美女に成長しそうだ。本人は視力は悪くないが風変わりの眼鏡をかけている、何故かは聞けなかった。聞くなって目が語っている。

 アンナは台所で湯を沸かしている。急須に茶匙大盛りの茶葉を入れて、湯が沸騰するのを待っていた。湯が沸くまでトレイの上に湯呑を置くなどすぐに茶が入れられる準備をしていた、ついでに茶菓子が無いか冷蔵庫を開けてみると、ビールやウィスキーなどの酒しかなかったことは伏せておく。

 暁はグータラと畳の上に横たわって、間抜けな顔でテレビを見ている。絶対に笑ってしまうような表情でテレビを見ていた、テレビは十分の短いニュース番組が放送されている、つまらなくてなんとも言いがたい表情を浮かべているけど、目は真剣さが宿っていた。なぜか。

 なお見回りの警備員には事前に校長が話しをつけているので、見つかっても何の問題もない。周りが結構静かなので、物音立てなければ警備員も見つけられないだろう。

「破かれた服、もって来たぞ!」

 両手で大きめの段ボール箱を持って、休憩室に戻ってきた哲明。照明代わりにミクトのポータブル・ロボ・ゼルプストが哲明の周りに浮いていた。

 破られた衣装が山積みになってダンボールの中に入れられていたが、先ほどの布が詰められた大きいダンボール箱より軽いので哲明でも何とか持ち上げられ、運ぶ事が出来た。

 ドンっ。畳の上に運んできたダンボール箱を落とすように置く。

「ニュース見飽きた」

 暁は体を起こして、哲明が持ってきた破かれた舞台衣装が入っているダンボールに近づく。

 テレビに放送されているニュースは、ここ最近中央区や千代田区で起きている女子高生連続殺人事件の新たな被害者発見の報である。今はニュースなんて誰も見ていない、ボロボロになった舞台衣装に視線が集中しているので。

「魔女役が着る服に、戦士役が着る服に・・・ん?」

 ボロボロに切り裂かれた衣装を出していると、暁はダンボールの底にある衣装を出した。

 主役が実験シーンで着られるわざとお粗末に作られた舞台衣装だ、不思議な事に刃物で切り裂かれた形跡がない、その衣装を皮切りに平民や兵士などの脇役の舞台衣装が無傷で出てくる。

「どーいうこったぁ?」

 無傷の舞台衣装が出てきて、暁が首をかしげる。

 哲明は自分の持ってきたダンボール箱を確かめる、ダンボールに「衣装入れA」とマジックペンで書かれてある。なんとお粗末な衣装入れA。

「てか、なんでこんなお粗末なダンボールもってくるんだよ?」

「破られた衣装に隠れるように置いてあった、まだ余裕があったから詰めるだけ詰めて持ってきた」

 衣装を広げたまま聞いてくる暁に、哲明が言い返す。

「んー・・・さっき思い浮かんだ。犯人は出ている衣装が全てと思い込んだのだろう、だから箱の衣装に気付かなかった。電気をつけないで月明かりを頼りに犯行に及んだんだろう、照明のスイッチから指紋が検出されたかったのが証拠だ」

 哲明が腕を組み、警察が発表した調査結果の一部を言う。

「じゃあ、相手は目の前の物しか見えていないほど極限状態。って、ことになるわ」

「わかんねーぞ? レナ子よ。相手は手袋をしてたかも知れねーぞ? あるいは肘でスイッチ押してたかも知れないしぃ?」

「なら、なぜスイッチに手袋の繊維が付着していないの? この季節ならまだ長袖の人が多いわ、もし肘で付けたとしても僅かな衣装の繊維も付着するはず・・・」

「それはな・・・ビニール手袋とレインコートだからよ。だから繊維は出てこない、以上!」

 衣装をダンボール箱に戻しながら適当な事言って、再び畳の上に横たわる暁。

「・・・ガラスを割るに使用した石には指紋がついていたぞ? 雨も降っていないのにレインコート着ている馬鹿がどこにいる」

 哲明が無傷の衣装を前に並べながら言う、寝転がってテレビに視線を向けていた暁は自分の推理が外れて気まずそうな表情を浮かべた。

 しばらく喋るのやめておこう、とでも思ったんでしょう。静かにドラマみていました。

「やっぱり、生徒の誰かなのでしょうか?」

 ちゃぶ台の上に深い緑色に出た緑茶を置きながらアンナは言う。

「否定は出来ません、犯人が自ら自首してくれるとありがたいですが・・・」

 やや疲れ気味の顔で言いながら、並べられたお茶を軽く口に含ませる。眠気すら吹き飛ぶ苦味が口に広がる、緑茶なのに抹茶を飲んでいるような味だった。その苦味が喉に通過すると、舌に苦味が濃く残る。

 甘い物が欲しいとちゃぶ台を見ても甘い物なんか無い、甘いお菓子――出来れば羊羹などの和菓子が欲しい! しかし、ある訳が無い。

「桃色か・・・」

 苦過ぎる緑茶を平然とした表情で飲みながら、蚊のように掠れたとても小さい声で呟くミクト。

 桃色の布、ピンクという色を見る目は氷のように冷たい。目は閉じるかのように細くなり、怒りと苦しみが混ざった・・・苦痛の表情に変わる。緑茶の苦味が堪えたのか、それともピンク系の色が嫌いなのか? この場に集まる者達は明後日の方向しか見ていないので、彼が珍しく表情丸出しなのに気付いていない。

「桃色と言えば姫様って桃色とか赤のイメージ強い、何故だろうか?」

 破られた桃色ドレスを両手で広げながら哲明は呟く。

「桃色ってやっぱり可愛いイメージですから〜。パステルカラーって可愛いですし、ピンク系の色ってお姫様のような可憐で女の子らしいと連想させられるのでは? ほら、女の人になりますと赤とか濃いピンクとか紫とか濃い色のイメージが強くなりますから」

「そんなものでしょうか・・・?」

 のほほんとした口調で話すアンナに、相槌打ちながら哲明は切り裂かれたドレスを見ている。

 このドレスを見ると何かが自分のどこかに引っ掛かる、引っ掛かるつっかえは強くなって取れない、何の変哲も無い舞台衣装なのに。


 ――・・・な・い・・・――


「ん? だれか何か言ったか?」

 空耳か、彼の耳に性別は分からないが声が聞こえた。

「ない」と言っているのが傍で聞こえたので、休憩室に集まる人達の誰かが(特にボソボソと喋るミクトとレナータのどちらか)だと思い、何気なく訊いてみる。

「あ? テレビじゃねぇーの?」

 暁が寝転がりながら言う。

 テレビでは? テレビではないか? テレビだと思う。他の三人も同じ答えで返してくる。

 暁が見ているバラエティー番組からこんな腹の底から怨念じみた声なんて聞こえてこなかった、絶対にこの部屋から聞こえてくる。だって――。


 ・・・許せ・・・ない! ――


 ってはっきりと聞こえる。

 途端に持っているお姫様ドレスの舞台衣装が引っ張られた、ありえない事に衣装が下に強く引っ張られているのだ。刹那の出来事に哲明は声を上げる事を忘れてしまう。

 引っ張る力は半端ない、機械で巻き上げられているかのように強くて、哲明の腕力では全然かなわない。畳の下に哲明の体も引き寄せられてしまう。

 哲明はドレスの下を見る。

 畳の下から伸びて、がっしりとドレスを掴む真っ黒な手。手が『生えている』場所も同じように黒く染まり、目が・・・人間の目が二つドレスと哲明の顔を睨むように見ている。血の気が引き、哲明の手がガタガタと震えだす。

 

 ――娘を・・・娘を主役に!! 主役にしろ、しろっ、しろぉぉぉっ!!! 主役に・・・しなければ、大会に出られないように――出られないように、してやるうぅぅぅぅっ!!!


 実際聞いたことはないが、地の底から這い上がってきた鬼のような声が哲明を恐怖のどん底に誘う。

 一本の腕が鋭い刃物に形を変えて、ドレスを、哲明の手を切り付け始めた。

 原形が保っていない桃色のお姫様ドレスは布屑へと変貌を遂げて、哲明の手の皮膚が裂け、鮮血がゆっくりと肌をつたって畳の床に一滴、また一滴と落ちる。

「わぁ・・・わああああああーーーーっ!!!」

 自分は何を見て、体に何が起きているのか考えられなかった。自分の体が切りつけられている、自分にしか「見えない」存在に怯えて、周りなんか彼の目には映らない。恐怖で出せなかった声が大音量で休憩室に響き渡った。

 ドレスを握る黒い手、自分の手やドレスを切り裂く刃を振り払おうと腕を大きく振り回す。錯乱して絶叫を上げながら、自分を睨みつける目へドレスを握ったまま殴りつける。

 何回も何回も、目と腕が消えるまで殴る。

 なんとしても追い払わないと殺される、この舞台衣装と同じように自分の体もズタズタにされる、部屋に集まる人も殺される! 死にたくない、誰も死なせたくない、もう目の前で誰かが死んでいく姿なんか見たくない!

 何も考えられなくなった頭の中に突如出てきた言葉に、『目の前で誰か死んだっけ・・・?』と、身に覚えの無い事を言い出した自分に戸惑う。

 戸惑いが哲明の動きを封じた、隙を突かれて一瞬で背後から両脇を誰かに押さえられた、視界に入った手すら真っ黒に哲明の目に映った。

「ひぃぃぃっ!! ――離せ、離してくれっ、殺さないでくれぇぇぇぇぇ!! 殺されたくない! 死にたくないっ!! 来ないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

「落ち着け、おい! 俺はあんたを殺そうなんてまだ一度も考えちゃいねぇ!!」

 絶叫を上げながら押さえつけている手を振り払おうと暴れる哲明を、あるだけの力で更に強く押さえつけながら暁が呼びかける。

 酷く錯乱している人間はあるがままに行動する、早めに押さえつけて正気に戻す必要がある。パニック状態に陥っている人は、今を脱するため己を守ろうと自己防衛能力が働いて形振り構わずこちらへ攻撃してくる。本来以上の力を発揮する場合があるので、押さえつける人間は危険と隣り合わせだ。

「馬鹿力強過ぎ!! 誰か氷水か熱湯のどっちかもってこい!」

 全体重を哲明の体に掛けながら暁は叫ぶ。

 突如哲明が人が変わったかのように暴れだし、彼の暴れっぷりは暁一人では押さえる事が出来ない。ミクトとレナータも暁と共に哲明の体を押さえつけつのを手伝う。

「は・・・はいっ!!」

 こっちもパニックしそうだが、理性を保ちながら休憩室を出て給湯室の冷凍庫を即座に開けた。

 なぜあるか分からない金ボウルに氷入れに保存されていた氷を全部入れて、水道の蛇口を全開にして、氷の入ったボウルに水が溢れ出すまで入れる。部屋の奥では哲明の悲鳴と暁の怒声が耳に入り、声がアンナを更に焦らせた。

 ボウルから水があふれ出た、これなら大丈夫!

 蛇口を開けたまま、アンナはたくさんの水と氷が入ったボウルを持って、休憩室の畳に足を踏み入れた。

「ええええーーーーーい!!」

 焦りと迷いは捨てた、アンナは強く目を閉じて叫びと共にボウルを投げた。

「あ・・・えっ? ちょっと・・・ちょっとぉぉぉぉぉぉおっ!」

 やった、後はこっちにもってこいと言おうと口を開けるだけ。だと思っていたのに・・・。

 投げられた金ボウルが緩やかなカーブを描き、ちゃぶ台を越えて、角度が斜めになって氷水がボウルから空中で流れ出して、重力に遵って下へ落ちる。

 暁の叫び声を繋ぐように、水が物に当たる音と氷がぶつかる音が響く。

「・・・・・・あ、あれ?」

 強く閉じた瞼を緩め、前の光景を見ようと目を開ける。直後にキョトンとした表情に変わった。

 床に押し付けていた哲明もそうだけど、哲明の体を押さえていた生徒三人も氷水をもろに被った。畳の床も水と氷でびしょ濡れ。

「あれ? じゃ・・・ないっす」

「つ・・・冷たい!」

「・・・」

 三人の反応は異なるが、冷水をかけられて驚いた事に越したことはない。

 実際驚いているのか分からない人間もいるが・・・。

「――っはぁ!!」

 冷水かけられた哲明は、声と共に息を多く吐き出し、何回も大きく口をあけて息を整える。

「おーい、大丈夫か?」

 哲明の濡れた頭を平手で叩きながら呼びかける。

「うぅ・・・ヘンな声がっ、下から黒い手がっ、衣装を・・・自分の手を・・・」

「衣装? 手? 何言ってんだ、あんたの手もボロボロの衣装もなんともなってないぜ? 突然悲鳴上げて畳にズタボロ衣装を思いっきり叩きつけて、死にたくないだ殺されたくないだ絶叫あげてよぉ・・・。近所を考えろ? あぁ?」

 濡れた髪を掻き毟るような仕草をしながら、暁は疲れたような表情を浮かべた。

 生徒の言葉に疑い、哲明は自分の手や握っていた衣装を見る。

 衣装は今朝発見した形のままで、手は畳に叩きつけられて指は真っ赤になっているが傷口は無い。畳から伸びた黒い手も、こちらを睨み付けるように浮かび上がった目も消えていた。

 幻惑・・・だったのか?

「怨念・・・」

 頭の上にのった氷を払いながら、ミクトはボソッとつぶやいた。

「犯人は深い嫉妬と怨念を抱いている。その衣装に犯人の思念の一部が宿り、感受性の強い先生に思念の具現が見えた・・・かもな」

「何霊能力者のような言い方するんだよ?!」

「皆、奴が教えてくれた・・・餌に反応したのだろう」

 ミクトが指差すのは、精密機械なのに生物のようなポータブル・ロボ・ゼルプスト。

 悪魔にゴキブリのような生理的に受け付けない艶を併せたような小型ロボット、触れただけで魂吸い込まれそうな不気味な存在感を放つ。

「餌って・・・どんな意味で?」

 暁がミクトに訊ねる。

「? そのままだが」

 切り分けたパーツが濡れていないか確認しながら言う。

 そのとき浮かべていた表情は、「当たり前のことだろ」っととても言いたげであった。

「もういい、もう聞かない、とりあえず畳拭かないとな。てっちゃんを寝かしつけないとな」

 ヘンな秘密知っちゃったなぁ・・・。

 暁は自分が身震いしている事を自覚しながら、気が抜けた表情で座っている哲明の顔をぺちぺちと叩く。

「・・・なんだったんだ? あれは?」

 正気に戻った哲明が呟く。

「悪夢だよ、悪夢。へんな責任背負うから気疲れしているんだって」

 それだけ言って、暁は床を拭く雑巾を取りに休憩室を出る。

 ついでに頭を拭くタオルも持ってこよう、上履きを履くとそれを思いつく。

 背後では氷をボウルの中に投げ入れている音が聴こえた、誰が片付けているのか後ろを振り向いていないので分からないけど。


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