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十七時間目・休みの最中に事件が起きる、荒んだ警備の実態

八月だ・・・夏休みまでに埋めないと・・・。

 夜の学校である。

 夜間に通う生徒も帰ってしまい、校舎には誰もいないので、とっても静か。

 時間は夜中の一時をとっくに越えており、見回りの警備員も帰って、本当に静かである。

 静かな学校はとても不気味さをかもし出している。どんなに怖いもの知らずの人でも、この時間の学校に入るのを躊躇ってしまうだろう。

 それ以前に門が閉まっている学園に入る人間なんかいるわけが無い。

 見回りの整備員が帰ったからって、セキュリティは帰らないし停止しない。人が深夜の学校に侵入すれば、すぐに警告をだして警備員を呼び戻すことが出来るように設定されている。本当に警備も厳しくなった。同時に忘れ物をとりに夜の学校へ入るのが、簡単に出来なくなってしまった。肝試ししに学校へ入ることも出来ない。

 が、セキュリティにも恐れずに入っていく人もいるが、こんな人は最後に警備員に見つかって、逃げ切れずに警察に明け渡されるのが黄金パターンである。

 しかし、鍵が閉まっている門を乗り越えた今回の人物は違っていた。

 人がいないことを確認する影、黒尽くめのどこにでも売っている安っぽいジャージに黒い覆面を被っているので性別が判断できない。

 影はジャージズボンのポケットから取り出したのは、カバーが掛かっているナイフである。影に覆われた人物は短い刀身を覆うカバーと取ると、月光に照らされて刀身が銀色にきらめいた。

 ナイフが向けられた先には、誰もいない真っ暗な校舎である・・・。



  *



 ゴールデンウィーク明けの朝。

 時間は午前六時を指そうとしていた、まだ学園の各校舎に誰も来ていない。部活動開始時間までまだ時間があるのだろう。

 物語の舞台である高等部校舎も誰も来ていな・・・くなかった。

 高等部の正面玄関の鍵を開けている人物の後姿、時代遅れのループタイに高校生といまだ間違えられるほど若々しい三十路、ご存知・音光寺 哲明である。

 哲明は今日から一週間、高等部校舎の戸締り当番を任されていた。今日から一週間いつもより一時間も早く、高等部校舎に一番乗りで出勤しなくてはいけない。生徒より、他の教師より早く学校へ出勤しなくてはいけないのだから、以外に大変だったりする。

 鍵は前の当番から事前に渡されており、渡された鍵こそ教員専用の昇降口である正面玄関なのだ。

 鍵が開けば扉も開けられて校舎の中へ入れる、哲明は正面玄関の中へ入ると校舎内を歩く靴に履き替える。室内用の靴に履き替えたら最初に向かう場所は職員室である。預かっている鍵は正面玄関の鍵と職員室の鍵の二つ。昇降口は扉の内側取り付けられたサムターンを回せば開けられ、生徒の使用する教室の鍵は職員室に全て保管されている。

 まず職員室の鍵を開けて、自分の持っているカバンを置いて昇降口と生徒が使用する普通の教室の扉を開けに校内を回る。・・・哲明は頭の中でそう予定していたし、今まで戸締り当番(日直)も哲明の予定通りに扉を開け・閉めしていた。

 一番自分の席に近い前の扉をすぐに開けて、自分の机に相棒のカバンを置いて一息つくと、一番後ろの壁に取り付けられた小さなロッカーへ歩み寄る。教室や体育館などの鍵が厳重保管されているロッカーだが、哲明はロッカーを開けようととってに手を伸ばす。

 するとロッカーの小さな扉が勝手に開いた。

 どうやら少しだけ開いていたらしい。

 それが哲明に不信感を抱かせた。鍵の小さな保管庫にもダイヤル式の南京錠が付けられいる、暗証番号は学園が設立した二千百八十三年、幾度も見ている時代遅れの鍵である。その南京錠がない、近くで見ればとっての部分は何回か鋭利な刃物で傷つけられている。

 足先に硬い物が当たる、足元を見ると小さな保管庫の南京錠が転がっていた。拾おうと哲明はしゃがんで南京錠に手を伸ばしたが拾うのをやめた、ダイヤル式の南京錠も刃物か何かで傷つけられた後がある。暗号を思い出したのか、ダイヤルが「二・一・八・三」に設定されたままだ。

「・・・うん?」

 哲明が床に泥を見つける。

 ぐちゃぐちゃで靴型は分からないが、足跡を自分の足が踏んでいた。足跡と思われる泥はまっすぐと後ろの扉に続いている。往復したのか、足跡が重なっている部分も多く見られた。

 哲明は保管庫に入っている鍵が全部あるか調べるため立ち上がり、傷だらけの扉を開けた。

 上の段は体育館から体育館倉庫、陸上用体育館倉庫、剣道場、柔道場、男子更衣室と女子更衣室、プール、第一技術室。

 下の段は一般教室、家庭科室、家庭科調理室、第一音楽室と第二音楽室、音楽準備室、第一理科室と第二理科室、コンピューター室。

 扉側は第二理科準備室、教材保管室、第二技術室、美術室、図書室、ごみ置き場、職員室そばの倉庫、放送室、生徒会室・・・あれ。最後の『演劇部小道具置き場』の鍵が無い。

 用務員室に置いてある金庫の鍵が手付かずのまま保管庫の中にあるということは、侵入した相手は金品目的ではないと素人でも判断できる。

 じゃあ、演劇部が使用する部屋の鍵を相手はなぜここから取った? そこに目ぼしいものでもあったのか?

 傷だらけの南京錠に触れても、体に何も起きない。

 職員室・後ろの扉も何かしらの力で強引にこじ開けられた形跡がある、哲明は思いっきり後ろの扉を開けた。

 扉開けてすぐの正面の窓が無残にも割れていた、ガラスの破片が廊下に散らばっている。ガラスを割るのに使用したに違いない大きな石が、ガラスの破片に混ざって廊下に散らばっていた。

 職員室に付けられた足跡と同じ物がまっすぐと職員室に伸びて、職員室から右側の廊下へ続いている、相手はここから侵入してきたのだろう。

 早く昇降口と教室の扉を開けて、すぐに足跡を辿ろう。

 胸騒ぎがする・・・非常に。



 高等部校舎の昇降口が全て開けて、特別場所以外の教室の扉を開けながら哲明は足跡を辿る。

 足跡は一番右側にある三年生昇降口前の階段に続いていた。

 セキュリティは万全のはずなのに、どうやってセキュリティの網目を抜けて校内へ侵入を成功させたのか、侵入者は金目の物なんか絶対にない演劇部小道具置き場の鍵を奪っていった?

 階段の前につけられた足跡を見て哲明は思う。

 ここで考えたって相手の真意が分かるわけが無い、まず足跡を辿ろう。

 広がる不安を隠し、哲明が二階へ階段を上がって行くと、右端の第二音楽室の横に開けた覚えの無い教室が開きっぱなしになっていた。

 二階の第二音楽室の右横の教室、階段からまっすぐ見える部屋が演劇部小道具置き場。

 前の扉が開けっ放しで、保管庫になかった鍵も鍵穴に刺さったままだ。

 開けっ放しなので、開ける必要もない。哲明は中へ入る。

 名前の通り、演劇部が使用する小道具や衣装が保管してある物置き場。

 そういえば、今月中旬に学園の演劇部が都内のコンサートホールで演劇の地区大会に出場する事を思い出しながら、恐る恐る中に入る。

 まだ室内に侵入者が潜んでいる可能性も否定できない。

「うわぁっ・・・!」

 哲明は誰もいない部屋で声を上げた。

 潜んでいる侵入者と目を合わせたとか、潜んでいた侵入者から後ろから狂気を突きつけられたからではない。ハンガーにかけてある衣装が、型崩れを防いでマネキンに着せてある衣装が、手作りの舞台セットまでも鋭い刃物で無残にも切り裂かれていた。

 手で裂けられた舞台衣装が床に捨てられるように置かれており、靴もズタズタに切り裂かれて舞台の上で履けるものではない・・・。凶器として使用された刃物が無い、犯人は持って逃げたと思われる。

 演劇部に関係するもの全て切り裂かれており、演劇部に抱く怨嗟の念が滲み出ている光景である。

 ――相手は演劇部を完全に憎んでいる。

 じゃあ、誰が――・・・?!

「け――」

 口より足が先に動いていた。

「警察!!」

 



 哲明が通報してから三十分後。

 パトカーが数台も高等部校舎の前に停まって、警察官が何人も校舎の中へ入って現場を視察していた。

 手付かずの事件現場を鑑識班の一人が写真を撮影して、別の警官が番号やアルファベットが書かれた黒くとても小さな板を立て、現場に犯人に繋がる有力な証拠を探す。髪の毛一本も見逃さない、鋭い洞察力と集中力が必要な仕事である。

 部活動の理由で早く学校へ来た生徒は、この事態を何事だと思い、黒と黄色のテープが張られている事件現場に集まる。滅多に起きない事件に興味を示し、一体何が起きたのか知りたくて仕方が無いに違いない。

 知りたいのは通報した本人だって同じなのに。

「君達、自分の教室に戻って担任の指示が来るまで教室に待機!」

 出勤したばかりの教頭が生徒達に呼びかける。

 教頭の指示に従って、生徒は事件現場を通らないように教室に向かっていく。遠回りになるクラスもあるが、今回は仕方が無いと大体の人が割り切っている。

 もうひとつの事件現場・演劇部小道具置き場では、部屋の中で実況検分と同時に通報者・哲明が刑事から事情聴取を行っている。

「孝枝刑事、孝枝刑事!」

 事情聴取中、孝枝という苗字の刑事が一人の警官に呼ばれて聴取は一時中断された。

 警官が連れてきたのは二人の女子生徒、一人は三年生でもう一人は二年生、二人が演劇部の部長・副部長に違いないだろう。

 入ってくるなり、二年生の副部長らしい女子生徒が無残になった一着の衣装を見て突然泣き出した。中世ヨーロッパの女性貴族が来ていたドレスを、現代風にアレンジが施されたピンク系の色で占めた衣装であるが、今は人前で着る事が出来ない程ビリビリに裂かれてあった。原型は皆の理想に眠るお姫様の桃色の衣装だったであろう。

「どうしよう・・・来週の地区大会に着る舞台衣装なのに、去年の先輩たちが私達の為に作って残していった衣装なのに!」

 切り裂かれた衣装にしがみ付いて泣いている生徒の後ろで、部長と思われる女子生徒が慌てふてめき、今起きている現実を否定するように首を横に振る。

「せっかく、せっかく主役の姫様演じること出来たのに・・・・センセ〜! 犯人見つけてよ!! 衣装弁償してよぉぉ〜!!」

「はぁ!?!」

 泣きながら二年生の女子生徒が哲明に言う、哲明は彼女の一言に強い戸惑いを見せた。

「衣装はとにかく・・・犯人発見・逮捕は警察の仕事だからな、警察から仕事奪うのは・・・」

 戸惑いを表に出しつつも女子生徒をなだめる様に言うが、言い出した本人はワーワー泣いているだけで聞いちゃいない。どうしよう、こっちが頭痛くなってきた。

 あまり下手に立ち回れば、自分が犯人扱いされる。疑うなら第一発見者と昔から言われている、犯人と決め付けられたらどんなに身の潔白を証明しても、犯人に仕立てられる不公平な時代真っ只中なのだ。

 まず泣き止ませないと、無実の罪で捕まる・・・!

「分かった! 衣装もどうにかするし、犯人だって見つける!! 絶対に両方を来週までになんとかするから泣くな!!」

 泣いていた副部長らしき女子生徒が、衣装から哲明にしがみ付いて泣き出した。

 また変なところに関わってしまった、また誰も受け持ちたくない面倒事を受け持っちゃったよ。また担当クラスの生徒に迷惑かかってしまうし、奴らのことだから取り返しのつかない事まで発展してしまいそうだ。

 自分の御人好しさにやや嘆きながら、三年生の女子生徒に言う。

「・・・あの、まずどんな演劇をするか教えてくれ」



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