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第六六話【コルスは殺せない】

一通りの業務を終え、コルスは風呂に入ろうとして着替えを取りに自室へ向かっていた。

まだ夜は冷える。

早く入浴しよう。

眠くなってきた。

春祭の準備、温泉村の開発、周辺の村々の開発、ミトラス帝国の元公爵令嬢たちの受け入れ。温泉村とハミルの街とを結ぶ街道の敷設。移動手段の高速化。通信速度の高速化。元の世界とは比べ物にならないが、それでも行う価値はある。

やることは兎に角多い。

やたらめったらに多い。

しかしすべてに対応可能な人材の数が少ない。

異国の商人のアヘヒロへの高い依存は不味い。

ケニーも頑張ってはいるがまだまだ発展途上。

人材育成・確保・獲得は最優先事項の急務だ。


コルスはまだまだ子供だ。

幼いが故に、限界は早い。

疲労が全身を覆っている。

中身はおっさんだが、気持ちだけではなにごともなし得ない。


夜も更けてきた。

そろそろ、眠い。


「まったく……アヘヒロの言う通りだ。知識や発想を幾ら持とうと、活かせなければなんの役にも立たん。やはり、指揮・指導出来る人材の育成に力を注ぐか。ん?」


彼の部屋の机上に手紙が置かれていた。

高そうな雰囲気。

室内に微かに香のにおいが漂っている。

素早く目を通す。

読み終えるや否や、其は溶けて消えた。

まるで泡の如く。


「洒落たことをする。お誘いは受けるべきだな。」


翼竜のマントを羽織って包丁改七を腰に差し、準備を調える。

次の瞬間、少年の姿は村からかき消えた。





温泉村の郊外にある、廃迷宮地下五層。

指定通りに空間へ転移したコルスを待ち受けていたのは、蜘蛛蜘蛛蜘蛛。

大きな蜘蛛たち。

蜘蛛軍団だった。

どうやら三〇匹以上はいるようだ。


「大蜘蛛と土蜘蛛の大群だと! 蜘蛛の巣を見落としていたか!」


蜘蛛たちはコルスに向かって、ひたすら突進してくる。


「さっきのアレは蟲寄せの香か!」


コルスのマントにはにおいが付いていた。

謀られたのであった。

蟲まっしぐらである。

パチン。

コルスの指パッチンで、数匹の昆虫が真っ二つになる。


「数が多いな。」


毒持ちの蜘蛛たちが突進してくる。

まともに打撃を受ける訳にはいかない。

受ければ、短時間であの世への直行便。

近場の蜘蛛たちを真っ二つにした後、空間を冷却してゆく。

急速に冷えてゆくは迷宮。

昆虫群の動きが止まった。

やたら大きな雪の結晶が見え始める。

踊りだす少年。


「翠氷冷烈波!」


コルスの放った強烈な冷気が昆虫群を包み込み、それらは全滅した。


パチパチパチパチパチ。

彼の背後から拍手の音。

ほんの少し前まで誰もいなかった筈の空間に、誰かがいる。

振り向くと豪奢な碧のドレスを着た、若く美しい娘がいた。

床に漂いし冷気を気にしないかのように。

はしばみ色の瞳にその髪は炎の如く赤い。

いや、見た目に誤魔化されてはならない。

彼女は見た目通りの相手ではないだろう。

好戦的ではなさそうなのが救いと言える。

カリツォーを使うまでもないようである。


「お前が噂のコルスね。会いたかったわ。」


よく通る可愛い声。

無邪気に微笑んだ。

彼もニヤリと笑う。

そして見得を切る。


「世のため、人のため、温泉村のため! 邪神魔王の野望を打ち砕く、オレはコルス! この若き輝きをおそれぬなら、かかってくるといい!」

「蜘蛛じゃ相手にならなかったのは流石ね。コルス……お前の意思とその力……欲しいわ。お前が欲しい。どう? 私のシモベにならない? 今なら三食昼寝付きでご馳走も用意出来るわ。筍ご飯だって、おはぎだって、ぼた餅だって、みたらし団子だって、カツカレーだって、青椒肉絲だって、麻婆豆腐だって、満漢全席だって、しっぽく料理だって、お前の望むままに提供するわよ。」

「……とてつもなく魅力溢れる提案だが、お断りだ。」

「あら、残念ね。私たちの力を理解出来るお前とは、よい付き合いが出来ると思うのだけど。人間よりもすぐれた私たちならば、多数のさ迷える者たちを安らかに導けるわ。人材が欲しいのでしょう? こちらで幾らでも提供出来るわよ。」

「確かに今、この世界は大きな転機を迎えようとしている。それに対抗するためには多くの才能が必要だ。しかし、人の心を持たない者が人よりすぐれた存在という理屈には同意しかねるし、人ならざる者の手を借りるつもりもない。」

「ふふふ、まあ、いいわ。じゃあ、お近づきの印として、ななつぼし二〇キログラムと十勝産小豆五キログラムとJAふらのの厳選野菜ソース一ダース、それに兵庫県たつの市産の醤油一箱をあげる。」

「…………断る。」

「毒も媚薬も入っていないわ。単なる贈り物だから。」

「喉から手が出るほど欲しいが、遠慮させてもらう。」

「今なら奈良や赤穂や堺の老舗が作った三笠も付けるわよ。」

「オレのことをかなり詳しく研究しているようではあるな。」

「受け入れる気になった?」

「だが、断る。」

「いいわね。ますます気に入ったわ。思った以上よ。じゃあまたね。」





迷宮に一人。

いや。

地獄の道化師が、少年の陰からヌルリと出てきた。


「よろしかったのですか? タダでしたのに。」

「古人曰く、タダほどこわいものはない、だ。」

「それにしても惜しかったようですが。」

「一時的に手に入っても、後が続かなければ飢餓状態に陥る可能性もある。或いは禁断症状か。何度かタダで提供し、その後取り引きを持ちかける。その頃には依存症にやられているという寸法だ。依存症は自覚出来ない者が多いからな。余計に厄介だ。これは古今東西行われている常套手段だ。そうやって相手の首根っこをおさえる訳だよ。オレは欲望に負けて、すべてを失うつもりなどない。」

「流石はコルス様! お仕えしている甲斐があるというものです!」

「まあ、それほどでもない。妙に通好みな点が悩ましかったがな。」





また会うことになるだろう。

ケニーにも警告しないといけない。

睡魔に襲われながら、村への帰還を準備する。

知性的な相手でよかった。

いざとなれば命を投げ出すことに躊躇いはしないが、無駄死にするつもりはない。

指パッチンや冷気は通用しないだろうし、ましてや包丁改七が通用する筈もない。





入浴中、コルスはこくりこくりとやりだした。

あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ。

舟を漕ぎだした。

いかんいかんと温泉から上がり、自室へ行く。

明日は街道の道筋の土をごっそり斬り取ろう。

他にもやらなくてはいけないことが沢山ある。

そう思いつつ寝台に上がり、彼は意識を手放した。









蛇足の説明。


【ななつぼし】

道南で作られる、おいしいお米。

ゆめぴりかもよろしくなのです。


【JAふらのの厳選野菜ソース】

おすすめです。


【三笠】

どら焼きの別名。

山の名前が元です。


【兵庫県たつの市】

醤油作りで有名な土地。


【カリツォー】

ロシア語で『氷の輪』という意味。

相手を氷の輪の結界に閉じ込める技です。





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