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 世界中のあらゆる国家から独立した組織、『竜護院』。

 竜護院の中だけで受け継がれる秘術と知識で竜と竜使いを養成し、育てた竜使いを戦争に派遣することで、莫大な富と権力を手にしている。

 竜は圧倒的な力を持っていたため、竜護院を味方に付ければそれだけで戦を有利に進めることができた。国家は我先にと竜使いを雇い、雇えれば勝機と見て頻繁に戦争を起こす。そのたびに竜の吐く炎で家や畑は焼かれ、竜の鋭い牙と爪で人は傷つけられた。

 そのため竜使いは世間から『戦争請負人』と呼ばれ、忌避される存在であった。



 僕は両親の顔を知らない。

 まだ産まれたばかりの赤ん坊の頃、竜護院の門の前に捨てられた。

 竜護院は身寄りのない子供を積極的に受け入れ、竜使いとして育成している。

 当然門の前に捨てられていた僕も例外ではなく、すぐに保護された。

 竜護院がそういう組織であることは知られているようで、門の前に子供が捨てられていることは珍しくないようだった。

 僕の顔も知らない両親も、殺すよりは拾ってもらえたらいいと考えて竜護院の門前に捨てたのだろう。

 ただ僕はそれが優しさだなんて微塵も思わない。不要な子供を自分で殺すことができない矮小な人間が、自分自身への卑怯な言い訳として行った偽善行為だとしか思えなかった。


 僕と同年代の子供たちは大部屋に集められ、寝起きを共にした。

 男の子と女の子、合わせて40人くらいはいたと思う。皆竜使いの候補生だ。

 子供たちは孤児院から引き取られたり、僕と同じように捨てられた者ばかりだった。当然身寄りなどなく、それぞれが肩を寄せ合って暮らした。

 物心ついた時から読み書き計算の授業、基礎体力をつけるための訓練をさせられた。世話役という名の数人の大人たちに、まだ幼児といえる自分たちは容赦なくしごかれた。

 6歳にもなると、読み書き計算と基礎訓練はそれなりにできるようになっていた。

 その頃の唯一の娯楽は、本を読むことだった。

 恐らく文字の学習用に書庫に置いてあった絵本や童話は、外の世界のことを知る唯一の道具だった。絵本の中の人々は総じて優しく、夢のような世界が広がっていた。

 世話人がある日突然、自分たちの名前を決めろ、と言ってきた。

 皆必死に考える中、僕は手元に持っていた絵本を見た。それは「イアン」という男の子と「ルサファ」という黒猫が色んな国を旅する物語だった。

 ちょうど隣で一緒に絵本を見ていた男の子が、自分の名前を「イアン」にすると言ったので、じゃあ僕は「ルサファ」にしようとそう決めた。

「イアン」に自分の決めた名を告げると、「じゃあいつか、一緒に世界を旅しようね」と笑顔で言われた。僕は曖昧に流した。だって、そんなことは無理だったから。僕たちはもう竜使いになる未来しかないのだ。


 名前を決めてから、教育と訓練はさらに苛烈になった。座学は歴史、経済、語学、数学、地理、魔法学、軍師学、天文学など多岐に渡り、訓練は基礎訓練から体術、剣術、槍術、魔術などなんでもやらされた。朝から夜まで授業と訓練に明け暮れ、解放されてからも出された大量の課題に苦しんだ。


 僕たち子供たちは、不思議な連帯感があった。世話人と呼ばれる大人たちは大嫌いだったが、同じ苦しみを課せられた子供同士は「仲間」という認識だった。僕ら子供たちは時に世話人たちの悪口で盛り上がり、苦しい時は肩を寄せ合って耐え忍んだ。


 しかし、ある時異変が生じた。


 ある朝目が覚めたら、女の子が1人いなくなっていた。

 皆その辺を探したが、その子はいなかった。世話人たちはおかしなことに、まるでその子が最初からいなかったかのように、授業を進めた。女の子と仲が良かった子が世話人に質問しても、一切返答はなかった。

 そんな異変に動揺しながらも、僕たちには勉強に、訓練に、励む道しか残されていなかった。

 それから十数日後、今度は男の子が1人いなくなった。

 僕を含めた子供たちは、皆黙り込んだ。

 何となく、わかってしまったのだ。

 最初にいなくなった女の子は線の細い子で、剣術槍術など武術が極めて苦手だった。基礎体力もなく、20日に1回行われるテストでは、いつも最下位だった。

 次にいなくなった男の子は、座学が苦手だった。記憶することが苦手で、あらゆる座学に苦戦していた。彼も座学のテストでは、そのほとんどがいつも最下位だった。


 隣に座っていたイアンが、青い顔をして震えていた。


「ルサファ、どうしよう。僕、魔法学と魔術が、もうずっと最下位なんだ。」


 イアンは魔術が苦手だった。そもそも魔術は、個人の魔力量と魔法適正に大きく左右されるものだった。

 イアンは魔力もほとんどなく、魔法適性もなかった。魔法に関していうと、かなり絶望的だ。


 それから僕とイアンは、寝る時間を削って特訓した。

 幸い僕には魔力も魔法適性もあった。イアンに魔法の感覚を伝え、2人で魔力を高める訓練をした。

 そのおかげか、イアンは掌に小さな炎を出現させることができるようになった。火魔法の初級魔法だった。

 その頃には、もう他の子供達は皆できるようになっていた魔法だったが、僕とイアンは手を取り合って喜んだ。


 次の日の魔術のテストでイアンは最下位になった。

 翌朝、イアンは姿を消していた。


 僕は、「どうしてっ!」と叫びたい衝動を必死に押し殺した。

 イアンは頑張った。頑張ったが、意味はなかった。それだけだ。

 世話人たちは、残酷なまでに結果にこだわった。つまりはそういうこと。


 同部屋の子供たちは、自然と会話が減っていた。皆隠れて課題や自習をし始めた。

 誰もがわかっていた。いなくなった子たちが無事でいるなんて、微塵も思っていなかった。

 周りは「仲間」から「敵」に変わっていた。

 少しでも油断すると出し抜かれる。そしてそれが命取りになる。

 皆が必死だった。

 僕ももう誰とも話をしなかった。

 イアンの時のような想いをするのは、もう嫌だった。


 それから時が経ち、僕は10歳になった。

 最初は40人くらいいた子供たちは、18人になっていた。

 座学も武術も魔術も総じて秀でている者だけが残っていた。

 僕はいつも5番以内に入っていた。特に魔法学と魔術は妥協することはなく、1位を譲ったことはなかった。


 僕たちはある日、仰々しい服に着替えさせられ、集められた。

 臙脂色の軍服のようなそれは、竜使いの制服らしい。

 その日、いつもの世話人でない大人が壇上に上がった。黒い髪と黒い目を持つ、異様な威圧感を放つ大柄の男だった。


「栄誉ある竜使い候補生の諸君、私は竜護院特務機関長官のハロルドだ。今日は君たちにとって、特別な日になるだろう。」


 そう言うと僕たち一人ひとりに白い楕円形の物が配られた。硬くて大きくて、少し温かい不思議な物だった。


「諸君、今配られた物は、『竜の卵』だ。全て今日中に孵化するものである。竜使いと竜は産まれた時から共に過ごし、絆を結ぶ。竜の名は諸君が決めること。以上。」


 竜の卵。

 僕は手の中の卵を見つめた。何か不思議な感じだった。


 卵の孵化を待たずに、僕たちはそれぞれ個室に入れられた。竜と共に過ごす為、部屋を割り当てられたのだ。もうあの大部屋には帰らないようだ。竜が成長しても一緒に寝起きできるように、部屋は広く造られていた。

 部屋の中、僕と竜の卵だけになった。

 竜が孵化した時、最初に目にするのは竜使いでないといけないらしい。無用な混乱を避けるため、こうやって部屋で1人にされる。

 とりあえず僕は目の前の卵に集中した。

 今ここから僕の竜が生まれるんだ。

 ワクワクしながら卵を見つめた。

 そして気づく。こんな環境で全てを諦めて生きてきた。それなのに僕がワクワクするだなんて、一体どうしたことだろう。


 どれくらい卵を見つめていただろうか。卵の殻の上部に小さなひびが入った。一気に緊張する。

 殻はどんどんひび割れ、遂に破られた。

 中から、小さくて、白い何かが這い出てきた。

 白い何かは光が眩しかったのか、目をぎゅっと閉じて、プルプルと震えている。

 僕は、そっと抱きかかえてみた。


「キュウ」


 小さくてか細い声で、鳴いた。

 僕は衝撃を受けた。

 小さくて白い体。鳴き声。まだ鱗の生えていない体。小さい耳。小さい尻尾。


 なんて、なんて可愛い生き物なんだ。


 僕は可愛い子竜の顔を覗き込む。

 同時に子竜は目を開いた。つぶらな瞳に、僕の姿が写っていた。


「初めまして、僕の愛し仔。生まれてきてくれて、ありがとう。」


 そう言うと、白い子竜は、もう一度「キュウ」と鳴いた。

 物心ついた時から苛烈な環境で過ごし、とっくに感情など擦り切れたと思っていた。

 だが、この子を愛おしく思う気持ちが、心に溢れる。

 ああ、きっとそうだったんだ。僕は、この子に逢うために生きてきた。

 この先の人生は、この子のために使うんだ、そう心に決めた。


 僕は、子竜に『メアリーロゼ』と名付けた。

 星の女神の名前だった。

 愛称は、『アリー』だ。可愛いこの子にぴったりな可愛い名前だ。



 アリー、今日から僕が君を守るから。

 朝目が覚めても、どうかいなくならないで。


 僕は、イアンのことを思い出していた。

 彼にアリーを見せたかったな、珍しく感傷的にもそう思った。


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