第六三話【研修に行こうヨ】
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私の名はケニー。
この世界へと転移したおっさんだ。
今はコルスという少年の補佐役や相談役やなんかそんな感じの仕事をしている。
武力はない。
知力もない。
全然ない。
元々体育会系でもないから、そんなに武術の技術が向上する訳もない。
だから、それなりの頭をなんとか回転させてどうにかこうにかやっている。
今回私は、先日知り合った少女弓兵のフーキーと共にハミルの街へ研修に赴くことになった。
地域情報の収集及び精査のためだ。
本来温泉村からハミルの街までは徒歩で一週間かかるが、コルスの操る絨毯に乗って朝一で朝市に間に合う時間に到着した。
空に星の瞬く時間帯から出掛けたので少し眠い。
朝市で買い物をしてから帰るというコルスと別れ、フーキーと共に冒険者ギルドに向かう。
何故か密着する彼女。
甘えん坊さんだねえ。
コルスが迎えに来る一週間後まで、なんとかやってみよう。
「ケニーさん、頑張りましょうね!」
素朴な雰囲気の少女が笑う。
私も彼女につられて笑った。
宿泊は『トーリン隊長の仔牛亭』。
飯が旨くて宿代がさほど高くない。
流石に前回の娼館には泊まれない。
メカメカしい仔牛の一太郎は元気だろうか?
夜泣きはしていないだろうか?
ちょっと心配だ。
甘えん坊だしな。
帰ったら体を洗ってあげよう。
「遅えぞ、おめえら! 朝の内じゃねえとこの薬草の花の部分が開かんし、すぐ持ち帰らんと萎れておえんけえ、はよせえ! 今せえ! すぐせえ! 採取に最新の注意を払ええ! もし買い取り価格が二束三文になったら、おめえらの所為じゃから許さんけえ!」
どひーっ!
シュトゥルム・ウント・ドランク!
叱咤激励、ご指導ご鞭撻の嵐山が我々を待ち受けていた。
【薬草採取の名手】として知られるホロン爺さんは、猿の如くハミルの街近郊の野山を駆け回る。
オー、モーレツ!
なんて元気なんだ!
ハミルの街のご老体は化け物か!?
旧家の長男と聞くが、矍鑠としたものだ。
素早い運搬のために待機している、一族の人々へ採取したばかりの薬草を渡す。
彼らからは苦笑いされた。
いつもこのような調子なのだろう。
人海戦術だべ。
渡したら採取。
その繰り返し。
薬草採取ってこんなに難しいのか?
「薬草採取を簡単に考えようりゃあせんか? そげえにすぐすぐ取れりゃあせんで! そげん考えでおえるか! それにあちこちにあったら、金にならんが。当たり前じゃろうが。何時から薬草採取が簡単な仕事じゃと思うとった? おえん! おえん! そげんに小さくてわけえのはおえりゃあせんわ! なんでもかんでも抜きゃあええんとは違う! よお見い! 草の囁きに耳を貸せえ!」
「そげんことじゃあ、おえりゃあせんわ! もっと腰を入れてきちんと抜けえ! こげんこともできゃあせんのか! なにしょんなら!」
訛りが強くて意味が今一つわかりにくいが、厳しく指導されているのはよくわかる。
この爺さんの動きがまた早い。
あちらで採取、こちらで採取。
星が幾つも瞬く時間になってようやく、私たちは解放された。
疲れきって寝てしまったフーキーを背負ったへとへとの私に、老人は破顔しながら言った。
「この次はもっとええようにせえよ。」
爺さんはニヤリと嗤った。
翌日、二日目。
初日は惨敗だったので、今日からもっと頑張ろう。
ホロン爺さんの弟で次兄であるモロンさんから、諜報・防諜の話を聞く。
ハミルの街は温泉村と協力体勢にあるので、綿密な打ち合わせと情報交換が大切だ。
過去の都市間抗争や経済戦争の話も併せて聞く。
頭の中がこんがらがってきてちんぷんかんぷんになってきた頃、ようやく講義が終了した。
「敵対勢力は潰すのではなく、こちらで制御するのが大切なのですよ。餌を与えて飼い慣らせば、狂犬も番犬になります。」
微笑む姿がこわい。
三日目は商業ギルドの責任者であるヨロンさんから、市場経済とギルドの意義と貨幣経済及びその流通などの説明を受けた。
彼はホロン爺さんの弟で三男に当たる。
諸国家の金貨・銀貨・銅貨も見せてもらった。
いずれも純度は九割かそれ以上。
商業ギルドは両替商も兼ねており、変動相場制の両替による差益は少なからぬ利益を生み出している。
「お金はね。ここぞという時に使うから意味があるんです。買い食いばかりしていたら、貯まるものも貯まりませんよ。」
フーキーと屋台でサンドウィッチを買い食いしたのがバレていた。
こうやってお金を使って経済を回しているんだと言い訳しておく。
四日目はハミルの街の政策担当者であるソロンさんから、政治・法令・刑罰の説明を受けた。
彼はホロン爺さんの弟で四男に当たる。
政策の成功と失敗、税制の話、実際の判例や凶悪犯罪や未解決事件や訴訟中の事件の話も聞いた。
「私はね。ハミルの街をすぐれた法治都市にしたいんです。だから治安をよくすることは大切ですし、密偵たちを暗躍させるのも当然のことです。ええ、けして恐怖政治にするつもりはありません。」
静かにやさしそうに微笑む姿が、なんとはなしにこわい。
五日目は、ハミルの街の都市開発並びに建築・交通を担当するトロンさんから説明を受けた。
彼はホロン爺さんの弟で五男に当たる。
都市交通や交通機関や建築などについての講義を受けた。
うん、今日はやりやすい。
午前中はそう思っていた。
だがやはり、トロンさんはまさしくホロン爺さんの弟だった。
辺りが真っ暗けになる頃、ようやく講義が終了した。
彼からすると、仮終了らしい。
「近々出来る街道と駅が楽しみです。駅馬車の試験運用で私も温泉村へ行きましたが、これで流通も変化しますね。ハミルの街も負けてはおられませんな。」
エネルギュッシュな人だ。
六日目は農林関係及び畜産・酪農を担当するコロンさんから説明を受けた。
彼はホロン爺さんの弟で六男に当たる。
備中鍬を進呈したら、大変に喜ばれた。
今ある産業の問題点や今後の展望とそのための産物の開発などに関わる話を聞かせてもらった。
「コルスの言う作物や調味料をこちらでも文献や行商人を通じて探してはいるが、手がかりが掴めないね。」
それ、見つからないかもしれません。
でも。
探すことがとっても大切なんですよ。
お米とか、小豆とか、醤油とか。
慣れた成熟からはなかなか逃れられない。
洗練された食文化は麻薬よりおそろしい。
食べ物こわい。
最終日は子爵秘書のオロンさんから『高貴なる者の役割』の説明を受けた。
ノブレス・オブリージュのことだろう。
彼はホロン爺さんの弟で七男に当たる。
静かなる切れ者という感じだ。
過去の事例を幾つか教えてもらい、その概念についても講義してもらった。
「ケニーさんは近々元侯爵令嬢と結婚されますね。」
「え、ええ。いつの間にやら決まっていたのです。」
「貴族の価値観と庶民の価値観は往々にして異なるものです。しかし、お互いが尊重すれば道は開けます。」
「私もそう思います。」
黄昏が広がり、辺りは闇を濃くしてゆく。
周囲の気温が下がって、冷えてくる。
北の方から空飛ぶ絨毯が見えてきた。
あれはコルスだ。
さあ帰ろう。
おうちへ帰ろう。
フーキーと二人でぶんぶん手を振りながら、帰る場所があるのっていいなとふと思った。




