11 「楽園追放」
「ハァ……ハァ……! 」
橋が崩れ落ち、12月の凍てつくように冷たい川に落下してしまったダフィー。パニックに陥りながらも、自分と同じように川に飛び込んでしまったメグを抱き寄せて救出していた。
「メグ! メグ!! 」
ダフィー達を飲み込んだ川の水深は深く、絶えず泳ぎ続けなければたちまち溺れてしまう。
「メグ! 大丈夫か!? メグ!! 」
メグは落下した際に、崩れ落ちた橋の破片で頭部を強打していたらしい、そのまま気を失ってしまっていて今にも川に流されそうになっていた。
「くそっ! くそっ!! 」
ダフィーは持てる力全てを絞り出し、メグを抱きながら泳ぎ続ける。そしてどうにか岸までたどり着き、メグを引き上げて陸地に帰還することが出来た。
「ハァ……ハァ……」
ケイトさんは無事だっただろうか? 二度も窮地を救ってくれた恩人、ジーツさんはどうなったんだろう?
気がかりな事は山ほどあったダフィーだが、今彼が出来ることはメグを助けること、それだけで精一杯だった。
「メグ……! 目を覚ましてくれ! メグ! 」
冷たい水にさらされ、顔は真っ青と言える程に血の気がなく、どうにか呼吸だけ続けているというような有様だった。
ダフィーもメグを抱きながら泳いだことで体力も限界。加えて先の戦闘で負った頭部の傷がまた大きく開いてしまい、おびただしく流血している。
視界もどんどんぼやけ初め、彼の脳内には今まで押さえ込んでいた絶望の一文字……「死」がハッキリと形を帯びて浮かび上がる。
ぼくは……死ぬのか? このまま……
せめて……せめてメグだけは……
「女神様……メグジェシカ様……どうか、どうか彼女を救ってあげてください……」
掠れる声で呟かれたその言葉は、夜が明けはじめてうっすらと明るみを帯びた川の音にかし消され。ただの空気の振動として役目を終えた。
ダフィーの意識もゆっくり、ゆっくりと川の流れの中に同化していく。もはやこれまで……彼は全てをあきらめようとしていた。
「【機神象】を盗みだし、こんな所にまで逃走するとはね」
ダフィーでもない、メグでもない。ジーツでもケイトでもない。突如現れた何者かの声。それは止まりかけたダフィーの思考を再び再起動させ、彼の視界を再び鮮明によみがえらせた。
「ま、まさか……あなたは……! 」
「やぁ、ダフィー君。一日ぶりかな? 」
その声の主は、ほかならぬジョン・ブラックマン神父。【楽園】の管理人であり、かつて[コブラ]として人類の天敵を演じた男。
彼は【楽園】で【上の力】の人間を一掃した後、ダフィーと同じく“翼”をつけた【機神象】に乗り、GPSの位置情報を頼りに彼らを追跡していた。
「すごい傷じゃないか、大変な目に遭ったようだな」
彼は、アスファルトの地面に横たわっているダフィーをしばらく見下ろし、そしてゆっくりと倒れたメグの元へと歩み寄った。
「神父様……メグを……メグを助けてあげてください……彼女を連れ出しておいて、こんな目に遭わせてしまったことを謝罪します。どうか、お願いです……! 」
自分自身も危機的状況だったが、ダフィーはメグの救済を懇願する。ブラックマン神父はその言葉には答えず。無言でひざまずいてメグの体を抱き寄せた。
「【機神象】を盗み出したこと、私のメグを連れ出して逃走を図ったこと、それらのことに対しては私は何も言わないよ。いずれこうなるとは思っていた」
「……それは、どういう意味で? 」
「このメグ……いや、メグジェシカは【楽園】にて受肉を果たして“三人目”のメグジェシカだ。最初の一人は心を壊して自殺してしまい、次の二人目は一年前の【上の力】の襲撃によって命を落としてしまった……」
「………………そんな…………」
事務的に、冷淡に語られたその真実は、ダフィーにとって衝撃的で信じがたいモノではあったが、同時に「やっぱりか……」と納得もしていた。
メグを含め、自分達は元々二次元世界で生活を送っていたデータに過ぎない。記憶のバックアップと、それを受け入れる肉体さえあれば何度でも復活出来る。
【楽園】の人々は、ブラックマン神父によって養殖された魂が生活を送る、ジオラマのようなモノだった。人形が壊れたのならば、新しく作り直せばいい……それが平然とまかり通る世界が【楽園】なのだった。
「最初のメグは優しすぎた……二人目のメグは鈍重すぎた……だから、今回のメグは実験的に“アリー・ムーン”の記憶を隠し味程度に加えてみたのだが……その要素はあまりにも強すぎたようだ。ネバダ州から日本まで8700kmも逃走するほどだからな」
そういってブラックマン神父はおもむろに右手の黒手袋を外す。そこから現れたのは機会仕掛けの真っ黒な義手だった。
それこそ神父がかつて[コブラ]だったことの証明。彼はその右手の人差し指を突き出してピストルのような形を作り、標準をメグの額に向けた。
「何を……するんです……? 」
「回収さ。メグジェシカ3号が君と一緒に得た、経験と知識のね……」
その直後、真っ黒な芋虫のような物体が勢いよくメグの額を突き破ったかと思うと、そのまま神父の突き出した指先の穴にウネウネと収納されてしまった。
「メグ!? メグゥゥゥゥーーーー!!!! 」
神父がメグの額から回収した芋虫状の機械は、他でもない[リモートコントロールワーム]だ。記憶と身体の機能を司るそれを失ったメグは、そのまま呼吸を止めて静かな眠りについてしまった。
「案ずるなダフィー君。メグはこれからもまた新しく生まれ変わる……無論それは君自身も同じ事。なぁに、記憶は少しいじらせてもらうが、またすぐに【楽園】に復活出来るようにしてあげるよ」
ブラックマン神父は無機質な表情でそう言うと、メグの時と同じく機械の指先をダフィーの額に向けた。今の彼は車検の切れた車を新車に買い換えるように、魂の転生を自由にコントロール出来る程の力と技術を持ち合わせている。
「神父……」
このまま自分の脳内にある[リモートコントロールワーム]を回収され、再び肉体を得て新たなダフィーとして蘇ったとしても、これまでのメグやケイトと過ごした時間は消されてしまうのだろう。
そうして生まれた新たなダフィーは、果たして自分自身と同じと言えるのだろうか?
ダフィーの中で答えの出ない疑問が渦巻くも、それにあらがうだけの体力も気力も残されていない。
どうにも出来ないやるせなさの中だったが、彼は無意識に口を開き、気が付いたら一つの質問を神父に投げかけた。
「し……神父様……ぼくの魂は……二次元世界の頃……【楽園】の頃……どっちが……どっちが本物だったんでしょうか……? 」
その質問にブラックマン神父はすぐには答えず、しばらくの静寂の間が過ぎた。
そして朝日が顔を出し、ダフィーの顔半分が光に照らされた時……神父は口をゆっくりと開いてそれに答えた。
「どっちも本物だよ。その時に感じた喜びや悲しみ、怒りに次元の差なんてない。どちらも本物の魂だ」
その言葉を聞いたダフィーは、我が子の寝顔を見守る母親のような安堵の笑顔を浮かべ……
「ありがとうございます……神父様……」
そう一言呟いた直後、ブラックマン神父は何の迷いもなく彼の[リモートコントロールワーム]を回収した。
ダフィーはそのままピクリとも動かなくなり、川の流れる音がこの空気を支配していた。
「さて、用は片づいた。うかうかしていたら【アースバウンド】の連中とはち合わせてしまう」
神父はそういってメグとダフィーの肉体を抱え、離れた場所に待機させておいた【機神象】へと向かう。
「ダフィー君、君にはスグに【楽園】に転生できる。と言ったが、スマンがそれは嘘だ。アリー・ムーンの素となった魂と接点があった君は危険過ぎるのだ。残念だが、もう君達を“こちらの世界”に呼ぶことは二度とない……」
【機神象】を操作し、魂の抜け殻となった二人をコックピットの後部へと座らせた。
「君たちは二度と【楽園】には戻らない。永遠にだ」
グリップレバーを握り、【機神象】を起動。
翼を得た白く輝く象は、朝日を背に空高く舞い上がる。
楽園を追放された少年と少女の魂を乗せて、天高く……輝きながら……




