第七二話【赤と黒】
「麦飯だね、コルス。」
「麦飯だよ、ケニー。」
可愛らしい少年と中年期の男がにこにこしながら膳を囲んでいる。
ここはアラルコン村。
北の海に面した小さな村。
私ことアヘヒロはミトラス帝国出身の商人だ。
皇帝陛下の勅命により、『北嶺の小賢』たるコルスの傍で情報収集に励んでいる。
今は温泉村から徒歩で三日の距離にあるこの村で、実験の数々に付き合っていた。
馬車を定期的交通手段にして、商いの利便性を高める方法はなかなかよいと思う。
そして、街道整備。
これは実に驚嘆する内容だ。
道を整備したら敵軍が容易に攻め込んでくるのではないかと少年に疑念を話したが、生活環境の向上がひいては人々の暮らしをよくするのだと説得された。
理路整然としたコルスの意見に反駁するのは難しい。
で、冒頭の食事に戻る。
コルスは奇妙な食事を用意していた。
麦を粉にしないで、蒸し上げたもの。
家畜の食料である穀物を煮潰して発酵させて茶色い塊にし、干した海草で出汁を取って汁にしたもの。
その汁の具は上述の穀物を煮潰し、海水を加えて白く固めたものだ。
ミトラス南部のケツァール原産の胡瓜を刻み、塩で浅く漬けたもの。
魚を干したり燻製にして焼いたもの。
「これだよ、これ。かなり和食に近づいてきた。こういうのがいいんだよ。」
「コルスはこだわるねえ。」
「やまとんちゅうならこだわらないといかんですよ。」
「米があるのだとしても、それは原種じゃないかな?」
「原種?」
「ほら、我々が食べていた米は改良に改良を重ねた努力の結晶だろ。そういう米はこのセカイにはないんじゃないかな。」
「……それで?」
「米の原種は赤米や黒米だろう、確か。」
「……アヘヒロ。」
「なんだい、コルス。」
「こういう穀物を知らないか?」
少年が示したのは見たことも聞いたこともない穀物。
ケニーも知っている穀物だ。
私は知らない。
赤い穀物。
黒い穀物。
はてさて?
「噂だけでも欲しいんだ。」
「探してみよう。」
私がそう言ったら、コルスは微笑んだ。
まったく、男にしておくのは勿体ない。




