4 「ダフィとメグジェシカ」
「こりゃえらいこっちゃ! えらいこっちゃああ! 」
自身に降りかかった突然の出来事を脳内で処理しきれず、パニックを起こしてうろたえるケイト・T・ヴァンデ。
目の前で繰り広げられた“黒いBME”と“白いBME”の激突。
そしてその内一体をいともたやすく機能停止させた少年“ジーツ”が、目の前で倒れて気を失っている。
「[コブラ]を倒したって言われてる英雄的な人が、どうしてこんな所で!? どうしよう? 大丈夫かな? ……息はあるけどどうしよう! なんかしといた方がいいのかな!? 心臓マッサージとか、あと……マウス・トゥー・マウス的なヤツ……とか!? 」
ケイトは少しの間逡巡した後、ジーツに覆いかぶさるように跨ってお互いの顔を近づけた。
ジーツの肌は月明りだけが照らす夜の世界でもハッキリとその存在が視認できるほどに白かったが、ところどころに付けられた生傷の数々が、彼が決して平坦な道を歩んで来たのではないことを表していた。
確か……[コブラ]を倒した直後にどこかに失踪しちゃったんだよね……クジャク部隊の人達がその行方を捜したけど、一向に見つからなかった。ってパパが言ってたっけな。
誰もが血眼になって探し求めていた男が、今目の前にいる……そして不思議な力で強大な敵を倒し、結果的にケイトを助けた恩人が、力なく倒れている。
「歳は……私と同じくらいかな? よく見るとけっこう可愛い顔してる、タイプかも……ってダメダメ! 今はそんなコト考えている場合じゃないでしょ! 早くマウス・トゥー・マウスよ! 私の息でこの人の息を吹き返すの! ああ……でもダメ! 私の初キスは、“あの人”の為にとっておきたいし、手の届かない場所にいるけど、決して不可能ではないよ! あわよくば! あわよくば! 」
「あの……」
突如何者かの声が乱入し、思考が暴走しかけたケイトの独り言は強制的に中断された。
「ひえっ!? 何!? 」
彼女が素早くその声の方へと振り返ると、そこにはまだ乳歯が残っているほどに幼い雰囲気の少年と、その後ろに隠れるようにしてケイトを凝視する少女の姿があった。
少年は日焼けした肌に黒髪をなびかせ、衣服は古代ギリシャの服装を彷彿させる麻布のローブを着込み、少女の方は光沢ある素材の真っ白なドレスといった出で立ち。ジーツと同じく真っ白な肌に黄金に輝くのウェーブの掛かった髪には格調高いデザインのティアラが付けられていた。
ケイトは彼らを見て「古代の女神と、その従者みたいだ」と心の中で呟いた。
「ええ? あ、あれ? 誰? どこから来たの? 」
ひっくり返りそうになる呂律を何とか回して、ケイトは二人に質問する。両目も回遊魚の如く泳ぎ回っているが、謎の少年と少女はそんな彼女を一切笑うコトなく返事をする。
「ぼくはダフィ・ノーツ。後ろにいるのは……」
ダフィと名乗る少年は無言で背後にいる少女に視線を送る。少女は察して小さな口をゆっくりと開き……
「メグ……メグジェシカ」
と答えた。
「ダフィ……くんに、メグちゃん。だね? あ、私はケイト・T・ヴァンデ。ケイトって呼んで」
二人の名前を知り、素性を少し知れたことでケイトはほんの少し焦る気持ちが和らいだ。ぎこちないながらも二人に笑顔を作って見せたが、そんな彼女の態度を不思議がる表情でダフィは目を見開いた。
「君たち、一体どうしてこんな所にいるの? お母さんとお父さんは? あっ! ……それより痛いところはない? さっきここでおっかないロボットが暴れ回ってたんだよ? 怪我はしてない? 大丈夫? 」
質問に一向に返答しないダフィとメグ。彼らはまるで道端で得体の知れない生物の死骸を見つけたかのような目でケイトの様子を伺っていた。
「あ……あのぉ……お姉ちゃんの言ってること、わかるかなぁ? 何か喋ってくれると私嬉しいんだけど……」
狼狽するケイトをよそに、ダフィとメグはお互いに目を合わせて何か小言を交わし始めた。そして意を決したかのようにダフィは重い口を開く。
「メグジェシカと聞いて……何も驚かないんですか? 」
「はい? いや……特には……でも可愛い名前だよね」
ケイトは思った通りの感想を正直に答えた。するとダフィとメグは再び視線を交わし大きくため息をつく。そして何か安心しきった表情で笑顔を作った。
迷子になった子供がようやく母親と再会した時のように、どこか堅かった雰囲気も一気に年相応のモノに変化した。そんな二人を見て、ケイトも釣られて笑顔を作る。
「よかった……ここには教会の手が及んでないみたいだ」
ダフィは心の底から安心しきった口調でそう漏らした。
「教会……? 」
「はい。ぼく達はある宗派の信者だったんですが、ワケあってそこから逃げることになりました……」
ワケあって。その言葉にケイトは「はは~ん」と心の言葉でつぶやいた。若い男と女が二人っきりで逃走するとなったら、彼女の中では“これしかない”と心の中で決まっていた。
「なるほどね、ダフィくん、メグちゃん。みなまで言わなくとも大丈夫だよ。お姉ちゃん分かっちゃったんだから」
「は、はぁ……? 」
下世話なニュアンスを含んだケイトの喋りに警戒の表情を作るダフィ。眉をひそめて「何を言っているんだこの人は」と心の中で呟いたが、それに対してメグの方はどことなく照れくさそうに視線を伏せてしまった。
「とにかく話を聞かせてもらおうじゃないか。ささっ! こんなところで立ち話もなんだから、ちょっとそこの建物の中で茶でもしばきつつトークしましょう。グフフッ! 」
そう言ってやや不気味な笑顔を作るケイト。変な人を捕まえてしまったかも……と若干の不安を抱えつつも、ダフィとメグは彼女の提案に乗ることにした。
「それにしても……ケイト……さん? いいんですか? 」
「なぁに? メグちゃん、いいに決まってるじゃないの。私のことはもっと気軽にケイトって呼び捨ててもかまわないからね、なんなら“お姉ちゃん”って呼んでくれてもかまわないぞよ」
「いや、あの……違うんです……さっきからその……あなたが跨がってるその人、大丈夫なんですか? 」
「ん、跨がって……ああっ!! 」
ケイトはメグの指摘でようやく思い出したようだった。
「しまったァァァァーーーーッ! 人工呼吸!! 」
彼女が【アースバウンド】の英雄を尻に敷いていたことに。
「ふぃー、よいしょ……とりあえずこれで大丈夫かな? 」
ケイトはダフィ&メグの力を借り、ジーツの身体をホームセンターの中へと運び込んだ。先ほどのBMEの件を踏まえ、安全を考慮して2階まで運ばなかればならなかったので、階段を登る際には「文系にはキツいよ、文系にはキツいよ」とケイトは何度も漏らしながらジーツの身体を持ち上げた。
「ケイトは身体は大きいのに力はないんだね……」
ケイトの身長は175cmはあった。女性としてはかなり高身長の類だ。しかし元来ペンよりも重いものはほとんど持ったことのない程のインドア派である彼女には、その体躯に見合うだけの筋力を持ち合わせていなかった。
「よ、よけいなお世話よ! 身長はあるけど筋肉は激雑魚なの! メグちゃん、あんたけっこうハッキリ言う子なのね」
そんなやりとりを交わしながら、ようやくジーツを2階まで運び終えたケイト達。店内にはキャンプ用品売場に放置されていた寝袋やテントといった類が揃っており、彼女達はそれらを拝借して寝床を作り、眠ったままのジーツを横たわらせた。
「とりあえずその人……ジーツさん……でしたっけ? 見たところただ眠っているだけみたいなんで、こうやって休ませておけばそのうち起きるんじゃないかと思います」
「そう言われてホッとしたよ……お姉ちゃん、ジーツ君が死んじゃったんじゃないか? ってハラハラしてたから」
自分よりも一回り年下の少年の言葉でフォローされるケイトを見て、メグは不安が抑えきれなかったようだ、彼女の長身を見上げるように……
「ケイトって……いくつなの? 」
と、デリケートな質問を迷いなくケイトにぶつけた。
「う……」
ケイトは数秒の間沈黙を作った後、「にじゅ……17歳だよ……キミたちとそんなに変ワラナイよ」と歯切れ悪く答えた。
「ちなみに私とダフィは同い年の12歳だよ。ケイトは5歳も上のお姉さんなんだね」
「ウン……そうダネ……」
ケイトのぶっきらぼうな呟きを最後に、それっきり会話が続かなくなってしまって気まずい空気に包まれてしまった一同。
「と、とりあえず座りましょう! みんな疲れているだろうし」とダフィは必要以上に声を張り上げて全員を着席させた。
ケイトが持参していたLEDランタンを中心に、おのおの寝袋やクーラーボックスを椅子代わりにして輪を作った。屋内ではあるが、ちょっとしたキャンプ気分だ。
「この人がぼく達を助けてくれなければ、今頃はこんな風に光を囲って話をしていなかったでしょう……命の恩人です」
ランタンの光によって照らされたダフィは、寝袋の中に寝かせたジーツの寝顔を見ながらそういった。メグも心配そうな顔つきで彼を見守る。
「さっきのBMEを止めたんだよね。パパが言ってたよ、この人には機械を止める不思議な力を持ってるんだって。でも黒い方はともかく、白い方はどうなったんだろ? 一人でに倒れちゃったんだよね」
「ケイトさん。BMEって、もしかして【機神象】のことですか? 」
「きしんぞう? ダフィくん達はあの象さんロボットのことをそう呼んでるの? 」
その言葉を聞いたダフィは立ち上がり、割れてしまってただの四角い穴と化した窓に近づいてケイトを手招きした。
「あれを見てください。白い方の【機神象】です」
「あー、よく見えるよ。今は尻餅ついて座ってるみたいだけど……安心は出来ないね。ジーツくんの不思議なパワーを食らってないようだし、またさっきみたいに暴れ回っちゃうかも……」
「それはありえません」
ダフィはしっかりと断言した。
「どうしてそんなコト言い切れるの? あのロボットはね、一機で【アースバウンド】っていうメチャクチャでかい船を沈めるほどのパワーがあるんだよ? ホントヤバいヤツなんだから」
そんな危険物が近くにいるのにも関わらず、逃げようともせずにこの場にとどまろうとしたケイトの矛盾思考にはこの再触れず、ダフィは彼女に説明を続ける。
「白い方【機神象】は、ぼくが乗って操縦していたからです。あれは自律行動するロボットではなく、女神であるメグジェシカ様を守る為に作られた『鎧』といえる存在なんです」
ダフィの説明に対し「へぇ~、そうなんだ……そういうタイプのBMEもあるんだねぇ~」と素直に感心した返事をするが、数秒経った後に彼の言葉に聞き捨てならないワードが仕込まれていたことにようやく気がついた。
「え? 女神?……メグジェシカって……」
ケイトは後ろを振り向いてランタンに照らされた少女を改めて見返した。ティアラがLEDの光を乱反射させてキラキラと輝いている。じっくり視界に入れると彼の言う『女神様』が比喩表現ではないと信じ込ませてしまうオーラがそこにはあった。
「嘘! それじゃあキミ達……」
「そうですケイトさん……ぼくはメグジェシカ教の現人神様を誘拐し、【機神象】に乗ってこの地まで逃走してきたんです」




