第八二話【インスタント味噌汁】
真夏の温泉村。
少し冷ややかな早朝。
異世界転生少年であるコルスの宿屋の風呂に、私と彼は浸かっていた。
コルスは女装も似合う可愛い外見だが、その中身は私と似たおっさん。
二人きりで馬鹿話をしたい時もある。
異世界の話が唯一気兼ねなく出来る。
まあ順番的には私が早く死ぬだろう。
それでも、同郷の話が出来て嬉しい。
嬉しいことはこれ以外にもあるのだ。
異世界も悪くないと思う今日この頃。
そして。
風呂上がりに冷えたエールがあるのだ。
闇エルフのリーネの精霊魔法の恩恵だ。
コルスも気化冷却を利用すれば、同様のことが出来るそうだ。
お陰様で、夏場にも冷えた林檎の搾り汁がありがたく飲める。
アラルコン村近海で獲れた烏賊の干したのを炙って裂いて自家製マヨネーズを浸け、エールと共にいただく。
嗚呼、生きているって素晴らしい。
湯の中でたゆたっていたら、八歳になったコルスから話しかけられた。
「この間の熊の血の腸詰めは意外とよかったな。」
「ああ、あれはなかなかよかったねえ。」
「熊肉のハンバーグも意外と旨かった。」
「挽き肉にするのが大変だったけどね。」
「先日、石畳のローマ風街道がロマラン村まで開通した。次はハミルの街だな。そうすれば旨いものにありつける確率がより一層上がる。」
「いいねえ。」
「日本人的に重要な問題は、米、醤油、石鹸ってとこかな。」
「米は難しいんじゃないかねえ? 醤油は魚醤や味噌の上澄みで代用して、石鹸はムクロジの実を代用するんだっけ? 現代日本人って、庶民でもある意味帝国皇帝を上回る生活を当たり前にしているんだとつくづく痛感するよ。」
「まあな。だから、出来る範囲で生活環境の向上を目指す。この村とその周囲を高めることで、相乗効果が発生する筈だ。」
「私は温泉村に転移出来てよかったよ。」
「オレもこの村に転生出来てよかった。」
「まずもって、この村はとても清潔だ。」
「このセカイでは有数の水準だろうよ。」
「冒険者があんなににおうものとは知らなかった。」
「革鎧ったって、汗まみれになったり血まみれになったりしたら臭くてたまらなくなるしな。」
「美中年も美少女も関係無いね。」
「だから、香水が発展するのさ。」
「ああ、このにおいはアラビアの香水を使っても落ちないわ、ってか。」
「森が動かなければ、お前の権力に揺るぎは無いさ。」
「お父様、一番大切なのは塩ですわ、とキメキメ顔。」
「あれは酷い。」
「シャイロックって、そんなに悪いかねえ。」
「むしろ、アントニオの方がヴェネツィア商人の面汚しだろう。」
「ヴェネツィア政府からの抗議は来なかったのかな?」
「それを宣伝材料にしたんじゃないか?」
「なんとまあ、炎上商法は昔からある?」
「あるんじゃないかなあ。ところで、どちらを雇うかって聞かれたら、オレはシャイロックの方を採用するね。」
「実はだね、コルス。」
「なんだい、ケニー。」
「私は手荷物ごと異世界に転移しただろう?」
「ああ、そうだったな。」
「昨日鞄の中身を整理していたら、インスタント味噌汁を発見した。」
「な、なん……だと? ……ケニー。」
「なんだい?」
「金貨二〇枚でどうだ?」
「なにを水くさいことを。ただでいいよ、ただで。」
「いや、それは……。」
「わかっている人に味わってもらいたいんだ。ちなみに、アマノフーズの豆腐と葱とワカメ仕様だ。」
「アマノフーズ! あの広島県福山市に本拠を置く会社か!」
「そうさ。どうだい?」
「ありがたくいただこう。」
「そうこなくっちゃ。」
そういうことになった。
その日の夜にこっそりコルスが味噌汁を堪能しているのを見ていたら、リーネやトニーや丁度戻ってきたアヘヒロなどに見つかり、一騒動になった。
やれやれだぜ。
鞄の中からは他にもステンレス製のフォークが出てきて(新潟県の会社が作った、税込み一〇八円にしてしっかりした作りのものだ)、後日それを見たアヘヒロやドワーフの職人たちを驚かせるのだが、それはまた別の話だ。




