第六五話【石化】
今また、たまに雪のちらつく温泉村の春。
その、まだ寒き払暁。
異世界転移者でおっさんのケニーが飼っている仔牛の一太郎が、不意に目を覚ました。
ブン、と音がして赤い目が点灯する。
キュイーン、となにかが回転する音を立てつつ彼はノソリと立ち上がった。
ファンタジーの中の機械。
メカメカしいSF的仔牛。
小屋を出て、しばし歩く。
夜空はキンと澄んでいた。
ポクポクと歩いていた一太郎は、黒い影を三つ見つける。
彼は素早く体内の水蒸気を活性化した。
識別装置は敵対的な反応を示している。
彼は息を吸い込んで、躊躇なく吐いた。
ソーダと塩分を含んだ高熱水蒸気の息。
石化促進成分をも含んだ致死の水蒸気。
二つの影はそれをまともに喰らって、やがて石に変わった。
避けた残る一つの影に向かって、一太郎は果敢に突進する。
金属質の外皮を持った、超重量級の魔獣による体当たりだ。
それはまるでハリケーン・ミキサー。
いとも簡単に撥ね飛ばされてゆく影。
ドサリ。
落ちる。
その鎧はグシャグシャにへしゃげていた。
二つの石像を砕いた一太郎は、残る一つにも高熱水蒸気の息を浴びせる。
新しく出来た石像をあっさり砕き、一太郎は小屋に戻った。
朝が来た。
一太郎の飼い主のケニーが、彼の小屋までやってくる。
手に持つは桶と布とブラシ。
手を振る彼に尻尾を振った。
彼はケニーに体を洗ってもらうのが、とっても好きだ。
はたから見たら、自動車の洗車に見えないこともない。
水をガブガブと飲んで、彼は放牧地に連れていってもらう。
草を食む。
ハムハム。
理屈はよくわからないが、一太郎の栄養にはなっているらしい。
牧羊犬や山羊や牛や馬と共にのんびり過ごす。
最初の頃は怯えられていたが、今では問題なく過ごせるようになっていた。
昼。
のんびりしていた一太郎はケモノの接近を察知した。
それはコヨーテ。
インディアンの神話ではトリックスターとして登場する、狡猾な狩人。
体長一メートル程の犬科の哺乳類で、耳の大きな小型の狼の如き生物。
徒党を組んで、狩りをする。
それが八匹。
四匹ずつの二集団のようだ。
悠然と一太郎はコヨーテたちに近づいた。
半円状に取り囲もうとする汚ない犬たち。
彼は正面のコヨーテたちに突然高熱水蒸気の息を浴びせた。
あっという間に絶命する狩人たち。
呆然とするコヨーテたちに次々高熱水蒸気の息を浴びせたり突進したりして、瞬く間に全滅させた。
舌を巻くような早業。
一仕事終えた一太郎。
彼は草を食み出した。
夕方。
迎えに来たケニーに親愛を込めて、体を擦り寄せる一太郎。
石がゴロゴロ転がっているのを見つけたケニーは、明日片付けようと思った。
あんな石があったっけ?
まっ、いっか。
さあ、帰ろう。
お家に帰ろう。
ポクポクと村へ歩きながら、一太郎はよき飼い主を得られたと悦びを深く噛み締めるのだった。




