十二時間目・土・日・祝日に仕事があるからって、放棄は禁止する
短いゴールデンウィーク編開始・・・。
もう七月だ! 早く一学期追いつかないと・・・。
五月、そろそろ枇杷やさくらんぼがデパートやスーパーに多く並び始める季節である。
八重桜の花は散って、深緑色の葉が生い茂る。柿の花がこれから白くて小さい花びらを開くタイミングを待っていた。燦々と街を照らす太陽、日差しが夏に近づいていく。
寒さなんか無い、薄手の衣装を着込む人がちらほら見かけるようになり、夏が近づいてくる事を知らせてくれる。呉服問屋に並ぶ服も夏物の服ばかり、中には早くも水着や浴衣の販売も始めている場所も、商売は先を読むのがとても早いのです。
ソメイヨシノの葉は萌黄色から深い緑色に変わって、太陽の光を浴びて宝石のように輝いていた。
さて、五月といえば五月病――じゃなくって、ゴールデンウィーク。五月上旬最初の休みは職場と暦次第では五日以上の休みが貰える、夏休み前のちょっと長い休暇期間である。
今年は憲法記念日・みどりの日・こどもの日に土日が入って五日も休みである。振り替え休日が無い? それは祝日が特定の曜日(主として日曜日)と重なった場合、或いは複数の祝日が同日に重なった場合、他の日(主として翌日)を休日として設定する制度が日本にはあるからだ。
今年の暦では祝日が休日と重なっていないので、振り替え休日は残念ながら無い。
話を戻す。会社や学校では十分な休暇であるが、一部の公務員にはゴールデンウィークなど関係なかった。ゴールデンウィーク期間中でも公務員は働かないといけないのだ。期間中に事件・事故が起きたのに警察がいないと話が始まらない。
ゴールデンウィークだから患者が来ないなんてない、火災が起きないとは思えない、祝日でも働かないといけない職業は沢山あるのだ。
だからって一日も休み無いなんてない、ちゃんと交代制だぞ! 誤解しないで。
教師も同じ。祝日でも部活ある、済ませないといけない仕事が残っている。休日出勤なんて当たり前なんですよ。
今日は憲法記念日の日、命立国際学園・高等部の職員室に音光寺 哲明の姿はあった。
*
五月の職員室。
どこも変わっておりませんが、変わったところと言えば飾ってある花がチューリップから芍薬の花に入れ替わったところか?
変化の無い環境の中で、哲明は来週の授業に出すプリントの製作をしていた。縄文から弥生までの問題集だが問題がなかなか決まらない。習った所を適当に問題にしてもつまらないし、生徒のやる気を出させる問題を考えるとこちらが詰まる。
書類作成と問題作成を一緒に見たのが甘かった、パソコンの前で哲明は思うのであった。
気休めに昨日渡されたプリントを眺める、今月の休日出勤表だ。
小等部から大学院部までの教員一人一人の名前が書いてあり、出勤可能の日が丸で囲ってある。哲明はゴールデンウィーク中、憲法記念日の今日・こどもの日・今週末の日曜日が出勤日となっている。
他の人の休日出勤予定を見る、休み一日しか取れない人もいる中で目立つ欄があった。ゴールデンウィークなのに教頭は一日も休日は無い。校長の次に位が高いので休む暇すらないと言うことか? だとしたら皮肉な話である。
休みなしの教頭に少し同情を浮かべ、出勤表を置いて哲明は仕事に戻る。
今日・憲法記念日に出勤している人間は哲明だけではない、今回出勤しているのは・・・。
「GW最初の休みなのに・・・なんで公務員ってこんなの多忙だんだよ!」
缶ビール片手に愚痴る洸。
愚痴も程ほどにと言いたいけど昼間から教師がビールですか、普通なら免職は免れるが厳しい刑罰が科せられてもおかしくないぞ。
ビールを全て飲み干すと自分用のゴミ箱へ投げるように捨てた、ゴミ箱はビール缶で溢れかえっている。アルコール依存症なんでしょうか?
「あ〜き〜ら〜ちゃ〜〜ん・・・昼間からお酒飲むと、体に悪いわよぉ〜」
キーボードの上に頭を置いて、だるそうに言うのは英語教師・エーミー。
早速五月病を発症したらしく、先ほどからぜんぜん仕事していない。する気もないのか、英語の教科書に隠れて旅行パンフレットが何冊も積み重なっている。
「真面目に仕事しろ」
仕事する気配なしのエーミーを向かい側に席を持つ恭一が、けんもほろろに言った。
マウスを操作する右手とは反対に、左手には『狙え億万長者! 宝くじに強くなる本』と表紙に書かれた本を広げて読んでいる。
後ろを振り向いて一部を見ていた哲明は思った。とても失礼かもしれませんが、人のこと言えないのでは?
今回のメンツで仕事を終えられるのか不安だった、この人達の調子だとほとんどの仕事をこっちに押し付けて、皆帰ってしまいそうで。
「キョウイチ〜? 久々に東京特別区へ行きた〜い」
エーミーは重い頭を上げて、本と仕事に夢中の恭一に言う。
「東京・・・特別区?」
普段聞きなれない単語が出て、哲明はコンピューター画面から再び後ろを振り向いた。
「知らないのか? ここの窓からも見えるから見てみろ〜、富士山より驚くぞ?」
と洸に言われたので、哲明は興味半分で席から立ち上がり、息抜き感覚で窓を覆っていたカーテンを開けた。
窓の外に広がるのは普通の校庭、アスファルトで整えられた道の奥に防風林が植えられており、グランドでは陸上部とサッカー部が練習をしており、朝の集会で校長が立つお立ち台には陸上部のマネージャーがストップウォッチで時間を計り、顧問の教師が時間を記入する姿が見えた。
で、東京特別区はどこ?
「あ・・・あのオブジェですか?」
学園の校庭、学園を囲むマンションなどの建物、一番目立ったのは普通の街並みに囲まれている超巨大建造物の姿だ。
雲を超えんとばかりの高さで、中央の位置すると思われる柱はすでに雲より上の世界へ伸びていた。柱はどれもひょうたんを繋げたような変わった形で、焼きあがった棒状の凹凸バウムクーヘンが巨大化した形といえば簡単にイメージできるはず。
円盤状に膨らんだ部分は半分何も覆われておらず、出っ張った部分同士トンネルのような大きな管が通っており、さらに建造物全体を螺旋状の道のような建造物が何本も取り付けられてある。
学校から相当距離があるものの、今でも迫ってきそうな迫力感があり。あれこそ雲をも貫く摩天楼、東京の高層ビルが玩具に見えてしまう。
「オブジェに見えなくないけど、あれでも列記とした一つの都市よ」
あれだけかったるそうに机の上に倒れていたエーミーが、スイッチを切り替えたかのように顔を上げて、窓の前まで歩みながら話し出す。
「今から二百年も前の地球緑化大計画の先駆けにもなった建造物でね、それから六十三年後の西暦二千八十一年に完成した東京環境保護都市、皆から『東京特別区』って呼ばれているの、関東地方だったらどこだってみえるわよぉん」
「じゃあ、人が住んでいるんですか!」
エーミーの問わず語りに、哲明は驚き目の前に見える超巨大建造物に指を指す。
「勿の論よ! 世田谷・練馬・杉並・板橋・北・千代田・武蔵野市に三鷹市が文化財に指定されていない箇所や限られた地域以外はみーんな畑と森よ。東京にあった超高層ビルもあの建物にほぼ吸収されちゃったし〜・・・お陰でニューヨークや北京などにも同じような建造物あるし、温暖化はギリギリセーフで免れた感じ?」
「へぇー・・・」
エーミーの長い説明でオブジェのような建造物が、環境にどれだけ貢献しているのか哲明はわかった気がするけど、ここでも大きな疑問が残ってしまう。
排出するゴミと汚水はどこへ流れていくのやら、地震が起きたら中央から折れて二次災害を招かないか、人が心地良く住める環境になっているのかなど・・・下界と切り離された場所できちんと生活できるのだろうか。
少なくても自分はあんなところへは住みたくないなと思った。
下手に身を乗り出したら落ちそうだし、複雑な構造だから迷ってしまいそう。
あんな所に人が住んでいると考えると少し眉間にしわが寄る、昨日まで超巨大なオブジェだと思っていたのだから。
「あそこから、ここへ登校してくる子っているんですか?」
「少人数だけどいるよ、わざわざ電車乗り継いで朝早くから来ているからご苦労なこったぁ」
洸も窓の前まで歩み寄り、日本の大地から天高く真っ直ぐと伸びる巨大空中都市を見物る。
「ねえ・・・今日仕事ばっくれて、みんなで行かない?」
とエーミーは言う。
仕事机の前で座っていた時よりも目の輝きが増して、子供のような眼差しで職員室にいる教員に向ける。
仕事さぼって今から東京特別区内を遊び歩きたい、エーミーの本音が周りにどう影響出ているかというと。
「いいな、あたしも久々に行きたいと思っていたところさ!」
大賛成の洸、早速行く準備を始めてる。
仕事はどうしたのですか、仕事は! 哲明は心の中でツッコミを入れる。
「仕事が残っているというのに、何を言っているんだお前は。――残りの仕事を明日に回して、今日は早めに終わらせるか?」
本を片手に中途半端な一言を残す恭一。
注意するのか行きたいのかハッキリしてください、またツッコミを入れる哲明。
「音光寺センセは?」
笑顔で聞いてくるエーミー。
「じ、自分ですか! 駄目です駄目です駄目です、今日の仕事を片づけましょう。勝手に仕事中断して帰宅なんかできません、教師が学校抜け出して遊びに行っていると生徒に知られたら生徒がまねします!」
「大丈夫よ、生徒に見られなければ〜。それと行ったことないんでしょ? 今から私達が連れてってあげるわよ〜」
「駄目なものは駄目です。生徒の手本になる教師がそれでは、生徒達の信頼も学校の評判も落ちます」
いくら先輩の誘いでも、これだけは哲明は乗らなかった。
学校の教師として今日出勤している、仕事を途中で投げ出して娯楽に走るなど言語道断である。もしこれが教育委員会の耳に入ったら、厳重処分は確実にある。
「真面目く〜ん」
哲明のあまりの真面目っぷりにエーミーは口先尖らせて言う。
彼女からみたら、哲明は年上だけど年と釣り合わない若々しい顔立ちの真面目で堅物にしか見えなかった。
誘いに全く乗らない哲明に不満を感じながらも、エーミーも学校へ出る支度にとりかかるげど職員室の扉が開く音にびっくりして、「ひゃあ!」と声を上げた。
「なにが『ひゃあ!』だ」
職員室に戻ってきたのはジャージ姿が様になってい北村 重次郎である。
部活の休憩時間中に溜まっている仕事を減らそうと、職員室へ入って来たのです。一部だけエーミーの会話は聞いていたのか、重次郎は机の上に部員の名と陸上記録が書かれてあるファイルを置くと深く溜息を吐いた。
目の前で学校を出る準備していたエーミーと、既に学校を出る気満々の洸を見て、重次郎はさらに深く溜息を吐いた。
「お前たち、生徒達にその姿見られてみろ・・・真似するぞ」
「まっ! 音光寺センセと同じこと言うのね」
言い方は違うが数十秒前に哲明が言った発言の内容が同じに、エーミーは口元を軽く手で隠しながら言う。
重次郎は苦笑いを浮かべ、三回目の大きなため息。
「定時6時までちゃんと仕事しろ、お前達。それと音光寺先生・・・いつまで立っているんだ? そこに」
「あ! いっ、今戻ります」
ずーっと外の摩訶不思議な風景に見とれて、仕事を放置していた。哲明は顔から火が出る思いでそそくさと自分の席に戻る。
コンピューターはスタンバイモードに切り替わっており、長い時間話しをしていたんだと真っ暗な画面にうっすら映る顔を見つめ、感じてしまった。
お喋りで使ってしまった時間を取り戻すべく、スタンバイモードから通常へ切り換えて、それから誰とも会話することなく仕事に悪戦苦闘しながらも続けていた。
「そーいえば、今日白河先生も来ているはずよね? なんで職員室にいないの?」
哲明と同じく、席に座って仕事を再開させたエーミーが不思議そうに言う。
「そうだな、今朝玄関前で会ったっきり見てないな」
重次郎も言う。
哲明も出勤から今の時間まで新しく刻まれた記憶を辿ってみる。
そういえば、朝職員室に入ると書類整頓している白河晋助に、「おはようございます」と話しかけた記憶しかない、オブジェのような建造物の会話で席に立ち上がるまで、彼の存在が職員室からいなくなっているのに気付かなかった。
学園の外に出たのなら、どこへ行ったのだろう。
「どーせ学会に呼び出されているんだろ?」
「が・・・学会ぃぃぃ?!」
洸が何気なくごくごく当たり前のように言うが、哲明は驚いて洸の席へ顔を向けた。
「そ、国際総合科学会。世界的有名で天才科学者って謳われている奴が何で普通の学校の教師なんだろうなぁ? 大学の名誉教授のほうが奴らしいんだよなぁ・・・」
頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに深く寄り掛かりながら言う。
「曰くつきの最年少総合科学者、国際総合科学会に三年前ぐらいに突如現れて、短期間で様々な分野の博士号を取得した、まさしく麒麟児。その代わり、性格が災いして一部の人間から反感抱かれている」
恭一がコーヒーを口に含みながら語りだす。
酒屋でギネスブックに載るではないのかと思わせるほどの酒豪男が、世界的有名な天才科学者? 小説とかアニメとかである設定が、こんな身近な人間の中にいたのか。
あいた口がふさがらない、金魚のようにパクパク動かす。
「奴が学園高等部にやってきたのは去年の十月だったなぁ、異例だったよ。学校の目の前にあんな建造物がそびえ立っている並みの。・・・なぜ彼を教師として迎え入れたのかわからん、理事長も校長も何も語らない、市の教育委員会からも何も聞かされてない」
当時を振り返りながら重次郎は語った。
不思議な人物だなと思いながらも、哲明は窓に映る不思議な風景にもう一度目を通す。
雲をも貫く巨大な建造物。
あの建造物は白河晋助なら、音光寺哲明と言う存在はすっごくちっぽけなごく普通に生えている雑草にしか見えないに違いない。上には上がいるんだなと思いながら、哲明はカタカタとキーボートを打ち込む。
すぐに後悔の念がにじみ出た。
例えるんじゃなかったと後悔して、入力する指が止まってしまう。パソコンの前でうつ伏せになり、ため息しか出て来なかった。
考えると自分が惨めで惨めで仕方が無い、一回考え出すともう止まらない。マイナスな思考がどんどん強くなっていく、仕事なんてもう無理だ・・・。
「自虐するタイプ?」
急に気分がブルーの哲明を見てエーミーは言う。
「聞くな、拍車がかかるだけだ」
読み終えた本を書類の横に置き、恭一はこった肩を解しながら言った。
口から魂が半分抜けかけている哲明を、ため息吐きながら重次郎が軽く背中を叩いて、仕事への意力を取り戻させる。
「もっとしっかりしてくれ、ただでさえ五月病を理由に早退する教師が多いのに」
と、言った。
「気分転換に外に出ましょうよ〜」
「お前はちゃんと仕事しろ! お前は学生か!?」
仕事への意力がいまいち湧かないエーミーに、重次郎が呆れ顔で叱る。
「私、永遠の十八歳〜・・・なんちて」
子供のように軽くふざけるエーミーに堅い拳が当たった、哲明が身を起こすほどの鈍い音。
痛そうに頭を押さえるエーミーの横に、拳に吐息をかけている恭一が立っていた。表には出てないけど、怒りのオーラが炎のように出ている。
「いったーい、今日はいつもよりいったーい」頭を押さえながら言うエーミー。
「いつも同じ事言っているな・・・もう一回か?」
拳を固めてエーミーの頭上に持っていく恭一。
「もう一撃は勘弁!」
ゲンコツが効いたのか、ストップのポーズをとるエーミー。「それでいい」と言って、恭一は拳を下ろして自分の席に戻る。
「空腹で集中力が欠けていると思われます、昼食どうしますか?」
「うむ・・・そういえば今の流れで昼食を忘れていたな」
恭一に言われるまで昼食のことをすっかり忘れていた、先ほどから腹の虫が鳴きっ放しだ。
「自分が何か買ってきましょうか?」
「いや、出前を取るから待ってろ」
立ち上がろうとした哲明を止めて、重次郎が電話の受話器を持って電話番号を入れる。重次郎がどこかで出前の注文をとっている間、哲明は窓の外を眺めている。
自分の席から見ると建造物は下の部分しか見えない、下の部分しか見ていないと建造物が歪に見えてしまう。
何人の人間が建設に係わり、どれぐらいのお金が目の前の摩天楼に注がれたのか、何万人の人間があの中で生活しているのやら・・・考えるときりが無い。仕事中に何を考えているんだと思いながら。
晋助は未だ職員室に戻ってこない、エーミーは黙って仕事しているが、洸はいつの間にか新しいビール缶開けて飲んでいるし、恭一は新しい本を開いて読んでいる・・・今日一日グダグダで終わってしまいそう。
教師になって本当に良かったのか激しく後悔している、あれ? 今日一日後悔の二文字しか自分の中に出てこないぞ。
今日の仕事を終えて明日はゆっくり休もう。
後悔だらけの自分に言って、哲明は日本史の問題を製作・編集する。