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ゲノム・グレムリン  作者: 大塚めいと
第5章 狂気編
43/89

5-5 「ブルー」

『窮地にこそ、その人間の本性が現れる』

5‐5 「ブルー」





 10年前。





 【アースバウンド1号鑑】が【カーネル】の砲撃によって崩壊寸前になった頃……当時のビル・ブラッドは妻の[ブルー・ブラッド]を連れてこの地獄絵図から逃れるべく緊急脱出ポッドへと必死の逃走を図っていた。





「ビル! もういい! 私を置いてあなただけで逃げて! 」





「諦めるな! 大丈夫だ! 絶対間にあう! 」





 ブルーは過去に負った怪我の影響で、両足を自由に動かすことが出来なかった。





 普段は性能のいい電動車椅子のおかげでなに不自由無く生活を送ることが出来ていたが、金属の地面が隆起し、瓦礫が散乱するこの状況では車椅子は役に立たず、ビルはブルーを背負いながら避難せざるを得なかった。





「ブルー! 俺は軍人だ、君くらいの重さはワケないさ」





「でも……でもあなた……足が……」





 ビルは片足に大怪我を負っていた。それは鉄骨の下敷きになりかけたブルーを庇った際に負ったモノだった。





 倒れ込んだ鉄骨に押しつぶされた右のふくらはぎは2倍とも言えるくらいに腫れ上がっていて、骨を折っている事は明らかだった。





「ごめん……私のせいで……」





「大丈夫だ! これくらいどうってことない! もうすぐだ……もうすぐ着く! 」





 緊急脱出ポッドがある場所まではそう遠く無かった。このまま行けば何とか【アースバウンド】が沈没する前にそこまでたどり着けるハズだった。しかし……





「くそっ! 」





 それは非情だった。





 脱出ポッドのあるエリアまでを繋ぐ唯一の鋼鉄製の桟橋が、天井から降り注ぐ瓦礫によって破壊され、その下には流れ込んできた海水が氾濫していた。





 落ちたら濁流に飲まれ、一巻の終わりであることは一目で明らかだった。





『でも……待てよ……』





 ビルは思案した。





『この距離なら……』





 彼は壊れた桟橋の向こう側までの距離を目測し、これくらいならたとえ片足が不自由でもジャンプで飛び越えられるのでは? と考えた。





 しかし……





『駄目だ! ブルーを背負いながらでは無理だ! 』





 その案はあくまでも「ビルが一人で行うなら」を前提としている。





「ブルー、ちょっと待っててくれ! 」





 ビルはブルーをそっと地面に下ろし、上着を脱ぎ捨てた。





「どうしたの? 」





「すまん、橋の向こう側までを架けられる物を探してくる! 」





「無茶よ! もう時間がない! 」





「それでもするんだ! 」





 ビルはブルーを残し、何か架け橋になるような板かハシゴのような物はないかとその場から離れようとした。





『すぐに見つかる! 絶対ある! 』





 しかし、ビルが彼女に背を向けたほんの数秒後、彼は一瞬でも彼女から目を離した自分を呪った。










「ビル! ごめんね! 」










 ブルーのかすれるような言葉を追うように、破裂音が一発鳴り響いた。





『まさか……』





 海水が氾濫する音。どこかで起きた爆発の音。鑑全体が軋む金属の音。様々な音の洪水の中をくぐり抜けるように放たれた軽やかな音。





『嘘だ! 』





 その音は、無情なほどにあっけなく、そして滑稽にすら感じられた。





『なんで! なんでだ! なんで待ってくれなかった! 』





 ビルは大急ぎで彼女の元へと駆け寄るも、既に状況は手遅れになっていた。





「ブルー……」





 何で俺はブルーを置き去りにした? 





 何で俺はブルーの側に拳銃のしまわれた上着を置いていった? 





 そして何で……









「うわあああああああーっ! 」









 ブルーはビルの上着から拳銃を抜き取り、それをこめかみに当てて引き金を引いていた。





 弾丸は頭蓋骨を突き破り、彼女の脳をグシャグシャにミキサーした。





 即死だ。





 光沢のある彼女の美しい黒髪は、ドス黒く赤い血液にまみれ、ほんの数秒前まで喋ったり笑ったりすることが出来た「人間」だったということを忘れさせるほどに、その肉体からは魂を感じられなかった。





 ブルーは悟っていた。自分が一緒では、愛する夫もろとも助かることは出来ないと。

 そしてブルーは実行した。自ら命を絶ち、夫だけが助かる方法を選択して。









 ■ ■ ■ ■ ■








 己の過去を語り終えたビル。リフ・ムーンはただ黙ってその凄惨な話に聞き入っていた。





 彼の亡き愛妻への想い、そして悔しさが痛いほどに伝わり、気が付けばリフは目頭を熱くさせて同情の念を抱き始めていた。





「あなたが大変な思いをしてきたことは十分わかりました……でも……」





 リフの疑問はまだ解決していない。





「なぜ【アースバウンド】を浮上させようとしているのか? その理由がわかりませんよ」




 ビルは少しだけためらった後、リフに背を向け、2万人以上の人々を犠牲にする理由を答える。





「ブルーに会うためだ」





「……ブルー……え? 」





「2週間前の地上遠征……

僕は一緒にいたニールと離ればなれになり、孤立した。

その時、[アイツ」が僕の目の前に現れて約束してくれたんだ。

【アースバウンド】を浮上させれば、[二次元世界]でブルーと一緒に生活させてやる。と」





 リフはビルの告白に、生まれて初めて冷や汗というものを味わった。





「……嘘でしょ? [アイツ]って……まさか? 」









「【コブラ】さ」









 胸の奥底から沸き上がるマグマのような熱を感じ、リフは彼に対してほんの少しでも同情の念を抱いた自分を恥じた。





「あなたバカなんですか! 

そもそもブルーさんは【コブラ】のせいで命を落としてるんですよ! 

それに……その時【コブラ】はあなたの仲間を何人も殺していて……

そんな奴の約束を信じているなんて……

バカじゃないですか! 頭がおかしいですよ! 」





「そうさ! 」





 近くにあった椅子を蹴り飛ばし、ビルは再びリフと対峙した。





「自分がどれだけバカげたことをしてるのかは分かってる……

でもな! 僕にとってブルーはそれだけ大事なんだ! 全てなんだ! 

狂ってしまうほどに……愛していた! 

その為にはどんな犠牲だっていとわない! 」





「こんなことをしてブルーさんが……喜ぶと思ってるんですか? 」





「僕が話しているのはそんな宗教じみた精神論ではない! 

自分にとって大事なのは、確実に……ブルーに会えるという結果が欲しいだけ! 」





 涙を流しながらブルーへの異常なほどに膨れ上がった愛をぶちまけ、ビルはもう一度銃口をリフに突きつけた。





「無駄な話をしたな……すぐに君ともおわかれだ」





 死の宣告をされるも、リフは先ほどとはうってかわって毅然とした表情でビルを睨みつける。





「わかりました。でも、最後にいくつか質問させてください」





 10歳の少女とは思えない態度に、ビルは少し圧倒されかける。





「……わかった」





「一つ目、わたしが起きる直前に聞いた話。病院であなたが護衛隊を殺したことは本当なんですね? 」





「ああ、僕が殺った」





「二つ目、先週【バラスト層】に現れたBMEもあなたの仕業なんですか? 」





「あれは偶然だ。

誤って海に落ちたBMEをバラスト水を交換する際にたまたま一緒に取り込んでしまった。

本当なら僕はその時にメインタンクブローを提案して鑑を浮上させようと思ったが、上手くいかなかった」





「なるほど……では三つ目、なぜわたしを誘拐したんですか? 」





「正直誰でもよかった。でも、君なら顔見知りだし誘拐しやすいと思った。おまけにドクター・オーヤの孫だというネームバリューがある」





「そうですか……それじゃ最後に一つだけ……」





 予想以上のリフのしつこい質問攻めに、ビルはこれ以上は付き合いきれないとばかりに、引き金に指をかけ始めた。





「あなたが殺したギャビン艦長……最後に素敵な置きみやげをしていたことに気が付いてないんですか? 」





 少女の言葉にビルの瞳孔は大きく開き、瞬時にギャビン艦長の方へと視線を向ける。





「なんだ? 何のコトだ」





 ビルにはその置きみやげの正体が分からなかった。





「教えてあげます。艦長の側にある緊急連絡用のマイク……ONになっているんですよ」





「まさか……」





「そのまさか、ですよ。あなたとわたしの会話は、【アースバウンド】中に響き渡っていたんです」





「……なんだと……? 」





 ビルは一瞬だけ動揺を表に出すが……





「はは」





 スグに冷静さを取り戻した。





「それがどうした? 

もうすぐ鑑は海面に顔を出すまでに浮上している、僕のことが知れ渡ったことでもう何にも関係ない。

それに、この【操舵機関堂】はロックされている。

外からは何人たりとも入ることは出来ない」





 リフはドクターにそっくりな悪戯めいた笑顔を作った。





「さあ、問題。わたしの背後には堂内を制御する端末があります。そして後ろ手に縛られていただけのわたしが、そのままおとなしくしているでしょうか? 」





 次の瞬間だった。





 【操舵機関堂】への数ある出入口の自動ドアが一斉に完全開放された! 





「なんだと! 」





『操舵機関堂、セキュリティロックを全て解除します』





 扉のロックどころか、ワーム探知・金属探知によるセキュリティすら解除されたことを伝えるアナウンスが鳴り響いた。





 ビルは激しく後悔した。やはり彼女を人質に選んだことは失敗だったと……。









「ビル! やっぱりあんただったんだな! 」









 入口が開くやいなや5人の男達を先頭に、数十人はいるだろう護衛隊の群が、ここ【操舵機関堂】へとなだれ込んできた。





「リフ! 無事なの!? 」





「お姉ちゃん! コーディ君! 」





「リフ! お手柄だ! 抜け目ないことしやがって! 」





 コーディを筆頭に、アリー、ニール、ドクター、そしてジーツが、リフを救うため、【アースバウンド】の浮上を止めるため、そしてビルの悪行に制裁を与えるために結集した! 





「お前達は……アリー……それにニールまで? 」





「ああ、【コブラ】の手先をぶっ潰すために、クジャク部隊再結成ってことだ! 」






『慢心こそ最大の敵である』





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