休み時間・補足は必要、蛇足は不必要
四月二十五日。
一人の少女の運命を捻じ曲げた哲明。
今日は放課後に入ってからすぐに校長室に呼ばれた。
とりあえず免職は免れたけど、減給何パーセントだろう、しばらく自宅謹慎かもしれない。・・・などいろいろ考えながら校長室へ入る。机の前に座っている校長と、校長の横に立っている教頭が無言で待ち構えた。
「まあ、座りたまえ」
と相変わらず穏やかな口調の校長だが、内心穏やかではないのは校長室を包む張り詰めた空気が哲明に教える。
「はい!」と返事をして、ギクシャクとした動きで手前のソファーに座る。
校長と教頭の二人と向き合う形で座る哲明、この二人に何言われるのか怖い・・・。
生徒に散々振り回さるだけで、担当しているクラスの生徒の力でなんとか治まった今回の事件。今回のような大事を一人で解決できない自分は教師失格で、「ここにいる必要は無い!」って言われるに違いない。
絆創膏だらけの顔、服の下は包帯と湿布だらけのボロ雑巾教師なんか必要なくなったんだ、ここに来て一ヶ月経過する前に教師生活が終わってしまった。校長室に呼び出された事は終わったと同じだ。
顔に嫌な汗がにじんで、絆創膏がはがれそうだし、貼ってある所がムズムズして気持ち悪かった。
校長は一息ついて一人で勝手に思い込む哲明に、そばに立っている教頭にも語りだした。
「音光寺先生、この学校には風紀委員が無いのはなぜだか知っているかね?」
校長が哲明に質問する。
この質問に答えられるはずも無く、哲明は被害妄想をどんどん膨らませているだけで何もいえない。
校長の質問に答えられなかったら、教師失格宣言だされる・・・などど思っているのでしょう。
「二十年以上も前になるかな? 風紀委員会の生徒が風紀委員って身分を利用して集団いじめを起こした、自分達風紀委員が決めた風紀を乱す生徒を集団暴力を行ったり、金を全部抜き取ったりと・・・彼らは学校の秩序を守っているつもりだったが、それは酷いの一言では済まなかった」
風紀委員は学校の校則と各クラスで決められたルールを守り、違反者を取り締まる大事な役目を担っている。その風紀委員が総出で違反した生徒に圧制を振るい、逆に生徒から恐れられる存在へと変貌した。
自分の処遇ではなくて、学校の隠された過去に触れられると思っていなかったのか、哲明はポカーンと口を半開きにして聞いている。
「生徒の自殺者や不登校が一番目立つなか、彼らの間違った取り締まりを変えようとした人物がいた、風紀委員会を見守る担当の教師だ。しかし同時の理事長・校長は公に出すのが怖くこの件を隠蔽して、彼の味方になる人間は誰もいなかった。一人になっても彼は頑張っていたよ、内部から変えようと・・・現実は酷いものだ。彼の想いは風紀委員会の生徒にはまったく届かず、彼も暴力地獄に突き落とされてしまった」
「・・・その教師は今?」
ここで哲明が口を開いた。
校長は顔を伏せるように俯かせた、校長の目は悲しみに満ちており、時折悔しさすら感じる。
「――死んだよ、この校舎から飛び降りた。彼の死により、風紀委員の実態が学校関係者の意思関係なく公に暴露された。彼らは一同に逮捕されて、教育委員会は風紀委員会を解散させよと指示を出した。間接的だが彼の望みは叶えられた・・・一番避けなくてはいけなかった最悪な結果で」
「校長! 知りませんでしたよ、この学校にそんな忌々しい過去があったなんて・・・!」
一番傍で聞いていた教頭が口を開く。
「この事件と八年前の教室爆破事件は、この学校では語ってはいけない忌々しい過去さ」
「八年前・・・私が来る五年も前も大きな事件が遭ったとは・・・・!」
と、会話する二人。哲明は取り残された気分で座って話を聞いている。
「で、自分になぜその忌々しい話を語ったんですか?」
「・・・君は死んだ彼と同じ事して、彼とは違う結果を残した。君には命立国際学園いじめ対策
委員会の委員になってくれないかね? 学園の教師だけで編成した委員会でね、君の熱意と意気込みを買って頼んでいるのだ、頼めるかね?」
校長が真剣な面持ちで頼んでいる、哲明は彼の面持ちを見るとすぐに応えを返す言葉が思い浮かんだ。
哲明は立ち上がって、返答を待っている校長と教頭に語りだす。
「心遣い有難いです、校長先生。――高く買っているようですが自分の力は無力に近い。この無力はそんな大きな場所で発揮する力ではありません、小さいから発揮するんです。物事が大きくなる前に止めるのが自分の力です、身近な場所で発揮する力故・・・真に残念ですが、委員会に入っても足手まといなだけです」
絆創膏だらけの手を胸に置き、自分の率直な気持ちを言い切ると深く頭を下げた。
「断ると・・・それはそれもでいいだろう。これは強要ではなく、君の意思で入るか・入らないかは決める事、君は自分の意思で入らないといったのだ、これはこれで君にはいい結果かもしれない」
「そうですか? 自分はまだ新米なので、皆様方の足を引っ張るから断っただけであります」
と、哲明は言っているがもう一つ理由がある。
あれは偶々自分の中に相手の過去・現在・未来が見えてしまったから、解決するべき事だと判断して解決の糸口を探していただけ。
生徒の死ぬ瞬間が見えてしまったなどと口が裂けてもいえない、信じてもらえないし、精神病院に送られそうで・・・。
「これ以上の話が無ければ、仕事に戻ります」
「うむ」校長が頷くと、哲明は二人に頭を下げで校長室を出て行き、隣の職員室に入った。
校長と教頭の二人だけの空間、どこか寂しげである。
「・・・八年前の事件の事を知らない、彼の場合は『忘れてしまった』のだな」
校長が不可解な言葉を漏らす、校長の言葉どんな意味だか教頭には量れなかった。
四月二十七日。
昭和の日という祝日一日前。
哲明は今日も何事も無いようにと心の中で祈り、OG組の教室に続く廊下を歩く。
まだ傷が癒えていないのか動きがまだギクシャクしているけど、長いこと苦しめていた痛みは消えて湿布の数が数枚か減ったとか。
傷だらけの教師はいつもの名簿帳と筆記用具を抱えて、右手には筒状に丸められたやや厚みのある大きな紙を持っていた。一見授業に関係なさそうな品であるが・・・。
「学級委員、号令」
教室の扉が開けっ放しだったので空ける手間も省き、教室に入ってすぐに学級委員長に言う。
「起立! 礼! おはようございます!!」
学級委員長の号令に合わせて生徒は立ち、教卓の前に立つ哲明に向かって頭を下げて、学級委員長より少し遅れて「おはようございます!」と声を響かせた。挨拶を済ませて「着席!」の言葉と共に席に座る。
哲明は持っていた荷物を教卓の上に置き、教卓に両手をついてすぐに考え込む。
「先生、その筒なんですか?」
一番前に座っている女子生徒が手を上げて、教卓の上に置いた長い丸めた紙に指を指す。
「出席の前に言わないとな、――大分遅れたが、クラスだけのルールが決まった。昨日徹夜で作ったんだ」
紙が広がらないように張ってあったセロハンテープをそっと剥がして、哲明は生徒に見えやすいように前に出して丸めた紙を広げた。ポスターのように大きな紙に書かれている事を見ようと、席を立って教卓の前に集まる。
最初に見えたのは「OG組 絶対死守」の文字。後から、やっと決まった決まり事が書き綴られていた。
一、自己主張はしっかりと、しかし度が過ぎると立場が危ういと思え。
二、正しいと思った時はその道に進め、一旦進んだ道は引き返すなゴールが見えるまで突き進め。
三、必ず目上の指示に従うこと、自分勝手は身を滅ぼし仲間も滅ぼす。
四、絶対にこちらから仕掛けないこと、出来れば論で解決するように心がけよ。無理なら顔面に一撃。
五、差別は禁止、同じ世界に生きる人間である事を忘れるな。
六、恩を仇で返すな、返されたらこっちも返してやれ。
七、金の貸し借りは禁止、恩の貸し借りは十分に行ってよし。
八、弱い者に手を上げるな、自分の非に手を上げよ。
九、何が何でも人に責任を背負わせるな、傲慢な態度が信頼を失う事を忘れるべからず。
十、支え合え、信じ合え、話し合え、ぶつかり合え。これを忘れるな。
「皆の意見を切って・繋げてを繰り返した結果、紙に書いてある十の項目が出来た。周りと違う生徒しかいないOG組には、相応しいと思う教室内校則だけど・・・?」
「先生・・・こんなに規則守れません」
「全部守る必要は無い・・・一つだけでも守ればいい、それが人間らしいと自分は思うが、おかしいか?」
「別にぃ? 守ってみるだけ守ってみるさ・・・なあお前ら?」
暁の掛け声に、生徒が頷く。
紙を丸めながら哲明は崩れるように供託に寄りかかる、思っていたより生徒は受け入れがいいようだ。
「で、先生」
「なんだ、学級委員」
「それ・・・どこに貼るんですか?」
由香里の一言で、哲明は姿勢と正して丸めた紙を握り締める。
彼は作ったのはいいが、この大きな紙をどこに貼り付けるのか決めるのをすっかり忘れていた。
これから十の絶対死守が書かれた紙をどこに貼るか、生徒と話し合わないといけない。
出席はまだお預けのようだ。
五月五日・こどもの日。
仕事を忘れて休みをエンジョイしていた――もとい、サボっていた教員が高等部職員室へ来たのは午後二時過ぎの事。
恐る恐る入る五人・・・ん、五人?
一番安定感の無い晋助は環境保護都市・中央塔に用事があるらしく、彼だけあの巨大な建造物に残してエーミー達は戻ってきた。
「遅い出勤だねぇ?」
入ってくるなり話しかけてきたのは、今回の件で一番怒りが頂点に達している教頭である。
表情は笑顔なんだけど、そんなに観察力が無い人間でも分かるぐらいの作り笑顔で、額の血管が一部浮かび上がっていた。
――怒っている、完全に教頭怒ってる。作り笑顔が逆に怖い。
「で、君達はどんな事をしたか分かるか?」
声も怖い、教頭の中で夜叉が見え隠れしています。
「仕事ばっかり疲れますし、息抜き感覚で出かけてただけですよん? ゴールデンウィークなのに仕事なんて、きゅーくつで私の本能が拒絶しちゃいました」
哲明が謝ろうと口を開こうとするが、エーミーが崩れてしゃべり方で、ある意味素直に話し出す。
「こっちは休み一日、世の中には休みなしで働く者もいるというのに・・・!」
「教頭もそんな小さなことで怒らない怒らない、貴重な髪の毛無くなっちゃうわよ?」
教頭の怒りが今でも頂点に達しようとしているのに、エーミーは恐れる事なく達者な日本語でズバズバと言っている。恐れを知らないのか、この人は・・・!?
「企画者は彼女で、我々はやや強引に招かれたって事で――無理ですかな?」
次に口開いたのは、多分この学園一マイペース教師・清次郎。
「学園教員古株の発言にしては理不尽では?! 誘いなんて断ればすむ問題でしょう!!」
「誘いを断らせない話術は、私よりカーボナード先生の方が熟練してますし・・・教頭だって何回か彼女の話術にはまって危うく免職されそうになったんですから、お相子でしょう?」
「ぐっ! ぐうううううううう・・・そんな事より、君達が反省するのが先だろう!?」
教頭の額に浮かび上がる血管が増えた。
自分が来る前に、エーミーは一体何をしでかしたのか少し知りたい気もするが、まずは勝手な事をしたのだから教頭に謝るのが先であろう。
「も・・・申し訳ございません!! 自分の非を反省し、仕事に専念します!!」
三人の会話を割って入り、哲明は深く頭を下げた。
「音光寺先生、口で言うのは簡単だよ? 言ったならば、今すぐ実行してくれたまえ? えぇ?」
「キタ、イヤミ」
「今後、残業量増やすぞ? カーボナード先生?」
「いやん、それは勘弁。サボった分今日一日で終わらせます〜」
さすがのエーミーも残業の言葉に何か危機感を感じたのか、口調は相変わらずだが反省の意を教頭に見せる。喋りからしてとても反省しているように見えない。
「なんかグダグダだが、君達も反省しているなら今日一日溜まった仕事が終わるまで帰らないこと・・・以上!!」
ため息交じりであるが、教頭が厳しい口調で前に立つ教員に言う。
一応全員「はい」と返事をしたが、どれも反省しているとは思えない崩れた返事の仕方である。
休み時間・終了。
いじめやゴールデンウィークサボりのその後と、語り忘れていたOG組だけのルールの話を短編にまとめました。
次は演劇部騒動(?)編であります。