第六四話【燃える蜃気楼】
何処とも知れぬ、セブンセンシズが感じられないでもない空間。
レトロな大型病院というか、建て増しばかりしてきた如き、古い建築物の中。
其処で活発に駆けずり回る者たちがいる。
雰囲気的に年度末の役所っぽい所がある。
特に騒々しきは二つの隣接する課の周辺。
『異世界転生課』、『異世界転移課』と木の板に墨で書かれた表示板の下、担当者たちはパーテーション的な目隠しで仕切られた複数の空間で青白い人々に応対している。
それはなんとなく、職業安定所のようにも見えた。
担当者たちは人々へなにやら書面を見せ、記入してもらったり説明したりしていた。
すると。
まるで粛々と進められている儀式のようなその場所にて、不意に空気が活性化する。
「俺は帰るんだーっ! 日本にっ! 日本に帰るんだーっ!」
怒号が聞こえ、担当者たちが飛びかかりソレを取り押さえる。
激しく何度も何度も突かれたソレが、やっと大人しくなった。
衣類の乱れを直した担当者たちにより、ソレは連れ出される。
ざわつく青白い人々。
なにもなかったのような顔をする担当者たち。
その気温差は喧騒に混ぜられ、平均化される。
怒号までいかなくても、要望希望熱望妄想が青白い人々から怒濤の如く流れ出していたりもする。
抑圧されていた願望が噴火した火山からの溶岩のように流れ出した。
無意識は意識下の制御を離れ、勇躍する。
それはもう、ドロドロと。
恥も外聞もなく、さらけ出された内なる望みが黒い羽を拡げた。
利己的な考えの虜囚が、熱く激しく歓喜に満ちた顔で語りだす。
だが。
それらのことごとがすべては受け入れられなくて、パッションに溢れ過ぎて暴走しそうな人もちらほらいた。
其処は地雷だらけの危険地帯。
願いを叶える機会を逃さぬために、青白い人々は必死になって懇願する。
恫喝恐喝哀願なんでもあり。
まさに混沌の坩堝。
「全然話が違うじゃないか!」
「そんなのチートじゃねえ!」
「奴隷美少女はどうした!」
「ツインテールを寄越せ!」
「絶対領域を忘れないで!」
「貧乳はステータスだろ!」
「アホ毛は基本仕様だぞ!」
「なんで、九男なんだよ!」
「チーレムにしてくれよ!」
「半ズボン! 半ズボン!」
「眼鏡っ子! 眼鏡っ子!」
「おっぱい! おっぱい!」
「誰がおそ松さんやねん!」
「赤ん坊から人生をやり直すなんて、面倒くせえよ!」
「眼鏡っ子! 眼鏡っ子! 眼鏡っ子! 眼鏡っ子!」
「おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」
「北上さんさえいてくれたら、それで私は幸せです。」
「魔法の飛空艇が飛んでいる剣と魔法の世界で、俺は世界を救える力を持った勇者様で、すべての技能は世界的に卓越していて、可愛い女の子たちからはモテモテで金には一切困らなくて……。」
「武力内政外政調略開発すべてチートで床上手な可愛い男の娘を、俺にベタ惚れ状態のカッターシャツ半ズボン仕様でくれ!」
「俺は美少女になりたいだけなんです!」
「ケモノの女の子と結婚したいんです!」
「巨乳美少女エルフと結婚したいです!」
「眼鏡っ子! 眼鏡っ子! 眼鏡っ子!」
「おっぱい! おっぱい! おっぱい!」
「あらゆる相手を薙ぎ払えるフランクフルターをくれ!」
「エルフの村に是非住みたいんじゃあ!」
「常に現代人としての適正な補給が受けられるようにしてくたさい。」
「な、なあ、俺はあんたと一生添い遂げたい。大切にする。こんな気持ちは初めてなんだ。俺の望みはそれだけだ。」
「処女! 絶対に処女! どんな美少女でも、処女以外は認めません! 処女でなくてはならないんです! 美しい処女を! 僕を心からずっとずっと愛してくれて、僕の要望を全部聞き入れてくれる素晴らしき処女を求めます! そして、僕自身は絶倫仕様にしてくたさい! 何度でも何度でも復活出来る力をください!」
「えっ? 歳の差? 親子並み? だからいいんじゃないか。」
彼らのいる空間は黒っぽい靄がかかっている。
それはどす黒くて、禍々しい気配が色濃く感じられる。
昭和っぽいリノリウムの床には長椅子。
無表情なままに時間凍結された青白い人々が、何人も何人も座っていた。
順番が来た彼らは一人ずつ凍結を解除され、簡単な質疑応答の後に『異世界転生課』か『異世界転移課』へ案内される。
動物の皮を鞣したような紙を渡された人々は其処に印刷されている文章を読んで、ボールペンのようなもので空欄に記入してゆく。
その字は紅い。
担当者たちの僅かな休憩時間。
彼らはまとめて休めない定め。
欲望の匂い染み付いて噎せる。
地獄を見すぎて心が渇く彼ら。
息抜きのための稀少な休憩所。
役場の食堂みたいな安寧の場。
時間帯によっては大混雑する。
彼らの飲む珈琲はいつも苦い。
「転生勇者や転移勇者の稼働率といえば、従来の勇者の比じゃないな。戦闘での消耗率は桁外れだ。ステータス通りの耐久性を確保した奴なんて、一人もいないぜ。」
「奴隷娘のハーレムを作る奴なんて、異世界の人間くらいだしな。そもそも、あそこはあいつらの世界じゃない。三途の川の向こう側だ。魔除けに六文銭でも用意すれば、話は少しでも違うかもしれんがな。」
「そういや、六文銭を自分の紋章にしている奴がいるな。」
「ああ、温泉村のコルスか。あいつはしぶとい。」
「あいつの担当者の女神は楽しませてくれるよ。」
「まったくだ。ただ、気紛れに転生課と転移課を引っ掻き回すのは止めて欲しい。先日も温泉村に強制的に転移させた男がいるだろう。あの一連の行為で昨年の予算を使いすぎて、大変なことになったからな。」
「サービス残業反対!」
「普通に仕事したい!」
「なんでこんなに忙しいのかね?」
「さあな。だが、あいつらは自分自身の神々や仏に背を向けて、我々と契約しにきた。だったら、その思いに応えてやろうじゃないか。」
「ところで、『おとしめられたものの末裔』の孵化はまだか?」
「急がん方がいい。あれは制御が格段に難しい代物だからな。」
「そうか、じゃあまたの楽しみにしておこう。」
「それがいい。」
其処へ、彼らの上司が突然現れる。
部下たちの刹那の平穏は終了した。
「勇者たちをかき集めろ! 夜明けを待って一気に転生・転移させる!」
「やれやれ、今日は徹夜か。」
「課長、残業手当をも少し増やしてくださいよ。」
「向こうで直接支援はしたくないだろう? さっさと契約させるんだ!」
「僕と契約して魔法少女になってよ、ですかね?」
「やりたければ、やればいい。兎に角急ぐんだ!」
「俺は普通の剣には興味ない。無骨な鉄の巨大な塊が欲しいんだ。補佐役の妖精をおまけで付けてくれ。」
「わ、私はまだ死にたくないんだ! 早く元の世界に戻してくれ! 私は異世界やファンタジーなんかに興味はない!」
「恐怖というモノには鮮度があります。はて、何人殺せますかな? それは芸術的に為されなければなりません。ふふふ。」
「ゴブリンも盗賊も、俺に敵対する奴らは皆殺しだ。いいじゃないか。合法的に殺せるとは、こんなに嬉しいことはない。逆らう奴は皆殺し。これ、確定。くくく。」
「支援端末として長門が欲しい。いや、胸が熱くなる方じゃない。」
「治癒呪文は確定能力として、有能で可愛い男の子は必須ですね。」
「テートクとセイロン紅茶と茶器一式とシスターが欲しいデース!」
「そうだな。赤い人型機動兵器と私を慕ってくれる少女が欲しい。」
「やれやれ。また退役に失敗したか。そうだね、おいしい紅茶を淹れてくれる可愛い従卒がいてくれたら、それでいいかな。後は私の方でなんとか出来るだろうし。そうそう、近い内に年金生活出来るようにして貰えたら嬉しいね。」
彼らの向かうは複数の異世界。
微妙に重なるは連環の世界群。
作戦地区名は、アハトアハト。
試行錯誤の繰り返された世界。
生きて元の世界に戻れる運は、すべて女神を名乗るモノの胸三寸。
彼らは元の世界と縁を切って、異世界の門を叩く。
命知らずの勇者たちが今日も転生・転移してゆく。
米や醤油や小豆があるかどうかわからない世界へ。
元の世界といろいろな点で相違する世界に向かう。
「どうやら、あんたとはいい酒が呑めそうだ。」
「俺は高級酒しか呑まないから、高くつくぜ。」
「実は温泉村の二〇年ものの林檎酒を一本取ってあるんだ。」
「それは素晴らしい! あいつらを素早く片付けて帰ろう。」
「ウノ……ドス……トレス……騎兵が三〇騎か……血祭りに上げてやる。」
「こちらは僅かに八騎戦えるだけだし、勝算がないんだ。止めておけ。」
「勝算のない戦いなんざ、何年もやってきたさ。おいお前ら、いくぞ!」
「王国から問い合わせがありました。」
「なんだ?」
「彼らの制御下から離れて独立愚連隊として戦うことについて、です。」
「お前さんのことだ。もう既に返事はしたのだろう? 聞かせてくれ。」
「“バカめ”と返事をしておきました。」
「いいぞ、最高だ。」
「問おう。そなたが私のマスターか?」




