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子竜はよく食べる。

主食は魔物の肉だ。当然調達するのは、僕たち候補生の仕事だ。

日中は座学と訓練があるので、必然的に早朝と夜間に調達しなければならない。

候補生たちはこれにとても苦労していた。魔物と1対1で勝たなければならない。ひどい怪我をする者も出ていた。

僕は、アリーにひもじい思いを絶対にさせたくなかった。

部屋と森の深部を移動魔法で繋ぎ、剣と魔術で魔物を狩り、素早く血抜きをして、肉を持って帰った。

調達する時間が少ないほど、子竜と長い時間一緒に居られる。

驚く程の集中力で、僕の剣術と移動魔法の精度は格段にレベルアップした。


成績も一段と良くなった。

僕はアリーを残して、いなくなるわけにはいかなかった。

アリーが生まれる前は、1位から5位をうろうろしていたが、今ではほぼ毎回1位を取っている。

アリーを見ると、やる気が出る。アリーを抱き上げると、心から癒された。


アリーは日に日に成長した。

最初は這いずり回るだけだったが、1ヶ月もすると立ち上がれるようになった。

3ヶ月目には歩けるようになった。

初めてアリーが歩いた時の感動は、きっと死ぬまで忘れないと思う。

アリーを抱きしめながら、歓喜をあげ、部屋の中を飛び回った。

半年もすると、その小さい羽で、ヨタヨタ飛び始めた。

もちろんアリーが初めて飛んだ時も、アリーを抱きしめてはしゃぎ回った。


僕は、もうずっと、いつ死んでもいいと思っていた。

感情も擦り切れて、仲間もいなくなって、このままただ朽ちていくだけだと思っていた。

アリーが来て、僕は変わった。

幸せという物を知った。愛情という物を知った。

アリーを守るために、自分は死ねない。


アリーが生まれて1年が経った頃、訓練に竜の調教が加わった。

内容としては竜に指示を与えて動かすもので、行く行くは竜に乗って空を飛ぶそうだ。

アリーに乗って、大空を飛ぶ。何て素晴らしいのだろう。

空想を膨らましていると、なぜだか絡まれた。

竜との訓練が終わった直後の訓練室でのことだった。


「おい、ルサファ! ちょっと自分の竜が白竜だったからって、調子に乗ってるんじゃねえ!」


緑色の竜を連れた男の子だった。名前は確か、リットン、だったと思う。


竜の体色は緑、赤、青、白、黒と5色ある。緑、赤、青がほとんどで、稀に黒と白のものがいる。

黒か白の体色を持つ竜は、一般的に他の色の竜よりも強い力を持つのだ。


アリーは確かに珍しいと言われる白竜だ。しかし、だからと言って、そのことで僕が調子に乗ったことなどない。ましてやアリーが白竜だから可愛いのではない。アリーは何色でも可愛いのだ。


彼ーーリットンは、座学・訓練とも成績が良かったが、竜の調教だけは成績が悪かった。

そのことで、竜にも八つ当たりしているようだ。

なるほど、竜だけでは飽き足らず、僕にも八つ当たりしたいということか。


「何黙ってやがるっ! 馬鹿にしてるのかっ!」


「馬鹿にはしてないけどね。君の竜にはもっといい肉を食べさせてあげた方がいいと思うよ。可哀相に、少し痩せてしまってるじゃないか。」


「テメェ……。」


リットンは真っ赤な顔をしてプルプル震えだした。


「そういうところが、馬鹿にしてるって言うんだよっ!」


叫ぶと一転、ニヤリと得意げに笑った。


「調子に乗るのも今のうちだけだぞ。なんせ、俺の竜は、『ジュダ』なんだぜ!」


他の候補生の雑談でざわついていた訓練室が、水を打ったように静まり返った。

全員がリットンとリットンの竜に注目する。

全員の注目を受けて、リットンは少したじろいだが、思い直したように勢い込んで叫んだ。


「本当だぞっ! 俺の竜は喋るんだ。言葉を話したのを、俺は確かに聞いたっ!」


僕はリットンに声を掛けようとした。しかし、誰かに腕を引かれて倒れそうになる。踏ん張って振り返ると、男の子が僕の腕を掴み、無言で首を振っていた。

僕がもたついている間に他の女の子がリットンに聞いた。


「本当なの、リットン? なら今喋らせてよ。」


リットンは少し怯んで顔を赤くする。


「いつでも喋るわけじゃないんだよっ! 俺と2人でないと話さない!」


「じゃあ本当にジュダかどうかわからないじゃない。」


「うるさい、うるさい、うるさいっ!俺の竜はジュダなんだ! お前らきっと後悔するぞっ!」


リットンはそう叫ぶと、緑竜を抱えて走って行ってしまった。

残された候補生達は、苦笑しながらため息をついた。

そう、この時は誰もリットンの言うことなど信じていなかった。

調教訓練が上手くいかないリットンが、苦し紛れに言った嘘だというのは明らかだった。

リットンも少し落ち着いたら、「あれは嘘だったんだ」と顔を赤くしながら言ってくるんだろう、と皆そう思っていた。


それなのに。


次の日、リットンとリットンの竜は、姿を消していた。





候補生がいなくなることにもう慣れてしまったはずの皆は驚いた。

最初はまさかいなくなったとは思わずに、竜の餌を取りに行って怪我をしたか何かだと思っていた。

ところが、昨日リットンに『竜を喋らせて』と話していた女の子が、世話人にリットンのことを尋ねた。


世話人は、リットンのことを初めから存在しなかったかのように、何も答えなかった。


これで候補生皆が、リットンが消されたことを悟った。そして、戦慄した。

今までいなくなった候補生達は、皆何かしらの成績が悪かった。

しかし、リットンは違う。

リットンは武術や魔術は常に3位以内に入っていたし、座学でも悪くて5位くらいだった。確かに竜の調教は上位ではなかったが、それでも10位には入っていたはずだ。

つまり、いなくなる理由がない。

リットンがどのような理由で消されたのか、それは自分たちの運命に関わる重大なことだった。

しかし、その理由を詮索することが自分たちの首を絞めることに繋がるかもしれない。

候補生達は眼を見合わせ何か言いたそうにはしていたが、それでも誰もリットンのことを口にしなかった。


「馬鹿な奴だ」


小さい呟きが聞こえた。

呟いたのは昨日僕の腕をとって首を振っていたあの男の子だった。

男の子ーー確かカーギナスという名前だった、彼は苦々しい表情をしていた。

彼は、なぜあのとき、リットンに問いかけようとしていた僕を止めたのだろうか。

僕は、次の日の早朝、獲物を狩るために森に入るカーギナスの姿を追った。


カーギナスは森に入ってしばらくして、足を止めた。


「俺に何か用か、優等生?」


カーギナスは正しく僕が隠れている方向を見ていた。僕は彼の前に出て行き、対峙した。


「君に聞きたいことがある。」


「おおかたリットンのことだろ。」


僕は沈黙をもって彼の言葉を肯定した。カーギナスは小さく笑って言った。


「教室や訓練室でその質問をしなかったのはさすがは優等生と言ったところか。建物の中は常にあいつらの監視があるからな。」


「どうしてリットンはいなくなったんだ。」


「あんたが誰かを気にするなんて珍しいな。ああ、昔はそうでもなかったっけ。」


「リットンと揉めたとき、途中どうして僕を止めた。」


「……。」


僕は、嘲るような笑みを浮かべるカーギナスに近寄り、正面から向き合った。


「カーギナス。君は僕のことを恐らく心配してくれたんだろう。あのとき、リットンに関わり続けると、僕にまで危害が及ぶと思って、止めてくれたんじゃないのか。」


カーギナスは途端に笑みを消し、真顔になった。


「随分と頭がお花畑なんだな、優等生。そもそもあんたはリットンがなぜ消されたのか、もうわかってるんじゃないのか。」


「ジュダ、か。」


「ご明察だな。」


ジュダ。

それは何百年かに1度現れる、伝説の竜の名前だ。

ジュダは、ほかの竜と比べられないくらい巨大な力を持つ。過去にジュダが現れたときは常に世界は動いた。


あるときはジュダにより国がひとつ消し飛ばされた。

あるときは凶暴なジュダにより世界が滅ぼされかけた。

そしてあるときは、ジュダを従えた竜使いが世界を征服した。


いずれも今から随分昔の話で、今この世界にジュダはいない。

だがそれは逆に、またいつジュダが世界にあらわれるかわからないということでもあった。

竜使いを目指すものは一度は思う。

『自分の竜がジュダだったら。』

そうすればあらゆることが思い通りになるだろう。それほどジュダの力は絶大だ。


ジュダは、過去に存在したどれもが人の言葉を話せた。

逆にジュダではない竜は、そのいずれも人の言葉が話せたものはない。

つまり、ジュダかどうかを知る指標になるのが、人の言葉を話せるかということ。

だからリットンはあのとき自分の竜が話せると言った。

言葉を話せる竜=ジュダであるため、自分の竜がジュダだとそう示したかったのだ。

それは間違いなくリットンの虚勢で、ただの見栄で、ただの嘘だった。


だが、そうは思わない人間がいた。


それは、世話人なのか、さらにもっと上の人間かはわからない。

だが竜護院の中のその人間は、僅かの可能性すら逃さまいとしたのだろう。

ジュダを従える、そんな夢を持つのは少年少女の候補生たちだけではない。大人の竜使いの方がタチが悪い。


「リットンのことはわかった。だけどどうして僕を助けたんだい。僕の成績は君より上位だ。僕がいなくなった方が君にとってはいいことだろう。」


カーギナスは僕の言葉を聞いて、表情を歪めた。視線を僕からそらす。

そして苦々しく言った。


「……イアンが、世話になったからな。黒猫のルサファさんによ。」


それは懐かしい名前だった。

僕と世界中を旅することを口にしていた少年で、同じ絵本からそれぞれ名前を取った。そして、今はもういなくなった少年。

ぼくが絵本の黒猫から名前をとったことはイアンしか知らない。

カーギナスは恐らくイアンにそれを聞いたんだろう。それは彼とイアンの親密さを窺わせる。


「君はイアンの身内だったのか。」


「身内なんて大層なもんじゃねえよ。同じ孤児院でしばらく一緒にいただけだ。竜護院に引き取られてからは、そんなに側にいられなかったがな。」


カーギナスは「ただ…」と続けた。


「勝手に弟みたいに思ってた。」


カーギナスはそう言って小さく笑った。


「俺もイアンももともと孤児院で付けられた名前があった。でも俺らはその孤児院が嫌いでな。あのとき俺もイアンも新しい名前にしたんだ。イアンは喜んでたよ。あの絵本が好きだったから。」


そういえばあのときの絵本はイアンが持ってきたんだっけ。

『ねえ、この絵本読んでみてよ。すごく楽しいんだ』そう言って僕に渡してくれた。

少年イアンと黒猫ルサファは世界を自由に旅するのだ。いろんな国を見て、いろんな人に会い、楽しいことも悲しいこともたくさんあった。

僕は、イアンとルサファの自由さに憧れた。絵本を読んでいると、がんじがらめの今の自分を忘れられるから。


「あんた、イアンの魔術の特訓に付き合ってくれて、その、ありがとな。あいつ、火の魔法ができたとき、すっげー喜んでたんだ。それであんたに感謝してた。」


「でも、それも意味がなかった。結局イアンは……。」


「それでも俺は感謝してるって話だよ。何度も言わせるな。すっげー恥ずかしいんだから。」


見るとカーギナスは真っ赤な顔をしてそっぽを向いていた。羞恥心を押し殺してまでお礼を言ってくれたようだった。

僕は本当にイアンの助けになれなかったけど、これ以上は否定しなかった。



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