第六九話【その男、トキタ】
ミトラスから亡命した元公爵の夫人や令嬢たちの乗った『タイタンⅢ世』が近々到着予定だというので、オレやケニーを含む送迎隊はここアラルコン村に着ていた。
夫が逐電して独身状態に戻った夫人は、現在実家のハラン姓を名乗っている。
ちなみに、ミトラスの商人であるアヘヒロはその船へと行ってしまっていた。
以前から世話になっていたそうだ。
情報交換などやることだらけだな。
先触れの随伴船である『マサア』が、既に港に停泊していた。
なかなか洒落たことをする。
それに乗っていた、白髪で口髭を生やした初老の執事がテキパキと受け入れ準備を進めていた。
その男の名はトキタ。
なんとなく転移者くさいが、確信が持てない。
ただ者でないことはわかるのだが。
明朝には温泉村へ出立し、春祭に合わせた本格的な歓迎会を行う予定だ。
別々に行うよりも一遍にやった方が合理的だろうし、より豪華に出来る。
一気に忙しくなるぞ。
街道開発に回している斥候隊を呼び戻すため、伝令は既に飛ばしてある。
祭が来るとオレも八歳。
いつまで前世の記憶を保てるかな?
「お嬢様方は現時点で性的な知識が殆どございません。好奇心に溺れる可能性がございますが、それはケニー様の自制心に期待しております。あと、奥様からの誘惑は断固としてはねのけてください。とても魅力的な方ですので困難かもしれませんが、可能な限りの努力をお願い申し上げます。」
おっさん転移者のケニーは、元公爵夫人や令嬢たちを受け入れるための教育を老練の執事から受けていた。
基本的な性格、傾向、嗜好、趣味、特技、興味の方向性、主義主張、得手不得手、エトセトラエトセトラ。
本人たちが隠しているであろうことすら、懇切丁寧に解説する執事。
これが本物の執事だというのか。
アラルコン村から馬車に乗って一日走れば温泉村だ。
歩けば三日はかかる。
ケニーと一緒に馬車の点検をしていたら、トキタが近づいてきた。
「これは簡素な形ながら、工夫を凝らした馬車でございますな。ミトラス帝国でも、これ程の馬車を所有している貴族は少ないでしょう。」
「ドワーフに作ってもらったからな。」
無難に簡単に答える。
「この金具の加工技術は実に素晴らしいものでございますね。」
「オレもそう思うよ。」
「流石は帝国でも名高い『北嶺の小賢』が指導したことはありますな。」
「さあ、なんのことやら。」
「ケニー様も携われたのですか?」
「私はこういうのは全然わからない。」
「成程。よくわかりました。」
「あの男はただ者ではない。」
「そのようだね、コルス。マスター・フーマに監視してもらう?」
「いや、そこまでしなくていい。ところでケニー。」
「なんだい、コルス。」
「オレは、いや、この村の面々は春祭に一歳年を取る。」
「コルスも八歳だね。」
「そうだ。そして、心して欲しいことがある。」
「なにかな?」
「最近、前世の記憶が薄れ始めている。」
「……そうか。」
「今のところは大丈夫だが、数年後はどうなっているかわからん。」
「そんなに気を揉まなくても大丈夫だよ、コルス。」
「今年の内にやりたいこと全般に先鞭を付けて、事業案を作成し、オレが普通の子供になってもなんとか推進出来るようにしておく。」
「そこまで考えていたのか。」
「事業計画書が有って、リーネとケニーがいればなんとかなるだろうしな。」
「わかった。頑張るよ。コルスって、ホント、オカン体質だよな。」
「自覚はある。慈悲もある。」
「それなんて憲兵さんだよ。」
「あのトキタという男には特に気をつけろ。転移者かもしれん。」
「転移者だったら、味方に付けた方がいいんじゃないかな?」
「あの身のこなし、尋常じゃない。かなり使うよ、あれは。」
「そこまでか。」
「そこまでだ。」
「取り敢えずは仲よくしておこう。」
「そうだな、あの男も温泉村の住人になるんだから。」
帝国南部のケツァールで収穫された茶葉を使った紅茶は旨かった。
パーフェクトだ、トキタ。
にこにこ笑う執事とケニー。
その笑いの方向の違いになんとなくニヤニヤする。
「なにか可笑しゅうございましたか?」
「いや、ディンブラみたいで旨いよ。」
「はて、知らない土地の名前ですな。」
引っ掛けには乗らないか。
まあいい。
ケニーの婚約者たちが現れれば、未婚の連中も大人しくなるだろう。
あの娘たちにも早く相手を見つけないとな。
春祭でそれらしいのを見つけ次第、くっつけよう。
そうしよう。
「コルス。」
「なんだ。」
「悪代官みたいな顔になっている。」
「そうか。じゃあアヘヒロは越後屋だな。」
「私は?」
「うっかり八兵衛。」
「酷いですよ、ご隠居。」
「ほっほっほっ、では参りますぞ。」
温泉村にて春祭の準備委員会でてんてこ舞いになっているリーネを支援しないといけないし、やることは兎に角沢山ある。
やりがいがあって充実はしているが、それをこの意識のままやり通せるかどうかは不明だ。
不確定要素があちこちにあるが、オレはオレの成しうることを為そう。
それが生きるということだから。
オレはコルス。
趣味で村の開発をしている者だ。




